【完結】【R18BL】彼女いない歴=年齢の俺、オネエに恋を学ぶことになりました

ちゃっぷす

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第二章

第九話 この夜を忘れない

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 二十一時過ぎ、本当に伊吹さんが来てくれた。しかも、良い匂いがするデパ地下の袋を手に持って。

「遅くなってごめんねえ~! おなかぺこぺこなんじゃない!?」
「こっちこそすみません……。仕事で疲れてるでしょうに……」
「何言ってんのぉ! この疲れはね、自分にご褒美をする言い訳にできるから最高なのよっ! さ、早く入れてちょうだいっ。あたしだっておなかぺこぺこなんだから~!」

 ほんと、伊吹さんは不思議な人だ。
 さっきまでこの世の終わりだと思っていたのに、今は自然と笑みが浮かぶ。

 伊吹さんは、小さいテーブルにおさまりきらないほどの惣菜を並べ、缶ビールを景気よく開けた。

「むっちゃんはジュースよ~。もしお酒飲みたいなら止めないけど♡」
「ジュースでいいです」
「えらいえらい~! むっちゃんの真面目なところ、とっても素敵よ♡」

 ああ、申し訳ないな。こんなに高そうな惣菜を食べさせてもらっているのに、味がしない。
 黙々と口に箸を運ぶ俺を窺い見ていた伊吹さんが、急にずいと顔を寄せた。

「それで~? むっちゃんは何を〝やっちゃった〟のかしら~?」
「うぐ……っ」
「ふっふっふ~。逃げようとしてももう遅いわよっ! だってあなたはお惣菜をいっぱい食べたんですからねっ! タダ食いしようったってそうはいかないわよ~? 聞かせてもらえるまで帰らないからね、あたし!」
「……引かないですか?」
「安心してちょうだい! 犯罪してない限り引かないわよ~! ……犯罪、してないわよね!?」
「してません!!」
「じゃあ、なんにも怖がる必要ないわあ~! あっはっは!」

 もう酔いが回っているのだろうか。いつもより声がでかいし絡みかたもちょっとウザい。
 でも……酔った相手になら、まだ話しやすいかも。

 俺は、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で、ボソボソと今日の出来事を話した。
 それを聞いた伊吹さんは、ぽかんと口を開けてからゲラゲラ笑う。

「あはははは~!! 何それぇ~!! ひぃぃっひぃぃっ!」
「……伊吹さんって爆笑したら引き笑いになるんですね……」
「だぁって……! ひぃぃっ! 初対面の女の子に……〝話しかけないで〟って……!! ひぃぃぃっ、ひぃぃぃっ!」
「笑いすぎじゃないですか!?」
「それでっ……! この世の終わりみたいな顔して……っ! ひぃぃっ! 捨てられたワンコみたいなっ……! 顔で思いつめてぇぇっ……! ひぃぃぃっ、ひぃぃぃっ!!」

 はいはい。コミュ力おばけの伊吹さんには、俺みたいなヤツの気持ちなんて不可解でしょうがないでしょうね。
 全く。俺の気持ちなんてひとつも分からずに爆笑しやがって……。話さなきゃよかっ――

「なんて誠実な子なのぉ!? むっちゃん、あんた……!!」

 えっ!? この人さっきまで爆笑していたよな!? なんでボロ泣きしてんの!?
 伊吹さんはえぐえぐ嗚咽を漏らしながら、大事なぬいぐるみみたいに俺を抱きしめる。

「辛かったでしょぉ……!! そんなつもりなんてなかったものねっ……! あなたもほんとは、仲良くなりたかったんだもんね……っ!!」
「っ……」

 耳元で泣かないでほしい。なんか、俺も……つられて泣きそうになるだろ。

「怖かったわよね……! 女の子がいっぱいいる中で、女の子に話しかけられて……ほんとに怖かったわよね……!!」
「……うん……」
「言われたほうも傷付いたでしょうけど……言ってしまったむっちゃんも、同じくらい傷付いたわよね……!!」
「……うんっ……」

 本当は、謝りたかった。でも、言葉が出なくて謝れなかった。
 せっかく話しかけてくれたのに。自分でそれを、ダメにしてしまった。
 そんな自分が嫌になって、もっときらいになった。
 結局俺は、どこに行っても俺。髪型を変えても、新しい服を着ても、本体が変わらなきゃ意味がない。

 気付けば俺は、伊吹さんの服をびしゃびしゃに濡らしていた。

「……むっちゃん」
「……」
「明日、その子に謝りましょう?」
「……でも」
「でも?」
「……怖い」

 伊吹さんが、俺の頬に手を添える。じっと俺を見つめてから、優しく微笑んだ。

「女子と話すのが怖い?」
「……うん」
「それなら大丈夫よ。だって、あなたは今、あたしと話せているじゃない」
「……」
「……」
「……」
「なによ」
「……ぷっ! ふふ」
「あらっ! なんで笑ったの!?」

 俺は涙を拭い、小さく頷いた。

「そうですね。なんだか、謝れそうな気がしてきました」
「きゃーっ! その意気よ、むっちゃん!」

 伊吹さんが女子かどうかは置いといて。
 他人を家に上げて、一緒にメシを食って、悩み相談なんてして、なぜか抱きしめられている。
 こんなこと、今までの俺だったら想像もつかなかった。それが今や、こんなに心地よさを感じれているんだから。
 今までの俺ができなかったことも、この人に背中を押されたらできそうな気がしてきた。

 俺は伊吹さんの胸に顔をうずめた。
 この人の胸はあったかい。優しい居場所って感じがする。

「ごめんなさい。……すみませんでした。ほんとに申し訳ない……?」
「なに? 謝る練習してるの?」
「はい。どう謝ったらいいと思います?」
「いいわね! じゃあ、一緒に考えましょうか!」

 謝る言葉を考えて何度か練習したあと、俺は顔を上げた。

「伊吹さん」
「なあに~?」
「……ありがとう」

 伊吹さんの顔が赤くなった。少し慌てた様子で、珍しく目が泳ぐ。

「い、いいえ? どういたしまして」
「?」

 そのあとすぐ、伊吹さんはさっと俺から体を離した。

「あ、明日、頑張ってきなさいっ」
「はい。頑張ってみます」
「それじゃ、あたしは帰るわね! またね!」

 伊吹さんが帰ると、部屋が一気に静まり返った。
 心細くなりはしたし、ふと恐怖が甦る瞬間もあったが……

《なんて誠実な子なのぉ!?》

 伊吹さんの言葉に見合う人間になりたいと考えると、不思議と背筋が伸びた。
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