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斥候部隊
ザンス帝国軍の斥候部隊は総勢8名。 その隊長であるブーゲン軍曹が部下たちに注意を喚起する。
「前方集団の匂いが強まった。 停止している可能性が高い」
ブーゲン軍曹は嗅覚に優れている。 マナによる肉体強化の作用が嗅覚に強く現れるタイプなのだ。
斥候部隊は敵の奇襲を察知することを目的に編成されており、その主力は五感に優れる者・勘がよく働く者・トラップの探知に長ける者である。
聴覚に優れる隊員が心なし声をひそめて言う。
「クーララの奴ら、さっきから妙に静かだ」
「何か企んでそうね。 とても嫌な予感がするの」
そう言ったのは勘がいい隊員。 マナによる肉体強化が第六感に作用する稀有な人材である。
「本隊に連絡しておこう」
そう言ってブーゲン軍曹はケータイ・テレホンを取り出し、本隊の担当士官に連絡を入れる。
「最新状況を報告します。 先行するクーララ部隊の様子に変化がありました。 我が軍の接近に気付いたかもしれません。 奇襲にはくれぐれも警戒を」
これが斥候部隊からの最後の連絡となった。 この連絡ののち斥候部隊はヒモネス隊の策略に引っかかって全滅したのだ。
◇◆◇
本隊への報告を終えた斥候部隊は前進を再開する。 彼らの目的はクーララ部隊の殲滅ではない。 弱兵クーララとはいえ相手は数百人。 8人では倒せない。
斥候部隊の役目はクーララ部隊による罠や奇襲の看破/抑止である。 具体的には、一定の距離をあけてクーララ部隊に追随して挙動を監視し、さらに自分たちの存在を見せつけクーララ部隊の策謀を防ぐ。 「見ているぞ。 何をしようがお見通しだぞ?」とクーララ部隊にプレッシャーをかけて企みを未然に阻止するのだ。
五感と第六感を駆使して慎重に進み、斥候部隊は見通しの悪い曲がり角までやって来た。 クーララ部隊がいる場所まで直線距離にしてあと500m。 この急カーブを曲がれば数百人のクーララ部隊を視認できる。 さすれば、あとは見つつ見られつクーララ部隊を追尾していくだけだ。
ところが、角を曲がった斥候部隊の目に映ったクーララ兵は僅か3人だった。 その3人はほんの50m先に佇んでいる。 これまでに聴覚と嗅覚が告げてきた情報と、視覚が告げる目前の情報との食い違いに、斥候部隊は即座に警戒心を抱いた。
「止まれ。 異常事態だ」
ブーゲン軍曹に言われるまでもなく全員すでに立ち止まっていた。 これまで数百人の気配を感じていたのに3人しか視認できない。 敵の策略が始まっているのは明らかだった。
「3人だと? 残りはどこに行った?」
ブーゲン軍曹がこの状況を本隊に報告しようとケータイを取り出したとき、クーララ兵3人が斥候部隊に気付いて魔法の呪文を唱え始めた。 聴覚に優れる隊員がいち早くそれに気づく。
「呪文だ!」
ブーゲン軍曹たちの念頭に浮かんだ選択肢は2つ。 逃げる? それとも倒す? 後者が彼らの選択だった。 敵兵までの距離はわずか50m、敵兵の数はわずか3人。 この距離なら呪文が発動する前に3人を切り捨てられる。 それは斥候部隊の思考であると同時に、ヒモネス隊に誘導された思考であった。
50mという距離も3人という人数もヒモネス隊の企みの一部である。 囮の数が30人だったら、囮までの距離が100mだったら、ブーゲン軍曹は逃げるように指示しただろう。 しかし人数も距離もクーララ兵を倒すのに手頃だったので、斥候部隊の心に「美味しい相手だ」という気持ちが生まれた。 そこで囮が呪文の詠唱を開始したものだから斥候部隊は考える時間を与えられなかった。
①思考の時間が不足した状態で、②美味しそうな敵に、③敵対行動を取られるという3つの条件が揃えば、逃げるよりも攻撃するのが人間である。
「殺せ! 呪文を唱えさせるな」
斥候部隊の面々は人間だったので、軍曹の指示に従い3人のクーララ兵めがけて猛然とダッシュした。 クーララ部隊が何かを企んでいるのは分かっている。 数百人の敵兵がどこかに潜んでいる可能性も承知している。 しかし、そうした状況を楽しむ気持ちすら彼らの心のどこかにあった。 大量に隠れているであろうクーララ兵にザンス兵の強さを見せつけてやろう。 弱兵クーララの小賢しい企みなどザンスの圧倒的な戦闘力で粉砕してくれよう。
◇◆◇
ダッシュする斥候部隊の先頭を突っ走るのはブーゲン軍曹。 長い手足をムチのようにしならせ、軍曹は呪文を詠唱する3人のクーララ兵めがけて疾駆する。 彼の100m走のタイムは6秒台。 50mを数瞬のうちに駆け抜けて呪文が完成する前にクーララ兵の息の根を止めるなど造作もない。 ブーゲン軍曹の後ろに部下たちも続く。 走力に差はあれど、誰も彼も人間離れした速度ですっ飛んでいく。
最初にすっ転んだのはブーゲン軍曹だった。 転倒の原因はロープ。 道の両側に生える樹木の間に3本のロープが手頃な間隔を空けて張り渡されていたのだ。 ロープに《迷彩》の呪文が施されていたので、斥候部隊は誰もロープの存在に気づかなかった。
ブーゲン軍曹のすぐ後ろを走っていた2人もロープに足を取られて転倒。 残る4人のうち2人は急停止したが、別の2人に背後から激突されて結局全員が転んでしまった。
そこに《迷彩》で姿を隠していたヒモネス中佐がやって来て、地面から起き上がろうとする斥候部隊を殺し始めた。 ヒモネスは《加速》の魔法で素早さを強化しており、目にも留まらぬ素早さで8人のうち4人までを次々と突き殺していった。
残る4人は殺される前に立ち上がったものの、「こいつ、強い!」だの「本当にクーララ人か?」だの「オレにも魔法が使えたら...」といったセリフの途中でヒモネスに斬り殺された。
純粋な近接戦闘力で言えば斥候部隊は一人一人がヒモネス中佐と同程度だが、《加速》の呪文を使ったヒモネスには歯が立たなかった。 《加速》は強力な呪文だが、効果の持続時間が短いうえ動作の制御に常人離れした反射神経の鋭さが求められるので、使いこなせるクーララ人は希少である。
「前方集団の匂いが強まった。 停止している可能性が高い」
ブーゲン軍曹は嗅覚に優れている。 マナによる肉体強化の作用が嗅覚に強く現れるタイプなのだ。
斥候部隊は敵の奇襲を察知することを目的に編成されており、その主力は五感に優れる者・勘がよく働く者・トラップの探知に長ける者である。
聴覚に優れる隊員が心なし声をひそめて言う。
「クーララの奴ら、さっきから妙に静かだ」
「何か企んでそうね。 とても嫌な予感がするの」
そう言ったのは勘がいい隊員。 マナによる肉体強化が第六感に作用する稀有な人材である。
「本隊に連絡しておこう」
そう言ってブーゲン軍曹はケータイ・テレホンを取り出し、本隊の担当士官に連絡を入れる。
「最新状況を報告します。 先行するクーララ部隊の様子に変化がありました。 我が軍の接近に気付いたかもしれません。 奇襲にはくれぐれも警戒を」
これが斥候部隊からの最後の連絡となった。 この連絡ののち斥候部隊はヒモネス隊の策略に引っかかって全滅したのだ。
◇◆◇
本隊への報告を終えた斥候部隊は前進を再開する。 彼らの目的はクーララ部隊の殲滅ではない。 弱兵クーララとはいえ相手は数百人。 8人では倒せない。
斥候部隊の役目はクーララ部隊による罠や奇襲の看破/抑止である。 具体的には、一定の距離をあけてクーララ部隊に追随して挙動を監視し、さらに自分たちの存在を見せつけクーララ部隊の策謀を防ぐ。 「見ているぞ。 何をしようがお見通しだぞ?」とクーララ部隊にプレッシャーをかけて企みを未然に阻止するのだ。
五感と第六感を駆使して慎重に進み、斥候部隊は見通しの悪い曲がり角までやって来た。 クーララ部隊がいる場所まで直線距離にしてあと500m。 この急カーブを曲がれば数百人のクーララ部隊を視認できる。 さすれば、あとは見つつ見られつクーララ部隊を追尾していくだけだ。
ところが、角を曲がった斥候部隊の目に映ったクーララ兵は僅か3人だった。 その3人はほんの50m先に佇んでいる。 これまでに聴覚と嗅覚が告げてきた情報と、視覚が告げる目前の情報との食い違いに、斥候部隊は即座に警戒心を抱いた。
「止まれ。 異常事態だ」
ブーゲン軍曹に言われるまでもなく全員すでに立ち止まっていた。 これまで数百人の気配を感じていたのに3人しか視認できない。 敵の策略が始まっているのは明らかだった。
「3人だと? 残りはどこに行った?」
ブーゲン軍曹がこの状況を本隊に報告しようとケータイを取り出したとき、クーララ兵3人が斥候部隊に気付いて魔法の呪文を唱え始めた。 聴覚に優れる隊員がいち早くそれに気づく。
「呪文だ!」
ブーゲン軍曹たちの念頭に浮かんだ選択肢は2つ。 逃げる? それとも倒す? 後者が彼らの選択だった。 敵兵までの距離はわずか50m、敵兵の数はわずか3人。 この距離なら呪文が発動する前に3人を切り捨てられる。 それは斥候部隊の思考であると同時に、ヒモネス隊に誘導された思考であった。
50mという距離も3人という人数もヒモネス隊の企みの一部である。 囮の数が30人だったら、囮までの距離が100mだったら、ブーゲン軍曹は逃げるように指示しただろう。 しかし人数も距離もクーララ兵を倒すのに手頃だったので、斥候部隊の心に「美味しい相手だ」という気持ちが生まれた。 そこで囮が呪文の詠唱を開始したものだから斥候部隊は考える時間を与えられなかった。
①思考の時間が不足した状態で、②美味しそうな敵に、③敵対行動を取られるという3つの条件が揃えば、逃げるよりも攻撃するのが人間である。
「殺せ! 呪文を唱えさせるな」
斥候部隊の面々は人間だったので、軍曹の指示に従い3人のクーララ兵めがけて猛然とダッシュした。 クーララ部隊が何かを企んでいるのは分かっている。 数百人の敵兵がどこかに潜んでいる可能性も承知している。 しかし、そうした状況を楽しむ気持ちすら彼らの心のどこかにあった。 大量に隠れているであろうクーララ兵にザンス兵の強さを見せつけてやろう。 弱兵クーララの小賢しい企みなどザンスの圧倒的な戦闘力で粉砕してくれよう。
◇◆◇
ダッシュする斥候部隊の先頭を突っ走るのはブーゲン軍曹。 長い手足をムチのようにしならせ、軍曹は呪文を詠唱する3人のクーララ兵めがけて疾駆する。 彼の100m走のタイムは6秒台。 50mを数瞬のうちに駆け抜けて呪文が完成する前にクーララ兵の息の根を止めるなど造作もない。 ブーゲン軍曹の後ろに部下たちも続く。 走力に差はあれど、誰も彼も人間離れした速度ですっ飛んでいく。
最初にすっ転んだのはブーゲン軍曹だった。 転倒の原因はロープ。 道の両側に生える樹木の間に3本のロープが手頃な間隔を空けて張り渡されていたのだ。 ロープに《迷彩》の呪文が施されていたので、斥候部隊は誰もロープの存在に気づかなかった。
ブーゲン軍曹のすぐ後ろを走っていた2人もロープに足を取られて転倒。 残る4人のうち2人は急停止したが、別の2人に背後から激突されて結局全員が転んでしまった。
そこに《迷彩》で姿を隠していたヒモネス中佐がやって来て、地面から起き上がろうとする斥候部隊を殺し始めた。 ヒモネスは《加速》の魔法で素早さを強化しており、目にも留まらぬ素早さで8人のうち4人までを次々と突き殺していった。
残る4人は殺される前に立ち上がったものの、「こいつ、強い!」だの「本当にクーララ人か?」だの「オレにも魔法が使えたら...」といったセリフの途中でヒモネスに斬り殺された。
純粋な近接戦闘力で言えば斥候部隊は一人一人がヒモネス中佐と同程度だが、《加速》の呪文を使ったヒモネスには歯が立たなかった。 《加速》は強力な呪文だが、効果の持続時間が短いうえ動作の制御に常人離れした反射神経の鋭さが求められるので、使いこなせるクーララ人は希少である。
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