ロリっ子Jkは平穏を愛す

赤オニ

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見える者、見えない者 3-1

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 視界の端に映る何かは、他の人には見えないらしい。
 ニタニタと笑いながらじぃっと見てくる血まみれの子供が怖くて、泣きながら母の服を引っ張る。
 怖いよう、お母さん。決まって返ってくる言葉は、忙しい。わたしなんて見えないみたいに、泣きながらすがり付く子供を見もせず、母は仕事へと出かけていく。


 最初こそ、怖くてたまらなかった。何かは常にそばにいて、それは人だったりよく分からないモノだったりと様々で、泣いていた。
 どれだけ泣いても帰ってこない、母は仕事しか見えないのだと理解した時から、わたしは泣くことをやめた。


 代わりに笑うようになった。
 記憶の中の母は顔がない。わたしが泣きじゃくっていた時、助けを求めた時、一度だってわたしを見てくれたことなんてなかったから。
 だから、母から欲しかった感情を殺した。見なかったことにして、時折顔を出すその感情を無理やり押し込んで、わたしは笑う。


 次第にその感情は、消えてしまった。
 今となっては、わたしは母に対して何を求めていたのか、忘れてしまった。泣く私も、怖がるわたしも、笑うわたしも、大人しいわたしも、全部ーー母の目には映らないから。


 笑っていれば周りに人が来てくれる。明るく大人しく言うことを聞いていたら、人は離れていかない。
 母の仕事の都合で引越しが多く、小学校へ上がるまで周りにいる人はコロコロ変わったけど、誰かがそばにいるなら、誰でもよかった。
 小学校の入学式、そーちゃんと出会うまでは。


 初めて見た時、同じだと思った。寂しくて、我慢してる、そういう目。
 母の目に映らないわたしと、誰の目にも映らないそーちゃん。一緒だから、きっと分かってくれる。わたしとそーちゃんは、同じだから分かり合える。離れていかない、一人にしない、もう寂しくない。


 ーーでも、違った。そーちゃんの従姉の真理夏を紹介してもらった時、2人のやり取りですぐに自分との違いを嫌でも理解する。


「初めまして、あたし真理夏。そうと仲良くしてやってね。不器用だけど、優しい子だから」
「真理夏は一言余計」
「本当のことじゃん。小学生になったからって、急に呼び捨てにしなくてもいいのに~。真理夏ねーちゃんって甘えてもいいんだよ?」
「うっ、うるさいな」


 照れたように頬を赤くして真理夏を睨むそーちゃんと、からかいながらも優しく見守る真理夏。
 優しくて、大好きな2人。だけど、わたしは2人のそばにずっとはいられないんだなって、分かってしまった。
 人と違う世界が見えてしまうわたしは、見えない2人が分からないし、多分2人もわたしの見える世界が分からない。


 それは大きな隔たりで、見えない世界の人達と一緒にいるのは苦痛になる日がいつかきてしまうと、幼いながらに悟った。


 真理夏の家は少し離れているようだったけど、毎日のように3人で遊んだ。

 
 小さな公園のブランコで、どれだけ高く漕げるか競走した。シーソーの片方に一人が座り、もう片方に2人が同時に乗ったら反対側の一人は浮くのか試したりした。
 ちなみに結果は3人揃って派手に転んですり傷を作った。


 学校も楽しかったし、友達もたくさんいた。けれど、心にぽっかり空いた穴が埋まることは、ない。
 学年が上がる事に、母は家に帰ってくる頻度が減っていく。
 これでご飯を買って食べなさい。そう言って渡されたお金を握りしめて、近くのコンビニでおにぎりを買った。食べ慣れた味だ。寂しかった。


 わたしは母を見なくなったし、元々母はわたしを見ない。
 お互い空気みたいに同じ家で過ごして、表せない寂しいだけが募っていく。そーちゃんや真理夏と遊んで、学校の友達と遊んで、笑ったり怒ったり、それなりに普通の子供の生活を送っていたと思う。


 近所の人から見ても、わたしは多分普通の子供に見えていたと思う。
 母親が滅多に家に帰らなくて可哀想、いつもコンビニのご飯ばかりで可哀想、近所の人達は優しい。
 作りすぎたからと温かいご飯を分けてくれた。お母さんが帰ってくるまで家にいなさいと家に入れてくれた。どれも優しくて、温かい。


「ママぁ、見て! 今日テストで満点とったの、すごいでしょ?」


 得意気な顔で自分の母親にテスト用紙を見せる娘に、パッと驚いたように目を開いて、それから破顔して抱きしめる。
 優しく頭を撫で、ニコニコしながら褒める姿が遠く感じた。


 ……テストで満点なら、わたしいつもとってるよ。作文のコンクールで、賞状を貰ったことだってあるんだよ。全部、お母さんは知らないけど。
 同じようにわたしが振る舞ったとして、母はわたしを見るだろうか。ーーいつものように、忙しいと言うだけだ。わたしにあんな温かいものは、ないから。


「わたし、帰ります」
「あら、お母さんは?」
「もうそろそろ帰ってきてると思うし、ありがとうございました! ご飯、美味しかったです」
「そう? またいつでもいらっしゃいね」
「ママ、早く~」


 はいはい、優しく返事をして、娘の元へ歩いていく背中を見て玄関を出る。
 エレベーターで上がって、鍵を開けて真っ暗な家に帰る。
 電気をつけたあと、テレビをバラエティ番組に変える。ご飯は温かかった。でも、目の前の家族の温かさに、味なんて全然わからなかった。
 押し込めた感情が、顔を出す。視界の端に、黒い影が映る。ぼそぼそ、何か喋ってる。


「さみシい? かなシい? こっちニおいデよ。いっショに、アソボ」


 所々掠れた言葉で、手招きしてる。
 ゆるゆると手を振っている黒い影を無視して、テレビの画面をぼんやり眺める。バラエティ番組で笑い声が響く。ボーッとテレビを眺めて、眠くなったら電気やテレビを消して、部屋に戻って寝る。


 夢を見た。顔のわからない女の人と、手を繋いでいる。
 その人は優しく頭を撫でてくれる。
 わたしは、100点と書かれたテスト用紙を見せたり、コンクールで貰った賞状を広げる。女の人はそれを見て、またわたしの頭を撫でる。
 賞状は、額縁に入れて壁に飾ってくれた。わたしは、どんな顔をしているんだろう。女の人が、ぐにゃぐにゃ輪郭が揺らぐ。真っ黒な影になって手招きをする。


 ーー行かないよ、わたしは。行けないんだ。人が一人消えるなんて、ニュースで大騒ぎしてる。
 おまけに、わたしはまだ小さい。母が興味なくても、世間は騒ぐ。
 だから、寂しくて悲しくてつらくて苦しい独りぼっちのこの世界で、笑いながら生きるんだよ。


「お母さん、明日授業参観あるんだ」


 珍しく夜帰ってきたお母さんに、そう伝える。
 帰ってすぐに化粧を落とし、部屋着に着替えたお母さんは、ソファに腰掛けながら携帯の画面に視線を向ける。興味無さそうに、わたしの話を聞いている。
 ランドセルから1枚の紙を取り出して、お母さんの背中に向けて突き出す。先生が話していた言葉をそのまま、背中に向かって話す。


「六花ちゃんのお母さんは、一度学校にいる六花ちゃんを見た方がいいですね。そうしたら、どれぐらい仕事が忙しくても、きちんと向き合ってくれますよ。だってさ、お母さん」


 お母さんの携帯の画面を遮るように、授業参観の紙を置く。
 携帯を置いて、紙を眺めるお母さんの横顔は、どうでもよさそうな顔をしている。スケジュール帳を取り出して、日付けと交互に見やる。
 そして、一言。


「行くわ」
「……わかった」


 態度が変わるとか、向き合ってくれるとか、そういうのを期待したわけじゃない。母の発したその一言が、欲しかっただけ。


 自室に戻って、宿題を済ませる。あっという間に終わった宿題を眺めて、つい考えてしまう。何を考えて、あの一言が出たのか。
 建前だけでも母親する気なら、とっくの昔からそうしていると思う。仕事が忙しいって言っても、何日間も家を空けるほどいそがしいなんて、仕事じゃない。


 出張だったら予め伝えられるし、母の発する「忙しい」の一言には、自分の時間も含めての忙しいだと、前から分かっていた。


 授業参観日になって、どうしてあの言葉が出たのか、知ってしまう。
 先生と母はとても和やかに話していた。うちの子がいつもお世話になっています、忙しくて中々来れなくてーーーー中身のない薄っぺらい言葉がすり抜けていく。
 先生は嬉しそうに笑う。母も嬉しそうに笑う。


 先生の下の名前は、ソファに置かれた携帯のトーク画面に表示されていた名前と、同じだった。大人って、汚いな。どこまでも冷えた頭で、そんなことが頭に浮かぶ。


「アソボ、アソボ。こっチにおいでヨ」
「…………行かない」


 夢まで見せて、わたしを引きずり込もうとする黒い影が、やけに目に付いた。
 いつもなら視界の端に見えるだけなのに、今日はやけにはっきり見える。それが余計に苛立たしくて、呟く。


「消えろ」


 小さく悲鳴が聞こえて、黒い影が見えなくなった。
 目の前では、母と先生が笑いながら喋っている。独身同士だし、好きにすればいいと思う。
 ーー自分の子供を、生徒を、簡単に利用するその汚さに、乾いた笑いが出る。わたしは、保健室へ向かった。


 お母さんも先生も、笑いあってて気付かない。
 どこに行っても、わたしは独りぼっち。結局、わたしのいない授業を母は観ていたらしい。
 何のための授業参観だか、馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった。校門の前で母から「忙しいから、今日は帰れない」と告げられて、思わず笑いながら言葉が漏れる。


「次帰ってくる時は、先生と一緒なの? 別にいいよ、わたし。再婚反対しないし、興味無いから」


 少しだけ驚いたように見開いた母の顔を見ずに、背を向けて歩き出す。
 そーちゃんと真理夏に会おう。大丈夫、友達がいたらわたしは笑える。……どれだけ寂しくても、ちゃんと笑えるから。
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