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荷車とコミュ障
ヒモネス中佐が率いるエレベス駐留部隊は、ザンス帝国軍の進軍開始にともないクーララ王国の首都へ向かっていた。 この部隊はギリギリまでエレベスの町にとどまり情報を収集していたが、今度は首都の防衛に参加する。
ヒモネス部隊の前方には3千人ほどの群衆が歩いている。 帝国軍の予想ルートから外れた近隣町村へと避難するエレベス住民の最後の一団である。 この一団は首都に向かうヒモネス部隊とルートが部分的に重なるので、ヒモネス部隊が途中まで護衛することになった。 6万の帝国軍に追いつかれでもすればヒモネス部隊も全滅なので、護衛の意味は薄いのだが。
◇◆◇
エレベスの町を出発してから2日目。 避難民の後ろを軽快な足取りで歩きながら、ヒモネス部隊の一員であるナヤスは文句を言う。
「ちぇっ、おっせーなー。 帝国軍に追いつかれちゃうよ」
マナで肉体が強化された帝国兵は進軍のペースも速い。 それと対照的に、避難するエレベス住民の多くは家財道具を積んだ荷車を引いたり重い荷物を背負ったりしてるから、どうしても歩みが遅くなる。 緩やかとはいえ起伏が混じった道だから尚のことだ。 荷車は坂に弱い。 特に下り坂など歩けたものではない。 ブレーキが付いていないのだから。
ナヤスの文句は小声だった。 前を歩く避難民に愚痴が聞こえないようにとの配慮である。 しかし、彼の隣を歩くイショナにはナヤスの小声が聞こえた。
「荷物が多いんだから仕方ないでしょ」
「わかってるよ、うっせーな」
避難民を擁護するイショナの声は大きく、最後尾を歩く避難民たちの耳にしっかりと届いた。 勘の良い1人の男性がイショナたちの会話の内容を察して振り返り、疲れた目でチラリとイショナを見る。
無言で前方に向き直った男性の背中にイショナは「ゴメンなさい」と小声で謝ると、ひそひそ声でナヤスに文句を言う。
「あんたのせいよ!」
「オレのせいじゃねーよ。 イショナは気配りが足りないんだよ。 すぐ怒鳴るし」
「気配りしつつ他人に文句を言うのってどうなのかしら?」
「気配りが出来ないよりマシだと思うよ?」
「うーん、どうなのかしら?」
ナヤスとイショナは無駄口を利く元気があったが、この場において彼らは少数派だった。 避難民の多くは昨日から歩きづめで疲労が溜まっていた。 心労も尋常ではない。 これまでの生活を捨てて逃げ延びてきたのだから。 ザンス帝国軍はエレベスの町に狼藉を働かないだろうか? 彼らが町に戻ったとき、エレベスの町並みは健在だろうか? いや、そもそも彼らが再びエレベスの町へ戻れる日が来るのだろうか?
◇◆◇
避難民は重い足で重い心を引きずって前へ進み続け、やがて上り坂の手前へやってきた。 これまでの上り坂と違って、今度のは少しばかり傾斜がきつく、そのうえ距離が長い。 一息ついて乳児を抱き直す若い母親、父親の引く荷車の後ろに回る男の子。 避難民たちは黙々と長い坂道に取りかかる。
ここで追い詰められたのが、家族も友人もいないのに荷車を引いている独り者のコミュ障たちである。 重い荷車を1人で引いて長い坂道を上るのは大変だ。 途中で力尽きようものなら、後ろで支える者がいない荷車は坂道を逆走して後続の人に衝突してしまう。 周りの誰かに荷車を押してくれるよう頼めばいいのだが、それをできないのがコミュ障である。
この長い坂道の最後まで1人で荷車を引ききれるだろうか? 自信はない。 でも人には頼れない。 総勢5人の荷車コミュ障は内心でテンパりつつ重い荷車を引いて坂道を上がり始めた。
◇◆◇
案の定というべきか、荷車のコミュ障たちは1人の例外を除いて坂道の半ばで力尽き始めた。 体力が不十分な者が独力で荷車を引いて坂道を上りきるには相応の気力が求められるが、その気力に必要なモチベーションが4人の荷車コミュ障には不足していたのだ。
モチベーション不足に関しては他の避難民も同様である。 クーララ王国が滅ぶなら隣町に避難しても意味がないのでは?
それでも、コミュ症以外ではモチベーション不足は問題とならなかった。 荷車の後ろを押してくれる人がいて、気力が問題となるほどに体力を要求されなかったからだ。 ところがコミュ障は荷車を支えてくれる人がいない。 彼ら彼女らは次々に、気力がモノを言う領域に突入していった。 気力が不足した状態で。
1人の荷車コミュ障が重さに耐えきれず荷車を手放す。
「もうダメだ」
荷車は坂道をゴロゴロと下って後続の避難民に激突し、坂道は悲鳴と喧噪に包まれる。 それが引き金となり、他の3人の荷車コミュ障も次々と荷車を手放してしまう。
「オレももう無理」「じゃあ私も降参」「後ろの人、ゴメンなさい」
4台の荷車がゴロゴロと坂道を下り惨事を引き起こす。 泣き叫ぶ子供の声・けたたましい女の罵り声・男の怒声が響きわたる中で、加害者たる荷車コミュ症たちは呆けたように虚脱感に身を委ねる。
この騒動が引き起こした渋滞で後続の集団が進めないのは無論のこと、前を進んでいた集団も立ち止まって振り返り、3千人の避難民の足は完全に止まってしまった。
ヒモネス部隊の前方には3千人ほどの群衆が歩いている。 帝国軍の予想ルートから外れた近隣町村へと避難するエレベス住民の最後の一団である。 この一団は首都に向かうヒモネス部隊とルートが部分的に重なるので、ヒモネス部隊が途中まで護衛することになった。 6万の帝国軍に追いつかれでもすればヒモネス部隊も全滅なので、護衛の意味は薄いのだが。
◇◆◇
エレベスの町を出発してから2日目。 避難民の後ろを軽快な足取りで歩きながら、ヒモネス部隊の一員であるナヤスは文句を言う。
「ちぇっ、おっせーなー。 帝国軍に追いつかれちゃうよ」
マナで肉体が強化された帝国兵は進軍のペースも速い。 それと対照的に、避難するエレベス住民の多くは家財道具を積んだ荷車を引いたり重い荷物を背負ったりしてるから、どうしても歩みが遅くなる。 緩やかとはいえ起伏が混じった道だから尚のことだ。 荷車は坂に弱い。 特に下り坂など歩けたものではない。 ブレーキが付いていないのだから。
ナヤスの文句は小声だった。 前を歩く避難民に愚痴が聞こえないようにとの配慮である。 しかし、彼の隣を歩くイショナにはナヤスの小声が聞こえた。
「荷物が多いんだから仕方ないでしょ」
「わかってるよ、うっせーな」
避難民を擁護するイショナの声は大きく、最後尾を歩く避難民たちの耳にしっかりと届いた。 勘の良い1人の男性がイショナたちの会話の内容を察して振り返り、疲れた目でチラリとイショナを見る。
無言で前方に向き直った男性の背中にイショナは「ゴメンなさい」と小声で謝ると、ひそひそ声でナヤスに文句を言う。
「あんたのせいよ!」
「オレのせいじゃねーよ。 イショナは気配りが足りないんだよ。 すぐ怒鳴るし」
「気配りしつつ他人に文句を言うのってどうなのかしら?」
「気配りが出来ないよりマシだと思うよ?」
「うーん、どうなのかしら?」
ナヤスとイショナは無駄口を利く元気があったが、この場において彼らは少数派だった。 避難民の多くは昨日から歩きづめで疲労が溜まっていた。 心労も尋常ではない。 これまでの生活を捨てて逃げ延びてきたのだから。 ザンス帝国軍はエレベスの町に狼藉を働かないだろうか? 彼らが町に戻ったとき、エレベスの町並みは健在だろうか? いや、そもそも彼らが再びエレベスの町へ戻れる日が来るのだろうか?
◇◆◇
避難民は重い足で重い心を引きずって前へ進み続け、やがて上り坂の手前へやってきた。 これまでの上り坂と違って、今度のは少しばかり傾斜がきつく、そのうえ距離が長い。 一息ついて乳児を抱き直す若い母親、父親の引く荷車の後ろに回る男の子。 避難民たちは黙々と長い坂道に取りかかる。
ここで追い詰められたのが、家族も友人もいないのに荷車を引いている独り者のコミュ障たちである。 重い荷車を1人で引いて長い坂道を上るのは大変だ。 途中で力尽きようものなら、後ろで支える者がいない荷車は坂道を逆走して後続の人に衝突してしまう。 周りの誰かに荷車を押してくれるよう頼めばいいのだが、それをできないのがコミュ障である。
この長い坂道の最後まで1人で荷車を引ききれるだろうか? 自信はない。 でも人には頼れない。 総勢5人の荷車コミュ障は内心でテンパりつつ重い荷車を引いて坂道を上がり始めた。
◇◆◇
案の定というべきか、荷車のコミュ障たちは1人の例外を除いて坂道の半ばで力尽き始めた。 体力が不十分な者が独力で荷車を引いて坂道を上りきるには相応の気力が求められるが、その気力に必要なモチベーションが4人の荷車コミュ障には不足していたのだ。
モチベーション不足に関しては他の避難民も同様である。 クーララ王国が滅ぶなら隣町に避難しても意味がないのでは?
それでも、コミュ症以外ではモチベーション不足は問題とならなかった。 荷車の後ろを押してくれる人がいて、気力が問題となるほどに体力を要求されなかったからだ。 ところがコミュ障は荷車を支えてくれる人がいない。 彼ら彼女らは次々に、気力がモノを言う領域に突入していった。 気力が不足した状態で。
1人の荷車コミュ障が重さに耐えきれず荷車を手放す。
「もうダメだ」
荷車は坂道をゴロゴロと下って後続の避難民に激突し、坂道は悲鳴と喧噪に包まれる。 それが引き金となり、他の3人の荷車コミュ障も次々と荷車を手放してしまう。
「オレももう無理」「じゃあ私も降参」「後ろの人、ゴメンなさい」
4台の荷車がゴロゴロと坂道を下り惨事を引き起こす。 泣き叫ぶ子供の声・けたたましい女の罵り声・男の怒声が響きわたる中で、加害者たる荷車コミュ症たちは呆けたように虚脱感に身を委ねる。
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