婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)

彗星

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前編

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「本当に、彼があなたのことを好きだと思ってるんですか?」

彼女の艶やかな金髪が背中まで伸びて、風に揺れている。ぱっちりとした碧眼に、通った鼻筋、ぷっくりとした唇。けれど、その整った顔はひどく歪められていた。

「そもそも彼と貴方は釣り合ってるとは思えないです。家格もそうですし、見た目だって、ねぇ…」

ミアの頭から爪先まで視線を動かすと、見下すように鼻で笑った。その視線から逃れるように、顔を俯かせた。

(そんなこと、私が一番よく分かっている…)

ある日の休み時間。学園の中庭で、ミアは公爵家のご令嬢である、マリーナ・パレスに詰め寄られていた。

それは、学園の人気者であり、公爵家の嫡男でもある、リアム・ロペスがミアの婚約者だからである。

頭脳明晰、眉目秀麗、彼を語る言葉はいくつもある。さらさらの銀髪に、宝石を思わせるような碧眼、整った顔立ちは、誰もを惹きつける。そして、マリーナがリアムに好意を抱いていることも皆が知っていることだ。ミアも、その2人が和やかに談笑しているところを見たことがあった。2人が並ぶ姿はまるで一対の人形のようで、ミアの心に棘を残していた。

「彼は、私のことが好きだと言ってくれたんです」

大きく目を見開いて、顔を上げた。ミアの表情を見て、マリーナは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。その確信したような笑みに、ミアは目の前が真っ暗になった。

「分かったのなら早く婚約解消をしてください」

ふんっ、と踵を返して中庭から去っていく。残されたまま、そこから動けずに立ち尽くしていた。栗色の髪に、黒色の瞳、特筆するほどの容姿の良さはない。ミアは、どこにでも居そうな平凡な容姿を持っている。釣り合わないと言われる理由は、よく分かっていた。

「ミア!」

中庭近くの廊下から、声が掛かった。後ろを振り返ると、同じクラスの友人オリビアが手を振っていた。努めて笑顔を作って、それに振り返した。オリビアのところに駆け寄る。

「中庭で何してたの?」
「なんでもない!休み時間終わるから、早く教室戻ろっ」
「そう…?じゃあ、戻ろうか」

オリビアと連れたって、足早に教室に向かう。その途中、中庭を挟んだ向こう側の渡り廊下にリアムが歩いているのが見えた。リアムも、友人たちと一緒に談笑しながら歩いている。

婚約は、向こうからの打診だった。ミアにはよく分からなかったが、双方の利益のための、政略婚約だった。

(…それでも、私はすごく嬉しかった)
(リアム様のことが、ずっと好きだったから)

1人で困っていたときに、唯一手を差し伸べてくれた人。ずるくても、釣り合っていなくても、手放す気なんてなかった。気持ちがなくても、結婚してしまえば、いつかこっちを少しくらいは見てくれるはずだとミアは思っていた。

でも、彼に好きな相手ができたのなら、この夢みたいな婚約で彼を縛り続けることは、もう終わりしないといけないのかもしれない。

ミアは、リアムから目を逸らして、先を歩くオリビアの隣に並んだ。





「ミア?」
「…えっ、はい」
「今日は上の空だね。どうしたの?」

裏庭には綺麗な花々が咲き誇っている。その一角に設置されたガゼボで、ミアとリアムは隣り合ってご飯を食べていた。昼休みにそうして過ごすのは、婚約してからいつものこと。その時間が大事な時間だった。けれど、今はミアにとって嬉しくない時間になってしまっている。

「…いえ、何もないです」
「本当に?」

リアムがさらに顔を覗き込む。その視線から逃れるように、目を逸らした。その様子にため息を吐くと、ミアの手を取って、キスを落とした。えっ、と小さく声を上げて、顔を上げた。リアムがミアの方を引き寄せた。胸を押し返すけれど、そのまま抱きしめられた。

「リアム様…!」
「婚約者なのだから、少しくらいいいでしょう?」

もっと引き寄せる力を強める。その近い距離に、心臓の音がどんどん早くなる。婚約者になってから、ごくまれに触れ合いがある程度で、抱きしめられたことはほとんどない。リアムはいつも余裕そうだけど、ミアはいつも心臓が壊れそうなくらい、どきどきしていた。

「…リアム様」
「ん?」

体をすこし話して、顔を見上げた。「ん?」と、微笑みながら首を傾げる。碧眼が光を反射してきらきら光っている。その目が優しく細められた。

「…好き、なんです」

ぽろり、と思わず口をついて言葉に出た。それでも、目をじっと見つめる。きょとん、と目を大きく見開いている。ミアは、この言葉に気持ちを返してくれたら、まだ頑張れる気がした。リアムは驚いた表情を消して、笑みを溢した。

「ありがとう」

それは、いつか見たマリーナの隣で見た笑顔とは、全然違うものだ。綺麗に作られたような笑顔で、無邪気に笑っていたあの日とは、似ても似つかないものだった。胸がずきずきと痛む。

(やっぱり、もうだめなんだ)

痛む胸に気づかない振りをして、無理やりに笑顔を作った。そっと、リアム様から身を離す。ミアとリアムの間に、距離ができた。

「…リアム様、お話があるんです」
「どうしたの?」
「婚約を解消しませんか?」
「……は?」

リアムから顔を逸らして、深く俯いた。いつもよりもリアムの声が低くなったことに気づかないまま、ミアは話し続ける。

「婚約を解消したことで、リアム様に何か不利益がないようにします。この政略結婚での利益も、お父様にお願いして損なうことがないようにします……だから、私は…ひゃっ」

リアムが、さっきよりも強い力でミアを引き寄せた。ぎゅうっと、苦しいくらいの力で抱きしめる。

「リ、リアム様…?苦しいです…」
「……で………んだよ」
「え?」
「なんで婚約解消なんてことになるのか分からないって言ってる…!」

耳元で聞こえた大きな声に、ミアは体を竦めた。

「なんで、そんなこと言うんだよ…!」
「リアム、さま?」

肩を強く掴んで、体を引き離した。ミアの顔をまっすぐに見つめている。その表情は、悲しそうな、怒っているような、そんな複雑なものだった。

「どうして婚約解消なんて言うの?」
「えっ、いや、あの」
「…もしかして、さっき好きって言ったのも嘘だった?」
「え、」

リアムが肩を掴む力を強くした。その痛みに顔を歪める。その表情を見て、リアムは全部の感情を抜け落としたように真顔になった。そのリアムの初めての表情に、息を飲んだ。

「ありえない、絶対に許さない」

悲しげに眉根を寄せた。さらに強くなった力に「痛い…っ」と声を漏らすと、リアムは大きく目を見開いて、手を離した。ミアから体ごと顔を逸らした。力無くうなだれている。

「…どうして、俺じゃだめだったの?」
「あの、待って、」
「俺以外に好きなやつでもできた?」

ミアの方を見て、力無く笑った。

「待ってください!リアム様以外に好きな人なんてできてないです…!」
「だったら…!どうして婚約解消なんて言うんだ…!」

リアムはまた体ごとミアの方を向いた。ミアは、聞いていた話と、リアムの態度とのちぐはぐさに、何か思い違いをしているかもしれないと思い始めていた。考えるよりも先に、リアムの誤解を解かないといけない。両手を包み込むように握った。リアムは大きく目を見開く。

「私はずっとリアム様が好きです。でも、リアム様が別の方を思い合っているのであれば、婚約で縛り続けることはできないと思ったんです」
「別の方…?」
「はい」
「…そんなの、居ないよ」

握っていた両手を、リアムが握り返す。「さっきは動揺して、ごめん」と小さく笑みを浮かべた。そのいつもの穏やかな様子に、ほっと息をついた。

(でも、好きな人がいないってどういうことなんだろう…)

「マリーナ様のことが好きなのでは…?」
「パレス嬢?彼女はただの同級生だよ」
「そうなんですか?」
「ああ、どうしてそんな誤解をしたの」

不愉快そうに顔をしかめる。ずい、と離れていた距離を詰める。

「だって、マリーナ様が…」
「彼女がそう言ったの?」
「……はい、好きだと、言われたと…」
「そうか…」

考え込むように口元に手を当てた。その考え込む姿も様になっている。けど、どうして嘘なんてついたんだろうか。

リアムは急にぱっと顔を上げた。ミアを見ながら、前にひざまずく。ミアの手を取り、キスを落とした。

「ミア、好きだよ」
「リアム、様…?」
「他の人のことを好きになったりしてないよ」

満面の笑みを浮かべて、そう言った。その言葉に、じわりと目尻に涙が浮かんだ。涙が数滴こぼれて、リアムの笑顔がよく見えない。頬に流れた涙をリアムがぬぐう。

「本当、ですか…?」
「うん」

立ち上がったリアムにミアの体が引き寄せられる。ぽすん、と抵抗することなく体を預けた。

「私も、好きです」
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