10 / 69
第二章
第九話 この夜を忘れない
しおりを挟む
二十一時過ぎ、本当に伊吹さんが来てくれた。しかも、良い匂いがするデパ地下の袋を手に持って。
「遅くなってごめんねえ~! おなかぺこぺこなんじゃない!?」
「こっちこそすみません……。仕事で疲れてるでしょうに……」
「何言ってんのぉ! この疲れはね、自分にご褒美をする言い訳にできるから最高なのよっ! さ、早く入れてちょうだいっ。あたしだっておなかぺこぺこなんだから~!」
ほんと、伊吹さんは不思議な人だ。
さっきまでこの世の終わりだと思っていたのに、今は自然と笑みが浮かぶ。
伊吹さんは、小さいテーブルにおさまりきらないほどの惣菜を並べ、缶ビールを景気よく開けた。
「むっちゃんはジュースよ~。もしお酒飲みたいなら止めないけど♡」
「ジュースでいいです」
「えらいえらい~! むっちゃんの真面目なところ、とっても素敵よ♡」
ああ、申し訳ないな。こんなに高そうな惣菜を食べさせてもらっているのに、味がしない。
黙々と口に箸を運ぶ俺を窺い見ていた伊吹さんが、急にずいと顔を寄せた。
「それで~? むっちゃんは何を〝やっちゃった〟のかしら~?」
「うぐ……っ」
「ふっふっふ~。逃げようとしてももう遅いわよっ! だってあなたはお惣菜をいっぱい食べたんですからねっ! タダ食いしようったってそうはいかないわよ~? 聞かせてもらえるまで帰らないからね、あたし!」
「……引かないですか?」
「安心してちょうだい! 犯罪してない限り引かないわよ~! ……犯罪、してないわよね!?」
「してません!!」
「じゃあ、なんにも怖がる必要ないわあ~! あっはっは!」
もう酔いが回っているのだろうか。いつもより声がでかいし絡みかたもちょっとウザい。
でも……酔った相手になら、まだ話しやすいかも。
俺は、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で、ボソボソと今日の出来事を話した。
それを聞いた伊吹さんは、ぽかんと口を開けてからゲラゲラ笑う。
「あはははは~!! 何それぇ~!! ひぃぃっひぃぃっ!」
「……伊吹さんって爆笑したら引き笑いになるんですね……」
「だぁって……! ひぃぃっ! 初対面の女の子に……〝話しかけないで〟って……!! ひぃぃぃっ、ひぃぃぃっ!」
「笑いすぎじゃないですか!?」
「それでっ……! この世の終わりみたいな顔して……っ! ひぃぃっ! 捨てられたワンコみたいなっ……! 顔で思いつめてぇぇっ……! ひぃぃぃっ、ひぃぃぃっ!!」
はいはい。コミュ力おばけの伊吹さんには、俺みたいなヤツの気持ちなんて不可解でしょうがないでしょうね。
全く。俺の気持ちなんてひとつも分からずに爆笑しやがって……。話さなきゃよかっ――
「なんて誠実な子なのぉ!? むっちゃん、あんた……!!」
えっ!? この人さっきまで爆笑していたよな!? なんでボロ泣きしてんの!?
伊吹さんはえぐえぐ嗚咽を漏らしながら、大事なぬいぐるみみたいに俺を抱きしめる。
「辛かったでしょぉ……!! そんなつもりなんてなかったものねっ……! あなたもほんとは、仲良くなりたかったんだもんね……っ!!」
「っ……」
耳元で泣かないでほしい。なんか、俺も……つられて泣きそうになるだろ。
「怖かったわよね……! 女の子がいっぱいいる中で、女の子に話しかけられて……ほんとに怖かったわよね……!!」
「……うん……」
「言われたほうも傷付いたでしょうけど……言ってしまったむっちゃんも、同じくらい傷付いたわよね……!!」
「……うんっ……」
本当は、謝りたかった。でも、言葉が出なくて謝れなかった。
せっかく話しかけてくれたのに。自分でそれを、ダメにしてしまった。
そんな自分が嫌になって、もっときらいになった。
結局俺は、どこに行っても俺。髪型を変えても、新しい服を着ても、本体が変わらなきゃ意味がない。
気付けば俺は、伊吹さんの服をびしゃびしゃに濡らしていた。
「……むっちゃん」
「……」
「明日、その子に謝りましょう?」
「……でも」
「でも?」
「……怖い」
伊吹さんが、俺の頬に手を添える。じっと俺を見つめてから、優しく微笑んだ。
「女子と話すのが怖い?」
「……うん」
「それなら大丈夫よ。だって、あなたは今、あたしと話せているじゃない」
「……」
「……」
「……」
「なによ」
「……ぷっ! ふふ」
「あらっ! なんで笑ったの!?」
俺は涙を拭い、小さく頷いた。
「そうですね。なんだか、謝れそうな気がしてきました」
「きゃーっ! その意気よ、むっちゃん!」
伊吹さんが女子かどうかは置いといて。
他人を家に上げて、一緒にメシを食って、悩み相談なんてして、なぜか抱きしめられている。
こんなこと、今までの俺だったら想像もつかなかった。それが今や、こんなに心地よさを感じれているんだから。
今までの俺ができなかったことも、この人に背中を押されたらできそうな気がしてきた。
俺は伊吹さんの胸に顔をうずめた。
この人の胸はあったかい。優しい居場所って感じがする。
「ごめんなさい。……すみませんでした。ほんとに申し訳ない……?」
「なに? 謝る練習してるの?」
「はい。どう謝ったらいいと思います?」
「いいわね! じゃあ、一緒に考えましょうか!」
謝る言葉を考えて何度か練習したあと、俺は顔を上げた。
「伊吹さん」
「なあに~?」
「……ありがとう」
伊吹さんの顔が赤くなった。少し慌てた様子で、珍しく目が泳ぐ。
「い、いいえ? どういたしまして」
「?」
そのあとすぐ、伊吹さんはさっと俺から体を離した。
「あ、明日、頑張ってきなさいっ」
「はい。頑張ってみます」
「それじゃ、あたしは帰るわね! またね!」
伊吹さんが帰ると、部屋が一気に静まり返った。
心細くなりはしたし、ふと恐怖が甦る瞬間もあったが……
《なんて誠実な子なのぉ!?》
伊吹さんの言葉に見合う人間になりたいと考えると、不思議と背筋が伸びた。
「遅くなってごめんねえ~! おなかぺこぺこなんじゃない!?」
「こっちこそすみません……。仕事で疲れてるでしょうに……」
「何言ってんのぉ! この疲れはね、自分にご褒美をする言い訳にできるから最高なのよっ! さ、早く入れてちょうだいっ。あたしだっておなかぺこぺこなんだから~!」
ほんと、伊吹さんは不思議な人だ。
さっきまでこの世の終わりだと思っていたのに、今は自然と笑みが浮かぶ。
伊吹さんは、小さいテーブルにおさまりきらないほどの惣菜を並べ、缶ビールを景気よく開けた。
「むっちゃんはジュースよ~。もしお酒飲みたいなら止めないけど♡」
「ジュースでいいです」
「えらいえらい~! むっちゃんの真面目なところ、とっても素敵よ♡」
ああ、申し訳ないな。こんなに高そうな惣菜を食べさせてもらっているのに、味がしない。
黙々と口に箸を運ぶ俺を窺い見ていた伊吹さんが、急にずいと顔を寄せた。
「それで~? むっちゃんは何を〝やっちゃった〟のかしら~?」
「うぐ……っ」
「ふっふっふ~。逃げようとしてももう遅いわよっ! だってあなたはお惣菜をいっぱい食べたんですからねっ! タダ食いしようったってそうはいかないわよ~? 聞かせてもらえるまで帰らないからね、あたし!」
「……引かないですか?」
「安心してちょうだい! 犯罪してない限り引かないわよ~! ……犯罪、してないわよね!?」
「してません!!」
「じゃあ、なんにも怖がる必要ないわあ~! あっはっは!」
もう酔いが回っているのだろうか。いつもより声がでかいし絡みかたもちょっとウザい。
でも……酔った相手になら、まだ話しやすいかも。
俺は、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で、ボソボソと今日の出来事を話した。
それを聞いた伊吹さんは、ぽかんと口を開けてからゲラゲラ笑う。
「あはははは~!! 何それぇ~!! ひぃぃっひぃぃっ!」
「……伊吹さんって爆笑したら引き笑いになるんですね……」
「だぁって……! ひぃぃっ! 初対面の女の子に……〝話しかけないで〟って……!! ひぃぃぃっ、ひぃぃぃっ!」
「笑いすぎじゃないですか!?」
「それでっ……! この世の終わりみたいな顔して……っ! ひぃぃっ! 捨てられたワンコみたいなっ……! 顔で思いつめてぇぇっ……! ひぃぃぃっ、ひぃぃぃっ!!」
はいはい。コミュ力おばけの伊吹さんには、俺みたいなヤツの気持ちなんて不可解でしょうがないでしょうね。
全く。俺の気持ちなんてひとつも分からずに爆笑しやがって……。話さなきゃよかっ――
「なんて誠実な子なのぉ!? むっちゃん、あんた……!!」
えっ!? この人さっきまで爆笑していたよな!? なんでボロ泣きしてんの!?
伊吹さんはえぐえぐ嗚咽を漏らしながら、大事なぬいぐるみみたいに俺を抱きしめる。
「辛かったでしょぉ……!! そんなつもりなんてなかったものねっ……! あなたもほんとは、仲良くなりたかったんだもんね……っ!!」
「っ……」
耳元で泣かないでほしい。なんか、俺も……つられて泣きそうになるだろ。
「怖かったわよね……! 女の子がいっぱいいる中で、女の子に話しかけられて……ほんとに怖かったわよね……!!」
「……うん……」
「言われたほうも傷付いたでしょうけど……言ってしまったむっちゃんも、同じくらい傷付いたわよね……!!」
「……うんっ……」
本当は、謝りたかった。でも、言葉が出なくて謝れなかった。
せっかく話しかけてくれたのに。自分でそれを、ダメにしてしまった。
そんな自分が嫌になって、もっときらいになった。
結局俺は、どこに行っても俺。髪型を変えても、新しい服を着ても、本体が変わらなきゃ意味がない。
気付けば俺は、伊吹さんの服をびしゃびしゃに濡らしていた。
「……むっちゃん」
「……」
「明日、その子に謝りましょう?」
「……でも」
「でも?」
「……怖い」
伊吹さんが、俺の頬に手を添える。じっと俺を見つめてから、優しく微笑んだ。
「女子と話すのが怖い?」
「……うん」
「それなら大丈夫よ。だって、あなたは今、あたしと話せているじゃない」
「……」
「……」
「……」
「なによ」
「……ぷっ! ふふ」
「あらっ! なんで笑ったの!?」
俺は涙を拭い、小さく頷いた。
「そうですね。なんだか、謝れそうな気がしてきました」
「きゃーっ! その意気よ、むっちゃん!」
伊吹さんが女子かどうかは置いといて。
他人を家に上げて、一緒にメシを食って、悩み相談なんてして、なぜか抱きしめられている。
こんなこと、今までの俺だったら想像もつかなかった。それが今や、こんなに心地よさを感じれているんだから。
今までの俺ができなかったことも、この人に背中を押されたらできそうな気がしてきた。
俺は伊吹さんの胸に顔をうずめた。
この人の胸はあったかい。優しい居場所って感じがする。
「ごめんなさい。……すみませんでした。ほんとに申し訳ない……?」
「なに? 謝る練習してるの?」
「はい。どう謝ったらいいと思います?」
「いいわね! じゃあ、一緒に考えましょうか!」
謝る言葉を考えて何度か練習したあと、俺は顔を上げた。
「伊吹さん」
「なあに~?」
「……ありがとう」
伊吹さんの顔が赤くなった。少し慌てた様子で、珍しく目が泳ぐ。
「い、いいえ? どういたしまして」
「?」
そのあとすぐ、伊吹さんはさっと俺から体を離した。
「あ、明日、頑張ってきなさいっ」
「はい。頑張ってみます」
「それじゃ、あたしは帰るわね! またね!」
伊吹さんが帰ると、部屋が一気に静まり返った。
心細くなりはしたし、ふと恐怖が甦る瞬間もあったが……
《なんて誠実な子なのぉ!?》
伊吹さんの言葉に見合う人間になりたいと考えると、不思議と背筋が伸びた。
86
あなたにおすすめの小説
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
生意気オメガに疲弊する
夕暮れ時
BL
両親に許嫁として紹介されたのは、貧乏家庭に住むオメガの同級生であり、顔合わせもせずいきなり同居生活開始!!。しかし、実際に会ってみれば相性は最悪、なにをするにも文句を言われその生意気っぷりに疲弊しそうになるが、生活を続けるうちに可愛く見えてくるようになり______、
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる