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エリカが苦手なシチュエーション
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気を取り直してエリカは再び《魔物探知》を使う。
「ニョムニョムニョクマム...」
エリカの全身から四方八方に光が飛び散り、モンスターの所在地が脳裏に数多の光点として映し出される。 その中からエリカは多数の光点が集まっている地点を狩り場として選んだ。 光の強さから考えて、集まっている光点はゴブリンの群れだろう。 1匹あたりの金色霧の放出量は少ないが、そこは数の多さでカバーできる。
チン(シバー少尉、今度はあっちよ)
「あっちってどっちですか?」
さっきと同じやり取りを繰り返したのち、エリカとシバー少尉は光点が集う場所を目指して進み始めた。
◇
ゴブリンの群れがいるのは草原だったので、先客がいることが早々に明らかになった。 何人ものハンターたちがゴブリンの群れと戦闘を開始していたのである。
チン(また先客ね...)
エリカは沈んだ気分でベルを鳴らしたが、シバー少尉は張り切っていた。
「大丈夫ですよ、あれだけモンスターの数が多いんだから。 私たちも参加しましょう!」
しかしエリカは気が乗らない。
チンー(えー)
エリカは競争・取り合い・争奪戦の類が大の苦手だった。 運動会やゲームのように実益が関わらない競争なら楽しめるが、モンスターの奪い合いのように実益が関わる競争となると途端に腰が引けてしまう。
シバー少尉がずんずんと戦闘の現場に近づいていくので、エリカも仕方なく後に続く。
近づいて状況が明確になった。 ゴブリンの数は20匹ほど、ハンターの数は7人。 2つのパーティーが獲物を取り合っているらしく、罵り合う声が聞こえてくる。
「おいっ! オレたちの獲物を横取りすんじゃねえよ」
「そんなこと誰が決めたんだよ、バーカ」
ハンターたちはいずれも能力が高く、ゴブリンなど簡単に倒してしまう。 そのため彼らのの意識は、ともすればゴブリンよりもライバルのハンターに向けられる。
(とっても苦手だなー、こういうシチュエーション)
エリカが内心で溜息を付くが、シバー少尉はゴブリンの群れに突進していく。
「急がないと全部たおされちゃいますよ!」
仕方なくエリカも少尉のすぐ後ろに付いて走る。 モンスター争奪戦に参加するつもりは無いが、弱いくせに自身たっぷりのシバー少尉は見るからに危なっかしい。
◇
ゴブリンの群れが残り4匹にまで打ち減らされたとき、シバー少尉はようやく1匹のゴブリンと向かい合った。 戦闘から逃げ出そうとするゴブリンの進路にシバー少尉が立ち塞がったのである。
ゴブリンは逃げるか戦うか少し迷ったのち、戦うことにしたと見えてシバー少尉に視線を定め武器を構えた。
目前のゴブリンは黄褐色の肌をしており、シバー少尉より少し背が低く肉付きも悪い。 外見で判断するなら小柄なシバー少尉よりなお弱そうだが、マナの体内量がモノを言うこの世界では外見だけで強さを推し量れない。
その証拠に目前のゴブリンは、棍棒の先端に重たげな石を取り付けたメイスを労せず扱っている。 メイスは、重量がゴブリンの体重の1/10近くに達するうえ、メイスの先端に重量が集中している。 そんなメイスを操るには全身の筋力だけでなく、武器に振り回されて「おっとっと」とならないだけの敏捷性と器用さが求められる。
(このゴブリンはシバー少尉には荷が重そうね)
エリカは魔法ベルでシバー少尉を助けることにした。 エリカは彼女特有の心理的な問題によりゴブリン争奪戦には参加できないが、シバー少尉を助けるという形で関与するなら心理的な抵抗はない。
ゴブリンにベルチンが有効だという確信もあった。 ゴブリンが人の言葉を喋るかどうかエリカは知らないが、ゴブリンが人語を解せずとも問題ない。 ベルチンに言葉の壁は存在しないからだ。 ベルチンは言語ではないから、動物にだって意思を伝えられる。 伝わった意思がどこまで理解されるかはベルチン相手の知能に依存するが、ゴブリンなら知能は十分である。
エリカが意識的に魔法ベルを使うのは初めてだが、過去2回の魔法ベルでエリカは魔法ベルを意のままに使える確信を得ていた。
(ガブリューに放った魔法ベルでは、あのときの私の怒りをそのままぶつけた。 いま私の中に怒りは無いから、ジケルド大佐に使ったタイプの魔法ベルね。 どんな感情をゴブリンに引き起こそうかな...?)
少し考えて、エリカはすぐに思いついた。
(よし、妹にしよう)
エリカはベルにマナを纏わせ、ゴブリン目がけて魔法ベルを放つ。
チン!(武器を下ろして! 目の前の赤毛の女の子は、あなたの生き別れの妹よ!)
このメッセージは指向性ベルチンで放たれた。 指向性ベルチンは、ベルの音を特定のターゲットのみに届けるエリカ流ベル術の秘技である。 馬車旅のあいだに、エリカは密かにこの秘技を完成させていた。
エリカが放った魔法ベルがゴブリンに直撃し、ゴブリンはきょとんとした顔になった。 そして、ゴブリンが構える重たげなメイスの先端が下がり始め、やがて地面に付く。 エリカの魔法ベルが効果を発揮し、ゴブリンはシバー少尉を生き別れの妹と信じ込んだのだ。
構えていた武器を下ろし無防備となったゴブリンは、表情を歪め何かを喋り出そうとするようである。 ようやく再会した生き別れの妹にかける言葉を探しているのだ。
エリカにはそれが分かったが、シバー少尉には分からない。 完成した指向性ベルチンの音はターゲットであるゴブリンにしか聞こえないので、シバー少尉はエリカがゴブリンにメッセージを送ったことすら知らない。
これまでにゴブリンを1人で仕留めたことが無いシバー少尉にとって、この状況は戦士として成長するための千載一遇の好機である。 がら空きの喉に長剣を突き刺せば、シバー少尉でもゴブリンは一撃で絶命すること間違いなしだ。
「チャンスっ!」
シバー少尉は降ってわいた絶好のチャンスを不思議に思いもせず、構えた長剣でゴブリンの胸元に狙いを定める。 そして剣を突き出そうとしたとき...
シバー少尉は横に弾き飛ばされた。 1人の男性ハンターがシバー少尉を肩で押しのけるようにして、彼女が立つ場所に強引に割り込んできたのだ。
「ニョムニョムニョクマム...」
エリカの全身から四方八方に光が飛び散り、モンスターの所在地が脳裏に数多の光点として映し出される。 その中からエリカは多数の光点が集まっている地点を狩り場として選んだ。 光の強さから考えて、集まっている光点はゴブリンの群れだろう。 1匹あたりの金色霧の放出量は少ないが、そこは数の多さでカバーできる。
チン(シバー少尉、今度はあっちよ)
「あっちってどっちですか?」
さっきと同じやり取りを繰り返したのち、エリカとシバー少尉は光点が集う場所を目指して進み始めた。
◇
ゴブリンの群れがいるのは草原だったので、先客がいることが早々に明らかになった。 何人ものハンターたちがゴブリンの群れと戦闘を開始していたのである。
チン(また先客ね...)
エリカは沈んだ気分でベルを鳴らしたが、シバー少尉は張り切っていた。
「大丈夫ですよ、あれだけモンスターの数が多いんだから。 私たちも参加しましょう!」
しかしエリカは気が乗らない。
チンー(えー)
エリカは競争・取り合い・争奪戦の類が大の苦手だった。 運動会やゲームのように実益が関わらない競争なら楽しめるが、モンスターの奪い合いのように実益が関わる競争となると途端に腰が引けてしまう。
シバー少尉がずんずんと戦闘の現場に近づいていくので、エリカも仕方なく後に続く。
近づいて状況が明確になった。 ゴブリンの数は20匹ほど、ハンターの数は7人。 2つのパーティーが獲物を取り合っているらしく、罵り合う声が聞こえてくる。
「おいっ! オレたちの獲物を横取りすんじゃねえよ」
「そんなこと誰が決めたんだよ、バーカ」
ハンターたちはいずれも能力が高く、ゴブリンなど簡単に倒してしまう。 そのため彼らのの意識は、ともすればゴブリンよりもライバルのハンターに向けられる。
(とっても苦手だなー、こういうシチュエーション)
エリカが内心で溜息を付くが、シバー少尉はゴブリンの群れに突進していく。
「急がないと全部たおされちゃいますよ!」
仕方なくエリカも少尉のすぐ後ろに付いて走る。 モンスター争奪戦に参加するつもりは無いが、弱いくせに自身たっぷりのシバー少尉は見るからに危なっかしい。
◇
ゴブリンの群れが残り4匹にまで打ち減らされたとき、シバー少尉はようやく1匹のゴブリンと向かい合った。 戦闘から逃げ出そうとするゴブリンの進路にシバー少尉が立ち塞がったのである。
ゴブリンは逃げるか戦うか少し迷ったのち、戦うことにしたと見えてシバー少尉に視線を定め武器を構えた。
目前のゴブリンは黄褐色の肌をしており、シバー少尉より少し背が低く肉付きも悪い。 外見で判断するなら小柄なシバー少尉よりなお弱そうだが、マナの体内量がモノを言うこの世界では外見だけで強さを推し量れない。
その証拠に目前のゴブリンは、棍棒の先端に重たげな石を取り付けたメイスを労せず扱っている。 メイスは、重量がゴブリンの体重の1/10近くに達するうえ、メイスの先端に重量が集中している。 そんなメイスを操るには全身の筋力だけでなく、武器に振り回されて「おっとっと」とならないだけの敏捷性と器用さが求められる。
(このゴブリンはシバー少尉には荷が重そうね)
エリカは魔法ベルでシバー少尉を助けることにした。 エリカは彼女特有の心理的な問題によりゴブリン争奪戦には参加できないが、シバー少尉を助けるという形で関与するなら心理的な抵抗はない。
ゴブリンにベルチンが有効だという確信もあった。 ゴブリンが人の言葉を喋るかどうかエリカは知らないが、ゴブリンが人語を解せずとも問題ない。 ベルチンに言葉の壁は存在しないからだ。 ベルチンは言語ではないから、動物にだって意思を伝えられる。 伝わった意思がどこまで理解されるかはベルチン相手の知能に依存するが、ゴブリンなら知能は十分である。
エリカが意識的に魔法ベルを使うのは初めてだが、過去2回の魔法ベルでエリカは魔法ベルを意のままに使える確信を得ていた。
(ガブリューに放った魔法ベルでは、あのときの私の怒りをそのままぶつけた。 いま私の中に怒りは無いから、ジケルド大佐に使ったタイプの魔法ベルね。 どんな感情をゴブリンに引き起こそうかな...?)
少し考えて、エリカはすぐに思いついた。
(よし、妹にしよう)
エリカはベルにマナを纏わせ、ゴブリン目がけて魔法ベルを放つ。
チン!(武器を下ろして! 目の前の赤毛の女の子は、あなたの生き別れの妹よ!)
このメッセージは指向性ベルチンで放たれた。 指向性ベルチンは、ベルの音を特定のターゲットのみに届けるエリカ流ベル術の秘技である。 馬車旅のあいだに、エリカは密かにこの秘技を完成させていた。
エリカが放った魔法ベルがゴブリンに直撃し、ゴブリンはきょとんとした顔になった。 そして、ゴブリンが構える重たげなメイスの先端が下がり始め、やがて地面に付く。 エリカの魔法ベルが効果を発揮し、ゴブリンはシバー少尉を生き別れの妹と信じ込んだのだ。
構えていた武器を下ろし無防備となったゴブリンは、表情を歪め何かを喋り出そうとするようである。 ようやく再会した生き別れの妹にかける言葉を探しているのだ。
エリカにはそれが分かったが、シバー少尉には分からない。 完成した指向性ベルチンの音はターゲットであるゴブリンにしか聞こえないので、シバー少尉はエリカがゴブリンにメッセージを送ったことすら知らない。
これまでにゴブリンを1人で仕留めたことが無いシバー少尉にとって、この状況は戦士として成長するための千載一遇の好機である。 がら空きの喉に長剣を突き刺せば、シバー少尉でもゴブリンは一撃で絶命すること間違いなしだ。
「チャンスっ!」
シバー少尉は降ってわいた絶好のチャンスを不思議に思いもせず、構えた長剣でゴブリンの胸元に狙いを定める。 そして剣を突き出そうとしたとき...
シバー少尉は横に弾き飛ばされた。 1人の男性ハンターがシバー少尉を肩で押しのけるようにして、彼女が立つ場所に強引に割り込んできたのだ。
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