灰になった魔女

夜野トバリ

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魔女を追い求むもの

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 舞原美奈まいはらみなと名乗った女性に連れられ、僕とアカリは郊外のファミリーレストランに案内された。「あんまり時間は取らせないから」という殺し文句で、僕は二つ返事でオーケーを出した。一人で向かいたかったところを、アカリも自分から同行すると名乗り出てくれた。見ず知らずの人だから警戒もしていたけれど、ジャンヌのことで何かつかめるかもしれないという気持ちの方が勝っていた。
 夕方ということもあってレストランは家族連れや学生が多かった。ミナさんのせいか、いやに注目を浴びながら窓際の席に座った。奧の席に僕が座って隣りにアカリ、ミナさんとは向かい合う形で座った。ウェイターに僕とアカリはそれぞれソフトドリンク、ミナ3は紅茶を注文した。ウェイターがあからさまにミナさんを注視していたが、当の本人は気にしていなかった。ミナさんの指には動物をあしらった銀の指輪がいくつもはめてあり、耳にもピアスが多く見られた。なんだか、同じ日本に住んでいる人とは思えない姿だ。
「今『同じ日本人とは思えない』って思ったろう?」
「えっ」
 ぎょっとした。心の内を見透かされているような気分だった。
「いや、そんなことは……」
「へぇ、じゃあどんなこと考えてたの?」
「別に……」
 まずい。完全にペースをつかまれていた。
「あのっ、からかわないでください!」
 隣でアカリが声を上げた。声がほんのり震えていた。
「ははは、ごめんごめん。冗談だよ。お互い初対面だし、ちょっと和んだムードを作りたかっただけさ」
 肩を揺らしながらミナさんが笑った。笑う度に耳のピアスが揺れ、天井のライトに反射しキラキラ光った。
「さて、と」
 ミナさんの声のトーンがいくらか下がった。
「じゃあ、本題。ジャンヌのこと、どこまで知ってるの?」
「その前に、なんで僕らのことを知ってるんですか?」
 会話をしているとはいえ、まだ出会って一時間も経っていない。初対面の人間にあれこれと話すわけにはいかなかった。さっきのダークウェブの件もある。牽制することに越したことはない。
「少し話し逸れるけれど、あたし、夜はバーテンダーやっててね」
「バーテンダー?」アカリが眉を細め言う。
「バーでお酒を作るスタッフのことさ。ほら、よくテレビでこんな感じでしゃかしゃか振ってる人いるだろう?」
 そう言うとミナさんは横を向き、両手で独特な握り方をし、それを胸元で上下、交互に振る仕草をして見せた。納得したアカリが「ああ、あれか」と呟いた。
「意外だった? こんなゴスロリのピアス野郎がバーテンダーやってるって」
「意外と言えば意外ですけど……それと僕がどう関係あるんですか?」
「お店に来るお客さんとはよく話すから、あたし自身情報交換するわけ。そしたらある日、そこであんたの話が出てね。よくよく訊いてみたらジャンヌを商店街で目撃して、さらにクラスメイトの女の子がジャンヌに化けられてたって言われてね」
 寒気が走った。前者はともかく、後者の情報は一部の人しか知らないはずだ。
「それって誰ですか?」
「声がでかいよ、落ち着きな」
 注意されて僕はおずおずと姿勢を正した。ミナさんの後ろの席に座ろうとしていた女性が僕の声に驚いて、肩越しに一瞬こちらをちらりと見やった。顔はよく見えなかった。
 タイミング良くウェイターからドリンクが配られたので、それをぐいっと口に含む。続いてミナさんが紅茶を飲み、ティーについた口紅をさりげなく親指で拭った。
「その人は、あんたの親父さんだよ」
「父さんに?」
 思わず飛び上がりそうになった。反射的にミナさんが片目を閉じながら人差し指を口元で立てサイレントの合図を出した。
「ここ最近、仕事のお仲間さんとよくお店に来てくれてね、思い出したようにお子さんの話を聞かせてくれるのさ。だからこう見えて、あんたのことはよく知ってるんだよ」
「父さんが……」
 夜遅くに帰ってきて、やけにアルコールの臭いがする日は確かにあった。会社の付き合いということは分かってはいたけれど、そういったお店で僕のことを周囲に話していたことはまったく知らなかった。
 というよりそもそも、父さんにジャンヌのことは一切話していないはずだった。カタリナの一件も口にはしていない。どういうことだろう。誰かが父さんに耳打ちしたのだろうか?
「親父さん、色々と話してくれたよ。仕事が忙しいせいで親子の時間が取れなかったり、母親がいないせいで、ちょっと追い込んで家事やバイトさせてるんじゃないかって、うなだれながらはなしてくれたこともあった」
 まぶたを閉じ、その時のシーンを思い浮かべるようにしてミナさんは言った。そして一瞬、外の様子の方をうかがった。
「話しを聞くうちにあんたに興味が湧いてきてね、直接会って話がしたくなって、今日学校の近くで待っていた、というわけ。もちろんジャンヌのことも含めてね」
「僕の顔も調べてたんですか?」
「自慢げに親父さんがあんたの写真を見せてきてくれたから、顔くらい覚えられたよ」
 そう言うと、ミナさんがスマホの画面をこちらに見せてきた。確かにそこには父の姿があった。アルコールが回っているせいか顔が赤くなっていて、自分のスマホを指しながら映っていた。父の画面にはいつ撮ったのか、僕の寝顔が映っていた。
「でも、そっちのお嬢さんのことは聞かされてなかったな」
 ミナさんの視線がアカリに向けられた。
「二人は何ヶ月なの?」
 頬杖をつきながらミナさんが言った。
「へ?」
 僕は素っ頓狂な声を上げた。直後、左足を思いっきりアカリに踏まれた。声を上げそうなところをこらえると「そんな仲じゃないんで、あたし達ただのクラスメイトです」と間髪入れずアカリが慌てて言った。僕とミナは状況がつかめず、ぽかんとした表情でアカリを見た。
 少し間を置いて、ミナさんが咳払いをした。
「それで、ジャンヌのことはどこまで知ってるの?」
「どこまでっていわれても、僕らもまだ調べてる最中で……どちらかと言えば情報が欲しいくらいなんです」
「でもあんたは、これまでにジャンヌに二度遭遇している。それも二度目はかなり密接な関係で」
「それは確かです。何故かは分かりませんけど……カタリナの件も、ジャンヌが現れてから日が浅かったのに」
「でもどこかのタイミングでジャンヌはあんたに目をつけた、だろう?」
 核心を突くようにミナさんが言った。
「もしかしたら、案外ジャンヌは身近にいる誰かさんなのかもしれないね」
 ぎょっとした。
 そんなことは一ミリも考えたことがなかった。
「最初に目撃した第一人者、だからかな?」
 声を潜めながらアカリが言った。
「どうだろう」僕は宙を見つめた。「でも目撃者は他にも大勢いる。その中からどうして僕を選んだのか。理由はあるとは思うけれど」
「それが分かれば、一気にジャンヌに近づけそうなんだけれどね」
 ミナさんは紅茶を飲み、また外の景色をうかがった。
 僕は声を振り絞った。
「ミナさんは、どうしてジャンヌのことを知りたがってるんですか?」
 すると、ミナさんは妙に深刻な表情を浮かべた。
「それは、悪いけど場所を変えて話したい」
「どうして?」
されちゃかなわないからね」
「あたしは……」
「お嬢ちゃんの方じゃないよ」
 アカリの言葉を遮りミナさんが言った。
「そうだろ? お隣さん?」
 そう言うと、ミナさんは立ち上がり、さきほど隣の席に着いた女性の方を振り向いた。茶髪のショートボブの女性は身動き一つせずにいた。後ろ姿だったのでよく分からなかったものの、若い女性のようだった。
「店に入る前からあたしらのことつけてたろ? たった一人なのに四人用の席に座るし、ガラス越しに様子見てたけど、あたしと同じ方法でずっとこっち見てたよね?」
 さっきミナさんが外の様子をうかがっていたのは、窓ガラスに映る女性の姿を見ていたのだとその時初めて分かった。
「あとスマホの画面を黒くして景色を反射させて、こっちのことも見てたね。そんなに聞き耳立てるくらいなら、面と向かって話そうよ」
 場が凍りついた。
 手が汗で滲んでいた。
 一瞬、ダークウェブの書き込みが脳裏に浮かんだ。
「ごめんなさい、知り合いが歩いてたからつい跡をつけてしまって」
 聞き覚えのある声だった。
 女性は静かに立ち上がりこちらを振り返った。寺田先輩だった。
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