冤罪夫人は二度目で真実を知る

おりのめぐむ

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 返事があり、薄く開かれた扉からハンスの顔が見える。

「先程、預けた書類に追加を」

「ではお預かりします」

 腕が通る程度に開かれ、目を合わせず、書類だけを受け取ろうとするハンス。
 私を避けているにしてもさすがに手だけを差し出す態度に不快を抱く。

「いえ、お父さまにも用があって……」

「旦那様は不在でございます」

「では直接私がまとめようと思うわ。不備があったと思われるのは嫌だから」

「それは私の仕事ですから」

「いいえ、先程の書類と合わせて万全にしてからハンスに手渡した方が私のためになるわ」

 そう言い切るとハンスは小さくため息をついた。

「私がフォローするので結構だと申し上げているのですよ」

 そう言って書類を強引に奪おうとする伸ばされた手を思わず避けていた。
 そのためハンスは少しバランスを崩し、はずみで扉が広がった。
 開かれた隙間から誰かの気配が伺える。
 お父さまは不在と言っていたのに。

「……お父さま? 失礼させていただきます」

 留めるハンスに踏み入ろうとすると視界の先に誰かの姿が映った。
 髪を結い上げて帽子をかぶり、肌は露出していないけれども体のラインに沿ったドレス姿。
 
「どうして、お義母さまが?」

 そこにはすぐにでも外出するように着飾ったお義母さまが座っていた。お父さまの姿はない。
 ハンスは諦めたのか、私を部屋に入れるとすぐに扉を閉めた。
 執務室はお父さまの城である。ここは仕事をするためにだけ利用され、誰も安易に入れない。
 代々の伯爵が執務を行うために使用してきたグランシア伯爵家の中枢を担う重要な拠点なのだから。
 そもそも大事な資料や重要な書類などが保管され、決裁するための印などがあるため、無人の際は鍵がかけられて厳重に管理されている領域。
 今はお父さまが管理者として責を負う。不在の際は基本的に出入りできないのだから。
 だからこそ、その補佐としてハンスがいる。お父さまの代わりに書類を受け取り、整理して決裁しやすいように仕訳を行なっている。
 ただ、用が済めばそれ以外での滞在は許されない。あくまで補佐なのだから。
 最終的な判断や決断などはお父さまがグランシア伯爵家の代理として行っている。
 未熟な私も後継という立場だから不在でも入室は許されるのであってお義母さまはお父さまの常駐の時でないと入ってはいけない決まり。
 けれどもお父さまが不在なのにも拘らずハンスとともにこの部屋に滞在していた。
 さらにお義母さまの手元には数枚の書類が握られている。
 執務机とは別の低いテーブル上に腰掛けていたお義母さまの傍らには赤色のインクとペンがあり、何かをしようとしていたのが伺えた。

「お義母さま、その書類は?」

「何を言ってるのかしら?」

 言いながらペンを取り、書類にすっと線を引く。

「忙しいルシードの手間を省くのに、余計なものは存在しないのよ」

 パラリと放たれた紙が床に落ち、大きく斜めに引かれた赤線が見える。
 拾ってみればつい先程ヒュードに委ねたドレス申請のもの。
 いつも却下されて戻ってくる書類の処理後、そのものだった。

「こ、これは、……お父さまはご存じなのですか?」

「何のことかしら? わたくしもお茶会に今すぐ出かけるのよ。ではハンス、馬車をお願いね」

「承知しました」

 お義母さまは立ち上がるとゆっくりと私の横を通り過ぎていく。
 ハンスは手早くインクとペンを執務机に戻すとお義母さまのために扉を開けた。

「鍵を掛けますのでご退出ください」

 お義母さまが部屋から出た後、睨みつけるように視線で促してくる。
 今、何が行われたのかという状況に全身の血の気が引く。
 震えが止まらず、拾った書類を握ったまま、部屋から出るしかなかった。

「ああ、不備の書類はお預かりしておきますから」

 すれ違いざまに声を掛けられ、身体がこわばっている。
 何事もなかったかのように受け取ろうとするハンスに渡すことしかできなかった。
 呆然と立ち尽くす私を他所にハンスは鍵をかけて姿を消した。
 

「ローザ様、体調がすぐれないのですか?」

 ヒュードに声を掛けられた時、近くの壁に寄り掛かったまま放心していたらしい。
 いつまでも戻って来ない私を心配して迎えに来て一緒に離れへと戻った。
 そして何も聞かないまま、薬と水を用意し、休んだ方がいいと寝室まで支えてくれた。
 何もできずに言われた通り、気を落ち着けることに専念した。
 その日の夕方、起き上がった私にヒュードが申し訳なさそうに書類を渡してきた。
 ドレス申請を却下された書類。けれどもこれはお父さまが決裁したものではない。
 王城へ成人報告の際、対面でお父さまと話した時は目にしていないから知らないと仰っていた。
 それはつまり、ということなのかもしれない。
 その仕訳の窓口はハンスの役割。カーラもヒュードも書類はハンスに手渡している。
 そうするようお父さまが指示していたから。けれども不備があったとしても却下され続けることはなかった。
 新調の申請が通り難くなり始めた頃は、と振り返ればお義母さまとの婚姻後だと気づく。
 もしかしたらカーラはその点に気づいていたのかもしれない。
 確証ができないから引退の時に気を付けるようにと伝えてきたのかもしれない。
 同じように今の状態であれば私の言い分は通らず、聞いてすらもらえないだろう。
 これまでお母さまのドレスでやり過ごしてきたこともあって申請していたことが無かったことにされてしまっているのだから。
 さらに私のことは役立たずの後継者としか見られていないこともあって信頼度でいえばハンスの方が大きいに決まっていた。
 ようやく新調申請しても許可されない理由が分かったけれどもどうしようもない。
 書類の問題ではなく、介在する立場の存在が関わっていたのだから。
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