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第一章
第十八話
◆◆◆
(直side)
「んっ……」
僕は、汚れた手のひらに目を落とし、ため息を吐いた。
ああ、やっちゃった。
まだ耳に残る篠原の声で。彼の、自信満々の笑顔を頭に浮かべて。
忘れたくても忘れられない、篠原の匂いを思い出して。
「……っ」
どうしても、本能的に惹かれてしまう。僕の意思とは関係なく、オメガの性が彼を求めるんだ。
もう、篠原に近づきたくない。
これ以上、彼に好意を抱きたくない。
だってその好意は、どうせ欲望として変換されてしまうんだから。
僕の体はそうできている。汚くて、恥ずかしい、動物のような体。
そう思って距離を置こうとしたのにな。できなかった。
忘れられると思ったら、どうしようもなく、たまらなくなって。
気付いたら、配信をしていた。来てくれるかなって、期待して。
これは、上質なアルファを逃したくないという、オメガの本能なのだろうか。
それとも、承認欲求を満たしてくれる相手を手放したくないという、生存装置の名残なのだろうか。
どちらにせよ、僕も篠原と同じくらい、たいがいだ。
篠原の「当たり前」は、かなり変だ。
人に愛されて当たり前。人に与えられて当たり前。人に助けられて当たり前……
上質なアルファ性に加え、過剰に愛されて育ったがゆえに、認知が歪みすぎている。
でも、さっきの「当たり前」は、少し良かった。
篠原は、感情の昂りが性的な身体反応に変換されても、それが「当たり前」だと言う。
なぜなら篠原が、同じ経験をしたことがあるからだ。
篠原は考えない。自分のことを疑わない。
だから信じられる。自分の行動に間違いはないと、心の底から。
それが僕をほんの少し救ってくれたことは、認める。
篠原は変で、そのうえ悪気のない善人だ。
彼の「当たり前」の行動の中で、傷ついている人も、救われている人もいるんだろうな。
それに篠原自身が全く気付いていないところは、タチが悪いけれど。
◆◆◆
久しぶりに篠原と昼ごはんを食べた。
珍しい。篠原が少し緊張している。
「っ、食お!」
「うん。食べよう」
篠原自身は気付いていないけど、ひどい匂いだ。
数十分もすると、狭い放送室に篠原のフェロモンが充満する。僕に欲情はしていない。ただ、素の状態のフェロモンの強さが異常なのだろう。
(鼻が曲がりそうだ……)
お弁当の味なんて分からない。
気を抜けば僕のほうが欲情してしまいそうになる。
篠原はそんなことにも一切気付かず、『たまごかけごはん』の感想を一方的に話している。
(やめて、それ……)
この状況で感想なんて言わないでほしい。ただでさえギリギリで理性を保っているのに、嬉しいことを言われてしまったら、体がおかしくなってしまう。
「っ、……っ」
めまいがして、椅子から落ちそうになった。
「ナオ!」
そんな僕を、篠原が抱きとめる。
(う、わ……)
篠原の体に密着してしまった。
僕の口から涎が垂れた。
……気持ち悪い。自分の体なのに、制御がきかない。
「やめてっ……!」
腕を突き出すと、篠原はハッとして距離を取った。
「わ、悪い! そういうつもりじゃ……!」
「分かってる……」
篠原はなんにも悪くない。君は僕に、今まで一度も性的な視線を送ってこなかった。ちゃんと知っているよ。
さっきも、倒れそうになった僕をただ支えたかっただけだ。そこに他意なんかなかった。
だから、ちゃんとお礼を言えなかった自分が情けなかった。
ごめんね。分かっているんだよ。
ただただ、君のアルファ性が強すぎるだけなんだ。
悪いのは、僕のオメガ性。
僕がオメガじゃなかったら、君ともっと普通に仲良くなれていたかな。
……いや、君はオメガにしか興味がないから、僕がオメガじゃなかったら出会うこともしなかったのかな。
それはそれで、少しいやだな。
(直side)
「んっ……」
僕は、汚れた手のひらに目を落とし、ため息を吐いた。
ああ、やっちゃった。
まだ耳に残る篠原の声で。彼の、自信満々の笑顔を頭に浮かべて。
忘れたくても忘れられない、篠原の匂いを思い出して。
「……っ」
どうしても、本能的に惹かれてしまう。僕の意思とは関係なく、オメガの性が彼を求めるんだ。
もう、篠原に近づきたくない。
これ以上、彼に好意を抱きたくない。
だってその好意は、どうせ欲望として変換されてしまうんだから。
僕の体はそうできている。汚くて、恥ずかしい、動物のような体。
そう思って距離を置こうとしたのにな。できなかった。
忘れられると思ったら、どうしようもなく、たまらなくなって。
気付いたら、配信をしていた。来てくれるかなって、期待して。
これは、上質なアルファを逃したくないという、オメガの本能なのだろうか。
それとも、承認欲求を満たしてくれる相手を手放したくないという、生存装置の名残なのだろうか。
どちらにせよ、僕も篠原と同じくらい、たいがいだ。
篠原の「当たり前」は、かなり変だ。
人に愛されて当たり前。人に与えられて当たり前。人に助けられて当たり前……
上質なアルファ性に加え、過剰に愛されて育ったがゆえに、認知が歪みすぎている。
でも、さっきの「当たり前」は、少し良かった。
篠原は、感情の昂りが性的な身体反応に変換されても、それが「当たり前」だと言う。
なぜなら篠原が、同じ経験をしたことがあるからだ。
篠原は考えない。自分のことを疑わない。
だから信じられる。自分の行動に間違いはないと、心の底から。
それが僕をほんの少し救ってくれたことは、認める。
篠原は変で、そのうえ悪気のない善人だ。
彼の「当たり前」の行動の中で、傷ついている人も、救われている人もいるんだろうな。
それに篠原自身が全く気付いていないところは、タチが悪いけれど。
◆◆◆
久しぶりに篠原と昼ごはんを食べた。
珍しい。篠原が少し緊張している。
「っ、食お!」
「うん。食べよう」
篠原自身は気付いていないけど、ひどい匂いだ。
数十分もすると、狭い放送室に篠原のフェロモンが充満する。僕に欲情はしていない。ただ、素の状態のフェロモンの強さが異常なのだろう。
(鼻が曲がりそうだ……)
お弁当の味なんて分からない。
気を抜けば僕のほうが欲情してしまいそうになる。
篠原はそんなことにも一切気付かず、『たまごかけごはん』の感想を一方的に話している。
(やめて、それ……)
この状況で感想なんて言わないでほしい。ただでさえギリギリで理性を保っているのに、嬉しいことを言われてしまったら、体がおかしくなってしまう。
「っ、……っ」
めまいがして、椅子から落ちそうになった。
「ナオ!」
そんな僕を、篠原が抱きとめる。
(う、わ……)
篠原の体に密着してしまった。
僕の口から涎が垂れた。
……気持ち悪い。自分の体なのに、制御がきかない。
「やめてっ……!」
腕を突き出すと、篠原はハッとして距離を取った。
「わ、悪い! そういうつもりじゃ……!」
「分かってる……」
篠原はなんにも悪くない。君は僕に、今まで一度も性的な視線を送ってこなかった。ちゃんと知っているよ。
さっきも、倒れそうになった僕をただ支えたかっただけだ。そこに他意なんかなかった。
だから、ちゃんとお礼を言えなかった自分が情けなかった。
ごめんね。分かっているんだよ。
ただただ、君のアルファ性が強すぎるだけなんだ。
悪いのは、僕のオメガ性。
僕がオメガじゃなかったら、君ともっと普通に仲良くなれていたかな。
……いや、君はオメガにしか興味がないから、僕がオメガじゃなかったら出会うこともしなかったのかな。
それはそれで、少しいやだな。
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