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第三章
第二十二話 親鳥じゃなくなった日
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◆◆◆
(伊吹side)
数日後、むっちゃんの家に遊びに行った。この日はデパ地下惣菜持参だった。
お互いちょっとぎこちなかったけど、ごはんを食べているうちにいつも通りに戻った。
でも、ごはんを食べ終えると……
またちょっと、ぎこちなくなる。
いつもならぴったりくっついてくるむっちゃんがその場を動かない。それどころか、意識的にあたしに視線を向けないようにしている。
そうよね。そりゃ、警戒もするわよね。
あたしの恋愛対象に男性も含まれると知ったんだもの。むっちゃんもそこに入っちゃってるって、やっと気付いたのね。
それに……あたしがワンナイトをする人間だってことも、知られちゃったし。
いつもみたいにくっつこうとしないのは、当然よ。
むっちゃんにそういうことを求めていたわけではないけれど、本当のあたしを知られた途端に距離をとられると、ちょっぴり寂しい。
でもきっと、それはあたしのワガママよね。
「……やっぱり、いつも通りっていうのは欲張りすぎよね」
ポロッと出てしまった言葉は、むっちゃんにも届いたようだった。
むっちゃんはさらに顔を背け、消え入りそうな声で謝った。
「すみません……」
「いいのいいの。仕方ないわよ~」
あたしとむっちゃんの生きる世界は違うんだもの。
全てを理解して受け入れろなんて、とてもじゃないけど言えないわ。
どこで生きて、何を受け入れるかは彼の自由。それを責める道理は、あたしにはない。
頭では分かっているんだけどね。
……むっちゃんなら、どんなあたしでも手を握ってくれると信じていたかった。
「……そろそろ帰ろうかしら。むっちゃん、今日もありがと」
むっちゃんの家に来るのは、今日で最後になりそうね。
出会って三カ月しか経っていないのに、とても楽しい日々を過ごさせてもらったわ。
これからもBar Sugar Velvetには顔を出してくれると嬉しいんだけど。どうかしらね。
あたしが立ち上がると、むっちゃんの体がビクッと強張った。
「……すみません。俺、キモいですよね……」
何言っているのかしら、この子は。
「キモくないわよ。それが普通。……今の時代ではね」
「そ、そうなんですかね。……あ、そうか。今の時代じゃ、おかしなことじゃないのか」
「そ。だから気にしなくても――」
するとむっちゃんは顔を上げて、助けを求めるように言った。
「お、俺。こんなことはじめてなんです。あの日から、なんかおかしくて。伊吹さんと一緒にメシ食ってるだけで、なんか、もう……心臓がバクバクして……」
……ん?
訝しむあたしを見て、むっちゃんが縮み上がる。
「やっぱキモいですよね。ほんとすみません」
「ちょっと待って。どういうこと? あなた、あたしがパンだから距離とってたんじゃなかったの?」
「パンって何ですか……。難しいことよく分かんないです。ってか俺が一番俺のこと分かってないんです。なんなんですか、これ……。意味分からん……」
「……」
あたしはむっちゃんの隣に座りなおした。
もうね、散々なの。もう、がっかりしたくないのに。懲りないわね、あたし。
擦り切れたはずの心が、期待でとくとくと脈打っている。
「パンセクシュアルっていうのは、性別にとらわれず、人として惹かれる人のことよ」
「ああ、そういうのを略してパンって言うんですね」
「つまり、あたしは男女どちらも恋愛対象に入るってこと。もうちょっと補足すると、あたしはバイ寄りのパンなの」
「ああ、それは知ってますよ。バーで言ってましたもんね。……いや、そのせいで距離とってたんじゃないんです。伊吹さんがどうとかじゃなくて、俺がなんか……」
むっちゃんがもごもごと言葉にならない声を出している。一人では整理できないわよね。
「むっちゃん。改めて、お互いに自己紹介しましょう。あたしはね、女の振る舞いが好きなだけで、性自認は男なの。恋愛対象は性別を限らず好きになった人。むっちゃんは?」
「お、俺は……性自認が男で、恋愛対象は……たぶん、女なんだけど……そのはずなんだけど……」
むっちゃんの言葉が途切れた。その代わりに、あたしのことをチラッと見る。
あたしがさらに近寄ると、むっちゃんもスライドして距離を保たれた。
でも、そんなむっちゃんを見ても、もう寂しい気持ちにはならなかった。
「むっちゃん。あたしのことを意識してくれてるの?」
「……」
「もしかして、あたしは親鳥じゃなくなった?」
「……親鳥ってなんですか。俺、はじめっから伊吹さんのこと、鳥ともお母さんとも思ってませんよ」
「ふふ。そう」
あたしはそっとむっちゃんの手に触れた。むっちゃんが咄嗟に手を引っこ抜こうとしたから、強く握りしめる。
「……っ」
「今までとちょっと違う?」
「……はい」
「いやじゃない?」
「……はい」
その返事だけで充分。
「ありがとう、むっちゃん」
「いやほんと、すみません、俺……」
「ううん。嬉しいわ」
きっと一時に心がびっくりしているだけよ。今まで知らなかったことを知って、受け入れたばかりだから。
だからそのドキドキは、いつかおさまるわ。
でも、あたしにドキドキしてくれているむっちゃんが可愛くて、愛しくて……
ちょっとの間、独り占めしたくなった。
(伊吹side)
数日後、むっちゃんの家に遊びに行った。この日はデパ地下惣菜持参だった。
お互いちょっとぎこちなかったけど、ごはんを食べているうちにいつも通りに戻った。
でも、ごはんを食べ終えると……
またちょっと、ぎこちなくなる。
いつもならぴったりくっついてくるむっちゃんがその場を動かない。それどころか、意識的にあたしに視線を向けないようにしている。
そうよね。そりゃ、警戒もするわよね。
あたしの恋愛対象に男性も含まれると知ったんだもの。むっちゃんもそこに入っちゃってるって、やっと気付いたのね。
それに……あたしがワンナイトをする人間だってことも、知られちゃったし。
いつもみたいにくっつこうとしないのは、当然よ。
むっちゃんにそういうことを求めていたわけではないけれど、本当のあたしを知られた途端に距離をとられると、ちょっぴり寂しい。
でもきっと、それはあたしのワガママよね。
「……やっぱり、いつも通りっていうのは欲張りすぎよね」
ポロッと出てしまった言葉は、むっちゃんにも届いたようだった。
むっちゃんはさらに顔を背け、消え入りそうな声で謝った。
「すみません……」
「いいのいいの。仕方ないわよ~」
あたしとむっちゃんの生きる世界は違うんだもの。
全てを理解して受け入れろなんて、とてもじゃないけど言えないわ。
どこで生きて、何を受け入れるかは彼の自由。それを責める道理は、あたしにはない。
頭では分かっているんだけどね。
……むっちゃんなら、どんなあたしでも手を握ってくれると信じていたかった。
「……そろそろ帰ろうかしら。むっちゃん、今日もありがと」
むっちゃんの家に来るのは、今日で最後になりそうね。
出会って三カ月しか経っていないのに、とても楽しい日々を過ごさせてもらったわ。
これからもBar Sugar Velvetには顔を出してくれると嬉しいんだけど。どうかしらね。
あたしが立ち上がると、むっちゃんの体がビクッと強張った。
「……すみません。俺、キモいですよね……」
何言っているのかしら、この子は。
「キモくないわよ。それが普通。……今の時代ではね」
「そ、そうなんですかね。……あ、そうか。今の時代じゃ、おかしなことじゃないのか」
「そ。だから気にしなくても――」
するとむっちゃんは顔を上げて、助けを求めるように言った。
「お、俺。こんなことはじめてなんです。あの日から、なんかおかしくて。伊吹さんと一緒にメシ食ってるだけで、なんか、もう……心臓がバクバクして……」
……ん?
訝しむあたしを見て、むっちゃんが縮み上がる。
「やっぱキモいですよね。ほんとすみません」
「ちょっと待って。どういうこと? あなた、あたしがパンだから距離とってたんじゃなかったの?」
「パンって何ですか……。難しいことよく分かんないです。ってか俺が一番俺のこと分かってないんです。なんなんですか、これ……。意味分からん……」
「……」
あたしはむっちゃんの隣に座りなおした。
もうね、散々なの。もう、がっかりしたくないのに。懲りないわね、あたし。
擦り切れたはずの心が、期待でとくとくと脈打っている。
「パンセクシュアルっていうのは、性別にとらわれず、人として惹かれる人のことよ」
「ああ、そういうのを略してパンって言うんですね」
「つまり、あたしは男女どちらも恋愛対象に入るってこと。もうちょっと補足すると、あたしはバイ寄りのパンなの」
「ああ、それは知ってますよ。バーで言ってましたもんね。……いや、そのせいで距離とってたんじゃないんです。伊吹さんがどうとかじゃなくて、俺がなんか……」
むっちゃんがもごもごと言葉にならない声を出している。一人では整理できないわよね。
「むっちゃん。改めて、お互いに自己紹介しましょう。あたしはね、女の振る舞いが好きなだけで、性自認は男なの。恋愛対象は性別を限らず好きになった人。むっちゃんは?」
「お、俺は……性自認が男で、恋愛対象は……たぶん、女なんだけど……そのはずなんだけど……」
むっちゃんの言葉が途切れた。その代わりに、あたしのことをチラッと見る。
あたしがさらに近寄ると、むっちゃんもスライドして距離を保たれた。
でも、そんなむっちゃんを見ても、もう寂しい気持ちにはならなかった。
「むっちゃん。あたしのことを意識してくれてるの?」
「……」
「もしかして、あたしは親鳥じゃなくなった?」
「……親鳥ってなんですか。俺、はじめっから伊吹さんのこと、鳥ともお母さんとも思ってませんよ」
「ふふ。そう」
あたしはそっとむっちゃんの手に触れた。むっちゃんが咄嗟に手を引っこ抜こうとしたから、強く握りしめる。
「……っ」
「今までとちょっと違う?」
「……はい」
「いやじゃない?」
「……はい」
その返事だけで充分。
「ありがとう、むっちゃん」
「いやほんと、すみません、俺……」
「ううん。嬉しいわ」
きっと一時に心がびっくりしているだけよ。今まで知らなかったことを知って、受け入れたばかりだから。
だからそのドキドキは、いつかおさまるわ。
でも、あたしにドキドキしてくれているむっちゃんが可愛くて、愛しくて……
ちょっとの間、独り占めしたくなった。
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