女化町の現代異類婚姻譚

東雲佑

文字の大きさ
上 下
16 / 36
第二章 むじな

7.むじな

しおりを挟む
 関東と龍ケ崎は平年よりも一日早く梅雨の季節を迎えた。
 どんよりとした雲が空一面に立ちこめていて、にもかかわらず雨はなかなか降り出さない。そんなハッキリとしない天気が朝から続いていた。

 十二時に仕事のパートナーから電話があった。
 作業の進捗状況を報告したあとは雑談と世間話。芸能系のスキャンダルや業界の噂話からはじまり、「昼食はもう食べましたか?」というようなことまで。
 円滑な関係を保つための、無意味にして必要な会話。

「椎葉先生、もしかして、元気なかったりします?」

 僕の声からなにかを察したのだろう、パートナーがそう言った。

「ああ、いや」

 曖昧な笑いで心配してくれている相棒を誤魔化す。

「ええとちょっと……いい話と悪い話が同時に出来 しゅったいしてましてね」
「『いい話と悪い話、どっちから聞きたい?』ってやつですね。一生に一度は言ってみたい台詞です」

 そう言って相棒は笑った。僕も笑った。
 そして電話を切った。
 つけっぱなしのラジオではピチカートファイブが『悲しい歌』を歌っていた。はじめて聴いたけど、とてもポップでおしゃれな曲だった。
 曲が終わると地元企業のコマーシャルが二つ続けて流れ、その次に『ラジオ竜ヶ崎では二万円からコマーシャルをお流しします』という宣伝が入った。

 窓を開けて外を見る。雨はまだ降っていなかった。
 僕は黙ってため息をついた。


   ※


 いい話と悪い話について。

 まずはいい話。
 まいんバザールの翌日から、つまり小次郎少年と爆竹少女のドラマが展開された次の日から、ホクショーの天邪鬼の出没報告はぷっつりと途絶えた。
 もちろん生徒は日々様々な種類の悪さをするし時には問題を起こすこともあるけれど、彼らがその悪さなり問題なりの原因を正体不明の誰かのせいにすることはなくなった。

 そのようにして北竜台小学校には平和が訪れたのである。
 めでたしめでたし。



 さて、次に悪い話。


 小次郎少年が失踪したのだ。



「ダメだ。やっぱりバザーでいなくなってから一度も戻って来てないってよ」

 夕方、いつものように我が家に立ち寄った夕声が状況を教えてくれた。
 バザーの日から、すでに三日が過ぎていた。

「タヌキたちはちょっとした大騒ぎだ。バザーの時のことも問いただしたいってのに、よりによってこのタイミングでの家出だもん。カンカンに怒ってるし、それ以上に心配もしてる。なにしろあいつは龍ヶ崎タヌキの期待の星だからな。有望株、タヌキの癖に麒麟児、そりゃみんな案じるさ」
「仮に出来が悪くたって、子供がいなくなったら大人は心配するよ」

 僕は言った。
 夕声を責めるつもりはなかったのだけど、それでも反論するような調子が自分の声にこもるのがわかった。

「……子供といえば、もう一人」
「ああ、そのことだ」

 夕声が少しだけ姿勢をなおす。

「あの爆竹娘と小次郎、顔見知りだったみたいだな」
「うん。というか、顔見知りどころか……」

 イベントステージでの二人の様子を思い出す。

 お互いに名前を呼び合っていた二人。
 滝夜叉たきやしゃ姫もかくやの恨みに染まっていた少女の目が、少年に名を呼ばれた瞬間に浄化された様。
 心を白紙にして少女の怪我を案じた少年。

 そして最後には手に手を取って走り去った二人。

 一連のドラマティックはあまりにも示唆に満ちている。

「二人はいまも一緒にいるのかな」
「まぁ、多分な」

 やれやれ。だとしたらこれはもう家出ではなく立派な駆け落ちだ。

「あの女の子……桔梗ちゃんだっけ。あの子がホクショーの天邪鬼だったんだね」

 これもまた状況がそれを示している。小次郎少年の失踪とまったく同時にホクショーの天邪鬼も現れなくなった。
 それに、イベントステージで見せた、あの恨みに満ちた目つき。
 まるであそこに居合わせたみんなをまるごと恨んで憎んでいるような。

『そいつは人間とタヌキ、両方を嫌ってる』

 子ダヌキトリオの言葉を思い出す。
 子供ながらの直観で、彼らはなにかに気付いていた様子だった。

 人間でもタヌキでもなく、人間とタヌキ両方を嫌う……そんなあの子の正体は、いったいなんなんだ?

「むじなかな」

 夕声が、一人言でも呟くように言った。

「え?」
「ん、ああ。あの爆竹娘のこと。どうも人間じゃなさそうだし、かといってありゃタヌキでもなかった。だから」

 むじな、ともう一度夕声は言った。

「正体不明の獣の化生のことをむじなって呼ぶんだ。もっとも、あたしはそう呼ぶってことを知識として知ってただけで、実際にお目にかかったことはないけど」
「……むじな」

 僕も口に出してみる。宙に言葉を浮かべて、点検するみたいに。
 その言葉は、なぜだかあの悲しい女の子を象徴しているような気がした。

「あんちゃん!」「おにいちゃん!」「ハチにいちゃん!」

 そのとき、昔側の玄関から子ダヌキたちが飛び込んできた。いつになく騒々しく、呼び鈴も鳴らさずに。

「今日は来ないんだなと思ってたらこんな遅い時間に……こら! 仲の良い人のおうちであっても、よそ様の家にお邪魔するときはちゃんとピンポン鳴らして、どうぞって言われてからあがりなさい!」

 大人の役割としてお行儀をしつけた僕だったのだけれど、三人はそれには全然かまいもせずに、揃って僕のズボンを引っ張ってきた。
 それから、やっぱり三人揃って言った。

「コジローくんかえってきた!」「というかつかまった!」「ばくちくのこもいっしょ!」



      ※



 玄関を開けるといつのまにか外では雨が降っていた。夕声と手分けして子供たちに雨合羽を着せて(なぜか我が家にはこの子たちのそういうものが置かれている)、僕らは傘を差して家を出た。

 雨の夜道を歩きながら、夕声が僕に聞いた。

「一応聞いてみるけど、行ってどうするんだ?」

 彼女の問いかけに、僕は「わからない」と即答する。
 行ったところで、この僕にできることなんてなにもないかもしれない。
 だけど、桔梗ちゃんのあの悲しい目を見たときに、僕はこう思ったのだ。
 ――この子の周りの大人は、いったいなにをやってるんだ?

「今の二人には、大人の味方なんて全然いないと思うんだ」
「だろうな」
「だから、一人くらいは必要かなと思って」
「味方が?」
「味方が」

 たとえ見ず知らずの無力で小市民なお兄さんでも、この際いないよりはましなはず。
 ……ましだと思いたい……ましだといいな。

 僕の言葉に対して、夕声はなにも意見を述べなかった。
 意見を口にする代わりに、彼女は村上春樹的にこう言った。

「やれやれ」

   


 
 子ダヌキトリオが案内してくれた先は女化町内の一軒家だった。
 周囲の家と同じように築年数の経過した家で、広めの庭の一角には昔ながらの焼却炉が放置されている。

「この家、何度か前を通りがかったことあるけど、まさかタヌキ屋敷だったとは……」

 灯台もと暗しというかなんというか、僕たちの生きる現代社会には想像以上に人でない存在が浸透しているらしい。
 呼び鈴をならして待つこと一分、玄関の中から見覚えのある顔が現れた。

「夕声さん。それにあなたはたしか、椎葉さん」
「こんばわっす」

 いともフランクに言った夕声の後ろで、僕も慌ててお辞儀をする。
 引き戸を開けて現れたのは初午の宴会で顔を合わせた旦那だった(ほら、あの組長然とした貫禄の)。
 恰幅のいいタヌキの旦那は、突然の訪問客に戸惑っている様子だった。

「小次郎、見つかったんだって? よかった、一安心だ」
「え、ええ。夕声さんにもご心配おかけして……あとで報告とご挨拶に伺うつもりでいたんですが……」
「なら手間が省けたね。んじゃせっかくだからさ、ちょっとあいつの顔見せてよ。いいでしょ? なんたって小次郎はあたしの弟分だし」
「い、いや、それは……」
「いれてー」「みせてー」「いいでしょー」

 表情全部で難色を示す旦那の足に、子ダヌキトリオがまとわりつく。

「お、お前たち……」
「あんちゃん、いれたげてー」「おねがいー」「ハチにいちゃん、いいひとだよー」

 子ダヌキたちが得意のわがままで食い下がる。こうなったこの子たちが言っても聞かないのは僕もよく知っている。
 やがて、根負けしたのは旦那の方だった。

「……わかりました、あがってください」

 僕たちはお礼を言って玄関に入った。

「ああ、お前たちは騒がしくするからダメだ。いい子だから、今日はもう帰りなさい」

 旦那に促されて子ダヌキたちが「はーい」と返事をする。
 そういうわけで三人とはここで別れて、僕と夕声だけがお邪魔することになった。

 玄関に入ってすぐ先は二階に続く廊下と階段に分かれていた。僕たちが通されたのは廊下の先、一階のリビングだった。
 室内には六人もの男性が集まっていた。僕らが部屋に通された瞬間、興奮した口ぶりで議論を戦わせていた皆さんが、ピタッと口をつぐんだ。

「夕声さんじゃねえか? しかし、そっちのお若い方は……」
「あんた、もしかして人間じゃないのか?」

 一人がそう指摘した瞬間、残る面々も一斉に沸騰した。

「冗談じゃない! なんで今ここに人間が顔を出すんだ!」
「ただでさえ隠しておきたい身内の恥を、よりによって人間になど!」
「出てってくれ! いや、追い出せ!」

 状況からしてわかりきっていたことだけど、口ぶりからするにここにいる全員、間違いなくタヌキらしい(どうでもいいけど、この人たちはみんな最初の旦那と同じような貫禄ある見てくれをしていた。そんな組長集団にいっせいに詰められて、それでも泣きもチビりもしなかった自分を僕は自分で褒めてあげたい)。

「夕声ちゃん」

 それまで黙って事態を観察していた一人が、夕声をまっすぐに見て名前を呼んだ。
 六人の中で最年長の、六人の中で最も大きな存在感を放つ老人。

「こんばんは、文吉親分」

 突然お邪魔してごめんなさい、と夕声が頭を下げる。言葉遣いはともかく、彼女がここまでかしこまった態度で接する相手を僕ははじめて見た。
 というか、文吉親分って……。

「東北妖怪スターシリーズ……」

 思わず呟いてしまった僕に、全員の視線が集中する。

「ほう。そちらの人間の方はわしの十八番 オハコをご存知かね」
「は、はい」

 文吉親分の目が夕声から僕に移り変わる。
 その瞬間、身が縮こまるような感覚に襲われた。
 穏やかなのに、おそろしく迫力のある目だった。

 この人が文吉親分。小次郎くんのおじさんにして、龍ヶ崎タヌキの大親分。

「化生冥利に尽きるねえ。人間に芸を披露できるタヌキは、そうはおらんからね」
「そ、そう言っていただけると僕も嬉し――」

「しかし、今あんたがここにいるのは違うな」

 文吉親分の視線が険しさを帯びる。
 室内の温度が三度ばかり下がったような気がした。

「今はね、身内の今後を決める大切な話をしてるんだよ。だから、本日のところはお引き取りいただけるね? あんたとはまた日を改めて会うとしよう」

 そのときは人とタヌキ、膝つき合わせて酒でも酌み交わそうじゃないか。文吉親分は鷹揚に笑ってそう言った。
 そんな親分に、僕は。

「お、お、お引き取れません! 帰りません!」

 言ってしまった瞬間、文吉親分の瞳が鋭さを極めた。
 六月だというのにリビングは真冬と化した。

「……なぜだね?」
「あ、だ、そ、その……」
「この文吉がこうも頼んでおるのに、なぜ聞き分けてくれんのだね?」
「ぼ、ぼく、僕は……僕はっ、こう見えてっ、下戸ですっ!」

 言ったと同時に、室内の温度が元に戻った。
 六人のタヌキは全員、呆れきった顔をして僕を見ていた。

「――文吉親分、こいつはあの日置さんの甥です」

 そこで、それまで黙っていた夕声がそう口を挟んだ。

「ほう……日置の……」
「うん。それだけでなく、こいつは日置さんの跡目を継ごうとしてるんだ。すでに日置さんが残したあの家に住んでるし、ゆくゆくは日置さんの果たしていた役割を代わりに担う心算 つもりでいるみたい」
「ほう、ほう」
「もしそうなったら、親分たちタヌキにとっても得だと思うんだ。だから、今日は日置さんの後継者であるこいつに、ひとつ場数を踏ませると思ってさ」

 叔父の名前が出た途端、タヌキたちがにわかにざわめきはじめた。よく聞き取れないけど、日置先生、という単語がしきりに囁き交わされている。

 いまさらにして思う。僕の叔父は、いったい何者だったのだろう?

「……よかろう」

 しばしの黙考の末に、文吉親分はそう言った。

「社会勉強だ、今夜今晩この屋敷に滞在することを許そう。ただし、我々タヌキの問題に口を出すことはできぬから、そのつもりでな」

 いくら日置の甥御といえどもな、と文吉親分は念押しするように言った。

「親分、ありがとうございます!」

 夕声は元気にお礼を言って、それから、やったなハチ! と僕の背中を叩いた。



   ※



「やった、のかなぁ」

 リビングから廊下に出て一呼吸ついたその後で、僕はようやくそう言った。
 やったなハチ! とさっき夕声はそう言ってくれたけど、あの状況を切り抜けるために僕がなにか貢献出来たかというと、それにはかなりの疑問がある。
 あの場をどうにかしてくれたのは夕声の口八丁と、あとは叔父の七光りだ。僕はといえば、ひたすら無様をさらしていただけという気がする。

「やったんだよ」

 共に緊張の現場を乗り切った夕声が、身体をほぐすように背伸びをしながら言った。
 彼女は楽しそうに笑って続けた。

「『ぼぼぼ、僕は下戸です!』って、史上最強にダサかったな、あれ」
「し、仕方ないだろ! 咄嗟に出ちゃったんだから!」

 実際以上に誇張されたものまねに思わず裏返った声が出た。確かに自分の無様を自覚してはいるけど、でもそれを人からつっつかれるのはちょっと傷つく。

「あれはほんと、痛恨のダサさだった」
「もう勘弁してくれよぅ……」
「でも、会心にかっこよくもあったぞ」
「……え?」

 意外な返しに驚く僕に、夕声は上半身の軽いストレッチをしながら続けた。

「意味不明な反論だったけど、あんたはあの文吉親分に言い返したんだ。それも直接話をしたこともない子供のためにさ。たいしたもんだよ。そんなあんただから、あたしもどうにかしてサポートしてやんなきゃって頑張れたんだ」

 だから、やったんだよ、あんたは。
 僕の顔は見ずにそっぽを向いたまま、夕声はそう言い切った。
 彼女が今どんな顔をしているのか、なぜだか無性に気になった。

「さ、そんなことより、さっさと二階に行こうぜ」

 そのために根性見せたんだろ? と夕声。
 僕は肯いてそれに応じる。

 親分によれば、小次郎くんと桔梗ちゃんは謹慎処分を受けて二階で反省中だという。
 ともかく一度彼らと話してみたいと言うと、親分は快く面会を許可してくれた。
 そのときの文吉親分はとても好々爺めいていて……だからこそ、その直後の言葉がひどく不気味に感じられた。

 親分はぼそっと呟く声で、『話せる状態かどうかは知らんがね』と続けたのだ。

「うん。なんにせよ、まずは二人に会うのが先決だ」

 あとのことはそれから考えようと僕が言い、夕声が力強く「おう!」と応じる。
 そうして僕らは階段を上って二階にあがった。



 タヌキ屋敷の二階は一部屋の洋室と二間続きの和室という間取りだった。
 見張り役のタヌキなどは一人もいなくて、正直ちょっとだけ拍子抜けする気分だった。

 最初に入った洋室はほとんど物置部屋同然の有様で、一つ目の和室は逆に殺風景なほど物が置かれていなかった。どちらもハズレだ。

 そうして、残された三つ目の部屋に通じるふすまを開けた、その途端に。

「うわ……タバコくさ……」

 最後の和室は、部屋いっぱいにタバコの煙が立ちこめていた。
 鼻だけでなく目にまで染みるようなヤニの煙幕。
 副流煙と受動喫煙の直売所という有様である。

「まるでパチンコ屋か雀荘だよ……どっちも入ったことないけど――」
「換気! 窓開けろ! はやく!」

 のんびりとぼやいた僕の声を遮るように、夕声が血相変えてそう叫んだ。

「タヌキは煙草なんか吸わない! むしろ大の苦手なんだ! ヤニは変化 へんげを剥ぎ取って正体をあばく――この煙は、あたしら化生には毒だ!」

 僕は大慌てで部屋に飛び込んで窓を開けた。
 そういえば『狐狸 こりに化かされたら煙草を のめ』と教える昔話があるのを思い出していた。

 案の定というべきか、テーブルの灰皿の中には火のついた煙草が何本か放置されていた。どうやらこれが煙の発生源だったらしい。
 同じテーブルの上にペットボトルのお茶が出しっぱなしにされていたので、それをかけて消火する。

「君は大丈夫?」

 思いつくだけの換気の手段を講じたあとで、僕は部屋の外で青い顔をしている夕声のところに戻った。

「あたしはだいじょぶ……ちょっと気持ち悪くなったけど、ほんの短い時間だったし煙もほとんど吸ってない。それに体力も余ってるから。だけど……」

 夕声が言葉を濁す。
 消え入った言葉の先はみなまで言われずとも察せられた。

 ――もしも体力の落ちている子供が長時間この空気の中に置かれたら。

 部屋の片隅で物音がしたのはそのときだった。
 音のした方に、二人揃って視線を走らせる。
 そこにあったのは、無造作に布をかぶせられた小動物用の檻だった。

「……嘘だろ、そこまですんのかよ……だって、小次郎だぞ。自分の甥だぞ」

 夕声が、沈痛な声で呟いた。

「…… おりに捕らえて苦手な煙で いぶして、これのどこが『反省して謹慎中』なんだ!」

 目の当たりにした文吉親分の仕打ちがよほどショックだったのだろう。夕声は、ほとんど泣き出しそうな顔をしていた。
 こんなに弱々しい夕声を、僕は初めて見た。

 彼女の代わりに、僕が檻にかかっていた布をはらう。
 鉄製の檻の中には、気を失った二匹のタヌキが並んで横たわっていた。

 いや。
 よく似てはいるけれど、二匹には所々にはっきりと生物的な差異が認められた。

 たとえば、片方はもう片方よりもわずかに顔つきがシュッとしている。
 片方の毛皮は茶色で、対するもう片方の毛皮は灰色。
 決定的なのは手の形状と指の本数の違いだ。片方は犬のような肉球のついた四つ指で、もう片方は人間や猿を思わせる五本指。

 片方は確かにタヌキだけど、もう片方はそうじゃない。

「……そうかよ、そういうことだったのかよ……」

 夕声が、苦虫を噛みつぶしたような声で言った。
 なにかを理解して、しかし理解はしても納得は全然していないという声だった。

 夕声の顔を直視することができなくて、かわりに僕はもう一度二匹を見た。

 最も目を引く二匹の差異は、その尻尾に表れていた。
 タヌキでないほうの尻尾には、特徴的な黒いシマシマ模様があったのだ。

「……アライグマだね」

 それがむじなの、桔梗ちゃんの正体だった。
しおりを挟む

処理中です...