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第1部
第15話 「姐さんって何かしら?」
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森に入って数時間後、一行は一頭のクマを仕留めていた。 手下たちが弓を射かけ、怒ったクマが襲い掛かって来たところを、顔役が長剣で一刀のもとに首を切り落としたのだ。 顔役はライフル銃を使わなかった。 弾薬が貴重なのだそうだ。 クマ相手に使わず何に使うのかとマリカは思うのだが。
クマを倒すとき、襲い掛かって来たクマに手下の一人が重傷を負わされていた。 首筋を噛みつかれたのだ。 地面に横たわり首から大量の血を流す手下を前に、顔役がこともなげに言う。
「こいつはもうダメだな。 誰かトドメを刺してやれ」
顔役の息子が槍を手に進み出た。
「オレに任せろ。 いま楽にしてやるからな、ドッジ」
ドッジとは怪我人の名である。
ジュニアがどことなく嬉しそうに槍を構えるのを、マリカは反射的に押しとどめる。
「待って」
ジュニアは不快げにマリカを見る。
「なんだ?」
女が口を出すんじゃねえ。
「私が怪我を治すわ」
マリカの提案にジュニアは怪訝な表情を浮かべるが、顔役の顔には理解が浮かんだ。
「魔法か! 魔法で怪我を治すんだな、マリカ」
「ええ」
昨日は《水生成》の連発で疲れ切っていたが、あれから栄養と休息をとって気力は十分だ。 マリカはドッジの怪我に意識を向けて《治癒》の呪文を唱える。
「ワーラワン・レストース... メリトース・ダビノス!」
クマの牙に噛み裂かれた肉と大量の出血で見るも無残な状態にある患部が淡い白色光に包まれ、患部が修復され始める。 しばらくしてドッジの怪我はすっかり治り、裂けた肉と血でグズグズだった患部は今や健康な皮膚に包まれていた。
マリカが引き起こす奇跡を目の当たりにした一同が驚嘆する。
「あんなにひどかった傷が...」
「絶対に助からないと思ったが」
「まるで魔法みたいだ!」
ドッジは出血多量で意識がいささか不明瞭だったが、それでも頑張って目を見開きマリカに謝意を述べる。
「あ、ありがとうございます、姐さん」
彼の目には涙が滲んでいる。 命が助かったからではない。 マリカの《治癒》に愛を感じたからだ。
◇❖◇
魔法はターゲットに術者のマナを作用させる行為である。 だから魔法を使うと、マナを介して術者の感情がターゲットに伝わる。 いまマリカは怪我人を救いたいと願う慈愛の気持ちでマナを放出した。 そのマリカの慈愛が、おりしも愛に飢えていたドッジの心に染み入ったのだ。
ドッジは無自覚ながら愛に飢えていた。 アガマサラ市でチンピラをやっていた頃も流刑地に送られてからも、彼自身も周囲の人間もみな利己的で無慈悲だった。 それが普通だとドッジは思っていたが、普通であろうとなかろうとそんな環境では人の心は乾いてしまうものである。
◇❖◇
マリカはドッジの謝意を受け止めたが、最後の言葉に引っかかりを覚えた。
(姐さんって何かしら?)
「姐さん」とは博徒などの親分や兄貴分の妻や情婦を指す言葉だ。 しかし、元お嬢さまのマリカはその意味を知らない。
顔役が興奮気味に言う。
「すごかったぜマリカ! まるで天女さまだ」
(天女さまだなんて言い過ぎよ)
褒められて嬉しくないわけではないが、顔役がマリカを過剰に美化するのが気がかりだ。 美化のメッキが剥がれて顔役がマリカの実像に気づいたとき、顔役は前の女房を扱ったのと同じようにマリカを扱い始めるのではないか?
クマを倒すとき、襲い掛かって来たクマに手下の一人が重傷を負わされていた。 首筋を噛みつかれたのだ。 地面に横たわり首から大量の血を流す手下を前に、顔役がこともなげに言う。
「こいつはもうダメだな。 誰かトドメを刺してやれ」
顔役の息子が槍を手に進み出た。
「オレに任せろ。 いま楽にしてやるからな、ドッジ」
ドッジとは怪我人の名である。
ジュニアがどことなく嬉しそうに槍を構えるのを、マリカは反射的に押しとどめる。
「待って」
ジュニアは不快げにマリカを見る。
「なんだ?」
女が口を出すんじゃねえ。
「私が怪我を治すわ」
マリカの提案にジュニアは怪訝な表情を浮かべるが、顔役の顔には理解が浮かんだ。
「魔法か! 魔法で怪我を治すんだな、マリカ」
「ええ」
昨日は《水生成》の連発で疲れ切っていたが、あれから栄養と休息をとって気力は十分だ。 マリカはドッジの怪我に意識を向けて《治癒》の呪文を唱える。
「ワーラワン・レストース... メリトース・ダビノス!」
クマの牙に噛み裂かれた肉と大量の出血で見るも無残な状態にある患部が淡い白色光に包まれ、患部が修復され始める。 しばらくしてドッジの怪我はすっかり治り、裂けた肉と血でグズグズだった患部は今や健康な皮膚に包まれていた。
マリカが引き起こす奇跡を目の当たりにした一同が驚嘆する。
「あんなにひどかった傷が...」
「絶対に助からないと思ったが」
「まるで魔法みたいだ!」
ドッジは出血多量で意識がいささか不明瞭だったが、それでも頑張って目を見開きマリカに謝意を述べる。
「あ、ありがとうございます、姐さん」
彼の目には涙が滲んでいる。 命が助かったからではない。 マリカの《治癒》に愛を感じたからだ。
◇❖◇
魔法はターゲットに術者のマナを作用させる行為である。 だから魔法を使うと、マナを介して術者の感情がターゲットに伝わる。 いまマリカは怪我人を救いたいと願う慈愛の気持ちでマナを放出した。 そのマリカの慈愛が、おりしも愛に飢えていたドッジの心に染み入ったのだ。
ドッジは無自覚ながら愛に飢えていた。 アガマサラ市でチンピラをやっていた頃も流刑地に送られてからも、彼自身も周囲の人間もみな利己的で無慈悲だった。 それが普通だとドッジは思っていたが、普通であろうとなかろうとそんな環境では人の心は乾いてしまうものである。
◇❖◇
マリカはドッジの謝意を受け止めたが、最後の言葉に引っかかりを覚えた。
(姐さんって何かしら?)
「姐さん」とは博徒などの親分や兄貴分の妻や情婦を指す言葉だ。 しかし、元お嬢さまのマリカはその意味を知らない。
顔役が興奮気味に言う。
「すごかったぜマリカ! まるで天女さまだ」
(天女さまだなんて言い過ぎよ)
褒められて嬉しくないわけではないが、顔役がマリカを過剰に美化するのが気がかりだ。 美化のメッキが剥がれて顔役がマリカの実像に気づいたとき、顔役は前の女房を扱ったのと同じようにマリカを扱い始めるのではないか?
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