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162.昔のことなのだと
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ぎゅうぎゅうと胸の中に閉じ込められるようにして抱き竦められて、あゆたは息苦しさに八月一日宮の背中をタップした。
「でもお前は、オメガが嫌いなんだろう?」
ぷはっと息をしながらあゆたは八月一日宮を見上げた。
あの日、八月一日宮は蜂須賀をにべもなく切り捨てた。
自分もオメガだと知られれば、きっと冷たい目で蔑まれるとばかり思っていた。
「あれは……」
八月一日宮は口の中に虻でも飛び込んできたみたいな面持ちになった。
責めているのではないと教えるようにあゆたは八月一日宮の二の腕を撫でた。肩の力が抜けて、八月一日宮はほっと息をした。
「本当に、大したことではないんです」
八月一日宮はまるで予防線を引くように前置きした。
「昔、オメガに、フェロモンを使って襲われそうになったことがあって」
「うん……」
あゆたは小さく頷いた。前もって信夫に聞かされていた噂だったから、心構えはできていた。
驚かなかったあゆたに、あゆたが噂を耳に挟んでいたことを悟ったのだろう、八月一日宮は困ったように眉毛を下げる。
「発情促進剤でも使ったんでしょう、一瞬でした。あっという間にフェロモンの渦に飲まれたようになって……、俺は強制的にラットに陥りました」
「それは……怖いな……怖かっただろうな……」
オメガの発情というものを今日経験したばかりのあゆただったから、アルファのラット―――オメガのフェロモンを誘発されるアルファの発情状態――が具体的にどういうものかよく理解していなかった。
しかしオメガのヒートを経験して、そのどうしようもない衝動や辛さを目の当たりにしたばかりだったので、アルファのラットも強制的に引き起こされるのは恐いのはなんとなく想像できた。
「八月一日宮、大したことだよ、それは」
「あゆたさん……」
真剣な口調で断言すると、八月一日宮は安心したように続けた。
「幸いすぐに救出されて、大ごとにはならなかったんですが、ショック状態で数日入院しました。退院する頃には親たちが全部片づけてくれて、一応、いつも通りの生活に戻れました」
八月一日宮は自分の中から過去を捜す暇を作るようにゆっくりと息を吐いた。
「親戚のアルファのおじさんたちに、犬にでも噛まれたと思って忘れろ、とかオメガに襲われるなんていい目を見て得したじゃないか、とか笑われて……、傷つく俺が間違ってるのか、繊細過ぎるのか……としばらく落ち込みましたね」
うっすらと八月一日宮は笑っている。
「でもお前は、オメガが嫌いなんだろう?」
ぷはっと息をしながらあゆたは八月一日宮を見上げた。
あの日、八月一日宮は蜂須賀をにべもなく切り捨てた。
自分もオメガだと知られれば、きっと冷たい目で蔑まれるとばかり思っていた。
「あれは……」
八月一日宮は口の中に虻でも飛び込んできたみたいな面持ちになった。
責めているのではないと教えるようにあゆたは八月一日宮の二の腕を撫でた。肩の力が抜けて、八月一日宮はほっと息をした。
「本当に、大したことではないんです」
八月一日宮はまるで予防線を引くように前置きした。
「昔、オメガに、フェロモンを使って襲われそうになったことがあって」
「うん……」
あゆたは小さく頷いた。前もって信夫に聞かされていた噂だったから、心構えはできていた。
驚かなかったあゆたに、あゆたが噂を耳に挟んでいたことを悟ったのだろう、八月一日宮は困ったように眉毛を下げる。
「発情促進剤でも使ったんでしょう、一瞬でした。あっという間にフェロモンの渦に飲まれたようになって……、俺は強制的にラットに陥りました」
「それは……怖いな……怖かっただろうな……」
オメガの発情というものを今日経験したばかりのあゆただったから、アルファのラット―――オメガのフェロモンを誘発されるアルファの発情状態――が具体的にどういうものかよく理解していなかった。
しかしオメガのヒートを経験して、そのどうしようもない衝動や辛さを目の当たりにしたばかりだったので、アルファのラットも強制的に引き起こされるのは恐いのはなんとなく想像できた。
「八月一日宮、大したことだよ、それは」
「あゆたさん……」
真剣な口調で断言すると、八月一日宮は安心したように続けた。
「幸いすぐに救出されて、大ごとにはならなかったんですが、ショック状態で数日入院しました。退院する頃には親たちが全部片づけてくれて、一応、いつも通りの生活に戻れました」
八月一日宮は自分の中から過去を捜す暇を作るようにゆっくりと息を吐いた。
「親戚のアルファのおじさんたちに、犬にでも噛まれたと思って忘れろ、とかオメガに襲われるなんていい目を見て得したじゃないか、とか笑われて……、傷つく俺が間違ってるのか、繊細過ぎるのか……としばらく落ち込みましたね」
うっすらと八月一日宮は笑っている。
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