事務職員として異世界召喚されたけど俺は役に立てそうもありません!

マンゴー山田

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異世界召喚は突然に

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「古宮さん、これを第一騎士団までお願いできますか?」
「分かりました」

はい!と手渡された両手いっぱいの書類。
どうしたらこんなに書類がたまるのか不思議だが、俺の仕事はそんな詮索ではない。この書類を届けることなのだ。

(第一騎士団は…と)

頭の中で地図を描きながら第一騎士団詰め所までの道のショートカットを描く。
俺は地図を覚えるのが得意だ。マップの把握能力が高い、というやつだ。
なので一度通った道と交差する道なんかは大体一度で覚えることができる。それは地図で見るだけでも可能だ。固定されている地図は勿論、ゲームなんかでよくあるランダムマップで似たような景色のものだとこの能力は真価を発揮する。
だから会社ではよくカーナビ扱いをされていた。免許は持ってるけど車がないから所謂ペーパードライバー。
それでも標識なんかは分かってるから外回り、とりわけ初めていく場所はよく助手席に乗って道案内をする。
もちろん一通や進入禁止等々の道路標識も覚えているから「そこ右です」とか「次の信号を左に回ってすぐ左折してください」などと案内をする。
カーナビは付いてるはずなんだけど、俺の方が指示が早いからという理由で今は俺がカーナビだ。
けれど車に乗っている間も業務時間だから俺は座って案内をするだけでいいから楽なんだけど。

正直パソコンと向き合っている時間の方が短いかもしれない。

そんな俺が出先の駐車場、しかも目の前でそこの会社の従業員と思われる制服を着た女性がなぜか光る地面に吸い込まれているという場面を目撃。
その意味の分からない状況に、おれはプチパニックを起こしながらも「助けて!」という女性従業員さんの声にハッとすると慌てて駆けだした。

「大丈夫ですか?!」
「助けて! 足が…!」

必死に伸ばすその手を掴み引っ張り出そうとするが、引き込まれていく方の力が強い。

(アリジゴクってこんな感じか?!)

なんて思いながらも綱引きのように腕を引っ張る。痛みで眉を寄せた女性だが、引きずり込まれるよりはマシなのだろう。
女性も必死に俺の手を握るが、終わりは突然だった。

「古宮?!」
「せんぱ…っ!」

ちょうど駐車場に来てくれた先輩の顔を見て、ほっとしたのがまずかった。
一瞬力が抜けたその時。
引き摺られる力が強くなり、女性の頭が光に消えた。そして俺もその引きずり込まれる力に抗えず、その女性の後を追うようにその光へと吸い込まれた。

最後に聞こえた先輩の声は分らなかった。



◆◆◆



どすん、と上から落ちた俺は強かに尻を打ちその痛みに目を閉じた。

「いっててて…」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。だいじょう…」

尻、というより腰を擦りながらかけられた声に「大丈夫です」と顔を上げれば、そこには先程の女性とその後ろにフードを被ったいかにも怪しい人物にびくりと肩を跳ねさせる。
俺の視線に気付いたのか「ああ」と困ったように笑いながらさっきとは逆に手を差し伸べてくれる女性。
その手を掴み、立ち上がらせてもらうとやはり腰が痛い。
痛む腰を擦りながら女性を見れば、薄暗いことに気付いた。光源は蝋燭…と光る何か。

「えっと…?」
「先程は助けていただこうとしてありがとうございます」
「あ…その…すみません」

ぺこりと頭を下げる女性に言葉の棘はない、純粋なお礼だろう。けれどもあの場所に俺じゃなくて先輩がいたなら助けられただろうかという思いがよぎり、素直に礼を受けとれない。
そんな俺のことなど知らない女性は「寧ろ巻き込んで申し訳ないです」と眉を下げた。

「あの…それよりここは?」
「ここは魔道具開発部だよ。ようこそ、異世界人さんたち」

その声は見た目に反して爽やかだ。
それにぱちりと瞬きをすると「まどう…ぐ?」と言いなれない言葉を口にすれば、女性も「はい、魔道具だそうです」と告げた。

「魔道具…ってなんですか?」
「魔道具はその名の通り、魔法が使える道具だね。魔法で便利なものを作り出すのがここ」
「は…はぁ」

魔法?
何を言ってるんだ?
そんなもの使えるはずがないだろう。

フードを被った男性に眉を寄せて「何言ってんだこいつ」という視線を向ければ、近くにあったものを一つ手に取るとそれを起動させた。

「うわっ?!」

それを腕につけた途端、男性の指先から炎が現れた。
簡単に言えば腕輪式のチャッカマンだな。ただし炎は指先から出る。
ゆらゆらと指先で揺れているその炎をあんぐりと口を開けたまま見ている俺を、その男性はからからと笑いながら火を消した。

「異世界じゃあ、魔法が使えないんだって? 不便な世界だな」
「……………」

きっとこの世界は魔法がない代わりに科学がないんだろうと思っていると、男性が「そうだ」と俺たちを見た。

「俺はハワード。ハワード・シュラウス。ここ、魔道具開発部、副主任をしている。あんたは?」
古宮ふるみや遥都はると、です」
「花村優奈ゆなです」
「あ、どうも。古宮です」
「花村です」

俺と花村さんが同時に礼をすれば、ハワードと名乗った男性が珍しそうに俺たちを見ている。
つい癖で名刺を取り出そうとしてカバンを探すが手にしていなかった。

そうだ女性を助けるために車から飛び出たからカバンは車の中だ。

それに気付いた女性が「名刺はお気になさらず」ところころと笑う。
すみません、と頭を掻きながらそう言えば口に手を当てて笑っていた。

「へぇ、異世界ではそうするのか。変な挨拶だな」
「…………」

そう言ってまたもやからからと笑うハワードに、俺たちは顔を見合わせる。

「あの、ここってどこなんですか?」
「ここ? ここはルーセントヌール国。んでここはそのほぼ中央にあるルーセントヌール城」
「城?」
「そうだよ。君たちの世界には城はないの?」
「城って…」
「おい! ハワード! いつまでしゃべってるんだ!」

ガチャリという扉が開いた音と突然聞こえた怒声に俺はぎょっとすると、ドアの前にはハワードよりも背の高いフードを被った男性。
男性だと判断できたのはその渋い声。段ボールに隠れてそうなキャラの渋いイケオジ声だったからだ。
そのイケオジ声の男性が俺たちを見ると「早くしろ!」と怒鳴られる。

ええー…普通に怖いんだけど…。

俺が委縮していると、花村さんはケロッとしている。思わずまじまじと見ていると「ああいう人、たまにいますから」と眉を下げて笑う。

あれ? もしかして花村さんって…。

「んじゃいきますか。今日が期限なのがたくさんあるからね」
「期限?」

何の?という俺の質問に、花村さんは心当たりがあるのか眉間にしわを寄せた。

ああ、せっかく美人なのに…。

「はいはい。じゃあ出ようか」とハワードさんに背中を押されて強制的にドアから出されれば、そこにあったのは机に積まれた山のような書類。
思わず「はえー…」と感心してしまう程の書類に、花村さんの眉間の皺がどんどんと深くなる。

「お前らを呼んだのはこの書類を処理してもらうためだ! 分ったらさっさと取りかかれ!」

はい?
今、なんて?

「と、言うわけでここら辺の書類、今日の土の刻までに終わらせなきゃいけないんだよね」
「土…?」
「ああ、え…っと」

えーっと、と言いながら指を折りながら数を数え始めたハワードに少しの不安を覚える。
そして数を数え終わったハワードが「そうだそうだ!」と俺たちを見て、にっこりと笑う。

「20時までに終わらせなきゃいけないんだ!」
「20時って…」

ハワードの言葉に腕時計を見れば、もうすぐ15時を示す。
おやつの時間だが、そんなものは期待していない。だが外に出た時は会社に戻る前に喫茶店に寄って何かしら食べたり飲んだりして帰る俺としてはおやつという表現が正しいのかもしれない。

そんな時間から約5時間で山のように積まれた書類を処理しろと?!
というか俺たち文字が読めるかどうかも分らないのに?!

「文字はたぶん大丈夫。ほら、今もこうして会話できてるだろ?」
「はぁ…」
「ハワード! お前も書類に取りかかれ!」
「はいはい、分かりましたよっと」

イライラとしているさっき怒鳴りつけたイケオジ声がそう叫ぶと、ハワードがやれやれと肩を竦めた。
すると、今まで黙って見ていた花村さんがすっと一歩前に出ると一番上の書類を手にして瞳を左右に動かす。そしてカッと瞳を見開いたかと思えば次々と書類を手にしていく。

え、怖い。

「古宮さん!」
「ふぁい?!」

目つきが変わっている花村さんに気迫ある声で名前を呼ばれ、しゃきんと背を伸ばすと俺をじっと下から見上げてくる。

「今日期限の物を分けてください」
「え、あ、はい」
「あ、机はこっちの使ってねー」

ハワードが言うや否や花村さんがきょろ、と周りを見渡す。

「資料はこっち」
「失礼します」

書類に埋もれてて気付かなかったけど俺の横の棚、資料置き場だったんだ?
すると花村さんがさくさくと資料を手にし、ハワードが言っていた机に座るとものすごい勢いで資料をめくり始めた。

「ペンは…使えそう?」
「使えそうなのではなく、使います」

瞳を左右に動かしながらそう告げる花村さんは鬼気迫るものがある。
やっぱり花村さんは事務職だったか…。かくいう俺も元は事務で採ってもらったが、今は俺専用の机すらない状態だ。

まぁ…机に座ってるより助手席に座ってる方が多いからなぁ…。

仕事を始めてしまった花村さんの邪魔をしないようにどうしようかと思っていると、ばたばたと外が騒がしくなった。
何だ?と思うよりも早くノックもなしにやはり扉が勢いよく開いた。

「おい! さっきの光はなんだ!」

怒鳴りながら入ってきたのはやはりイケオジ…ではなく、若い男性だ。
ハワード…はローブ?を着ているから服装は分らないが、腰に剣を下げているから騎士か? それとも兵士?
じっと怒鳴りこんできたその人を見ていれば、彼のつり上がった瞳が俺に向いた。

「もー、そんな怒んないでよー」
「怒るに決まっているだろう! 今度は何をした!」

ずかずかと俺たちに向かって距離を詰めるその人に俺は「え? え?」とハワードの顔を見る。
すると彼はあろうことか俺の背後にささっと回り、まるで盾のように俺を突き出す。
すると目の前には怒りを露わにしている美形。
所謂イケメンがものすごい視線で俺を見下している。

ちょっと待て。

俺だって何でここにいるか聞いてないんだけど?

「ハワードさん、俺もなんでここにいるか分らないんですけど?!」

これは好機だとイケメンの言葉を借りてハワードにそう問えば、にんまりと笑った。
その笑みにいささかの不安を覚えながらハワード見つめる。

「何って…事務処理が滞ってたからちょーっと異世界から事務処理が得意な人間を呼んだだけだよ?」

けろりとそう言い放つハワードに俺はめまいを覚えた。


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