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37.蝉が鳴くのは恋の季節

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 八月一日宮はあゆたに背中を向けた。

 この背中に見覚えがあるな……などとあゆたが思っていると、案の定そのまま八月一日宮は身を屈める。

「それじゃ、どうぞ」
「まじか」
「まじです」

 八月一日宮はにこりと笑うと、促すように腰の後ろに両手を持ってくる。

「でも、悪いよ。登下校だけじゃなく、わざわざ昼休みまで拘束して……」

「初回をぶっちぎったことちゃんと反省しているって、先輩に見せたいんです」

 しゃがんだまま八月一日宮は前を向いた。

「先輩の傍にいるなら、俺の為にもなるし、だから遠慮して欲しくないです。挽回させてください」

 まるで意中の人を口説くような熱心さで八月一日宮は言った。あゆたの世話を毎日するのだから、ついでに委員の仕事を教えてもらいたいそうだ。どうせなら、昼休みの空いた時間で花壇の世話を手伝いたいと。

(八月一日宮のほうが真面目じゃないか……)

 揺るぎそうにない背中に、折れるふりをしたがあゆたは嬉しかった。だけど素直に嬉しいというのも照れくさく、ぶっきらぼうに返事をするのが精一杯だった。

「……わかった。頼む」
「さ、どうぞ」

 しゃがみこんんだ肩越しに八月一日宮がこちらを見上げる。

「俺、重箱持つんで先輩が自主的にしっかりつかまって下さいよ。なんなら両足を腹のほうへ回してもいいんで」

 前を向いた八月一日宮の短く刈り上げた襟足と、耳の端は白く滑らかに見えた。

「ん、わかった」

 あゆたは遠慮なく背中に自分の前面を押し付けるようにして、蝉のようにぎゅっとしがみついた。

 その瞬間。

 皮膚の薄い腹や脇の下に、つーっと電気のような痺れが走った。八月一日宮の背中の筋肉の弾力と背骨の硬さが服の薄さを通して感じられた。まだ成長途上の、しかし若木のような確かなしなやかさと充実した筋肉の存在感。

 あゆたは凍り付いた。自分のうすっぺらい胸を八月一日宮も感じているのかもしれない。耐え難い羞恥となってあゆたの四肢を固めてしまった。
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