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127.降り積もる音の静けさよ
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大旦那様が迎えに来てくれた時、断ればよかったのだろうか。
頼る親戚もおらず、行政に頼って養護施設に行けばよかったのかもしれない。
母と祖母と知己であるという言葉に甘えて、のこのこついて行ったのが間違いだったのか。
そうすればあゆたは梅渓の一族のみならず、その使用人たちまで疎まれ蔑まされることもなかっただろう。
何もかも遅すぎる。
オメガとして生まれて役立たずだと見下され、今度は役目を果たせ恩を返せと道具のように売られていく。
今までが幸せ過ぎたのだ。アルファに負けないように勉強は努力した。衣食住が保証され、暴力を振るわれるわけでもなかった。自分は恵まれた環境にあった。
そのツケを払う時が来ただけだ。
信善の言う通り、梅渓の幸せだった家庭を壊したのはあゆたなのだろう。
芸者の子は芸者らしく日陰者に徹しておけばよかったのだろうか。
恋なんて、薄っぺらな魂で普通の幸せを夢見て。
そんな贅沢、あゆたには荷が勝ち過ぎた。
(人並みに、何かを欲しがって……。どうにもならないのに。俺は馬鹿だ)
以前のあゆたなら少し我慢すれば、存在を透明にして何も感じずに生きて行けただろう。
優しさと温かさを知らなければ、凍えることなんて最初からないのと同じだ。
なのに。
八月一日宮。
涙になって彼への思慕が溢れてしまいそうだった。
(八月一日宮、八月一日宮仁乙、にお。にお)
名を呼んでみたかった。
声に出せば、その音が体の中を沁みとおるようだった。
名前は雪のように降り積もる。
季節が移り雪が溶けるように、あゆたのもとには何も残らない。
いつだって喪失や嫌悪はあゆたの親しい隣人だった。
大丈夫。大したことではない。
辛いのは今だけだ。
千切れそうになっている心の痛みはいずれ消えてなくなる。
想いは剥がれていって、すぐに過去になって、あゆたは今までと同じように生きていく。
今だけだ。
目の奥が熱い。ちくちくした疼きはそのまま涙になって眦を溢れた。
悲しくなんてない。涙はすぐに乾く。
八月一日宮との思い出は、何でもない時の流れの中で錆びていく。錆びて壊れて消えていく。
最初から何もなかった。目を合わせて笑い合った日々も。誰かを大事にしたいと思った心も。
頼る親戚もおらず、行政に頼って養護施設に行けばよかったのかもしれない。
母と祖母と知己であるという言葉に甘えて、のこのこついて行ったのが間違いだったのか。
そうすればあゆたは梅渓の一族のみならず、その使用人たちまで疎まれ蔑まされることもなかっただろう。
何もかも遅すぎる。
オメガとして生まれて役立たずだと見下され、今度は役目を果たせ恩を返せと道具のように売られていく。
今までが幸せ過ぎたのだ。アルファに負けないように勉強は努力した。衣食住が保証され、暴力を振るわれるわけでもなかった。自分は恵まれた環境にあった。
そのツケを払う時が来ただけだ。
信善の言う通り、梅渓の幸せだった家庭を壊したのはあゆたなのだろう。
芸者の子は芸者らしく日陰者に徹しておけばよかったのだろうか。
恋なんて、薄っぺらな魂で普通の幸せを夢見て。
そんな贅沢、あゆたには荷が勝ち過ぎた。
(人並みに、何かを欲しがって……。どうにもならないのに。俺は馬鹿だ)
以前のあゆたなら少し我慢すれば、存在を透明にして何も感じずに生きて行けただろう。
優しさと温かさを知らなければ、凍えることなんて最初からないのと同じだ。
なのに。
八月一日宮。
涙になって彼への思慕が溢れてしまいそうだった。
(八月一日宮、八月一日宮仁乙、にお。にお)
名を呼んでみたかった。
声に出せば、その音が体の中を沁みとおるようだった。
名前は雪のように降り積もる。
季節が移り雪が溶けるように、あゆたのもとには何も残らない。
いつだって喪失や嫌悪はあゆたの親しい隣人だった。
大丈夫。大したことではない。
辛いのは今だけだ。
千切れそうになっている心の痛みはいずれ消えてなくなる。
想いは剥がれていって、すぐに過去になって、あゆたは今までと同じように生きていく。
今だけだ。
目の奥が熱い。ちくちくした疼きはそのまま涙になって眦を溢れた。
悲しくなんてない。涙はすぐに乾く。
八月一日宮との思い出は、何でもない時の流れの中で錆びていく。錆びて壊れて消えていく。
最初から何もなかった。目を合わせて笑い合った日々も。誰かを大事にしたいと思った心も。
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