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バウムクーヘンはスイーツ堂のやつ

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帰宅したエリカはリビングのソファーに座って午後のティータイム。 飲み物は紅茶で、オヤツはバウムクーヘンだ。

バウムクーヘンを食べながらエリカは、『ファントムさんは実在する - ファントムさんの100の秘密』のページをめくる。

同書はタイトルから予想される通り他愛のない内容で、ファントムさんたるエリカからすれば見当違いな記述も多かったが、この世界の人たちがファントムさんをどんな存在と見なしているかは分かった。

まず、ファントムさんはそう頻繁に出現するのでもないようだ。 『ファントムさんは実在する』が出版されたのは20年前で、著者本人はファントムさんに遭遇した経験は無いとのこと。

そして、ファントムさんはどうやら、幸運の精霊ような感じで親しまれているらしい。 すなわち、いたずらをしたり盗みを働いたりもするけれど総じて見れば善良で幸運をもたらす存在だ。 悪者を退治したり泥棒を捕まえたりしたという逸話も残っている。

「人嫌いで自殺した人がファントムさんになるんだとして... 先輩ファントムさんたちは人嫌いなわりに良い人が多かったのね」

そのお陰でエリカは、この異世界に来て間もない頃に宿に泊めてもらえたし、ハンター協会でも丁重に扱われている。

「後輩ファントムのことを考えると、私もあんまり悪いことはできないな」



優雅なティータイムのあとは夕食の支度だ。 前世からの鼻歌なんぞを歌いながらエリカは機嫌よく包丁を振るう。 だが、いきなり気分が悪くなり出した。 胸がムカムカし、軽い吐き気がする。 夕食の支度を中断してソファーで横になるが、体調は回復するどころか悪化する一方。 頭痛と悪寒までし始めた。

「やばい、バームクーヘンもどしそう」

トイレに駆け込み、さっき食べたバームクーヘンを便器の中に嘔吐。 ただ事でないことを悟ったエリカは病院に行くことにした。

持って行くのは、おカネとコミュニケーション用の筆記用具とマイ・ベル。 マイ・ベルとはエリカが自腹で購入した高級ベルのことだ。 ピカピカに輝く金属製で、ずっしりとした高級感あふれる佇まいが売りである。 ベルの音もマロン君が用意した安物とは桁違いに美しい。



病院用具一式を携え、重い体を引きずって近所の診療所に到着したエリカ。 筆記用具とマイ・ベルを駆使して受付を済ませ、待合室のソファーで待っていると順番が来た。

「次の患者さんは... エリカさん。 ファントムさんのエリカさんどうぞ」

看護婦が開いてくれているドアを通り抜けてエリカは診察室に入る。 医師は50代と見られる白髪の男性であった。

エリカが丸椅子に座ったタイミングで、医師が丸椅子に向かって尋ねる。

「気分が悪いのだとか?」

持参の筆記用具で医師への訴えを書き終えたエリカがマイ・ベルを鳴らすと、清く澄んだ音がチーンと高らかに鳴り響き、医師がエリカのメッセージに気付いた。

エリカが列挙した病状を読み終えて医師が言う。

「ふーむ。 触診できればいいのだが... 今日これまでの行動を教えてくれるかな?」

エリカは今日の行動をペンで紙にリストアップしてゆく。

・バウムクーヘンを食べた
・紅茶を飲んだ
・オークをたくさん倒した
・《治癒》の呪文を初めて使った
・久しぶりにお風呂に入った
・人助けをした
・丘の上でおにぎりを食べた

この中にエリカの具合が悪くなった理由があるのだろうか?

リストを見た医師がまっさきに反応したのは『お風呂は久しぶり』の項目だった。 彼は恐る恐るといった感じでエリカに尋ねる。

「お風呂に入ったのが久しぶりだったの?」

『普段はシャワーです』

メッセージを読んだ医師はホッと胸をなでおろす。

「そうか、ちゃんときれいにしてるんだね。 姿が見えないとは言え、清潔を保つのは大切だよ」

『そんなことより私の体調不良の原因は?』

「おにぎりは、いつどのようにして作ったのかな?」

『店で売ってたのを今朝買いました』

「バウムクーヘンは?」

『スイーツ堂のやつです』

「ふーむ、オークをたくさん倒したそうだけど、何匹倒したのかな?」

『13匹です』

「これまでは何匹ぐらいオークを?」

そんな問答を続けたすえ医師が下した診断は『マナ酔い』だった。 マナ酔いとは、体内のマナ濃度の急上昇に体が順応できず気分が悪くなることである。

エリカは今日オークを13匹も倒したが、オークが放出するマナ輸送体金色の霧の量はラットリングより遥かに多い。 そのため、エリカが保有するマナ輸送体が今日1日で急増した。 マナ輸送体の急増が体内のマナ濃度の急増を招き、エリカはマナ酔いになったのだ。



「治る病気で良かったー。 不死身の体でも病気は辛いもんね」

原因がわかり、それが自然に解消されるものだと知って、エリカは安心した。 そうすると不思議なもので、気分も良くなり始めた。 家に着く頃には、エリカは寝込む必要がない程度にまで具合が良くなっていた。
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