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199.薔薇のなまえ

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「へぇ、関西では見かけたことないです」
「そうなんだ? 普通に石の郵便受けみたいな感じのもあるし、ほら、あすこのは灯篭みたいな形でかっこいい」

 指差した先の名刺受は石材なのに削って木材のような風合いを出してあった。広い区画の墓の横で手水鉢まであって、日本庭園みたいな風格を醸している。

 そうやって半ば物見遊山みたいな感じで歩いていくと大旦那様の墓まで辿り着く。あゆたの腰ぐらいまでに揃えられた背の低い檜の生け垣を引き回しいた中にある。ひっそりとして、他の墓から隔てられている感じがする。いつかあゆたもここに入るのだろうと思っていた。つないだ手の先にいる八月一日宮が言った。

「誰か先客がいたようですね」

 視線の先には花立ての枯れかけた花を指している。交友関係の幅広いひとだったから、ふらりと墓参りに来る人がいても不思議ではない。あゆたは落ち葉を掃いたり、枯れた花を入れ替えたりした。八月一日宮も留学先の寮生活で培った掃除の腕を率先して披露してくれる。

 イチョウの並木から黄色い葉がひらひら降ってくる。一通り墓の周りも綺麗にして、あゆたは花立てに新しい水を満たす。

 薔薇は棘があるので墓前に供えるのを避ける傾向にあるらしいが、あゆたはあえて大旦那様の墓にはこの薔薇を持っていく。若く健康な八月一日宮には墓に花を供えるなんて無縁のことだが、一応の墓前に備える花として薔薇は一般的じゃないようだと教えておく。

「これはアシュラムっていう品種だ」

 四季咲きで手をかければ春にも咲くのだが、大旦那様の一番好んだのは秋に咲く花だった。

 春に咲くより秋の薔薇は花びらの赤みが強く出る。同じ株でも秋の薔薇は落ち着いた橙色の花びらを大輪に咲かせる。

 薔薇の花びらの色は気温の影響で変わり、昼夜の寒暖差が激しい程濃い色が出る。
 
 あゆたは豪華な花ぶりの薔薇に鼻を寄せた。いい匂いがする。

「秋に咲く薔薇は香りが長く続く特徴がある」

 薔薇は湿度が高い程その芳香は強くなるが、強い香りは早く終わる。秋は湿度が低いので、控えめな匂いがいつまでも続くのだ。

「オレンジの花びらの薔薇の花言葉知ってます?」

 水鉢を綺麗にしながら八月一日宮が言った。


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