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Chapter2 暴食の腹
第16話 道中の一時
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喰らいたければ喰らえばいい。むさぼり喰らうその腹は、いずれ暴れ己を喰らう。
*
腹が減っては戦ができぬ。という諺がある。
至極もっとも。反論の余地など無い。しかし、反論というわけではないが、ある種の疑問は湧いてくる。
腹が一杯でも戦はできぬ、のではないのだろうか、という疑問だ。
腹が一杯で少し動くだけでも吐き気がするような状態。そんな状態では戦などできるはずもないだろう。
少し想像してみよう。
――開戦まじかの合戦上。既に布陣はしかれ、それぞれの武将は配置についている。その中の先陣を任された武将。彼は、先述の諺に則って餅を腹一杯に詰め込み合戦に挑んだ。
お腹一杯である。さて、開戦の合図。突撃。しかし、体が重い。吐き気もする。
敵の先陣が眼前に迫り、先陣同士の戦が始まる。初撃を振るう。が、やはり振るった刀は遅く簡単にかわされる。
次いで相手からの反撃。
凄まじく鋭く、速い。かろうじて刀で受け止めるが、体が振動して吐き気が限界を超えた。反撃できる状況ではなく、武者はその場で嘔吐し、隙だらけとなる。嘔吐し、そして、相手からの一撃を受け結果血を吐くことになった――。
こうなってくるとやはり、腹一杯というのもいささか宜しくない気がする。俗に言う腹八分目が適切なのかもしれない、と強く感じるばかりだ。
まあ、この物語の主人公である灰ヶ原黒時がこんなことを考えるわけも無く、あまり意味のない考察ではあるのだけれど。
しかし。
結果、その腹によって救われることになってしまったというのなら、少しばかり考えるべきなのかもしれない。
*
マモンとの戦闘を終えた四人は、見るも無残な姿となってしまった七罪高等学校を離れ、道路の真ん中を歩いていた。
拠点として考えていた学校が無くなってしまったために身を置く場所を失ったわけなのだが、ならばそれの代わりとなる建物に心当たりがある、と栄作が声高に言ったのである。三人は少々の不安を抱えながら、頼りがいのない少年の後ろを並んで歩いていた。
「星井さん、すごかったね。まさか悪魔を倒してしまうだなんて。それにしても、あの腕は何だったんだい?」
妬見は歩きながら横に並ぶ彩香に尋ねた。
「んー、彩香にもよく分からないんですよねぇ。黒時先輩の言ってたとおり、本物の彩香っていうのかな、それに自分を全て委ねてみたらああなった、って感じです」
「そうか……。灰ヶ原君、君は何か知っているのではないのかい?」
二人から少し遅れた位置を一人歩いていた黒時に振り向き妬美は言った。
彩香があの光る腕を発現させたのは黒時の助言があったおかげだと言っても過言ではなかったのだ。妬美でなくとも黒時が何かを知っていると思うのは自然なことであった。
「俺にも詳しくは分からない。ただなんとなく。そうあるべきだと感じたから、そう言っただけだ。だが――」
「だが?」
「一つだけ分かってる事がある」
「なんだいそれは?」
「彩香が見せたあの光の力。あれはこの世界にいる人間全員が発現できる」
「本当かい、それは!?」
驚いたのは妬美だけではなかった。彩香も心なしか動揺しているようであるし、先導していた栄作もその歩を止め、黒時の方へと振り向いていた。
「黒時、なんでお前にそんなことが分かるんだ?」
「俺は……世界が変貌したとき、光る人影に出会ったんだ」
黒時は神と名乗る存在のことを皆に話した。必要性のあることでもなかったが、知らないでいるよりも知っている方が力の発現を早めることができるのではないかと思ったのだ。
「――そうか、そんなことが。ということは、やっぱりこの世界は神の意志によって変化してしまったということなのかな」
「それは分からない。ただあいつは言っていた。この世界には七人の人間がいて、その力を手に入れろ、と。そうすることで元の世界へ戻る扉は開かれる、と」
静かに語る黒時ではあったが、彼はこの時嘘をついていた。神を名乗る存在は【元の世界】とは言っておらず【新たな世界】と言っていたのだ。
黒時がそれを意図的に隠していることは誰も分かるはずもなく、黒時の言葉通りに受け止めていた。もしも自分達の行動が【元の世界】に戻る為ではなく、一人の少年が描く【新たな世界】の創造のためだと知れば、皆の心は掻き乱れていたことだろう。
「七人の人間か……。今ここにいるのは四人なわけだから残りは三人ということだね。すぐに出会えるといいけど」
顔を俯けて微笑を漏らす妬美。神は何故世界を変え、そして世界を元に戻すという大役を自分に与えたのか妬美には分からず、できることならば今すぐにも逃げ出してしまいたいと思っていた。
「ま、なるようになるっすよ草他先生。それよりも早く行きましょう」
元気な声で栄作が言う。
物事を深く考えず行き当たりばったりの栄作のこの性格は時に周りを力づけるものがある。本人はそれに気づいていはいないのだろうが。
「そうですよ、せんせい。てか、栄ちゃん先輩。いい加減どこに向かってるのか教えてくれない?」
「ん? そーだな、そろそろ教えてやるよ。俺が向かってるのはな、都心にある超高級の国際ホテルさ!」
栄作は両手を天にかざして、何やら大仰な態勢を作って見せた。三人の視線が一斉に向けられ栄作は少々たじろいだ。
「あ、あれ? 俺なんか変なこと言った?」
「そうじゃないけど、最初に言ってよそれ。彩香たち都心にいたんだからさぁ。わざわざ学校まで行く意味なかったじゃん」
「あははは……。まあ、いいじゃんか。そのおかげで草他先生にも会えて、悪魔も倒せたんだし。結果オーライってやつだな!」
親指を立ててにこやかな笑顔を見せる栄作に向けて、彩香はぷくーっと顔を膨らませ怒りを露にしてみせた。四人は国際ホテルへ向かう歩を再開させたが、栄作と彩香の無駄な言い争いがこの後数分ほど続くことになった。
二人の間に入り止めることもできただろうけれど、うろたえる妬美はどうかは分からないが、いつの間にか先頭を歩いていた黒時はそんなこと微塵も考えてはいなかった。
落ち着きながら前進していく黒時を見て、妬美もうろたえることをやめる。
生徒の前で教師がこんな情けない姿を見せてはいけないと思ったのだろう。思わなくてもよいから行動に示して、喧嘩に近い言い争いをしている生徒を止めるぐらいしてみせろ、というものだが。
「灰ヶ原君、道は分かるかい?」
「大体は。なんていう名前のホテルだったかな」
「【シーサイドホテル】という名前だよ。はは、面白い名前だよね。ここは内陸だから海なんてどこにもないのにね」
「はあ……」
別に面白くもなんともない、と黒時は思った。
沿岸部に建つ優美なホテルをイメージして建てたからそのような名前になったのかもしれないし、そもそも名前というものは場にあるものをそのまま表すものではなく、なんらかの期待や希望を込めてつけられることの方が多いものなのだ。
だから、近くに海がないからといって海の名がつくことがおかしいということにはならないのである。
黒時は横目で妬美を一瞥する。
こんな男が今まで担任だったとは、とどこか落胆しながら小さくため息をついた。人の評価というものは、どのタイミングで上下するのかは受け手の人間にしか分からないものだ。
「あ、ちょっと待ってくれ黒時。そこ、左に路地があるだろ? そこを抜けたらホテルまですぐだからさ、こっからは俺が先導するよ」
「そうか、分かった」
栄作と彩香の言い争いにも既に終止符が打たれていて、栄作は再び先頭に、そして黒時はまた最後尾へと戻った。
妬美は依然変わらず中間に位置しているが、それはまあ、どうでもいい。
栄作が先頭に、黒時が最後尾に、つまりは二人の位置が入れ替わったということでそれは彩香にとってとてもありがたい状況だった。栄作と不毛の言い争いをして疲れた身体を癒すには、容貌の優れた異性に抱きつくのが彼女にとっては一番なのである。
「先輩は彩香と同じ部屋でいいでしょ?」
黒時の右腕にしがみつき彩香は上目遣いでそう言った。
大半の男性ならばこの時点で彩香の物となってしまっていることだろう。しかし、黒時は彩香の天敵と言っても過言ではない存在である。そう簡単に首肯するわけがなかった。
「どうせ誰もいないんだ。一人一部屋使えばいいだろ」
「えー、そんな寂しいこと言わないで下さいよぉ。何でも言うこと聞きますよ?」
「条件付き――でだろ?」
「さすが黒時先輩。彩香のこと良く分かってますね!」
彩香は黒時に向けて可愛らしく微笑んだ。今の星井彩香は本音を隠そうともせず、欲しい物のために動いている。そんな彩香が少し可愛く見えて、黒時の顔もつい綻んでしまった。
その様は彩香の物となってしまっている男に近いものがあったが、考えてみれば彩香の容姿しか見ない者と、黒時のように心の底を見ようとしている者を並べてしまうのはあまりにも失礼な話だとも言えた。
四人が近道である路地に入り少し歩き進んだところで――
「ぎゃー! 助けてー!」
と、突如男の叫び声が聞こえてきた。数メートル前方にある右に向かう曲がり角の先、男の声の出所は恐らくそこからだ。
*
腹が減っては戦ができぬ。という諺がある。
至極もっとも。反論の余地など無い。しかし、反論というわけではないが、ある種の疑問は湧いてくる。
腹が一杯でも戦はできぬ、のではないのだろうか、という疑問だ。
腹が一杯で少し動くだけでも吐き気がするような状態。そんな状態では戦などできるはずもないだろう。
少し想像してみよう。
――開戦まじかの合戦上。既に布陣はしかれ、それぞれの武将は配置についている。その中の先陣を任された武将。彼は、先述の諺に則って餅を腹一杯に詰め込み合戦に挑んだ。
お腹一杯である。さて、開戦の合図。突撃。しかし、体が重い。吐き気もする。
敵の先陣が眼前に迫り、先陣同士の戦が始まる。初撃を振るう。が、やはり振るった刀は遅く簡単にかわされる。
次いで相手からの反撃。
凄まじく鋭く、速い。かろうじて刀で受け止めるが、体が振動して吐き気が限界を超えた。反撃できる状況ではなく、武者はその場で嘔吐し、隙だらけとなる。嘔吐し、そして、相手からの一撃を受け結果血を吐くことになった――。
こうなってくるとやはり、腹一杯というのもいささか宜しくない気がする。俗に言う腹八分目が適切なのかもしれない、と強く感じるばかりだ。
まあ、この物語の主人公である灰ヶ原黒時がこんなことを考えるわけも無く、あまり意味のない考察ではあるのだけれど。
しかし。
結果、その腹によって救われることになってしまったというのなら、少しばかり考えるべきなのかもしれない。
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マモンとの戦闘を終えた四人は、見るも無残な姿となってしまった七罪高等学校を離れ、道路の真ん中を歩いていた。
拠点として考えていた学校が無くなってしまったために身を置く場所を失ったわけなのだが、ならばそれの代わりとなる建物に心当たりがある、と栄作が声高に言ったのである。三人は少々の不安を抱えながら、頼りがいのない少年の後ろを並んで歩いていた。
「星井さん、すごかったね。まさか悪魔を倒してしまうだなんて。それにしても、あの腕は何だったんだい?」
妬見は歩きながら横に並ぶ彩香に尋ねた。
「んー、彩香にもよく分からないんですよねぇ。黒時先輩の言ってたとおり、本物の彩香っていうのかな、それに自分を全て委ねてみたらああなった、って感じです」
「そうか……。灰ヶ原君、君は何か知っているのではないのかい?」
二人から少し遅れた位置を一人歩いていた黒時に振り向き妬美は言った。
彩香があの光る腕を発現させたのは黒時の助言があったおかげだと言っても過言ではなかったのだ。妬美でなくとも黒時が何かを知っていると思うのは自然なことであった。
「俺にも詳しくは分からない。ただなんとなく。そうあるべきだと感じたから、そう言っただけだ。だが――」
「だが?」
「一つだけ分かってる事がある」
「なんだいそれは?」
「彩香が見せたあの光の力。あれはこの世界にいる人間全員が発現できる」
「本当かい、それは!?」
驚いたのは妬美だけではなかった。彩香も心なしか動揺しているようであるし、先導していた栄作もその歩を止め、黒時の方へと振り向いていた。
「黒時、なんでお前にそんなことが分かるんだ?」
「俺は……世界が変貌したとき、光る人影に出会ったんだ」
黒時は神と名乗る存在のことを皆に話した。必要性のあることでもなかったが、知らないでいるよりも知っている方が力の発現を早めることができるのではないかと思ったのだ。
「――そうか、そんなことが。ということは、やっぱりこの世界は神の意志によって変化してしまったということなのかな」
「それは分からない。ただあいつは言っていた。この世界には七人の人間がいて、その力を手に入れろ、と。そうすることで元の世界へ戻る扉は開かれる、と」
静かに語る黒時ではあったが、彼はこの時嘘をついていた。神を名乗る存在は【元の世界】とは言っておらず【新たな世界】と言っていたのだ。
黒時がそれを意図的に隠していることは誰も分かるはずもなく、黒時の言葉通りに受け止めていた。もしも自分達の行動が【元の世界】に戻る為ではなく、一人の少年が描く【新たな世界】の創造のためだと知れば、皆の心は掻き乱れていたことだろう。
「七人の人間か……。今ここにいるのは四人なわけだから残りは三人ということだね。すぐに出会えるといいけど」
顔を俯けて微笑を漏らす妬美。神は何故世界を変え、そして世界を元に戻すという大役を自分に与えたのか妬美には分からず、できることならば今すぐにも逃げ出してしまいたいと思っていた。
「ま、なるようになるっすよ草他先生。それよりも早く行きましょう」
元気な声で栄作が言う。
物事を深く考えず行き当たりばったりの栄作のこの性格は時に周りを力づけるものがある。本人はそれに気づいていはいないのだろうが。
「そうですよ、せんせい。てか、栄ちゃん先輩。いい加減どこに向かってるのか教えてくれない?」
「ん? そーだな、そろそろ教えてやるよ。俺が向かってるのはな、都心にある超高級の国際ホテルさ!」
栄作は両手を天にかざして、何やら大仰な態勢を作って見せた。三人の視線が一斉に向けられ栄作は少々たじろいだ。
「あ、あれ? 俺なんか変なこと言った?」
「そうじゃないけど、最初に言ってよそれ。彩香たち都心にいたんだからさぁ。わざわざ学校まで行く意味なかったじゃん」
「あははは……。まあ、いいじゃんか。そのおかげで草他先生にも会えて、悪魔も倒せたんだし。結果オーライってやつだな!」
親指を立ててにこやかな笑顔を見せる栄作に向けて、彩香はぷくーっと顔を膨らませ怒りを露にしてみせた。四人は国際ホテルへ向かう歩を再開させたが、栄作と彩香の無駄な言い争いがこの後数分ほど続くことになった。
二人の間に入り止めることもできただろうけれど、うろたえる妬美はどうかは分からないが、いつの間にか先頭を歩いていた黒時はそんなこと微塵も考えてはいなかった。
落ち着きながら前進していく黒時を見て、妬美もうろたえることをやめる。
生徒の前で教師がこんな情けない姿を見せてはいけないと思ったのだろう。思わなくてもよいから行動に示して、喧嘩に近い言い争いをしている生徒を止めるぐらいしてみせろ、というものだが。
「灰ヶ原君、道は分かるかい?」
「大体は。なんていう名前のホテルだったかな」
「【シーサイドホテル】という名前だよ。はは、面白い名前だよね。ここは内陸だから海なんてどこにもないのにね」
「はあ……」
別に面白くもなんともない、と黒時は思った。
沿岸部に建つ優美なホテルをイメージして建てたからそのような名前になったのかもしれないし、そもそも名前というものは場にあるものをそのまま表すものではなく、なんらかの期待や希望を込めてつけられることの方が多いものなのだ。
だから、近くに海がないからといって海の名がつくことがおかしいということにはならないのである。
黒時は横目で妬美を一瞥する。
こんな男が今まで担任だったとは、とどこか落胆しながら小さくため息をついた。人の評価というものは、どのタイミングで上下するのかは受け手の人間にしか分からないものだ。
「あ、ちょっと待ってくれ黒時。そこ、左に路地があるだろ? そこを抜けたらホテルまですぐだからさ、こっからは俺が先導するよ」
「そうか、分かった」
栄作と彩香の言い争いにも既に終止符が打たれていて、栄作は再び先頭に、そして黒時はまた最後尾へと戻った。
妬美は依然変わらず中間に位置しているが、それはまあ、どうでもいい。
栄作が先頭に、黒時が最後尾に、つまりは二人の位置が入れ替わったということでそれは彩香にとってとてもありがたい状況だった。栄作と不毛の言い争いをして疲れた身体を癒すには、容貌の優れた異性に抱きつくのが彼女にとっては一番なのである。
「先輩は彩香と同じ部屋でいいでしょ?」
黒時の右腕にしがみつき彩香は上目遣いでそう言った。
大半の男性ならばこの時点で彩香の物となってしまっていることだろう。しかし、黒時は彩香の天敵と言っても過言ではない存在である。そう簡単に首肯するわけがなかった。
「どうせ誰もいないんだ。一人一部屋使えばいいだろ」
「えー、そんな寂しいこと言わないで下さいよぉ。何でも言うこと聞きますよ?」
「条件付き――でだろ?」
「さすが黒時先輩。彩香のこと良く分かってますね!」
彩香は黒時に向けて可愛らしく微笑んだ。今の星井彩香は本音を隠そうともせず、欲しい物のために動いている。そんな彩香が少し可愛く見えて、黒時の顔もつい綻んでしまった。
その様は彩香の物となってしまっている男に近いものがあったが、考えてみれば彩香の容姿しか見ない者と、黒時のように心の底を見ようとしている者を並べてしまうのはあまりにも失礼な話だとも言えた。
四人が近道である路地に入り少し歩き進んだところで――
「ぎゃー! 助けてー!」
と、突如男の叫び声が聞こえてきた。数メートル前方にある右に向かう曲がり角の先、男の声の出所は恐らくそこからだ。
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