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一年:冬休み
第三十二話
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凪の怒鳴り声に正弥がひるんだ。しかし、すぐにニヤッと笑った。
正弥の方が背も高いし体格も大きい。殴り合いになっても勝てると踏んだのだろう。
「今いいとこだったんだけど。あんた、理玖のなんなの?」
「俺は!! ……俺は……っ」
凪が口ごもった。それでまた正弥が余裕を取り戻す。
「なに。なんでもないのに止めに入ったわけ? しかも……なんだっけ? 〝俺の理玖〟……って言った?」
「……」
「あー、分かった。君――」
正弥が凪の耳元でなにかを囁いたが、俺には聞こえなかった。
しかしその一言で、凪が拳を強く握りしめたのだけは分かった。
「悪いけど、理玖は俺と付き合うことになったから」
「えっ……」
「な、理玖。そうだよな」
正弥に同意を求められ、俺は全身を震わせた。
いやだ。絶対にいやだ。こいつとなんか付き合いたくない。
正弥がこれ見よがしにスマホを振る。あの中に、動画が――
「っ……」
いやだ。付き合いたくない。
でも……あの動画をネットに流されるのだけは阻止しないと……
「~~……」
俺は唇を噛み、頷いた。
「え……」
「へっ」
凪がか細い声を漏らし、正弥が得意げな笑みを浮かべる。
そして正弥は凪に向き直った。
「な? 分かったろ。俺らの邪魔すんな」
「……」
正弥が俺の手を引き、ベンチから立ち上がらせた。これ見よがしに肩を抱き、凪の前でキスをする。
俺はすぐに顔を背けた。
「っ、やめ……」
「嫌がんなって。分かってんだろ? 逆らったらどうなるか」
「――……」
見ないでくれ。凪にこんなところ見せないでくれよ。お願いだから。
俺のたった一人の友だちで……はじめてできた……
「ぶぉぁっ!!」
また正弥が殴り飛ばされた。
その反動でよろけた俺を、凪が抱きとめる。
「悪いけど、理玖は渡せない」
「はぁっ……!? 他人が出しゃばんな!!」
「お前、恋人のくせに分かんないの?」
凪はそう言って、俺の頬を指で撫でた。
「理玖が怯えてるの、分かんないわけ?」
「っ……、うるせぇなっ!! 理玖が俺と付き合うって言ってんだから、それでいいだろ!! テメェは引っ込んでろ!!」
「どうせ無理やり言わせただけだろ。あんな嫌そうにキスする理玖、俺は見たことないけど?」
「は……はぁ!?」
凪が俺の顔を覗き込んだ。正弥にはあんなに冷たい目を向けていたのに、俺にはいつもの優しい目をしている。
「理玖。大丈夫?」
「……」
「理玖」
情けないことに、涙がこぼれた。
「……大丈夫じゃない……」
「……」
「あいつ……俺の……」
「ん?」
「俺の、エロい動画持ってる……」
「……」
「言うこと聞かないと、ばらまかれる……」
そのときの凪の顔は一生忘れられないと思う。
瞳孔が開いた目は怒りに満ち、感情が昂りすぎて逆に真っ青な顔になっていた。
凪は俺をぎゅっと抱きしめてから、漂うような不気味な足取りで正弥に近づいた。
おもむろに凪がポケットから折り畳みナイフを取り出し、勢いよく刃を抜く。
「!?」
「ああ、これ? 俺のこと好きになる女子の中にはね、ちょっとタチの悪い子もいてさ。何されるか分かんないから、万が一のときに備えて護身用に持ち歩いてんだよね」
それをぺちんぺちんと掌に叩きつけながら詰め寄ってくるので、さすがの正弥もビビッている。
「理玖の恋人クン」
「ヒッ……」
「俺さ」
そっと、正弥の首にナイフの刃を添える。
「ヒィィッ……」
「理玖のためなら、犯罪者になってもいいかなって思ってる」
「っ……、っ、っ……」
「どうする?」
ナイフの刃が柔らかい肉に食い込んだ。
「このままじゃ俺、本気でお前を殺してしまいそうなんだけど」
「ヒッ……ヒィッ……」
「悪いけど、俺に理玖譲ってくれる?」
「はいっ……はいっ……」
「理玖の動画、消してくれる?」
「はいぃっ……!! 消しますからっ……ナイフッ……」
「だったら今すぐ消せ。俺の前で」
正弥はガクガク震えながらスマホを取り出し、俺の動画を全て消去した。
動画のサムネを見たとき、凪の顔が歪んでいた。
「バックアップも全部だ」
「はいぃぃヒィィィ……ッ」
「二度と理玖の前にツラ見せんな。分かったな?」
「はひぃぃぃぃぃ……!!」
「じゃあさっさとどっか行けクソが」
小声で何か話したあと、凪は正弥のケツを蹴り上げた。正弥は飛び跳ねるようにその場から走り去った。
静かになったその場で、俺と凪は突っ立っていた。
「……」
「……」
沈黙を破ったのは凪だった。
「えーっと……。ごめん。ちょっとブチギレちゃった。引いてない?」
「う、うん……。引いてない……」
引いているわけがない。
「感謝しかない……。ありがと、凪……。お、俺……」
「理玖……」
凪に抱きしめられ、それまで我慢していたものが溢れかえった。
俺は泣きながら凪にしがみつく。
「こ、怖かった……っ!! うえっ、うぇぇぇ……」
「うん。怖かったな。今までよく頑張ったな。よしよし」
「きっ、きもかったっ。きもかったよぉぉぉっ……!!」
「な。キモかったな。まじでキモかった」
「ごめっ、凪、ごめんなっ。ごめんなっ。変なことに巻き込んでっ、ごべっ、ごべんっ」
「ううん。俺のほうこそ一人にしてごめん。もう大丈夫。大丈夫だから」
ほらもう帰ろう、と、凪は俺の手を引いて帰路についた。
正弥の方が背も高いし体格も大きい。殴り合いになっても勝てると踏んだのだろう。
「今いいとこだったんだけど。あんた、理玖のなんなの?」
「俺は!! ……俺は……っ」
凪が口ごもった。それでまた正弥が余裕を取り戻す。
「なに。なんでもないのに止めに入ったわけ? しかも……なんだっけ? 〝俺の理玖〟……って言った?」
「……」
「あー、分かった。君――」
正弥が凪の耳元でなにかを囁いたが、俺には聞こえなかった。
しかしその一言で、凪が拳を強く握りしめたのだけは分かった。
「悪いけど、理玖は俺と付き合うことになったから」
「えっ……」
「な、理玖。そうだよな」
正弥に同意を求められ、俺は全身を震わせた。
いやだ。絶対にいやだ。こいつとなんか付き合いたくない。
正弥がこれ見よがしにスマホを振る。あの中に、動画が――
「っ……」
いやだ。付き合いたくない。
でも……あの動画をネットに流されるのだけは阻止しないと……
「~~……」
俺は唇を噛み、頷いた。
「え……」
「へっ」
凪がか細い声を漏らし、正弥が得意げな笑みを浮かべる。
そして正弥は凪に向き直った。
「な? 分かったろ。俺らの邪魔すんな」
「……」
正弥が俺の手を引き、ベンチから立ち上がらせた。これ見よがしに肩を抱き、凪の前でキスをする。
俺はすぐに顔を背けた。
「っ、やめ……」
「嫌がんなって。分かってんだろ? 逆らったらどうなるか」
「――……」
見ないでくれ。凪にこんなところ見せないでくれよ。お願いだから。
俺のたった一人の友だちで……はじめてできた……
「ぶぉぁっ!!」
また正弥が殴り飛ばされた。
その反動でよろけた俺を、凪が抱きとめる。
「悪いけど、理玖は渡せない」
「はぁっ……!? 他人が出しゃばんな!!」
「お前、恋人のくせに分かんないの?」
凪はそう言って、俺の頬を指で撫でた。
「理玖が怯えてるの、分かんないわけ?」
「っ……、うるせぇなっ!! 理玖が俺と付き合うって言ってんだから、それでいいだろ!! テメェは引っ込んでろ!!」
「どうせ無理やり言わせただけだろ。あんな嫌そうにキスする理玖、俺は見たことないけど?」
「は……はぁ!?」
凪が俺の顔を覗き込んだ。正弥にはあんなに冷たい目を向けていたのに、俺にはいつもの優しい目をしている。
「理玖。大丈夫?」
「……」
「理玖」
情けないことに、涙がこぼれた。
「……大丈夫じゃない……」
「……」
「あいつ……俺の……」
「ん?」
「俺の、エロい動画持ってる……」
「……」
「言うこと聞かないと、ばらまかれる……」
そのときの凪の顔は一生忘れられないと思う。
瞳孔が開いた目は怒りに満ち、感情が昂りすぎて逆に真っ青な顔になっていた。
凪は俺をぎゅっと抱きしめてから、漂うような不気味な足取りで正弥に近づいた。
おもむろに凪がポケットから折り畳みナイフを取り出し、勢いよく刃を抜く。
「!?」
「ああ、これ? 俺のこと好きになる女子の中にはね、ちょっとタチの悪い子もいてさ。何されるか分かんないから、万が一のときに備えて護身用に持ち歩いてんだよね」
それをぺちんぺちんと掌に叩きつけながら詰め寄ってくるので、さすがの正弥もビビッている。
「理玖の恋人クン」
「ヒッ……」
「俺さ」
そっと、正弥の首にナイフの刃を添える。
「ヒィィッ……」
「理玖のためなら、犯罪者になってもいいかなって思ってる」
「っ……、っ、っ……」
「どうする?」
ナイフの刃が柔らかい肉に食い込んだ。
「このままじゃ俺、本気でお前を殺してしまいそうなんだけど」
「ヒッ……ヒィッ……」
「悪いけど、俺に理玖譲ってくれる?」
「はいっ……はいっ……」
「理玖の動画、消してくれる?」
「はいぃっ……!! 消しますからっ……ナイフッ……」
「だったら今すぐ消せ。俺の前で」
正弥はガクガク震えながらスマホを取り出し、俺の動画を全て消去した。
動画のサムネを見たとき、凪の顔が歪んでいた。
「バックアップも全部だ」
「はいぃぃヒィィィ……ッ」
「二度と理玖の前にツラ見せんな。分かったな?」
「はひぃぃぃぃぃ……!!」
「じゃあさっさとどっか行けクソが」
小声で何か話したあと、凪は正弥のケツを蹴り上げた。正弥は飛び跳ねるようにその場から走り去った。
静かになったその場で、俺と凪は突っ立っていた。
「……」
「……」
沈黙を破ったのは凪だった。
「えーっと……。ごめん。ちょっとブチギレちゃった。引いてない?」
「う、うん……。引いてない……」
引いているわけがない。
「感謝しかない……。ありがと、凪……。お、俺……」
「理玖……」
凪に抱きしめられ、それまで我慢していたものが溢れかえった。
俺は泣きながら凪にしがみつく。
「こ、怖かった……っ!! うえっ、うぇぇぇ……」
「うん。怖かったな。今までよく頑張ったな。よしよし」
「きっ、きもかったっ。きもかったよぉぉぉっ……!!」
「な。キモかったな。まじでキモかった」
「ごめっ、凪、ごめんなっ。ごめんなっ。変なことに巻き込んでっ、ごべっ、ごべんっ」
「ううん。俺のほうこそ一人にしてごめん。もう大丈夫。大丈夫だから」
ほらもう帰ろう、と、凪は俺の手を引いて帰路についた。
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