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Chapter6 憤怒の髪
第63話 黒時の決意
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「おいしいところ持っていきやがって――黒時」
黒時は栄作の身体を片手で持ち上げ、足の着く屋上の地へと彼を導いていく。安堵からなのか、栄作は一度大きく息を吐いた。
「大丈夫だったか?」
握っていた栄作の手を離し、黒時は声をかける。
「おう、見ての通りだ」
「じゃあ、大丈夫じゃないな」
栄作はここで思い出し、瑠野と彩香がどうなったのかを確認する為に周囲を見回した。
瑠野は意識を取り戻してはいるがいまだ蹲っていて、彩香は特に傷を負っている様子もなく平然とした様子で、黒時と共にやって来た怜奈の横に立っている。
どうして彩香が無事なのかは、最早愚問であった。
彩香たちの後ろで寝転がっている男を見れば、何が起こったのかは瞬時に理解できる。
「お前が彩香を助けたのか?」
「別に、あの男が鬱陶しかっただけだ」
「へっ、格好つけやがって」
微笑む栄作。心なしか、黒時もどこか綻んで見えた。
「さっきの彩香の悲鳴は襲われたからじゃなくて、お前が現れたからの歓喜の悲鳴だったわけか」
「……さあ、どうだろうな」
栄作は知らないが、黒時は彩香たちから嫌悪感を抱かれてしまっている。
自分を助けてくれたことには素直に感謝するだろうが、歓喜するとは到底思えない。
軽蔑の言葉を浴びせられ、そしてまた離別の意思を示される、黒時はきっとそうなるだろう、と思っていた。
だからなのか、ここに来てからずっと、彩香を怒髪から助けていた時もずっと、彼は二人の姿を直視できないでいたのだった。
「アンタ、なにしに来たの?」
黒時に背を向けたまま座り込む瑠野から、鋭い言葉が飛んだ。
「おい! 瑠野さん、さすがにそんな言い方は――」
「アンタは黙ってろ!」
瑠野の怒号に気圧されて、栄作は口を紡いだ。
唯一事情を知らない栄作は、何が起きているのかまったく理解できなかった。
瑠野は身体をゆっくりと起こし、黒時の方へ向き、彼を睨みつける。
「黒時先輩……」
小さく呟きながら、彩香が黒時の側へと寄ってくる。黒時の耳に届いたそのしおらしい声は、ますます二人の女性の姿を見ずらくした。
「た、助けてくれてありがとうございました。で、でも、瑠野の言う通り、なにしに来たんですか?」
「…………」
黒時は何も答えられない。
栄作を救いに来たつもりでいたのだけれど、本当にそうなのか自分でも分からなかった。
雰囲気に流されてここに来てしまっただけなのかもしれない。アスモデウスの言葉に惑わされてここに立ってしまっているのかもしれない。
黒時は、そんなことを頭の中で巡らせていた。
巡らせれば巡らせるほど、分からなくなる。
自分は今、何を思って、何を感じているのか、分からなくなってくる。自分が――分からなくなってくる。
「黒時様、あ、いや、黒時。あいつの言葉を思い出せ」
怜奈のそんな言葉だった。
黒時の永遠かとも思われた巡りを終わらせたのは。
あいつの、アスモデウスの言葉。
あの悪魔は黒時が【友】について尋ねた時、こう答えた。
『側にいてくれる者の側にいなさい』
側にいてくれる者。
黒時がその言葉を聞いた時、瞬時に思い浮かんだのが栄作だった。だからこそ、彼はこの場所に駆けつけたわけだが、どうやら違っていたことに黒時は気付いた。
側にいてくれる者。
それは、栄作ではない。栄作のみではない。
栄作も、彩香も、妬美も、駄紋も、瑠野も、そして怜奈も。全員、側にいてくれる者だった。
彩香と瑠野がそうではなくなったのは、黒時が側にいなくなったから、自分から離れて行ったからなのである。
側にいてくれる者の側にいる。
そうすれば自ずと【友】という概念が見えてくる。アスモデウスはそう言ったのだ。
本当にそうなのかどうか、それは疑わしいけれど、それでも黒時の中には疑いようのない一つの想いが産まれていた。
その想いは、【友】を理解したいがゆえに産まれたのか、それとも、【友】を理解したから産まれたのか、黒時自身にも分からない。
だが、分からなくていい。分からないからこそ――いい。
【友】の間に、理由など必要ないのだから。
「俺は――皆を助けに来た」
黒時は、自分の想いを口にした。
どんな罵声を浴びせられようと構わない、そんな覚悟で口にした。けれど、罵声など一つも飛んでくることはなかった。
口から出てくる言葉が本心であるのかどうかなど、その人間の目を見れば誰にだって分かるのだ。
黒時は栄作の身体を片手で持ち上げ、足の着く屋上の地へと彼を導いていく。安堵からなのか、栄作は一度大きく息を吐いた。
「大丈夫だったか?」
握っていた栄作の手を離し、黒時は声をかける。
「おう、見ての通りだ」
「じゃあ、大丈夫じゃないな」
栄作はここで思い出し、瑠野と彩香がどうなったのかを確認する為に周囲を見回した。
瑠野は意識を取り戻してはいるがいまだ蹲っていて、彩香は特に傷を負っている様子もなく平然とした様子で、黒時と共にやって来た怜奈の横に立っている。
どうして彩香が無事なのかは、最早愚問であった。
彩香たちの後ろで寝転がっている男を見れば、何が起こったのかは瞬時に理解できる。
「お前が彩香を助けたのか?」
「別に、あの男が鬱陶しかっただけだ」
「へっ、格好つけやがって」
微笑む栄作。心なしか、黒時もどこか綻んで見えた。
「さっきの彩香の悲鳴は襲われたからじゃなくて、お前が現れたからの歓喜の悲鳴だったわけか」
「……さあ、どうだろうな」
栄作は知らないが、黒時は彩香たちから嫌悪感を抱かれてしまっている。
自分を助けてくれたことには素直に感謝するだろうが、歓喜するとは到底思えない。
軽蔑の言葉を浴びせられ、そしてまた離別の意思を示される、黒時はきっとそうなるだろう、と思っていた。
だからなのか、ここに来てからずっと、彩香を怒髪から助けていた時もずっと、彼は二人の姿を直視できないでいたのだった。
「アンタ、なにしに来たの?」
黒時に背を向けたまま座り込む瑠野から、鋭い言葉が飛んだ。
「おい! 瑠野さん、さすがにそんな言い方は――」
「アンタは黙ってろ!」
瑠野の怒号に気圧されて、栄作は口を紡いだ。
唯一事情を知らない栄作は、何が起きているのかまったく理解できなかった。
瑠野は身体をゆっくりと起こし、黒時の方へ向き、彼を睨みつける。
「黒時先輩……」
小さく呟きながら、彩香が黒時の側へと寄ってくる。黒時の耳に届いたそのしおらしい声は、ますます二人の女性の姿を見ずらくした。
「た、助けてくれてありがとうございました。で、でも、瑠野の言う通り、なにしに来たんですか?」
「…………」
黒時は何も答えられない。
栄作を救いに来たつもりでいたのだけれど、本当にそうなのか自分でも分からなかった。
雰囲気に流されてここに来てしまっただけなのかもしれない。アスモデウスの言葉に惑わされてここに立ってしまっているのかもしれない。
黒時は、そんなことを頭の中で巡らせていた。
巡らせれば巡らせるほど、分からなくなる。
自分は今、何を思って、何を感じているのか、分からなくなってくる。自分が――分からなくなってくる。
「黒時様、あ、いや、黒時。あいつの言葉を思い出せ」
怜奈のそんな言葉だった。
黒時の永遠かとも思われた巡りを終わらせたのは。
あいつの、アスモデウスの言葉。
あの悪魔は黒時が【友】について尋ねた時、こう答えた。
『側にいてくれる者の側にいなさい』
側にいてくれる者。
黒時がその言葉を聞いた時、瞬時に思い浮かんだのが栄作だった。だからこそ、彼はこの場所に駆けつけたわけだが、どうやら違っていたことに黒時は気付いた。
側にいてくれる者。
それは、栄作ではない。栄作のみではない。
栄作も、彩香も、妬美も、駄紋も、瑠野も、そして怜奈も。全員、側にいてくれる者だった。
彩香と瑠野がそうではなくなったのは、黒時が側にいなくなったから、自分から離れて行ったからなのである。
側にいてくれる者の側にいる。
そうすれば自ずと【友】という概念が見えてくる。アスモデウスはそう言ったのだ。
本当にそうなのかどうか、それは疑わしいけれど、それでも黒時の中には疑いようのない一つの想いが産まれていた。
その想いは、【友】を理解したいがゆえに産まれたのか、それとも、【友】を理解したから産まれたのか、黒時自身にも分からない。
だが、分からなくていい。分からないからこそ――いい。
【友】の間に、理由など必要ないのだから。
「俺は――皆を助けに来た」
黒時は、自分の想いを口にした。
どんな罵声を浴びせられようと構わない、そんな覚悟で口にした。けれど、罵声など一つも飛んでくることはなかった。
口から出てくる言葉が本心であるのかどうかなど、その人間の目を見れば誰にだって分かるのだ。
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