死に急ぐ悪役は処刑を望む

マンゴー山田

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惑いの言葉

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「スヴェン様」
「んー? なんだー?」

自室でくつろぎ中。
飯も食ったし、風呂にも入った。
それからクルトになぜかマッサージをされて、だらだらしている。

紅茶うまい。

自室は口輪も拘束具もない代わりに、部屋につけられた魔法無効と浄化魔法が常に発動している結界の中にいる。
おかげで魔法での自死は出来ないし、毒もすぐさま浄化されてしまう。さらにはクルトもいるからおやつや食事は口移し。

完全に自業自得なんだけどな。

とまぁ、そんなオレにいつものお茶らけた態度ではなく真面目に話すクルトに、視線を移せばじっと見つめているストロベリー・レッドの瞳。

「以前2人でしかできないことがあるとおっしゃったことがありますよね?」
「2人…ああ、腹上死のことか。それがどうした?」

突然何を言い出すんだと思いながらもそう言えば、瞳が細くなった。

「それ、やってみる価値はありますか?」
「は?」

クルトの言葉にそう言えば、オレを見つめてくる瞳は至極真面目で。
それに肩を竦めると、背もたれに肘を置いてクルトを見つめる。

「さぁな。どうだろう」
「というかそもそも腹上死ってなんですか?」
「うん?」

そうか。この世界にはそんな言葉はないのか。

「腹上死ってのは、セックスの最中に死ぬことだよ」
「セ…」
「性交死、の方が正しいか」
「あぁ。聞いたことはありますね」
「あるんだ」

ふむ、と顎に指を乗せるクルトの言葉に、今度はオレが驚く。
この世界にも腹上死があったのか!
やばい。それを聞いたらやる価値があるように思えるじゃないか!
そんなオレの思考を読んだように、クルトがにやりと笑う。

はっ!

いかんいかん。
最近自死チャレンジができないからと言って、こんな話に容易に飛びつくのはよくないな。
え? 処刑につられて提案にほいほい乗った?
それは違うぞ?

これは自死チャレンジ。
あっちはほぼ確定。

な? 違うだろ?

そんなことを思っていると、にやにやと笑うクルトがその顔のまま話す。

「スヴェン様、腹上死を試すんですか?」
「…そうは言ってないだろ」
「えー? 最近スヴェン様、ご無沙汰じゃないですかぁ」
「…自死の方はな」
「当然じゃないですか。スヴェン様が出すものを他の人間に飲ませるものですか」
「聞かなかったことにしよう」

アーアー、キコエナーイと言わんばかりに耳を塞いで、不穏な言葉を聞かないふりをしておく。
そりゃ年頃なのに、朝起きたらすっきりしてるんだ。しかも、にこにこと上機嫌なクルトがいるのだし、以前聞いているからな。
それでもやっぱり気持ちのいい話しではない。

「それで。試されます?」
「…ふむ」

腹上死がこの世界でもある、というのならば。
試す価値は確かにある。
だが問題が一つ。

オレが仮に死んだとき、相手が罪に問われないか、である。
以前クルトと話した時もそう言ったが、こいつは覚えてないのか?

「相手に罪がいかなければ試してはみたい」
「なら、相手は私でいいじゃないですか」
「ダメだ」
「前もこうなりましたが、なぜ私ではいけないんですか」
「覚えてるなら理由も覚えとけ。お前にはオレが死んでもいいところで働いてもらいたいからだよ」
「お言葉ですがスヴェン様」
「なんだ」

同じやり取りをさせるな、とクルトを見てみたけど、それ以上に冷めた赤い瞳にギクリとする。

「私はスヴェン様のお世話をすること以外は全てお断りしますよ」
「…ならオレが死んだあとはどうするんだ」
「スヴェン様は後を追うのを禁止してますからね。それ以外の方法を考えます」
「…例えば?」
「そうですね。王都の中心で何か事件を起こしたら面白そうですよね?」

にっこりと微笑みながら悪びれることなくそう告げるクルトに、ぞっとする。
こいつは…何を言っているんだ?

「お…まえ…」
「だって、スヴェン様がいないのなら私が生きてる理由なんてなくなりますもん。だったら、さっさと死んだ方がましですし」
「だからって、無関係な人間を巻き込むなんて…!」
「スヴェン様はいないんでしょう? なら、私を止めることなんてできませんよね?」

ふふっとまるで夢を語るように告げるクルトに、オレはただ困惑する。

「だ・か・ら。スヴェン様はね、この王都の人間の命を握ってるんです。分かります?」
「………………」

にこにこと微笑むその笑顔の裏が怖すぎて、オレは呆然としてしまう。
まさかこいつがそんなことを考えていただなんて…。

「そうですね。じゃあ、これからは私はスヴェン様のすることを止めません」
「なに?」
「お好きなだけ、自死チャレンジをなさってください。ですが、スヴェン様が死んだ時点で、私は王都の中心で無関係な人たちを巻き込んだ事件を起こしますから。それだけは覚えていてくださいね? ああ、処刑になって死んだとしても同じですからね」
「クルト…お前はなんでそこまでオレにこだわるんだ?」

困惑するオレの頬に、オレよりも少し大きな手が触れた。
それにびくりと肩を跳ねさせると、とろりと蕩けた赤い瞳がオレを見つめている。

「スヴェン様を愛しているからですよ」
「だから…!」

なんでだ、という言葉は発せられず、飲み込まれることになった。

「私にはスヴェン様しかいなんですよ」
「――――…ッ!」

頬を染めて、はぁはぁと呼吸を荒くするクルトに、オレはぞわりとしたものを感じ手から離れようと頭を後ろに引く。
けれどその手はオレを追いかけてきて、捕まった。

「ねぇ、スヴェン様」
「は…なせ…!」
「ふふっ。怯えてるスヴェン様、可愛い」

赤い瞳がとろりと蕩け、オレを見つめる。
逃げろ、という本能に従って逃げたいのはやまやまだが、純粋な力比べとなると当然ながらオレは弱すぎるわけで。

「俺が怖いですか?」
「こ…わくない…ッ」
「死ぬのは怖くないのに、俺が怖いんですもんね。本当に、おかしなスヴェン様」

くすくすと笑いながら、徐々に近付いてくるクルトにオレはただ小さく震えることしか出来なくて。
殺されることに対しては怖くない。そして死ぬことにも。
けれど、こうして良く分からない感情をぶつけられるのが怖かった。
クルトの考えていることが分からない。だから怖いのだ。
10年以上一緒にいて、怖いと感じたのは初めてだ。
お互いの息がかかる距離で、クルトがにぱりと笑った。

「スヴェン様。いいこと思いついちゃいました」
「な、に?」

目の前にある赤い瞳が、それは楽しそうに細くなった。

「例外を作りましょう」
「例外?」
「はい。例外です。スヴェン様が自死されたら私は事件を起こします。けど、例外として腹上死でスヴェン様が死んだ場合、私は大人しくしています」
「…セックス中の死亡は認める、ってことか?」
「はい。これならスヴェン様は安心して死ねるでしょう?」

ふふっと笑うクルトの笑みに含まれたものにぞわりとするが、提示されたものは悪くない。
だが。

「お前にメリットはあるのか?」
「もちろん!」

オレの言葉に食い気味に返事をするクルトに、眉を寄せる。

「あ、信じてませんねー?」
「当たり前だろう」
「んふふー。じゃあ言っちゃいますね! スヴェン様の死に顔が一番初めに見られるんですよ? 嬉しいじゃないですか」
「は?」

どういう事だ?
オレの死に顔が初めに見られる?
少し混乱するオレに、クルトはくすくすと笑うと、ちゅっと唇を重ねた。
わざとらしく音を立ててくれたおかげでハッとすると、クルトを睨む。

「スヴェン様の初めては全部ほしいんですよ」
「だからって…」
「いいじゃないですか。スヴェン様は気持ちよく死ねるし、私はスヴェン様の死に顔が一番初めに見られる。どっちもいい事じゃないですか」
「…気持ちがいい事前提なんだな」
「もちろんじゃないですか。スヴェン様だって気持ちよく死にたいでしょ?」

クルトのその言葉に、オレは衝撃を受けた。
そんなこと考えもつかなかった。
今までは死ねるならなんでもよかった。
そこには感覚なんて関係なかったからだ。

けれどクルトに言われて今までの自死チャレンジは全て苦しいものだと理解してしまった。

そう。理解してしまったのだ。
がむしゃらに死ぬことだけを考えていたのに、そこに感覚を与えられてしまったのだ。
子供の頃の火魔法で焼死することも、入水自殺も、絞首も圧死も轢死もすべて苦しいものだ。
けれどそこに感覚はなかった。
なんせそこまで思い至らなかったから。

「やめろ…」
「ね? スヴェン様だって気持ちよく死にたいでしょう?」
「やめろ…!」
「絶頂の瞬間に意識を持って行かれたら最高ですよね?」
「やめろ! クルト!」

耳元で囁かれる言葉は悪魔そのもので。
意識をしてしまったら離れなくなる。

痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。熱いのは嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

今までのことが脳裏に浮かび、その感覚が肌を刺す。
熱い、痛い、苦しい。

「やめろクルト! オレを惑わせるな!」
「いいじゃないですか。スヴェン様。痛くもなく、苦しくもなく、熱くもない、ただただ気持ちよく死ねるんですよ?」
「やめろ…! 頼む…やめてくれ…」

ちゅっと耳に唇を落とされると、そこには優しい笑みを浮かべているクルトがいて。

「ああ、泣かないでください、スヴェン様」
「いやだ…いやだ…」
「そうですね。嫌ですね。だから、私と一緒に気持ちよくなって死んだ方がいいでしょう?」
「だめ…それだけは…」

ぼろぼろと悲しくもないのに涙を流しながら首を横に振れば「強情なスヴェン様も大好きですよ」と涙を唇で吸い取る。

「甘い」
「甘く…ない…」
「いいえ? スヴェン様はとっても甘いんですよ? 知りませんでした?」
「知るわけがない」
「そうでしょうね。でも、私にとってスヴェン様はどんなに貴重な食材を使った高級な料理や菓子よりもおいしい物なんですよ」
「…オレを食うつもりか」
「スヴェン様を言葉通り『食べ』てもいいんですけど、そうなるとスヴェン様がなくなっちゃうでしょう? だから食べません」

そう言いながら、舌で涙を舐め取っては目じりや頬にキスをしていたクルトの唇が、ちゅっちゅと音を立てながら下がっていく。
そして。

「ぁ…ッ?!」

がぶり。
喉仏に噛みつかれ、オレは瞳を見開く。
まさか急所に噛みつかれるとは思ってみなかった。

「クル…ト…」

噛みつかれたまま、れると舌が喉仏を追いかけるように舐められると、ぞくぞくとしたものが背中を駆け抜ける。
ふっふっと浅く呼吸をしながら、視線を下に向ければ、見えるのはゴールデン・オレンジの髪だけ。
やめろ、と自由に動く両手で肩を軽く押してみる。

「ぁぐ…っ!」

だがそれは逆効果に終わる。
ますます歯に力を籠められ、痛みが広がる。

「やめ…っ! クルト…ッ!」

両肩を強く掴んで「やめろ」と行動で示してみたが、またしても逆効果。
学習しろ。オレ。

「ぁ…ッ! が…っ!」

ひゅーひゅーと呼吸がさらに浅くなり、ぼろぼろと涙が止まらない。
今までは自分のタイミングでやっていたから覚悟はできていた。
だが今は、相手に…クルトに命を握られている。
それがこんなに怖いとは。
すると、犬歯が皮膚を破らんと食い込むと「ひゅっ」と息を飲む。

「こわい、クルト。こわいから…」

唇を震わせながらそう告げれば、べろりと舐められた。
それにもびくりと肩を震わせると、食いこんでいた犬歯が離れていった。

「くると」
「っふ。スヴェン様の汗、甘い」

べろべろと犬のように喉を舐めるクルトに、なすがままでいれば、再び頬に温かなものが触れた。

「スヴェン様、可愛い」
「んっ」

くい、と顔を上に向けられ、そのまま唇を落とされる。
ちゅ、ちゅと触れるだけのものから、だんだんと深くなっていく。

「あ…ふ、んぅ…」

舌をねじ込んで、吸われる。
送り込まれる唾液を飲み、食事で慣れた呼吸法で鼻で呼吸していれば、ちゅぷと水音を立て舌が離れていく。

「あ…はぁ、ぁ…」
「ふふ。ねぇ、スヴェン様?」
「な…に…?」

酸素が足りない脳みそでくらくらしているオレに、クルトはほの暗い欲を赤い瞳に湛えながらにこりと笑う。

「もっと気持ちよくなりたいですよね?」



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