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直観

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ヒモネスがミレイの嘘を見抜けたのは《直観》のおかげだ。 ヒモネスは苦々しげな表情のまま考える。

(この女が嘘つきである以上、《直観》の効果が残っているうちに約束を済ませることだ。 約束した時点で彼女の言葉に嘘がなければ、その約束は本物だからな。 しかし《直観》の残り時間は少ないし、この女が再詠唱の隙を...)

ヒモネスの思考はミレイの声に遮られた。

「なぜ嘘だと分かった?」

ミレイは嘘を恥じ入る様子もなくヒモネスの目を覗き込んでいる。

「...勘だ」

ミレイは目を細めて言う。

「妙に正確な勘なのね。 クーララの魔法かしら?」

「オレは勘がいいんだ」

ヒモネスは手短に答え、話題を元に戻す。

「そんなことより、部下の件なんだが... この通りお願いする。どうか彼らの命を救って欲しい」

そう言ってヒモネスは拝むように両手を合わせてペコリと一礼した。 一見いっけん極めて簡素だが、この仕草はクーララに古来より伝わる最上級の礼儀作法。 完璧にこなすには平均10年の修業が必要である。

ミレイはクーララの礼儀作法など知らなかったが、ヒモネスの真摯な表情からその意味の重さを察し、さらに彼の美しい所作と姿勢に心を打たれ、かつ洗われた。

(まあ、なんて涼やかな色男なんでしょう。 力ずくでモノにするのも悪くないけど、この人に愛されたなら、きっと天にも昇る心地。 女冥利に尽きるというもの...)

ミレイは潤んだ目でヒモネスをじっと見つめて言う。

「いいわ。アナタのためですもの。 彼らを助けてあげましょう」

今度はヒモネスの《直観》もミレイの嘘を探知しない。 ミレイは本気でヒモネスの部下を救う気になったのだ。

「感謝する」

ヒモネスはそう言って、再びペコリと頭を下げる。

「さて、そうと決まれば準備をしなくちゃね」

そう言ってミレイは手近な部下に指示する。

「拘束具を持ってこい」

「はっ、ミレイ隊長」

拘束具と聞いて表情を硬くするヒモネスに、ミレイはなだめるように言う。

「心配しないで。 アナタの世話は全部ワタシがしてあげるから」

◇◆◇

拘束具の到着を待つうちに、ヒモネスの心に突如として疑心がわいた。 《直観》がもたらす疑心である。 なんだこの疑心は? 疑心の源を探ると、ミレイのさっきの言葉である。 「彼らを助ける」というミレイの言葉に対し、ヒモネスの第六感が警鐘を鳴らしているのだ。 どういうことだ? 疑問を感じつつも、ヒモネスは反射的にミレイをとがめる。

「ミレイ殿!」

それだけでミレイには何のことか分かったようで、彼女は少し決まりが悪そうな表情を浮かべる。 実はミレイは、さっきの約束を反故にしようかと考えていた。

「何かしら?」

「さっきの約束の件ですが」

「わかってる。 約束は守るわ」

そのミレイの言葉を機にヒモネスの疑心は消滅した。 ミレイが約束を守るつもりに戻ったのだ。

ところがミレイの部下が拘束具を持って戻って来たときに、またもやくだんの疑心が浮上してきた。 ミレイがまた約束を破るつもりになっているに違いない。 どうやらミレイはヒモネスとの約束を守るかどうか迷っているらしい。

ヒモネスは再びミレイに訴える。

「ミレイ殿!」

ミレイは部下から受け取ったロープで手際よくヒモネスを後ろ手に縛りながら応じる。

「なあに?」

「さっきの約束の件ですが」

「わかってる、わかってる。 大丈夫だから」

そう言いつつミレイはヒモネスの手をキュッと縛り上げた。

「よし、これで完成。 次は猿轡ね。 ふふっ」

ミレイはヒモネスを手中に収めつつある喜びを抑えきれず、笑い声を漏らした。

一方、ヒモネスは切羽詰まっていた。 後ろ手に縛られ体の自由を奪われたというのに、 《直観》が示すミレイの気持ちはヒモネスとの約束を守る/守らないで行ったり来たり、いや、ミレイの気持ちが「約束を守らない」の側に居座る時間が増えている。 おまけに《直観》の効果が消えるときが迫っている。

ヒモネスは、これで最後とばかりに決死の覚悟でミレイに訴えかける。

「ミレイ殿っ! おねぐっ」

が、ヒモネスの訴えは中断された。 ミレイが彼に猿轡を噛ませたからだ。

「アナタは呪文も得意だから、猿轡は必須なの」

本当は、ヒモネスの呪文ではなく自殺を防ぐための措置そちである。 ヒモネスが攻撃呪文を唱えてもミレイは回避する自信がある。

後ろ手に縛り上げられ猿轡を噛まされたヒモネスに、ミレイは喜びを抑えきれない声で告げる。

「よし完成。 これでアナタは私のモノ。 さあ、お披露目の時間よ。 きっとみんな私を羨むわ。 こんな特上の男が手に入るなんて、今日はなんて良い日なのかしら」

ミレイはヒモネスの体に腕を回して、帝国軍の本陣へ向かって歩き出そうとする。 ヒモネスを捕虜として本国に連れ帰る許可を上官から得るのだ。

猿轡を噛まされて自殺を阻止され取引の材料を失ったヒモネスにできるのはもはや、わずかに効果時間が残る《直観》でミレイの思惑を推し量ることだけ。 しかし、彼女の心はもはや「約束を守らない」の側に常駐するようになっている。

ヒモネスはミレイの思惑を《直観》で追うのを止めた。 代わりに彼は、ミレイがグイグイと体を引っ張るのに逆らい約束を守れと無言でアピールしながら、残り時間が差し迫った《直観》で先の展開 ―ミレイが約束を破った後の未来― を読もうとする。

それは禁断の領域。 知らぬが仏の対極。 ヒモネスを待つのは部下たちが死に絶え自身がミレイの奴隷に堕ちている未来である可能性が極めて高く、そうであればヒモネスの心は闇に染まり絶望に苦しむだけ。 しかし彼はその領域に手を出した。 ほぼ確実に約束を守らないであろうミレイの行動をモニターするよりは、そのさらに先の未来の不確かさにすがりたかったのだ。

《直観》は《予知》ではないから、未来のことを知る能力は極めて限定的である。 いま目の前で起こっている事柄の行く末の良し悪しが漠然と分かる程度でしかない。 ヒモネスは地面に横たわり死にかけている部下たちに意識を向け、彼らを待ち受ける未来を知ろうとした。

《直観》の魔法で強化されたヒモネスの直観はまず、さらに数人の部下がミレイとの交渉の間に息を引き取ったことを直観的に察知する。

(ショーンアン、それにドルジ、ヨシフミ... くそう。 《治癒》の魔法なら助けてやれたものを)

しかしヒモネスの今回の目的は現状把握にとどまらない。 彼は死力を振り絞り、今にも効果が切れそうな《直観》で彼らの近い将来の生死を見定めようとする。

ヒモネスは後ろ手に縛られ猿轡を噛まされた不自由な体で、自分を引っ張るミレイに逆らって踏ん張りながら部下の命運を知ろうと気力を振り絞る。 そのさまはまるで、散歩中に進行方向に関して飼い主と意見が食い違った小型犬のよう。

ヒモネスの健気な抵抗に焦れたミレイは、彼の長身を軽々と両手に抱き上げた。

「さあ早く行きましょう。 アナタの部下なら大丈夫だから」

どう大丈夫なのかを言わないままに、ミレイはヒモネスの大きな体を抱えてスタスタと歩き始める。《直観》の効果はもう切れてしまったが、ミレイの気持ちがヒモネスとの約束を破る方向で固まったのはもはや明らかだ。

しかし、ヒモネスは意外に落ち着いていた。《直観》の効果が切れる寸前に彼の第六感が告げていたからだ。 いま生き残っている部下たちの多くが何者かによって救われる、と。
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