女化町の現代異類婚姻譚

東雲佑

文字の大きさ
3 / 36
第一章 きつね火

2.今と昔の境界線

しおりを挟む
 バスはだいたい十五分ほどで終点に至った。
 最終の長山バス停で下車したのは僕だけだった。他の乗客はみんな降りた後で、車内には運転手さんを除けばもう僕しか残っていなかった。

 降りるときに、またのご利用をお待ちしています、と運転手さんが笑って声をかけてくれる。
 僕も笑顔を返して、今後ともよろしくお願いします、と言う。
 運転手さんが敬礼するように頭の横で手刀を一振りして、回送となったバスは走り出す。

 そのようにして、僕はようやく目指すべき土地に辿り着いた。
 僕はバスを降りたのである。

 僕はバスを降りて……そこで、まずはひとしきり絶句した。

 目の前に広がる光景は、異様というか、率直に言ってものすごく『ヘンテコ』だった。
 何度もしつこくて恐縮なのだけれど、僕はニュータウン北竜台行きのバスに乗り、終点の長山バス停で下車した。
 つまりニュータウンを通過してここまで来たのだ。
 だからバス停から後ろを振り返れば、そこには秩序だった快適さとクリーンなイメージに満ちた、近代的な住宅街が広がっている。すぐ目の前にはオートロックのマンションだってある。

 しかし、体の向きを百八十度反転させて、道の先を見れば。

 バス停の数メートル先からは、近代的どころかひどく昔めいた風景が広がっていた。
 目に見えない特定のラインを境に住宅の密集が唐突に途切れて、そこから先は急に人家がまばらになっている。
 そしてそのまばらな人家のそれぞれがみな、ニュータウンの真新しい家々とは異なる、築年数の経過したひと昔かふた昔前の建物なのだ。
 道の右手にはカーブする道路に沿って雑木林が長く伸びていて、これもまたかなり鬱蒼としている。ニュータウン側にはあり得ない、原生的な自然。

「なんだこれ……」

 ようやく言葉を取り戻して、そう呟く。
 都市開発の手がそれ以上及んでいないとか、これはそんなチャチなものじゃない。
『昔』が意図的に残されているのだ。平成の始め頃とか、あるいは昭和とか、そういう頃の時代が。

 ある地点を、はっきりとそのポイントを境界に、そこから先にだけ。

 まるで結界だ、と僕は思う。
 目の当たりにした新天地のヘンテコさに、バス停に立ち尽くした僕はただただ感嘆の吐息をつく。

 ……と、新天地。
 そうだった。あんまり驚いたものだから忘れかけてたけど、僕は観光目的でこの場所に来たんじゃない。引っ越してきたのだった。

『終点のバス停から見える一番それっぽい家がお前の新居だ』

 叔父のガイドに従って、僕はバス停からぐるりと周囲を見渡す。手がかりもなしで、とにかく『一番それっぽい家』とやらを探してみる。
 すると、すぐにそれは見つかった。
 一番それっぽいというか、一番ヘンテコな家。

 もう十分唖然としたつもりだったのに、その建物を見た瞬間、僕は追加で愕然としてしまう。

 ニュータウンが終わるライン――便宜的に『今と昔の境界線』と呼ぶことにする――にまたがるようにして建てられたその家は、半分が直線的な機能美を重視した現代住宅で、しかしてもう半分が古民家然とした木造家屋という、叔父の人物像そのままの『ヘンテコ』な家だった。
 言っておくけど母屋と離れで趣が異なるとかそういう話ではない。

 二つの異なる建築様式、二つの異なる時代が、一個の建物の中で歪に癒着して結合しているのだ。

 案の定、そのヘンテコな家が叔父宅だった。広い前庭を横切って二面性の顕著 けんちょなこの家の現代建築側(これからは『今側、昔側』と区別しようと僕は決めた)にまわってみると、家の前のポストには叔父夫婦の名字プレートが下げられていた。
 ひとまず目的地に到着した安堵を胸に玄関に向かい……そこでまた僕は唖然とする。
 玄関のドアに、家の鍵がガムテープで貼り付けられていた。どうやらこれで入れということらしい。

「な、なんて無茶な真似を……」

 無用心というレベルを通り越してもはや治安に対する挑戦だ。
 いったいこの鍵はいつからこうしてここに貼り付けられてたのか……恐ろしくなるから考えるのはやめた。

 とにかく、鍵を使って家に入る。幸いにも不審者侵入の形跡はどこにもなかった。
 さらに幸いなことに、外観は奇妙極まりなかった叔父宅も、内部は至って常識的な造りをしていた。
 基本は『今側』の見た目に沿ったおしゃれな内装で、東側の一部が『昔側』の外観に準じている。その部分にも生活に支障の出るような古さは全然ないし、断熱もしっかりしていそうだ。

 ただしひとつだけ、『今側』と同じように『昔側』にも立派な玄関があることだけがちょっと普通でなかった。
 玄関が二つある家って、なんだそれ。

「……まぁ、お客さんは通りからよく見える『今側』から訪ねて来るはずだから、『昔側』は少し大きな勝手口とでも考えておこう」

 そう独りごちて(やれやれ、さっきから僕は一人言ばかりだ。一人暮らしをはじめると一人言が増えるっていうのは本当なのかもしれない)結論としてしまう。

 まだまだ今日中にやらなければならないことはたくさんあるのだ。

 僕はまずはじめに叔父に電話をかけ、到着の挨拶とあらためてのお礼を伝えた(ガムテープで貼り付けられた鍵についても文句を言ったが、案の定というべきかガハハと笑って流された)。
 それから、事前に送っておいた荷物のダンボールを探して最低限の荷解きをする。
 忘れないうちにガスと水道のチェックもした。

 そのあとで、隣近所に引っ越しの挨拶をしに行く。
 最初にインターホンを押した二軒は留守だったけど、三軒目ではエプロン姿の若い奥さんが応対してくれた。
 僕は挨拶の品(定番のフェイスタオルだ)を渡して、今後ともよろしくお願いしますと頭を下げた。

 今日これまでに出会ってきた人たちと同じように、この若奥さんもやっぱりとても感じのいい人だった。一人で越してきた僕を心配して、いろいろ励ましてくれた。

 僕らはすっかり打ち解けて、そのまま少しのあいだ話し込む。
 その雑談の中で、ここら辺の奇妙な風景というか、あの統一された時代の不統一感とでも呼ぶべき土地区画整理について話題に出して尋ねてみた。

「ああ、はじめて見ると少し驚くでしょう?」

 若奥さんはそう言って笑い、そして続けた。

「ほら、なんといっても、ここはもうオナバケが目と鼻の先ですから」



   ※



 夕食はデリバリーのピザを頼んだ。自炊をするにも材料はなにもなかったし、それに引っ越しの日くらいは店屋物でも許されるだろう。
 四種類の味が一枚で楽しめる人気のピザは、だいたい三十分ほどで到着するとのことだった。

 テレビの時計表示は七時十六分を示している。
 ピザを待つ間、僕は観るともなしにバラエティ番組を見ながら、さっきお隣さんが言った言葉の意味を考えていた。

『なんといっても、ここはもうオナバケが目と鼻の先ですから』

 結局、それがどういう意味なのかは聞きそびれてしまった。あの後すぐに電話が鳴って奥さんが家の中に引っ込んでしまったからだ。
 謎めいた固有名詞だけを残して。

 やれやれ、またか。
 こうも頻出すると嫌でも気になってしまう。
 バスに続いて、ここでもまたオナバケ。

 謎めいたオナバケの、僕はその尻尾すら掴めずにいる。
 会話の文脈からして地名であることは確かなのだけど、逆に言えばそれしかわかっていない。
 どんな漢字を当てるのか、そもそも本当に日本語に由来する地名なのか、それすらも定かでない。

「やれやれ」

 僕はもう一度村上春樹的なため息をついてみた。やれやれ。

 でも、まあいい。バスの運転手さんやお隣の若奥さんの言葉から推察するに、今日から僕の暮らすこの町(ここは竜ヶ崎ニュータウンの北竜台エリア、さらに詳細にはその端っこに位置する長山という地区らしい)は、謎のオナバケにだいぶ近いらしい。
 それに、と僕は思う。
 それに事の成り行きから言って、もうすぐ謎のオナバケは僕の前に現れるはずだ。これだけ立て続けにさらには思わせぶりに話題が出来 しゅったいしているのは、つまりそういうことだ。
 そして、僕はその謎めいた土地と、あるいはその場所に深く関係する人物と縁を得て、なんらかの事件に巻き込まれて行くことになる。ああ、きっとそうに違いない。

「……ライトノベルならね」

 僕は自分の考えを笑い飛ばす。やれやれ。
 と、僕が三度目のため息をついたところでインターフォンが鳴った。お待ちかねのピザが届いたのだ。
 僕は財布を手に『今側』の玄関へと急ぐ。
 注文内容と配達商品に相違がないことを確認し、配達員 ピザボーイのお兄さんに代金を渡す。
 毎度ありがとうございますと元気に挨拶してくれた背中を見送って、熱々のピザを手に家の中に戻る。

 玄関を閉めようとした時、ピンポーンと、チャイムが……玄関のチャイムが鳴った。

 インターフォンのブザーとは違う音だった。
 それに、音がした場所も違う。

 玄関チャイムは、屋内を横断する長い廊下を歩き詰めた反対側、こことは違うもうひとつの玄関で鳴ったのだ。
 『昔側』の玄関から。

 もう一度チャイムが鳴った。まるで「さっさと出ろ!」と催促するように。
 とにかく、急いで上がり かまちを上がって、「はいはい! 今出ます!」と叫びながら廊下を小走りに走る。ピザを手に持ったまま。

 そうして三度目のチャイムが鳴るのとほぼ同時に、僕が『昔側』の玄関を開けると。

 引き戸の向こうには、女子高生がいた。

 もう一度言う。そこには、玄関先には女子高生が立っていたのだ。
 制服のスカートに学校名の入ったジャージの上を合わせた出で立ちの。
 竜ヶ崎第一高校。

「おっす」

 女子高生が言った。

「……お、おっす?」

 僕も返した。なぜか若干疑問形で。
 それから。
 それから、完全に面食らっている僕には構わず、女子高生はいとも直入に自己紹介らしきものを口にした。

「あたし、オナバケの栗林夕声 ゆうごえ

 やれやれ、まるでライトノベルだな、と僕は思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

離縁の雨が降りやめば

碧月あめり
キャラ文芸
龍の眷属である竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の契約花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六になるときに龍神との離縁が約束されている。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止む。 雨がやめば、離縁された花嫁は次の龍神の花嫁を産むために美雲神社を去らなければいけない。 だが、葵には龍神との離縁後も美雲神社に留まりたい理由があった。 幼い頃から兄のように慕ってきた御蔭という人の存在があるからだ。 白銀の髪に隻眼の御蔭は美しく、どこか不思議な雰囲気を纏っているが美雲神社の人間からは《見えない存在》として扱われている。 御蔭とともにいることを願っている葵だが、彼のほうは葵に無頓着のようだった。 葵が十六の誕生日を迎えた日。不思議な雨が降り始める。習わし通りであれば三日降り続いたあとやむ雨が、なぜか十日以上も降りやまず……。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...