灰になった魔女

夜野トバリ

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青結びの魔女

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「アカリちゃんの様子を見ていて」
 カタリナ高校でのイベントの話しを聞いたとき、レイにそう頼み込んだ。空からどうどうと登場してもよかったけれど、彼女に変装した方がインパクトが強そうだったので、そちらの手段でイベントに潜り込むことにした。アカリちゃんが風邪で当日寝込むかどうか確信が持てなかったため、電車帰りの彼女の後をレイにつけてもらい、自宅での様子を見てもらっていたのだ。
「あんた、魔女になってから性格悪くなったわ」
 頼み込んだとき、レイに苦笑されながら言われた。どう言われたって言い。この際、手段を選んではいられない。もしアカリちゃんの風邪が治りイベントに参加したのなら、他の来場者に化けて忍び込むつもりだった。結局、アカリちゃんの姿を借りたのだけれど。
 カタリナ高校から去り、久々に日中の空を飛ぶ。青空にはまばらに雲が点在していて、陽がいたずらにかくれんぼしている。下を見やると乗用車のたぐいが忙しく行き交っていた。休日とあってか、人通りも多い。
「さて、今日の一件でどう動くかな」
 隣りに連れ添って飛ぶレイが言う。
「割と長めにはいたし、パフォーマンスもしたから広報としてはまあまあの成果じゃない?」
「あれをパフォーマンスと言っていいかどうか……」
「イベントに参加しろって促してきたのはそっちでしょ?」
「でもアカリちゃんに変装しろとは言わなかったわ」
「それはまた別の話よ」
 ほうきに力を込め、少しスピードを上げる。吹き付けてくる強風も、今では心地よく感じる。
 カタリナ高校には、少し悪いことをしただろうか?
 ふと、私は思った。在学中の彼らにとっては年に一度のイベントのはずだ。今日この日のために色々と準備をこなしてきたに違いない。そこへ私がゲリラ登場し、会場を沸かせたことでなにかトラブルに繋がらなければいいと、後々になって後悔していた。テレビの取材で騒がれることにはなるだろうけれど、学校側のアピールになると考えればプラスだ。マイナス面と言われれば、私の仮装をした生徒さんくらいだ。まさか本物が現れるなんて、夢にも思っていなかっただろう。
 でもそれは、ヒロキ君にも当てはまることだった。隣を歩く同級生がジャンヌで、短い時間ではあるものの、一緒に校内を練り歩いていたから、彼が一番驚いているに違いない。何故彼の名前とアカリちゃんのことを知っていたのか、その点は疑問に思われるだろうけれど、私が灰になっていないところを見る限り、まだ寺田真那とジャンヌはイコールで結ばれていないようだ。今回の件で、変に気後れしなければいいと思った。それだけが気がかりだった。
 私が私と知られるわけにはいかない。
 でも。
 レイを見やる。彼女の正体、記憶だけは解き明かす必要がある。その信念だけは、これから先もずっと曲げないつもりだ。
 視線に気付いたレイが「なあに?」と言わんばかりに瞳が大きくなる。なんでもない、と私は首を横に軽く振った。
「あんた今夜バイトだっけ?」レイが言う。
「今夜は休み。今日は一日じっくり休んで、明日から情報を集めようかなって」
「……そうね、その方がいいかも」
 私の魔法は命を削る。それはレイも知っての上だ。けれど、それを絶対に気負わないようにと、私はレイにずっと言い聞かせていた。これは私がやりだしたことだ。目的が達成されるまで、止めるつもりは一切ない。
 スピードをちょっとずつ抑え、高度を落とし始めたときだった。視界に入っている公園で二人の小さな女の子と、母親らしき女性の姿が目に入った。女の子は四、五才くらいだろうか、耳をつんざくような声で泣いていた。片方の女の子は水色のうさぎの人形、正確にはその頭と思わしき物を持っていて、もう一人はその胴体らしき物をだらんと垂らしていた。人形の断面から白い綿が出ているところを見るに、二人で引っ張り合って破けてしまったのだろう。間に女性が入り、なだめながら互いの様子を見ているが、女の子達は顔を真っ赤にして泣き叫んでいた。手の施しようがない状況に女性もかなり困惑しているようだった。
 無意識の内に私は高度を落とし公園へ近づいていった。レイの呼び止める声を無視し、私は三人の前に降り立った。私を中心に、サークル状の小さな砂ぼこりが舞い上がる。
 急な出来事に女の子達が泣き止み、女性が反射的に身構えた。私は「大丈夫ですよ」と言い、静かに女の子達に近づいた。双子だろうか、ずいぶんと顔が似ていた。服もおそろいで、かわいいフード付きのピンクのジャケットを着ている。私は屈んで、
「ちょっとだけでいいから、そのかわいいお人形さん貸してくれない?」
 私が訊くと、女の子達は無言でそれぞれ手にしていた人形の断片を私に差し出してくれた。ありがとう、と私は言い、二つの塊をわずかに宙に浮かせて手をかざした。断面の綿が延び互いに結びつけ、やがて裂け目が見えなくなり、人形は元のうさぎの姿に戻った。
「はい、うさぎさん治ったよ」
 人形を手渡すと、女の子達はきょとんとした表情で私を見た。ダムが決壊したみたいに泣いていたのに、それが嘘みたいだった。女の子達からすれば、私は見ず知らずの他人なのだから当然の反応だ。泣きわめいてもおかしくない場面なのに、よく人形を貸す気になってくれた。
 私にも、こういう時期があったんだろうな。
 思わず口角が持ち上がった。何事だろうと、女の子達がぱちぱちと瞬きをする。
 次第に私の存在に気付いたのか、ギャラリーがちらほらと出てきた。取り囲まれるとさすがにまずい。
「うさぎさん、大切にしてあげてね」
 急いでほうきに腰かけて急上昇する。振り返ると、女の子達が笑顔を咲かせて小さな手をこちらに向け振っていた。私も負けじと手を振る。後方で、女性が申し訳ないくらい何度も頭を下げていた。
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