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勝利
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平均的な水準で比べると、ザンス兵のほうがザルス兵よりも少し強い。 しかし、エリカに随行してきたザルス兵は選び抜かれた強者ぞろいである。 弱兵クーララを敵兵として想定し素手で戦っていたミレイ隊は、武器を手にし互角以上の力量を有するザルス兵の出現にアジャストできず、あっという間に5人が斬り殺された。
戦力的にはまだまだ優勢なミレイ隊だったが、思わぬ反撃を食らい、そして何よりもエリカのベルの音を聞いて逃げ腰になった。 魔法ベルでもない普通のベルチンで、なぜ逃げ腰になるのか? ザンス帝国に伝わる格言ゆえである。「意味を理解できるベルの音が聞こえたら、すぐにその場を離れよ」そんな格言が帝国では何年も前から受け継がれている。
剣を手にするザルス兵を前にして自らも抜刀したミレイ隊だったが、彼らの目からは戦意が急速に失われつつあった。 ミレイ隊の隊員は対峙するザルス兵から目を離さぬようにしながら言葉を交わす。
「やばいんじゃないのか、今のベルの音」
「...おう。 意味が理解できた」
「頭の中にメッセージが浮かんできたぜ」
「やっぱり、これってII...」
そう言いかけた者を数人が制止する。
「コラっ!」
「その言葉を口にするな!」
「その名を口にするとIIBが来ちまうだろうが!」
ザンス帝国では「IIBの話をするとIIBが来る」という格言が何年も前から受け継がれている。「噂をすれば影がさす」と同じような意味の諺である。
◇◆◇
エリカのベルの音に動揺するミレイ隊。 彼らはもはや戦闘継続よりも撤退を望んでいた。 それでも逃げ出さないのは、撤退するに足る理由すなわち逃げ出す名目が不足しているからだ。 迷信を嫌うミレイ隊長に「IIBらしき現象が確認されたので撤退した」などと言えば、どんな制裁を受けるか知れたものではない。
逃げたいけど逃げれないミレイ隊と、抜刀して態勢を整えた多数のザンス兵を前に当初の勢いを失ったザルス護衛兵。 この両者の間に、しばしの膠着状態が生じる。
その膠着状態のうちにヒモネス隊の詠唱が次々と完了し、無数の攻撃呪文がミレイ隊めがけて降り注いだ。 《雷球》《火球》《魔矢》... ヒモネス隊が最後のマナを振り絞って唱えた呪文がミレイ隊の中央部に炸裂し、数十人のザンス兵が死傷する。
ヒモネス隊が呪文を唱える時間を確保できたのも広範囲を巻き込む攻撃魔法を使えたのも、ザルスの精兵が形成するラインを境目に敵と味方が明確に分かれていればこそだ。 さっきの混戦状態では攻撃呪文など使いようがなかった。 今の魔法攻撃の成功は、明らかにエリカの指揮の成果である。
指揮官としての手応えに、エリカは拳をぐっと握りしめる。
「よしっ! 私のイメージどおり。 ゲームに費やした時間は無駄じゃなかった!」
クーララの魔法攻撃によりミレイ隊は多数の死傷者を出し混乱の極みにある。 それを見たエリカは、すかさず新たな指示をベルチン。
チン!(このときを逃すな! ザルス兵は総員突撃!)
エリカの命令は速やかに実行され、15人のザルス護衛兵がミレイ隊に突撃。 完全に戦意を失っている敵兵を手当たりしだいに斬り殺してゆく。
生き残ったザンス兵30数人は這々の体で逃げ出し、エリカの指揮官としての初陣は完全な勝利に終わった。
◇◆◇◆◇
ザンス兵を撃退したヒモネス隊は喜びに沸く。
「ザンス兵に勝っちゃったよ。 まるで夢みたい」
「守護霊様が指揮を執っただけで、あれよあれよという間に...」
「気が付いたら完勝してたな」
「守護霊様がいると、こうも違うのかっ」
「たった2回の命令で... まさに神技」
数十年前にクーララ王国を守っていた先代守護霊様を体験していなかった若い隊員たちは、今回の鮮やかな勝利で守護霊様の力を思い知った。
エリカはヒモネス隊の賞賛の声を素直に受け取れなかった。 エリカの指揮が勝利を招いたのは事実だが、自分の下した命令が平凡なのはエリカ自身がよく分かっている。 ザンス兵に圧勝できたのはエリカの指揮能力が神懸かっていたからではなく、ザンス兵が何故かエリカのベルチンに動揺したためである。 ヒモネス隊は守護霊様の神秘性に幻惑されて、それを見落としている。
エリカはザンス兵のさっきの動揺ぶりを思い返す。 彼らは、単にベルの意味を理解できることに驚いたのではないようだった。
(アイアイなんとかって何だったのかしら? ベルチンのことを、そう呼んでたみたいだけど)
そのとき、ザルス護衛兵と肩を並べて戦っていたルーケンスが戻って来た。 彼はエリカがいると思しき場所に向けて言う。
「守護霊様、よくぞ指揮を執ってくださいました。 英断でございました」
ルーケンスの褒め言葉にエリカは喜んだ。 自分の行動が正しく評価されたと感じたのである。 なぜそう感じたのか? エリカは疑問に思い、その答えを見つけて軽く驚いた。 ルーケンスは他のクーララ兵と違って、エリカの指揮の内容を褒めたわけではない。 エリカが指揮を執ったこと自体を褒めたのだ。
エリカはさらに考える。 ルーケンスがこのような褒め方をしたからには、あの場面ではやはり指揮官の存在が切望されていたのだろう。 そして「英断」と評したからには、ルーケンスは守護霊様が指揮を執ることを期待していなかった? さらに彼は、ザンス兵がベルチンに動揺したのが勝利の一因であることも承知しているはず。
そこまで考えてエリカは直観した。 ルーケンスさんなら「アイアイなんとか」の意味を知っているだろう。
チン?(ねえ、ルーケンスさん。 さっきザンス兵が言ってたアイアイなんとかって何なの?)
問われたルーケンスの顔に瞬時に困惑の表情が浮かぶ。
「IIBでございますか...」
ちんちん(そうそれ、そのアイアイビーとか言うやつ)
「それは... それは私の口からは申し上げられませぬ。 それだけは、どうかご容赦を」
エリカには絶対服従ぎみのルーケンスのことだから、強く尋ねればIIBの意味を教えてくれるだろう。 しかし、ここまで嫌がるのを無理強いするほどIIBに興味があるわけではない。 いや正しくは、興味があるわけでは「なかった」か。 ルーケンスがIIBに拒否反応を示したことで、エリカはIIBに対する興味を掻き立てられてしまった。
(くっ、IIBって一体なんなの?)
戦力的にはまだまだ優勢なミレイ隊だったが、思わぬ反撃を食らい、そして何よりもエリカのベルの音を聞いて逃げ腰になった。 魔法ベルでもない普通のベルチンで、なぜ逃げ腰になるのか? ザンス帝国に伝わる格言ゆえである。「意味を理解できるベルの音が聞こえたら、すぐにその場を離れよ」そんな格言が帝国では何年も前から受け継がれている。
剣を手にするザルス兵を前にして自らも抜刀したミレイ隊だったが、彼らの目からは戦意が急速に失われつつあった。 ミレイ隊の隊員は対峙するザルス兵から目を離さぬようにしながら言葉を交わす。
「やばいんじゃないのか、今のベルの音」
「...おう。 意味が理解できた」
「頭の中にメッセージが浮かんできたぜ」
「やっぱり、これってII...」
そう言いかけた者を数人が制止する。
「コラっ!」
「その言葉を口にするな!」
「その名を口にするとIIBが来ちまうだろうが!」
ザンス帝国では「IIBの話をするとIIBが来る」という格言が何年も前から受け継がれている。「噂をすれば影がさす」と同じような意味の諺である。
◇◆◇
エリカのベルの音に動揺するミレイ隊。 彼らはもはや戦闘継続よりも撤退を望んでいた。 それでも逃げ出さないのは、撤退するに足る理由すなわち逃げ出す名目が不足しているからだ。 迷信を嫌うミレイ隊長に「IIBらしき現象が確認されたので撤退した」などと言えば、どんな制裁を受けるか知れたものではない。
逃げたいけど逃げれないミレイ隊と、抜刀して態勢を整えた多数のザンス兵を前に当初の勢いを失ったザルス護衛兵。 この両者の間に、しばしの膠着状態が生じる。
その膠着状態のうちにヒモネス隊の詠唱が次々と完了し、無数の攻撃呪文がミレイ隊めがけて降り注いだ。 《雷球》《火球》《魔矢》... ヒモネス隊が最後のマナを振り絞って唱えた呪文がミレイ隊の中央部に炸裂し、数十人のザンス兵が死傷する。
ヒモネス隊が呪文を唱える時間を確保できたのも広範囲を巻き込む攻撃魔法を使えたのも、ザルスの精兵が形成するラインを境目に敵と味方が明確に分かれていればこそだ。 さっきの混戦状態では攻撃呪文など使いようがなかった。 今の魔法攻撃の成功は、明らかにエリカの指揮の成果である。
指揮官としての手応えに、エリカは拳をぐっと握りしめる。
「よしっ! 私のイメージどおり。 ゲームに費やした時間は無駄じゃなかった!」
クーララの魔法攻撃によりミレイ隊は多数の死傷者を出し混乱の極みにある。 それを見たエリカは、すかさず新たな指示をベルチン。
チン!(このときを逃すな! ザルス兵は総員突撃!)
エリカの命令は速やかに実行され、15人のザルス護衛兵がミレイ隊に突撃。 完全に戦意を失っている敵兵を手当たりしだいに斬り殺してゆく。
生き残ったザンス兵30数人は這々の体で逃げ出し、エリカの指揮官としての初陣は完全な勝利に終わった。
◇◆◇◆◇
ザンス兵を撃退したヒモネス隊は喜びに沸く。
「ザンス兵に勝っちゃったよ。 まるで夢みたい」
「守護霊様が指揮を執っただけで、あれよあれよという間に...」
「気が付いたら完勝してたな」
「守護霊様がいると、こうも違うのかっ」
「たった2回の命令で... まさに神技」
数十年前にクーララ王国を守っていた先代守護霊様を体験していなかった若い隊員たちは、今回の鮮やかな勝利で守護霊様の力を思い知った。
エリカはヒモネス隊の賞賛の声を素直に受け取れなかった。 エリカの指揮が勝利を招いたのは事実だが、自分の下した命令が平凡なのはエリカ自身がよく分かっている。 ザンス兵に圧勝できたのはエリカの指揮能力が神懸かっていたからではなく、ザンス兵が何故かエリカのベルチンに動揺したためである。 ヒモネス隊は守護霊様の神秘性に幻惑されて、それを見落としている。
エリカはザンス兵のさっきの動揺ぶりを思い返す。 彼らは、単にベルの意味を理解できることに驚いたのではないようだった。
(アイアイなんとかって何だったのかしら? ベルチンのことを、そう呼んでたみたいだけど)
そのとき、ザルス護衛兵と肩を並べて戦っていたルーケンスが戻って来た。 彼はエリカがいると思しき場所に向けて言う。
「守護霊様、よくぞ指揮を執ってくださいました。 英断でございました」
ルーケンスの褒め言葉にエリカは喜んだ。 自分の行動が正しく評価されたと感じたのである。 なぜそう感じたのか? エリカは疑問に思い、その答えを見つけて軽く驚いた。 ルーケンスは他のクーララ兵と違って、エリカの指揮の内容を褒めたわけではない。 エリカが指揮を執ったこと自体を褒めたのだ。
エリカはさらに考える。 ルーケンスがこのような褒め方をしたからには、あの場面ではやはり指揮官の存在が切望されていたのだろう。 そして「英断」と評したからには、ルーケンスは守護霊様が指揮を執ることを期待していなかった? さらに彼は、ザンス兵がベルチンに動揺したのが勝利の一因であることも承知しているはず。
そこまで考えてエリカは直観した。 ルーケンスさんなら「アイアイなんとか」の意味を知っているだろう。
チン?(ねえ、ルーケンスさん。 さっきザンス兵が言ってたアイアイなんとかって何なの?)
問われたルーケンスの顔に瞬時に困惑の表情が浮かぶ。
「IIBでございますか...」
ちんちん(そうそれ、そのアイアイビーとか言うやつ)
「それは... それは私の口からは申し上げられませぬ。 それだけは、どうかご容赦を」
エリカには絶対服従ぎみのルーケンスのことだから、強く尋ねればIIBの意味を教えてくれるだろう。 しかし、ここまで嫌がるのを無理強いするほどIIBに興味があるわけではない。 いや正しくは、興味があるわけでは「なかった」か。 ルーケンスがIIBに拒否反応を示したことで、エリカはIIBに対する興味を掻き立てられてしまった。
(くっ、IIBって一体なんなの?)
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