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58.優しさの意味をはき違えたくない
しおりを挟む於兎の情報を知らなかったとしても、八月一日宮が人気があって男女ともに引く手あまたなのを実感する。
ちょっと気になることや、手を貸してくれたら助かるが強いて頼まなくても自分で解決できるような些細なことなど、八月一日宮はどういうアンテナの持ち主なのか、あゆたが動こうとする前に手を差し伸べてくれるのだ。
先取りしたように声をかけてくれるので、こちらの心理的負担も少ない。つまり八月一日宮はお坊ちゃんにはあるまじき気遣い屋さんなのだった。これはもてるはずだ。鈍いあゆたにもわかった。
家柄、容貌、学業、付随する諸々。アルファという属性だけではない。神が依怙贔屓して二物も三物も与えたのだろう。
そんな八月一日宮があゆたを優しく面倒を見てくれる。
(勘違いしそうになるな。いかんいかん)
そんな特別な八月一日宮はあゆたの傍にいて、まるでよくできた従者のように世話を焼くのだ。八月一日宮の特別になったような、そんな錯覚をもたらされる。
そうではないとわかっているあゆたでさえふわふわしそうになるのだ。八月一日宮に好意がある者が日常的に八月一日宮の行動を目の当りにすればイチコロだろう。
(それももうすぐ終わる)
背骨の内側がひっかかれるようにきゅっと違和感が生まれる。八月一日宮と過ごす時間が増えるほど、あゆたの胸の中に不可解な何かが目立つようになった。秋の早朝の水に手を浸した時のように肌が震えそうになる。
「あゆたさん、疲れましたか? もう終わりですからね」
余程ぼうっとしていたらしい。花壇から声をかけながら、八月一日宮はすでに片づけを始めていた。あゆたの手の中ではいつのまにかコップの底の麦茶が乾いて薄く線を残していた。
「麦茶飲みましたね、よかった」
手を洗ってきた八月一日宮は目の前に立っている。あゆたの手から水筒の蓋を取る。触れ合った掌はまだしっとりと濡れていた。
「あゆたさん」
今日はやけに眩しくて、彼の髪の毛の金色が夕日を浴びた小麦畑のようだった。八月一日宮の笑顔を見慣れているのに、いまだにあゆたは八月一日宮の微笑みの美しさに感動する時がある。こうやって至近距離にある、目の奥を見上げればそこにはむすりとした自分の顔が映っている
「頬が、赤いですよ。日焼けですかね?」
先ほどひんやりしていた彼の指先はもう温くなっている。笑みの形の唇に滲むものは何なのか。目を逸らしたら負けのような気がして、あゆたは強いて平気なふりをした。
「そうか?」
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