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代償

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※前半スヴェン、後半クルト視点になります。



「…ちょっと、やりすぎじゃない?」
「何が?」

もぐ、とショートケーキを食べながら、どこかげっそりとしたシャルロッタがオレの教室に入ってきた。
ここにいれば教師がいない時は、拘束具はつけなくてもいいからな。
ぱちりと一つ瞬きをしてからシャルロッタを見れば髪はぼさぼさ、腕も怪我をしたのか押さえている。

「やりすぎ…とは?」

何の話だ?と首を傾げれば「ダメですよ! スヴェン様!」となぜかクルトが慌てている。
なんだよ。

「可愛いんですから!」
「…それはバイアスがかかってるからだろ」
「何をおっしゃってるんですか! スヴェン様はヴィリ様よりも美しいんですよ?!」
「んなわけあるか」

何言ってんだ、こいつ。
じと、と半眼でクルトを見ると「ありがとうございます! ありがとうございます!」と限界オタクのように礼を告げている。

「さすがに他の生徒を使ってあれこれするのは、話が違うじゃない!」

瞳に涙を浮かべてオレを睨むシャルロッタだが、オレ自身他の生徒を使ってあれこれする、ということに心当たりがなさすぎる。

「オレはそんなことを頼んだ覚えはない」
「そんなわけないでしょ?! だったらなんで…?!」

ギリ、と奥歯を噛んで睨むが、残念ながら本当に心当たりはないのだ。

「他の生徒にまでいじめられてるのか。大変だな」
「大変って…! あんた!」
「あのですね」

噛みつくシャルロッタに、口を出したのはクルトだ。
嫌悪にまみれた表情で彼女を見ている。あれだ。黒くてカサカサしたものを見たような感じだ。

「あんたは…!」
「男爵のあなたは知らないのでしょうが…。スヴェン様がそうすれば、下の者たちがそうするのは当たり前でしょう?」
「は?」

何言ってんの?と眉を寄せながらそう表情で告げるシャルロッタに「はぁ…」と、大きなため息を吐くクルト。
ああ、なるほど。
クルトの呆れたため息に、オレはなんとなく事情を察した。いや、ヴィリの刻印での勉強がなければ、シャルロッタと同じ反応だったはずだ。
…勉強って本当に大切だよな。

「簡単に言えば、上がやってるから問題ない、だろうな」
「それに加え、やっている側がスヴェン様ですからね」
「どういう意味よ?」

まぁ…普通は分からないよな。特に現代日本で生きているなら爵位、なんてものは全く触れないし。

「つまり。公爵家オレがやっているから、気にかけてくれているんだろう」
「は?」
「そういうことですよ」
「ちょっと! 意味が分からないんだけど!」

傷が痛むのか、顔を歪ませながらオレに吠えるシャルロッタに肩を竦める。

「オレは自殺癖があるだろ? しかもお前の教室で『処刑されるために』とわざわざ言ってから、魔法をぶっ放した」
「つまり?」
「つまり、皆さまはスヴェン様の『お手伝い』と称して暴れ回っている、ということですよ」
「はぁ?!」

ようやく理解したシャルロッタがオレを睨むが「いじめに来い」と言ったのはお前だろ?

「けど、お前を傷つけるのはクラスメイトだけだろう?」
「な、なに言って…」
「考えてもみろ。オレはお前の教室だけで“そう”してる…だろ?」
「だ…だからって…」

なんで?というシャルロッタだが、それ以上教えるつもりはない。
…思った以上に人望がないのな。どうせゲームの世界だから、と暴れ回ってるんだろうが。
というか今、おやつの時間だからさっさと出て行ってほしい。

「あ、そうか…」
「うん?」

おやつ食いたいんだけどな、なんて考えていたら突然にやりと笑うシャルロッタ。
それに眉を寄せれば「ああ、なるほど」と不気味に笑いながら、ふらふらと出て行った。
ぱたん、とドアが閉まった後に思わず浄化魔法で教室を浄化してしまうほどに不気味だった。

「…変な答えに行きついてそうだな」
「そうですねぇ。まぁ、我々には関係ないですが」
「うーん…。ヴェルディアナ嬢に迷惑が掛からないといいんだが…」
「それは大丈夫だと思いますよ?」
「うん?」

自信満々にそう告げるクルトを見れば、にこにこと笑っている。

「ヴェルディアナ嬢は公爵家でしょう?」
「そうだな?」
「なら、アホでもそうそう手は出せませんよ」
「そう…ならいいけどな」

アレがどんな答えに行きついたのかはなんとなく想像できるが、それによって彼女たちに迷惑がかかるのではという懸念がある。
しかし、王家と公爵家とのパワーバランスがある。
最悪ヴェルディアナ嬢はどうにかなるとしても、ご令嬢達まで手が回せるか…。

「その辺りも平気ですよ」
「うん?」
「まぁまぁ。スヴェン様が心配することは何もありませんよ」

にこにことしているクルトに眉を寄せるが、こいつクルト自身は上機嫌。

「何かあったら報告してくれ」
「もちろんですよ。スヴェン様」

かちゃ、と淹れ直された紅茶が揺れるのを見てから、ケーキをぱくりと口にした。




「手紙です」
「ああ」

スヴェン様が学園から戻り、いつも通り夕食を食べお風呂に入ってベッドで就寝。それを見届けてから旦那様に呼びだされ、話を聞いた後、窓の側に寄ればすぐにクルトが現れた。
その手には手紙。もちろんただの手紙ではないことを確認している。
封蝋には王家の紋。
つまり。

「父から?」
「みたいですね」
「…影のお使いか。ご苦労さん」
「お使いは慣れてますからねー」

ははっと笑うクルトに「それもそうか」と返してから、封筒から手紙を取り出し読む。

「ふむ」
「カールステッドの追加情報はないんですけど…」
「うん? ああ、以前貰った情報で十分だ。あれだけでカールステッドを叩くには十分だ」

そう。実家という名の王宮へ行くときに馬車を乗り換えたあの時。
クルトからカールステッド家の情報を渡された。それを読んでから、父へとそのまま流した結果が書かれていた。
学園で影から手紙をもらうことも可能だが、たかが侍従と給仕との接点は殆どない。その為、クルトを使ったのだろう。

…あとでお小遣いでもやろう。

そう思いながら、手紙の最後の文につい笑みがこぼれる。

「なるほど」
「何かいい事でもあったんですか?」
「まぁ、な。それよりクルト」
「はい?」

旦那様…アルガーノンから言われた言葉に「考えさせていただいてもよろしいですか?」と言葉を濁してきた。
なんせ今の俺は『クルト・エーゲル』なのだから。

「スヴェン様と結婚したいか?」
「そんな恐ろしいことをするくらいなら、一人でドラゴンに向かって行った方が何倍もマシです」

俺の言葉に被せるようにすぐさまそう告げるクルトに「ぶはっ」と笑えば、恨めしげな視線が向けられた。

「うん、そっか」
「…もしかして、スヴェン様の伴侶に、とか言われたんですか?」
「うん」
「はぁ…なるほど」

そう。アルガーノンに呼びだされた話はこれだった。
ヴィリ様から『20歳までにスヴェン君には自殺癖を止められる人と出会う』と告げられていた話し。
このことを再度聞かされ、ついにアルガーノンは決心したようだった。

まぁ、奥様が随分と乗り気だったようだし。

しかし。

「『クルト・エーゲル』は、伴侶になれないんだよな」
「…まぁ。そうでしょうね」

まさかこんなところで入れ替わりが弊害になるとは…。
はぁ、とため息を吐いてから今更入れ替わりを嘆いても仕方ない。
こうでもしなければ12年もスヴェン様のお側にいられなかったからな。

「クルト」
「はい?」

クルトの名を呼び、姿を見ずに話しかける。
それはいつものこと。
けれど。

「お前には迷惑をかけるな」
「おや。殿下からそんな殊勝な言葉がいただけるとは」

ははっと笑うクルトだが、その時には既に何かを感じ取っていたのだろう。
これも冒険者として活躍しているからからだろうな。

「なに、悪いようにはしない」
「当たり前でしょう? そんな事されたら、スヴェン様に早々に打ち明けますよ」
「…それはちょっと」

こいつは俺の一番嫌なところを確実に突いてくるな。
出会った時は必死で何に対しても頷くだけだったのに。
…まぁ、あの時は子供で、選択肢がなかったというのもあるけど。

「冒険者を辞めるなら言え」
「…なんですか? 影にでも雇っていただけるんですか?」
「そうだ。お前の能力を買おう」
「また買われるんですか」

あははと笑うクルトからは嫌悪を感じない。本当に冗談だとも思っているのだろう。

「影たちも信用してるしな」
「それは光栄ですね。っと、追加情報だそうです」
「お前もう、影になれ」
「嫌ですよ」

どうやら影に手紙を渡されたようだ。
影にここまで信用されるのは本当に光栄なことなんだけども…。こいつは分からないだろうな。
手紙を受け取り、すぐさま封を開ける。

「ふぅん…」
「おや? 殿下。お顔が悪くなってますよ?」
「いいんだよ。そうかそうか」

スヴェン様との結婚、それに俺の正体。
それを同時に解決できる時期が判明した。

「決戦は、卒業パーティか」
「はい?」

にやりと笑って手紙を火魔法で燃やすと、クルトを見る。
嫌な予感を感じたらしいクルトが口元を引きつらせた。

「さて、クルト。お前にも手伝ってもらうぞ?」
「それって拒否権がないやつですよね?!」

なんだ。良く分かっているじゃないか。


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