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第1章【覚醒編】

第1章1話 [生きる気力]

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《3月13日》

俺は誰も居ない病室でボーッと窓から鳥が何羽飛んでいるのか数える。

「無気力だ…」

俺は16年の生きてきた記憶を失くしてしまった。
先程までお見舞いに来てくれていた母親が言うには俺の名前は『日之内遊吾ひのうちゆうご』という名前だそうで年齢は16歳の高校生だそうだ。
記憶を失くした原因は子どもを助けて、代わりに車に轢かれてしまい頭に強い衝撃を受けたせいで記憶喪失になってしまったらしい。

「はあ…」

入院して4日目、怪我は比較的軽いそうで明日に退院を控えた俺だが、外の世界に出たくないというのが本音である。
生きる気力が湧かない。何をして生きていけば良いか分からない。

「はあ~…」

そんなネガティブなこと考えていると大きめの溜息も出るというものだ。

「あれ?何羽数えたっけ?」

もう1度左上から順番に鳥を数えようとすると、病室の廊下から声が聞こえてくる。

『パパ、この部屋だよね?』
『おお、合ってるぞ』
『じゃあ開けるね~』

 部屋の扉が開くと絶世の美少女が入ってきた。サラサラの長い銀髪と整った顔立ちの白いワンピースを着た10歳ほどの美少女だった。

「あっ!ユーゴだ!」
「お、案外元気そうだな~」

 その美少女に続いて黒髪で短髪、180センチほどの細身でスーツを着た20代半ばのイケメンが入ってくる。この2人で1つの物語が作れるんじゃないかと思える美少女と美男子だ。

「あの…どちら様で…?」

 いきなり入ってきた2人に少し緊張しながら質問する。
 美男子と美少女が同じ顔とポーズでショックな受けている。

「本当に記憶喪失なんだな、知ってはいたが目の当たりにすると結構ショックだな。俺はお前の兄の蒼太だ。で、娘のマリアだ」

 この人が兄か。母親から兄がいるとは聞いていたが格好良過ぎだろ。自分との兄弟である共通点が1つも見つからない。この兄は前世で大きめの教会か何かを3軒は建てたくらいの徳を積んだんだろう。あと兄の娘ってことは自分の姪ってことだよな…このイケメンの兄の遺伝子を受け継いでいるのなら納得の可愛さだ。

「あ~、お母さんから聞いてはいたのですが詳しく聞いてなかったので」
「まあ気にすんな、そんな時もある」
「それよりお兄ちゃん」
「俺のことは呼び捨てか兄とかで言い、お前にお兄ちゃんとか呼ばれるの気持ち悪いわ!」

 キツイ言い方だな!普通にショックだ。

「でも良かった!ユーゴ、元気そうで!私もパパも凄く心配してたんだよ!」

 天使かよ!可愛いな!そうか…こんなキツイこと言う兄も心配してくれてたんだな。

「俺はそんなに心配してなっかたけどな!帰りの飛行機の準備してたらお前が車に轢かれたって聞いてな、仕方なしに見舞いに来てやったんだよ!忙しかったら来ねぇよ!」

 このクソ兄貴…そのイケメンの顔ど突いたろか!

「パパのうそつき~」

 そう言いながらジト~とした目で兄を見つめるマリア。

「な、何がだよ!マリア!」
「パパ、ばあばから電話でユーゴが車に轢かれたって聞いて急いでママに家の事も全部頼んでユーゴのところに行こうとしてたら、ばあばから電話で『ユーゴが目を覚ましたから、もう大丈夫』って聞いたら泣きながら喜んでたのに!そのあと記憶喪失になったって聞いて『俺ならアイツの記憶を戻せる!』て言って自信満々で病院に来たんだよ」

 お兄様…!こんなにイケメンで弟想いって、心までイケメンかよ。ヤバイちょっと泣きそう。

「マリア!それは言うなってタクシーの中で約束しただろ!」
「だって、パパがユーゴに酷いこと言うからでしょ!」
「冗談に決まってんだろ。あと言ってもいいけど、せめてパパがいないところで言ってくれ!」

 顔を赤くしながら恥ずかしそうにマリアに言う。

「それより兄貴!俺の記憶を戻せるって本当なのか?」
「ああ、お前の記憶を戻す1番可能性のある方法を持ってきたぞ」
「ユーゴ、これ見て」

マリアがゴソゴソとポケットからスマホを取り出し俺に見せてくる。スマホの画面には冒険者の様な服を着た少年と魔法使いの格好をした少女が魔物と戦っている画像だった。
 その画像を見た瞬間心の奥底からワクワクとした気持ちと楽しい気持ちが湧き上がってきた。

「マリア!これ何?!」

 俺は画面を見つめながら興奮してマリアに聞く。

「これはね、ユーゴが好きだったゲームだよ」
「俺が好きだったゲーム?」

俺は疑問に思い、兄を見る。

「その画像のゲームこそユーゴの記憶を戻す方法だ」
「ゲームが?」
「ユーゴ、お前はゲームが大好きだったからな。特に今マリアが見せている【Equip Adventure World】通称【EAW】に関しては相当やり込んでた。つまりゲームをして刺激を得ることが記憶を戻すのに効くと思ったんだ」

 なるほど、このワクワク感が込み上がるゲームなら刺激になるかもしれない。なんだか少し記憶を戻す光が見えた気がしてきた。

「俺このゲームやるよ!どうやったらいいんだ?」
「焦んなって、まずこのゲームの説明をしてやるよ。このゲームは従来のテレビ画面でするゲームじゃなくてゲームの中に入ってプレイヤーが実際に冒険者となって冒険するゲームだ」
「実際にゲームの中に入る?凄い!」
「ユーゴの部屋にあるヘルメット型のゲーム機を被って電源ボタンを押せばすぐできるよ」
「ああ、ユーゴの家にこれの【EAW】続編のソフトもあると思うからすぐできるな」

 明日、退院して家に戻ったらやる事が決まった。早く退院したい!

「それでユーゴに相談があってな…」
「俺に相談?」

 深刻そうな顔をして兄が言う。

「実はユーゴの使っていた暗黒騎士ってキャラはな…」
「待って、俺ってそんな名前のキャラ使ってたのか?」

 キャラ名のクセが凄くて話を遮って聞いてしまった。記憶を失くす前の俺って一体…?

「ああ、お前は…そうだな説明するのが面倒くさいがどうしようかな…」
「いや、しろよ」
「そうだよ、パパ!ちゃんとユーゴに説明してあげて!」
「ああ、分かったよ…【Equip Adventure World】の製作会社に自分の顔と全身をあらゆる角度で撮影した写真を送って写真を元に自分そっくりのキャラクターを作んだ。そんで素顔をゲームで晒したくないお前は顔も体も課金して黒い鎧で隠してプレイしていたから、自分のキャラ名を『暗黒騎士』ってのにしたんだよ」

 確かに素顔でするのは嫌だな。記憶を無くす前の俺も今の俺も性格は変わらないんだと知って少し嬉しく思った。

「ごめん、それで相談って?」
「ああ、【Equip Adventure World】にはプレイヤーのランキングがあって、お前の使っていた暗黒騎士はンキングで上位に入る強さだった」
「それで?」

 強いなら誰も寄って来なさそうだし楽そうだ。

「今回の続編の【Ner Equip Adventure World】は前作のステータスもランキングもリセットされた状態からスタートするから上位に入りたいって奴は最初にステータスが弱い状態の暗黒騎士を倒したがるはずだ」

 たしかに、ステータスが低い元上位ランカーなんて良いカモだ。

「じゃあどうしたら良いんだよ?プレイヤーに逃げながら冒険しろて忠告したいのか?」
「いや、それだと暗黒騎士の順位も評判も下がるし、このゲームをやりこんでいたユーゴの記憶が戻った時に『逃走騎士』なんて異名になっているのは嫌だろ?」

 逃走騎士は嫌だな。

「じゃあどうしたら良いんだよ?」
「そこでだ!」

 兄はマリアを見つめ提案する。

「マリアのキャラとお前のキャラを入れ替えてプレイするんだ!」
「俺が見た目マリアのキャラを使って、マリアが暗黒騎士を使うのか。いや、でも…マリアが使ったとしてもカモにされるんじゃないのか?」

 当たり前の不安を聞く。むしろ俺よりもカモにされそうな気がする。

「安心しろ、マリアはゲームがかなり得意だ。俺やお前もマリアにゲームで勝った事がない…いや、あるけど7歳までは勝っていたが、そっからは俺たちは勝った事がない」
「本当にかよ?もしも本当なら俺の暗黒騎士を任せても良いかもな…分かった。こんな状況で嘘つくとは思えないし、もしも俺の記憶が戻った時に暗黒騎士の評判が下がっていたとしてもマリアの所為だったら俺も許すと思うし入れ替えてしてみるか」
「決まりだな」

 兄の横で小さく「よっしゃ!」と聞こえた気がしたが気のせいだろう。
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