コミュ障、異世界転生で存在消失す ~透明人間はスローなライフも思いのままでした~

好きな言葉はタナボタ

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スカッチ

「エリカさん! 助けてくれてありがとうございました。 ホント怖かったです」

チン(助けるのが遅れてゴメンね。 私も怖かったの)

「エリカさんも怖いことってあるんですね」

チン(まあね)

会話を続けながらエリカは考えていた。 さっきの件をこれで済ませてしまって良いのだろうか? シバー少尉を突き飛ばしてゴブリンを横取りし、シバー少尉に睨み返して威圧し、あまつさえ謝罪を要求。 そんな男の悪行をグー・パンチ1つで済ませてしまって良いのだろうか?

(さっきのセリフからして、あの男は軍人じゃないの? だとすれば名誉大佐の地位を活かせるかも...?)



男は仲間たちのもとへ戻ると、すぐにこの場を去ることを主張した。

「別の場所に移動するぞ。 ファントムさんがいた」

仲間が驚いて尋ねる。

「ファントムさんが!? どうして逃げるの?」

「ちっと揉めちまってな。 あの赤毛の女がいるだろう? あの女がファントムさんのツレだった。 急げ。 すぐに出発だ」

「待ってよ、スカッチくん」

シバー少尉と揉めた男はスカッチという名前らしい。 スカッチたちの会話に、隣にいたパーティーが興に味を示す。

「ファントムさんってあれか? クーララへの援軍に参加してくれるっていう」

チン(そうよ。 そのファントムさんよ)

なんと、エリカはすでにこの場に来ていた。

その場にいたハンター7人全員が音源地であるエリカのほうを振り向き騒ぎ出す。

「いまのベル、意味が分かるぞ」「ファントムさんだって言ってたね」「くっ、マズい」「ファントムさんはベルで会話するのか?」「《伝心》の魔法とも違う」「ベルだけど」「ベルじゃなかった!」

ベルの音なのに不思議と意味が分かる、そんなミステリアスな現象をこの7人は初めて体験したのだ。

わいわいガヤガヤと話し続けるハンターたちに向けて、エリカは再びベルを鳴らす。

チン(あなたたちはザルス共和国の軍人なのかしら?)

「おお、また意味が分かる」「このベルの音はどこから?」「ミステリアスすぎるぜ」

話が進まないのに焦れたエリカは今度は強めにベルを鳴らす。

チン!(質問に答えてちょうだい! あなたたちはザルス共和国の軍人なの?)

「そうでーす」「そうっす」「うぃっス」

ハンターたちの返答が相次ぐなか、スカッチはコソコソと逃げだそうとしていた。

それを見咎めたエリカは鋭くベルを鳴らす。

チン!(お待ちなさい、スカッチ!)

「ぐ、オレの名前を知っているのか」

チン(ファントムさんは何でもお見通しなの)

嘘である。 スカッチの仲間が彼の名を口にしたとき既にエリカがこの場にいただけである。

チン(逃げても無駄よ。 観念しなさい)

エリカにそう告げられて、スカッチは仕方なく地面に座り込んだ。

ハンターの1人がエリカに尋ねる。

「クーララ王国への援軍に参加してくれるファントムさんって、あなたのことですか?」

ハンターたちは初めて接触するファントムさんに興味しんしんだ。

チン(あら、よく知ってるわね。 その通りよ)

「ファントムさんが来てくれるって話は本当だったんだ」「よかったー」「上層部は無謀じゃなかった」「ちゃんとプランがあったんだ」「これで今度の戦は勝ったも同然だな」

ザルス共和国軍の兵たちは、クーララ王国への援軍としてザンス帝国軍と戦うことを不安に感じていたようだ。 そして、タベザル市の軍がクーララへの援軍ではなくラットリング退治に向けられることになったことは、まだ末端の兵には伝わっていないらしい。

「ベルでメッセージが伝わるのはどうしてですか?」

チン(私はベルの音で自分の言いたいことを表現できるの。 私が編み出した技術よ。 エリカ流ベル術と呼ばれているわ)

「オレにも出来るようになりますか?」「私もベルが欲しくなっちゃった」「弟子にしてください」

チン(弟子は取ってないの。 私もまだ修行中の身だから...)



なおも色々と質問してくるハンターたちを無視して、エリカはスカッチに尋ねる。

チン(スカッチ、あなたもザルス共和国軍の軍人なのよね?)

エリカの問いにスカッチは憂鬱そうにうなずく。 面倒なことになった。 ゴブリン1匹相手にチンタラやってる女の獲物を横取りし、生意気にも睨んで来やがったから謝らせただけなのに。 あの女がまさかファントムさんの庇護下にあったとは。

スカッチの首肯しゅこうにエリカは満足そうな笑みを浮かべる。 大佐の階級を活用するチャンス到来だ。

チン(上官命令よ、あっちにいる赤毛の女の子に謝りなさい)

「上官だ? あんたの階級は?」

そう尋ねはしたものの、スカッチには分かっていた。 ファントムさんの階級が自分より遙かに上であることを。 スカッチの階級を尋ねもせずに「上官命令」と口にするからには、そんじょそこらの士卒では及びも付かないほどに高い階級に違いないのだ。 それともファントムさんは本当に何でもお見通しなのだろうか...?

チン(わたしは大佐よ。 あなたの階級は私より低いでしょう?)

予想を上回るファントムさんの階級にスカッチは驚いた。 しかし同時に疑念も生じる。 これまで軍に所属していなかったファントムさんだ。 軍人としてのキャリアもない者に、いきなり大佐の階級を与えるだろうか?

「あんたが大佐だっていう証拠は?」

エリカはナップサックから軍の身分証を取り出し、スカッチのほうに放り投げる。 身分証は彼のオデコに当たった。

「いてっ」

チン(あーら失礼。 狙いがちょっと外れちゃった)

「おでこに当てといて『ちょっと外した』だと? どこを狙いやがった」

チン(知らない方があなたのためよ)

エリカが狙ったのはスカッチの左目である。

チン?(それより、さっさと私の階級を確認したらどう?)

スカッチは不機嫌な顔で身分証を確認し、さきほどの疑念を不本意ながら解消させられた。 ファントムさんはただの大佐ではなく名誉大佐だったのだ。 この地位ならキャリアの無い者に与えられてもおかしくはない。

スカッチはむっすりと押し黙る。

「...」

チン(何とか言いなさいよ)

「わかった」

チン?(何が分かったのかしら?)

「あんたは大佐だ」

チン?(あなたは上官にもタメ口なのかしら?)

「すいませんでした」

チン?(何について謝ってるのかしら?)

「タメ口ですいませんでした」

チン(よろしい。 素直になってきたわね。 じゃあ、あの赤毛の子に謝っちゃいなさい)

「...」

チン(あの子をこっちに呼ぶから謝罪の言葉を考えておきなさいね?)

シバー少尉はさっきの場所で膝を抱えて所在なさげに座っている。 スカッチが怖くてハンターたちの集まっている場所に来れないのだ。

シバー少尉まで距離があるので、エリカは指向性ベルチンを使うことにした。 指向性ベルチンはメッセージの射程距離が通常のベルチンよりも長い。

チン(シバー少尉、こっちにいらっしゃい。 さっきの男があなたに謝罪したいそうよ)

うつむいていたシバー少尉はエリカのベルチンが届くと顔を上げ、立ち上がった。 そして、おずおずとエリカたちのほうへと歩いて来る。
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