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Chapter2 暴食の腹
第26話 次の手
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「うるさいな……」
両耳を手で押さえながら、黒時は次の戦法を考える。
「黒時先輩、彩香はどうしたらいいですかー?」
彩香を一瞥する黒時。
協力的な姿勢ではあるが、光の腕を使えない彩香では役に立ちそうにない。ただの邪魔である。
彼女の強欲が何かに反応を示せば、マモンの時のように自由自在に光の腕を扱えるのだろうが。ベルゼブブのあまりの醜悪さにそれどころではないようだった。
黒時は困っていた。攻める手が無いのだ。
彩香の光の腕ならば、あのぶよぶよとした身体も握り潰す事ができただろうが、それができないとなると、黒時には正直言って術がなかった。
両目を潰すまではよかったものの、身体には打撃は通じないようだし、かといって他の急所も見当たらない。頭もぶよぶよしているので、打撃は効かないだろう。
あ、と黒時は気付く。
打撃が効かぬなら打でなくしてしまえばいい。打の代用品となれるもの、それは即ち斬撃である。だが、当然誰も刀など持ってはいないし、扱える者もいないだろう。
黒時は何かないかと、辺りを見回した。
側でじっとこちらを見ている彩香、いつの間にかエントランスの隅に避難して怯えている栄作と妬美、そして腰を抜かしたのか床に座り込んで震えている駄紋――黒時の視線が止まった。
望印蜀駄紋――彼の姿を捉えた黒時は少刻の間、思案する。やがて導き出した。ベルゼブブを殺す道具の在り処と――殺し方を。
「栄作!」
黒時はエントランスの隅に向かって叫んだ。
「え? な、なに、俺?」
「お前だよ。厨房からありったけの包丁を持ってきてくれ」
「え? 包丁? 何に使うんだよ?」
「死にたくないなら黙って持って来い!」
「あーもう、分かったよ!」
黒時の指示を受け、栄作は走り出す。
「見栄坊君、僕も行くよ」
その後を妬美が追う。黒時の意図は分からないが、彼に頼るしか生き残る術はないのだということを二人とも分かっていた。
さて、ここからが最大の難関である。
ここさえ乗り切れば最早勝敗は決すると言っても過言ではない。
二人が戻ってくるまでの時間、黒時たちは死なないようにしなければならないわけだが、どうやら難易度が上がってしまったようだった。
両目を潰されたベルゼブブは泣き叫び、そして何を考えているのか、辺りにある物全てを喰らい出したのである。
柱、机、椅子、ガラス、人影。
ただひたすらに、その巨体を転がし、舌を伸ばしながら喰らっていく。
『おいしい、おいしいよぉぉぉ――。もっとたくさん食べたい。食べて食べて、じゃないと痛くて涙がでちゃうよぉぉぉ――――』
巨体が転がるたびにホテル全体が揺れる。下手をすると崩れてしまいかねない。
ベルゼブブだけを残してホテルの下敷きにしてしまうのも手であるように思われるけれど、そうしたところであのぶよぶよした身体には効果はないだろう。打撃では駄目なのだ。
「うわぁ、黒時先輩、あいつ本当にキモい! 早く殺しましょう、さっさと殺しま
しょう。もう彩香、あいつ見てたくないです」
「…………」
お前の光の腕が使えればすぐにでも殺せるのに、と黒時は思うが口にはしない。
口にしたところで何も変わるはずはないのだから、言うだけ無駄なのである。
「せせせ、先輩! あのキモ豚こっちに来ましたよ!?」
「そうだな……」
喚くな、と言いたい。けれど、先述の通りなので黒時は口を紡ぐ。
『食べたい食べたい食べたいぃぃぃ――!』
「きゃぁぁぁ!? キモいキモいキモいー!」
ありとあらゆるものが混ざり合い、だ液によって溶かされ異臭を放つ奇妙な液体が、ベルゼブブの口の中を満たしている。
そんな口がついに、黒時と彩香の眼前へと迫った。
巨大な口。
全てを噛み潰す強固な歯。獲物を捉える長い舌。
黒時は勇敢にも、このまま口から体内へと入れば奴を殺せるのでは、と考えた。
が、だ液が強力な酸性を帯びていることを視認すると、無理であることを悟った。ピンチをチャンスに変えようとする黒時のその判断はさすがであると言えるが、現実に行うのはなかなか難しいのである。
仕方なくピンチをピンチとしたまま、黒時は回避を選択する。
さっ、と彩香の腰に手を回し彼女を抱き寄せ、飛び跳ねる。遥か後方に着地し、見事に迫り来る脅威を回避した。先程まで黒時たちがいた場所は、無残にも床ごとベルゼブブに喰われていた。
「きゃー。先輩かっこいい!」
「喋ってる暇があるなら走れ。喰われるぞ」
彩香を抱いていた手を離し黒時は走り出しながら言った。危機を回避したと言ってもそれは一時だけである。まだ根本的に助かったわけではない。
暴れる狂う悪魔は健在なのだから。
両耳を手で押さえながら、黒時は次の戦法を考える。
「黒時先輩、彩香はどうしたらいいですかー?」
彩香を一瞥する黒時。
協力的な姿勢ではあるが、光の腕を使えない彩香では役に立ちそうにない。ただの邪魔である。
彼女の強欲が何かに反応を示せば、マモンの時のように自由自在に光の腕を扱えるのだろうが。ベルゼブブのあまりの醜悪さにそれどころではないようだった。
黒時は困っていた。攻める手が無いのだ。
彩香の光の腕ならば、あのぶよぶよとした身体も握り潰す事ができただろうが、それができないとなると、黒時には正直言って術がなかった。
両目を潰すまではよかったものの、身体には打撃は通じないようだし、かといって他の急所も見当たらない。頭もぶよぶよしているので、打撃は効かないだろう。
あ、と黒時は気付く。
打撃が効かぬなら打でなくしてしまえばいい。打の代用品となれるもの、それは即ち斬撃である。だが、当然誰も刀など持ってはいないし、扱える者もいないだろう。
黒時は何かないかと、辺りを見回した。
側でじっとこちらを見ている彩香、いつの間にかエントランスの隅に避難して怯えている栄作と妬美、そして腰を抜かしたのか床に座り込んで震えている駄紋――黒時の視線が止まった。
望印蜀駄紋――彼の姿を捉えた黒時は少刻の間、思案する。やがて導き出した。ベルゼブブを殺す道具の在り処と――殺し方を。
「栄作!」
黒時はエントランスの隅に向かって叫んだ。
「え? な、なに、俺?」
「お前だよ。厨房からありったけの包丁を持ってきてくれ」
「え? 包丁? 何に使うんだよ?」
「死にたくないなら黙って持って来い!」
「あーもう、分かったよ!」
黒時の指示を受け、栄作は走り出す。
「見栄坊君、僕も行くよ」
その後を妬美が追う。黒時の意図は分からないが、彼に頼るしか生き残る術はないのだということを二人とも分かっていた。
さて、ここからが最大の難関である。
ここさえ乗り切れば最早勝敗は決すると言っても過言ではない。
二人が戻ってくるまでの時間、黒時たちは死なないようにしなければならないわけだが、どうやら難易度が上がってしまったようだった。
両目を潰されたベルゼブブは泣き叫び、そして何を考えているのか、辺りにある物全てを喰らい出したのである。
柱、机、椅子、ガラス、人影。
ただひたすらに、その巨体を転がし、舌を伸ばしながら喰らっていく。
『おいしい、おいしいよぉぉぉ――。もっとたくさん食べたい。食べて食べて、じゃないと痛くて涙がでちゃうよぉぉぉ――――』
巨体が転がるたびにホテル全体が揺れる。下手をすると崩れてしまいかねない。
ベルゼブブだけを残してホテルの下敷きにしてしまうのも手であるように思われるけれど、そうしたところであのぶよぶよした身体には効果はないだろう。打撃では駄目なのだ。
「うわぁ、黒時先輩、あいつ本当にキモい! 早く殺しましょう、さっさと殺しま
しょう。もう彩香、あいつ見てたくないです」
「…………」
お前の光の腕が使えればすぐにでも殺せるのに、と黒時は思うが口にはしない。
口にしたところで何も変わるはずはないのだから、言うだけ無駄なのである。
「せせせ、先輩! あのキモ豚こっちに来ましたよ!?」
「そうだな……」
喚くな、と言いたい。けれど、先述の通りなので黒時は口を紡ぐ。
『食べたい食べたい食べたいぃぃぃ――!』
「きゃぁぁぁ!? キモいキモいキモいー!」
ありとあらゆるものが混ざり合い、だ液によって溶かされ異臭を放つ奇妙な液体が、ベルゼブブの口の中を満たしている。
そんな口がついに、黒時と彩香の眼前へと迫った。
巨大な口。
全てを噛み潰す強固な歯。獲物を捉える長い舌。
黒時は勇敢にも、このまま口から体内へと入れば奴を殺せるのでは、と考えた。
が、だ液が強力な酸性を帯びていることを視認すると、無理であることを悟った。ピンチをチャンスに変えようとする黒時のその判断はさすがであると言えるが、現実に行うのはなかなか難しいのである。
仕方なくピンチをピンチとしたまま、黒時は回避を選択する。
さっ、と彩香の腰に手を回し彼女を抱き寄せ、飛び跳ねる。遥か後方に着地し、見事に迫り来る脅威を回避した。先程まで黒時たちがいた場所は、無残にも床ごとベルゼブブに喰われていた。
「きゃー。先輩かっこいい!」
「喋ってる暇があるなら走れ。喰われるぞ」
彩香を抱いていた手を離し黒時は走り出しながら言った。危機を回避したと言ってもそれは一時だけである。まだ根本的に助かったわけではない。
暴れる狂う悪魔は健在なのだから。
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