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 ヤーラ皇女が帰ってから、クロードは物思いにふけることが多くなり、部屋にこもることが多くなった。王宮の人々はそれを「恋わずらい」と隠す事なく噂し、国中が、自国の若く凛々しい王子が、大国の皇帝となる姿を想像して浮かれていた。
 それを面白く思っていないのは、今やクロードと完全に敵対してしまったハージェスと、彼に想いを寄せるリュシエルぐらいだろう。先日ようやく王から婚約破棄の知らせが届き、無理に外出しなくて良くなったこともあり、クロードと会える時間はグッと減ってしまっていた。

(笑顔で送り出さなきゃいけないのはわかってる。でも、そんなのは嫌……)

 彼がいなくなることを考えただけでも落ち込んでしまう。それでいて、彼本人には何も言えない。そんな自分が、リュシエルはたまらなく嫌だった。

「……リュシー。今いいかい?」

 珍しく控えめな兄の声がして、リュシエルは慌てて背を正した。エドガーはリュシエルの部屋に入ってくると、辺りに人がいないのを確認してから部屋に鍵をかける。

「どうしたの? お兄様」
「リュシー。お前に話すべきか迷ったんだが、知っておいた方がいいと思って」

 兄が何を言おうとしているのか分からず、リュシエルは困惑した。それから兄の口から出た言葉は、彼女をさらに戸惑わせた。
  
「クロード様が内密にナーバ帝国に行った」
「ナーバに……?」

(どういうことなの? なぜナーバ帝国に?)

 リュシエルの頭の中で、ぐるぐると言葉が回る。

「まさか……ヤーラ皇女に会いに……?」

 信じられないという気持ちで聞けば、兄が口を閉ざした。
 
「……それは言えないんだ。しばらくすれば戻ってくると思う。その時クロード殿下に聞いてみてくれ」

 そう言うとエドガーは去っていったが、リュシエルは返事をすることができなかった。リュシエルの頭の中では、クロードが遠路はるばるヤーラを追いかけ、抱きしめる姿が映し出されていたのだ。

(クロード様は、正式な婚約すら待っていられないほど、ヤーラ皇女を愛していたの……?)

 立っていられず、リュシエルはへなへなとその場に座り込んだ。
 本来、クロードが内密にナーバ帝国を訪れないといけない理由は何もない。準備や調整に時間こそかかるものの、彼は婚約者候補として堂々とヤーラに会いに行く権利を持っているのだ。それをせず会いに行くということは、クロードが片時もヤーラと離れていたくないという証のように思えた。

(クロード様が、本当に手の届かない人になってしまう)

 悲しさから、リュシエルは一人ひっそりと涙を流すしかなかった。
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