金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ

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160.過去が過去になる

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「幸せ……」

 間近で見る八月一日宮の目はあゆたを肯定するように瞬いた。

「それにあなたのお母様も幸せだったに決まってます」

 あゆたは息を飲んだ。
 驚きに固まるあゆたの背中を宥めるように八月一日宮は撫でた。

「あなたは花や木を愛情をもって育てるでしょう? 時間もかかるし、忍耐が必要なことはあなたが教えてくれたので知ってます。大変なことも多い。それでもあゆたさんは愛することはやめられない」

 八月一日宮は優しく微笑みながらあゆたの顔を覗き込んでくる。

「人間の、赤ん坊を育てるのはもっと大変なはずです。あなたを授かって、お母さまもおばあさまも、愛情をもってあなたを育てられたんだ。ここに、こうやってあなたが生きていることが何よりの証拠です。赤ん坊のあなたがいて、お母さまは幸せだったに違いありません」

 ずっと思っていた。
 母は不幸ではなかったのだろうか。
 あゆたを生んで、不幸ではなかったのだろうか。
 あゆたは母の不幸の源ではなかったろうか。

 ない交ぜになって繭のようにあゆたを絡めとっていた疑念が、するりとほどけいていった。

 母は苦労した。やっと芸妓として独り立ちしそうだという時に、大旦那様に出会った。本能という引力に押し流され、結果的にあゆたを宿した。

 しかし巡り合わせが悪かった。母は身分が違い過ぎる、ご家族に申し訳ないと、日陰者として囲われることを潔しとしなかった。妊娠を知らせずに、縁を切ってあゆたを生んだ。

 母の死を耳に挟んでしまってやもたてもたまらずお弔いに来た日、大旦那様はあゆたを初めて見たという。

 自分が亡くなる間際に連絡してきた祖母へ、大旦那様は白状したそうだ。

 母にそっくりの男の子に、大旦那様は激しい嫉妬に悶えた。大旦那様は母を運命の番だと信じていた。母は、運命のひとは自分以外の誰かと子を生したのだと、そう思い込んでしまったのだという。

 母の死とあゆたの存在に衝撃を受けた彼は、形ばかりのお悔やみを口にして逃げ帰った。

 事実を確認する意気地がなかったのだと、彼は自身をそう断じた。そうやって離れ離れになって途切れるはずの縁が、再び結ばれたのは祖母のおかげだと感謝していたそうだ。

 悔恨と未練、失くした恋へのノスタルジー。贖罪の意味もあっただろう。大旦那様のあゆたへ注がれる眼差しは、いつも温かさに満ちていた。

 優しい黒い目はいつも遠くを見ていた。あゆたのむこうに、大旦那様は母を見つめていた。

 

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