君との恋の物語-mutual affection-

日月香葉

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おかしい…。

どう考えてもおかしい…。

ここ数日の結の様子だ。何か、深い訳がありそうな気がする。

最初に気付いたのは、俺が初仕事をもらった話をした時だ。

確かに、いつものように結も喜んでくれたのだが、何というか、少し元気がなさそうだった。

いや、実は理由には心当たりがある…。

もし、俺が結だったら、きっとあのタイミングでの「初仕事」の話は、聞いていて悔しかったんじゃないかと思う。

俺は、自分が仕事をもらった側だから今は何とも思わないが、あの日、もし鈴木先輩が俺に仕事の話を持ってきて下さらなかったら…。

俺はあのままずっと悩んでいただろう。

でも、考えてみたら俺がもらった仕事は一つだけ。それも、額の大きな物ではない。

だから、ひとつもらえたからと言って、これで全てが解決する訳じゃないんだ。

でも、多分、この「一つ」があるのとないのとでは大きな差があるんだ。

きっと、俺が結の立場ならそう考えていると思う…。

こう言う話は、俺達がお互いにいくつも仕事をもらえるようになったら何も気にしなくなるんだと思う。だから、2人でそれを目指せばいい。

そう思うんだけど、それを俺が結に言っても…。俺が結の立場だったら、素直に頷けないかもしれない。

誰が悪いという話じゃないこともわかっているんだが、それでも悔しい。割り切れない。

頑張りきれない。そう言う沼にハマってしまう気がする。

何か俺がしてあげられることはないんだろうか?

もし結が、あまり努力をしていない人なら俺もこんなことは考えないだろう。

でも、結がどれだけ努力をしてきたかを一番よく知っているのは俺だ。

夏休みの間、ずっと学校に籠って練習してきた。

結がいたから俺も同じように頑張れたし、同じように頑張っていたからお互いに惹かれ合ったんだ。

あんなに頼りになるパートナーは他にいない。

2人とも音楽が好きでこの大学に入り、お互いを好きになれたと言うのに、その音楽がきっかけでギクシャクしてしまうと言うのは嫌な話だ。

結…ごめんな。何も出来なくて。

でも、2人がずっと一緒にいるためには、こういうことも一緒に乗り越えて行く必要があると思うんだ。

だから、今はまだ、話し合うことはできないけど、いつかはちゃんと話さなきゃいけないと思っている。

問題は、どうやってきっかけを作るかだ。今、仕事をもらった側の俺が持ちかけても良くないと思う…。かといって、結からも持ちかけにくいだろうと思う。

そもそもどう話すのが正解なのかわからない…。

【今回はたまたま俺が仕事を貰えたけど、結にだってきっとチャンスはあるよ!だから一緒に頑張ろう!】

とでも言うのか?

いやいやいやいや…俺が結の立場だったら【気持ちは嬉しいけど…】ってなるだろ…。


…今は、何もしない方がいいのかもしれない…。考えるのはやめないけど。

変に触れるよりはそっとしておく方が正解かもしれない。

それに、結のことも気になるけど、俺が今一番に優先しなきゃいけないのは自分のことだ。

アマチュア団体とはいえ、お金をもらって演奏するんだ。自分で言ったことだろう。

お金が発生する以上は仕事だ。自分の仕事に責任を持たなければ。

気にはなるけど、練習の時は切り替えていかないとだ。

もし俺が結のことを気にしていたせいで仕事でミスをしたらどうなる?

自分のことでもないのに結が気に病むことになる…。

それに、当然の報いとして俺も仕事を失うだろう。

今は、ちゃんと切り替えて練習しよう。




そうして結とはなんとなく距離が空いたまま2週間が経過した。

もちろん一緒に帰る日はあるし、休みの日に会うこともあったが、どうにも会話が弾まない…。

このままではまずいと流石に焦り始めた頃、結からメールがあった。

【今週の木曜日、ブラスの後、会えないかな?久しぶりに散歩しない?】

もちろん断る理由はないのだが、ただでさえ文字だけで味気ないメールが、いつもよりも味気なく感じて少し焦った。

なんだろう…?

【わかった。授業が終わったら、校舎の前で待ち合わせしよう】

そう言いながら、自分も味気ない文章を送ってしまったことに後悔しかけたが、深く考えるのはやめた。

結が散歩をしたいという以上、話したいことがあるんだろう。

それに、結はうまくいかないからと言っていきなり別れを切り出したりはしないだろう。

そんなに軽い人ではないし、俺への気持ちだって決して小さくはないはずだ。

これは、自惚ではない。信用だ。

俺は、結のことを信じているし、気持ちもちゃんとわかっている。

だから、この日はちゃんと、結の話を聞きに行こう。

その日も校舎が閉まるギリギリまで練習していた。

他にも何人か残っていたようだ。俺は楽器を片付けて帰ろうと打楽器部屋を出た。

エレベーターで地上に上がると、エレベーターホールに誰かが立っていた。

トランペットの高橋だった。

「お疲れ、今、帰りか?」

なんだ?待っていたのか?

『お疲れ。うん、そうだよ』

高橋は、何か言いたそうな顔をしていた。俺は、なるべく言いやすい雰囲気を出すようにしていた。

「よかったら、駅まで一緒にどうだ?」

やっぱり。待ってたんだなw

『OK!』




「樋口、お陰で助かったよ」

校舎を出ると、高橋は唐突に切り出した。

『ん?何が?』

ニヤニヤを隠せないが、外は暗いので大丈夫だろうw

「いや、めぐ、あぁ、橋本さんのことだ」

ほぅ?と言うことは?

『橋本さん?サックスの?』

やばい、ニヤケが止まらない。

「いや、もうニヤニヤしてんじゃん。わかってるんだろ?」

まぁな。

『うまく行ったのか?』

高橋は、照れながら頷いた。

「お陰様で。今月の初めから付き合い始めた。」

お!思ったより早かったな。

『そうか!やったな!』

「ありがとう。樋口のおかげだ。俺から相談したわけでもないのに、誘ってくれてよかったよ。」

『いやいや、高橋が橋本さんと仲良さそうなのは皆わかってただろう?何かのきっかけになればとは思ったけど、そんなに深くは考えてなかったよ。』

うまく行ってよかったと心から思う。高橋は本当に幸せそうだった。

『それで、報告のためにわざわざ待ってたのか?』

すると、高橋の表情が少し落ち着きを取り戻した。

「うん、それもあるけど、ちょっと話したいことがあってさ。」

ん?

『うん。どうした?』

高橋の表情からは、若干深刻そうな雰囲気を感じる。

「樋口は、将来どうするんだ?やっぱり、教員か?」

『うん。大学に入った時はそのつもりだった。』

すると、高橋は意外そうに目を丸くした。

「だった?」

『うん。今は、正直迷っている。』

「それはつまり、プロになりたいってことか?」

まぁ、そうなるな。

『そう言うこと。でも、』

「俺たちは飽くまでも教育大なんだよな。」

それもあるな。

『高橋も悩んでるのか?』

高橋は、前を向いたまま答える。

「うん。俺も入った時は教員になるつもりだったんだけど、やっぱり吹いてて楽しいんだよ。もちろん、楽しいだけでやっていける程甘くないのはわかってる。むしろ、辛いことの方が多いと思う。だけど、」

『だけど?』

「俺はさ、やっぱり教えるよりも、聴いてもらいたいんだよな。自分の演奏を」

わかるよ、その気持ち。

「演奏で食べていくって、覚悟がいることだよな。もしかしたら、音楽を嫌いになるくらい辛いこともあるんじゃないかって」

『そうだな。』

高橋の顔を覗き込むと、微笑んでいた。幸せそうな顔をしていた。

「けどさ、めぐに言われたんだよ。ラッパ吹いてる俺が、一番いいって。」

そうか。いい彼女だな。

「そしたらさ、やっぱり吹いていたいなって思うようになったんだよな。」

『なるほど。でもそれって、橋本さんに言われたことは、単なるきっかけだろう?』

「ん?」

『高橋が吹いていたいと思ったのは、元々の気持ちなんじゃないかと思うぞ。だからって、よし!じゃ一緒にプロになろうぜ!とは簡単にいえないけどな。』

「そうかな?」

『うん。俺だってまだ迷ってるし、偉そうなことは言えないけど、オーディションのために必死に練習して、プレッシャーもあったし、しんどかったけど、例えオーディションであっても演奏はやっぱり楽しいし、楽しんでいたいと思っているんだ。この気持ちって、誰かに教わって身につく物じゃないと思うんだよな。』

高橋は大きく頷いた。

「わかる。音楽を教わることはできても、音楽が楽しいと言うことは、教えてもらえることじゃないもんな。」

!!なんだ。なんか…

「俺も、そんなに才能があるわけじゃないし、受験の時も結構きつかったけど、ラッパ吹いてて辛いことがあっても、やっぱり好きなんだよな。楽器も音楽も。」

!!これかもしれない。俺が結と話すべきことは。

「音楽を通じて知り合った友達だって大事だし、もちろん、めぐだって、大事だ。音楽を仕事にしようと思ったら、色んな人と争わなくちゃいけなくなるんだろうけど、例え誰かが受かって自分が落ちても、その人を恨むんじゃなくてさ、悔しいけど、次は頑張るぞって、思える人になりたいよな。なんていうか、音楽そのものを大きくやっていくっていうか…うまく言えないけど。」

『高橋。』

思わず呼びかけていた。

「ん?」

『お前、すごいな。そんな風に大きな考え、中々持てないぞ。』

結にも聞いてもらいたかった。こんなに大きなやつがいるんだな。

「そうか?俺からしたら、今の時点で実力が認められている樋口の方がずっとすごいけどな!」

いや、技術なんて後からいくらでもついてくるものだ。でもこう言う考え方は、

『いや、本当にそう思うぞ。何も悩む必要なんてないんじゃないか?高橋の中でなりたい自分がそこまで決まっているなら、目指してるべきだろう。技術は、後から勝手について来ると思う。』

「そうかな?まぁでも、なれるかどうかなんてやってみないとわからないしな!なんか、こう言うこと真面目に聞いて答えくれそうなの、樋口しか思いつかなくてさ!ありがとな!やってみるよ。」

そうだ。それがいいと思う。

『いや、むしろお礼を言いたいのは俺の方だよ。』

「ん?なんで?」

『俺は、最近、目先の結果に囚われすぎていた。高橋と話して、それを実感したよ。俺も、音楽を大きくやっていきたい。そう思った。だから、ありがとな。』

「そ、そうか、俺でも何かの役に立ててよかった。」

素直なやつだ。高橋は、本当にまっすぐなんだな。

電車が反対方向の俺たちは、そのまま駅で別れた。

しかし、まさか高橋があんなにすごいやつだとは思わなかった。

少し考えをまとめる必要はあるが、俺が結と話すべきことが少し見えた気がした。
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