コミュ障、異世界転生で存在消失す ~透明人間はスローなライフも思いのままでした~

好きな言葉はタナボタ

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生まれて損した!

早良尻さわらじりエリカは23才の女子大生。 彼女は人嫌いである。 人嫌いと言っても人を憎むわけではない、いわゆるコミュ障というやつだ。 そんな人嫌いが高じて、エリカは近所の人と顔を会わせるのもスーパーに買い物に行くのも辛いという追い詰められた状況にあった。

家族がいればエリカは引きこもりになっていたはずだが、幸か不幸か彼女に家族はいなかった。 幼い頃に父を亡くし、母も昨年に病死していたからだ。 一人っ子だったエリカは両親が残した蓄えや死亡保険金で生活費を賄っていた。

母が死んでエリカは学校に行かなくなり、かといって友人と遊ぶわけでもアルバイトをするわけでもなく、大部分の時間を自宅で猫と過ごしていた。 当面の生活費に困っていないから就職活動すらしていなかった。 就活サイトで面接マナーを調べただけでウンザリして就活を断念してしまう有様だった。

先々のことを考えれば就職するしか道は無いのだが、エリカには就活をする気力が欠如していた。 内向的かつ神経質という彼女の気質と両親の早逝そうせいとがネガティブにコラボしてエリカを無気力にしていたのだ。

家族との死別は人から気力を奪う。 父が死んだときにも母が死んだときにも、エリカは自覚していなかったが生きる気力を奪われていた。 加えて先日、エリカは子供の頃から飼っていた猫にまで死なれていた。 野良猫だったのをエリカが手懐けた黒猫である。 名前は付けていなかった。 猫が死んだときエリカは泣いた。 父が死んだときよりも母が死んだときよりも悲しんだ。 猫はエリカがこの世で唯一、純粋な愛情と呼べる感情を抱いた存在だった。 猫が死んだとき、エリカがこの世で気にかける生物は何1つとして存在しなくなった。

そうして孤独で無気力な生き物となったエリカは、他人との接触を極度に厭うようになった。 なぜか他人との接触が煩わしいのである。 作り笑顔どころか余所行きよそゆきの表情を作るのすら面倒で、近所の人との会話も無駄な行為にしか思えない。 会話では相手の発言はともかく自分の発言が空疎に感じられて仕方がなかった。 話している途中で「こんなことを他人に伝えても意味ないのに」という思いがしきりに頭に浮かぶのだ。 空しさに耐えきれず会話の途中で発言を唐突に中断してしまうことすらあった。

人嫌いに苦しむうちにエリカは気付いた。 実は自分は子供の頃から人嫌いだったのだ、と。 最近までエリカは周囲から変な目で見られることもなく、普通に人付き合いをしてきたしクラスメートとの付き合いもあった。 しかし思い起こせば、小中高そして大学と学校に行くのは毎朝憂鬱だったし、親友もいなかった。 人間関係に対して全般的に淡白で、男性と付き合った経験もない。 実はエリカは子供の頃から人嫌いで、これまでそれが顕在化していなかったに過ぎない。 就職活動をしなかったのも無気力より人嫌いが原因だったのだ。

自分は生まれながらの人嫌いである。 その自覚がエリカの人嫌いを悪化させた。 今ではスーパーで買物するのさえ辛い。 レジでのやり取りですら大変な苦痛なのだ。 相手を意識しすぎるあまりに一刻も早くこの場を去りたいと願い、その思いが表情や声に表れる。 エリカのそんな挙動をレジ係は不審あるいは不快に感じ、レジ係の様子からそれを敏感に察知したエリカの挙動はいっそう怪しくなる。

人嫌いを自覚してからしばらく経つうちに、エリカはスーパーのレジ係からも近所の人たちからも冷たい目を向けられるようになった。 生きて行く上で最低限必要な人との接触すらもはや不可能。 もうこの世で生きていけない。 追い詰められたエリカは自宅で首を吊って自殺した。

◇◆◇◆◇

死んだら意識は消滅するとエリカは考えていたのだが、そうではなかった。 いま彼女はどこだかわからない空間にいて、目の前にはいかめしい顔をした白髪の老人が立っている。

「せっかく人に生まれさせてやったというのに命を粗末にするとはけしからん!」

この人は誰? 神様? 疑問に思いつつもエリカはとりあえず言い返す。

「人に生まれさせてと頼んだ覚えはありません。 人に生まれてもいいことなんて無かった。 生まれて損した!」

 エリカは内向的ではあるが、意外に気が強い一面がある。

「自殺するほどに人が嫌いなら、誰にも気づかれない存在に生まれ変わらせてやろう。 お前に人恋しいという気持ちが生まれるまで人の世で孤独を味わい続けるがいい。 ことによれば永遠にな」

言い終わるやいなや老人は手に持つ杖の頭でエリカの頭をゴツンと叩いた。 多少の憎しみが込められた打撃はかなり痛かったが、それだけではなかった。 エリカは打撃の勢いに不釣り合いな衝撃を頭に受けて気を失ってしまったのである。

◇◆◇◆◇

意識を取り戻したときエリカは地面に横たわっていた。 地面を伝って地鳴りのような音が響いて来る。 ここはどこ? そう思ううちにも地鳴りのごとき音は急速に近づく。 音のするほうに目を向けると、それは馬だった。 いや馬車だ。 馬車がエリカの寝そべるほうへ走って来る。 地面にエリカが転がっているというのに馬車はスピードを緩める気配がない。 覚醒したばかりのエリカは逃げることもままならず馬車に轢かれてしまった。

馬車に轢かれたとき、エリカは激しい衝撃を感じはしたが苦痛は感じなかった。

(私はこれで死んじゃうのね。 あの神様は一体なにがしたかったのかしら?)

エリカを轢いた馬車はそのまま走り続けて去ってゆき、エリカの死体だけがその場に残される。

いまエリカの死体が横たわっているのは町中の街路である。 事故現場の周囲は人通りも多いのだが、誰もさきほどの事故に気付いた様子はない。 エリカの轢死体が地面に転がっているのにも気付いていないようで、何人もの通行人がエリカの死体を踏みつけて通り過ぎてゆく...



30分かけてエリカは蘇生し意識を取り戻した。 馬車に轢かれてひどいことになっていた体がほぼすべて修復されている。 まもなく完全に治ることだろう。

「どうやらこのエリカ、そう簡単には死ねない体のようね」

エリカは神様の意図を理解しつつあった。 誰にも存在を認知されず自殺もできない体で生きていけということなのだ。 ポジティブに考えれば不死身の肉体で誰にも存在を認識されず好き放題出来るということであるが、エリカにはネガティブな思考パターンが染み付いていた。



エリカはいま全裸で街路に立っている。 小ぶりながら均整の取れた肢体を、すっぱだかで堂々と人前にさらけだしているのだ。 しかし通行人はエリカの存在に気づかない。 だから、公衆道徳や羞恥心という意味では服はいらない。 しかし裸だと寒いし、素足なので歩くと足の裏が痛い。

「とりあえず服が必要ね...」

生きる意欲は皆無でも、寒さ・痛さ・空腹などの問題が差し迫れば何とかしようとするのが人間だ。 エリカは食べ物や服がありそうな場所を求め、なんとなく人通りが多いほうへと歩いて行った。
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