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Final Chapter 傲慢の人
第72話 新たな世界への希望
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「ぐうぅ――!」「きゃあぁ――!」「うおぉあぁぁ――!」
新たな世界をかけた最後の闘いが始まってから四半刻ほどたっだろうか。攻め続ける三人の人間は、いまだ誰一人ルシファーの身体に触れることすらできていなかった。
ルシファーが翼を羽ばたかせると突風が巻き起こり、人間の身体などいとも簡単に吹き飛ばしていく。その度、三人は見えない床に叩きつけられて、心身ともに痛めつけられていた。
何度走り迫っても、吹き飛ばされる。
必死の形相で叫ぶ人間たちとは対照的に、悪魔ルシファーのその表情はどこか緩やかだった。
走り、吹き飛び、叩きつけられ、立ち上がり、また走る。
死ぬまで続けられるように思われる無限ループ。
しかし、そこから抜け出す術を、三人とも見つけ出す事ができず、無駄であると解っていても、死のループに従い続けるしかなかった。
『愚か。まだ抗うか』
ルシファーの翼がゆっくりと揺れ動く。巻き起こる突風。逃れられない風に飛ばされながら、黒時は着地の態勢を整える。
しかし、できない。正面から発生してくる突風は、そう簡単に身動きがとれるほどに生易しいものではないのだ。
もぞもぞと、かすかに身体を動かす黒時。どれだけ抵抗しても抗えない現実に諦観してしまいそうになった時、彼は気付いた。
束縛されることなく、自由に動かすことのできるその視線を動かすことで、彼は気付いた。
突風の中に、彩香がいない。
これまで何度も繰り返された一連の流れの中には、彩香も栄作も黒時も、三人の姿がデジャヴのように見えていたのだが、しかし、今回は彩香の姿が見当たらなかった。
黒時は視線を次々に移していく。だが、どこにも彩香がいない。もしかしたら、見えない床にも範囲があって、その枠から漏れ落ちてしまったのでは、と黒時は思ったが、それはどうやら違っていた。
見えない床に範囲の限度があるのかないのか、それは判然とはしないが、彼女が、星井彩香が今どこにいるのか、それははっきりと知ることが出来た。
何故なら、見えているのだから。黒時のその目には、彼女の強欲の腕がはっきりと見えていたのだから。
彩香がいた場所、それは見えない床の上だった。宙ではなく、足を着けた床の上だった。
何度も繰り返される死への無限ループの中で、彩香は学習し、そして編み出していた。ルシファーが放つ突風から逃れる方法を。
彩香は強欲の腕を発現させ――自分の身体を握り締めていたのである。
『ほう。強欲の腕を発現させ、己の身体に纏わせたか。我の風を防ぐとは、おもしろい』
ルシファーは微笑を漏らしながらそう呟くと、緩やかに動かしていた翼を激しく動かし始めた。
勢いを増した風は、栄作と黒時の二人を更に遠くへ吹き飛ばしたが、強欲の腕の中に身を潜めている彩香は変わらず、見えない床に足をつけたままだった。
どうすることもできなかった状態を打破したことを考えれば、彩香の功績は十分なものであっただろうが、しかし、それだけでは足りないこともまた事実だった。
防ぐことができても、それでルシファーを殺すことはできないのである。
彩香も馬鹿ではない。このままずっと腕の中に隠れて、そうしていれば全てが終わる、なんて思ってはいない。
あわよくば隙を突いて、強欲の腕をルシファーに伸ばし一撃を与える気でもいる。けれど、その隙が見えない。いくら待っても見えてこない。
だから、彩香は更に待つことにした。
見えてこない隙を作り出してくれる者たちを信じて、じっと腕の中で待つことにした。
いずれ攻撃の合図をくれるだろう彼を信じて、信じろと言った彼を信じて、彩香は、最早竜巻のように荒れ狂う突風の中を待つことにしたのである。
遥か遠くへと吹き飛ばされた栄作と黒時だったが、幸いにも吹き飛ばされた先にはルシファーの放つ風の影響はないようだった。
それが、戦闘領域外であることを考えれば幸であると一概には言えないのかもしれないが。なにせ、戦力外通告を受けたのと同義なのだから。
「っつつ、いってーなぁ。サンキュ、黒時。お前が受け止めてくれなかったら死んでたわ、俺」
「気にするな」
二人は崩れた態勢を立て直し、見えない床の上に佇みながら遥か先の竜巻を見つめた。
「どーするよ、黒時。戻ってもまた吹き飛ばされそうだぞ」
「そうだな……」
思案顔を見せる黒時。
「お? 何か策がありそうだな?」
「いや、策というか――」
黒時は栄作に彩香のことについて説明する。
「あいつまじか!? すげーな、おい。このまま殺してくれるんじゃね?」
「それは無理だ。お前だって知ってるだろ、悪魔は対応した器にしか殺せない」
「あー、だっけ?」
栄作の適当な返事は無視することにして、黒時はルシファーに対抗する方法を考える。彩香の強欲の腕ならば風を防げることが明らかとなったわけだが、それを利用してなにかできることはないだろうか、と思い始めたと同時に、黒時は気付いた。
強欲の腕。光る巨大な腕とは言っても、それは紛うことなき腕である。
つまり、一対であるということだ。彩香の身体を覆う腕が彼女の右腕ならば、まだ左腕が残っている。
「栄作……、思いついたぞ」
「なにを?」
「ルシファーの風を止める方法を、だ」
新たな世界をかけた最後の闘いが始まってから四半刻ほどたっだろうか。攻め続ける三人の人間は、いまだ誰一人ルシファーの身体に触れることすらできていなかった。
ルシファーが翼を羽ばたかせると突風が巻き起こり、人間の身体などいとも簡単に吹き飛ばしていく。その度、三人は見えない床に叩きつけられて、心身ともに痛めつけられていた。
何度走り迫っても、吹き飛ばされる。
必死の形相で叫ぶ人間たちとは対照的に、悪魔ルシファーのその表情はどこか緩やかだった。
走り、吹き飛び、叩きつけられ、立ち上がり、また走る。
死ぬまで続けられるように思われる無限ループ。
しかし、そこから抜け出す術を、三人とも見つけ出す事ができず、無駄であると解っていても、死のループに従い続けるしかなかった。
『愚か。まだ抗うか』
ルシファーの翼がゆっくりと揺れ動く。巻き起こる突風。逃れられない風に飛ばされながら、黒時は着地の態勢を整える。
しかし、できない。正面から発生してくる突風は、そう簡単に身動きがとれるほどに生易しいものではないのだ。
もぞもぞと、かすかに身体を動かす黒時。どれだけ抵抗しても抗えない現実に諦観してしまいそうになった時、彼は気付いた。
束縛されることなく、自由に動かすことのできるその視線を動かすことで、彼は気付いた。
突風の中に、彩香がいない。
これまで何度も繰り返された一連の流れの中には、彩香も栄作も黒時も、三人の姿がデジャヴのように見えていたのだが、しかし、今回は彩香の姿が見当たらなかった。
黒時は視線を次々に移していく。だが、どこにも彩香がいない。もしかしたら、見えない床にも範囲があって、その枠から漏れ落ちてしまったのでは、と黒時は思ったが、それはどうやら違っていた。
見えない床に範囲の限度があるのかないのか、それは判然とはしないが、彼女が、星井彩香が今どこにいるのか、それははっきりと知ることが出来た。
何故なら、見えているのだから。黒時のその目には、彼女の強欲の腕がはっきりと見えていたのだから。
彩香がいた場所、それは見えない床の上だった。宙ではなく、足を着けた床の上だった。
何度も繰り返される死への無限ループの中で、彩香は学習し、そして編み出していた。ルシファーが放つ突風から逃れる方法を。
彩香は強欲の腕を発現させ――自分の身体を握り締めていたのである。
『ほう。強欲の腕を発現させ、己の身体に纏わせたか。我の風を防ぐとは、おもしろい』
ルシファーは微笑を漏らしながらそう呟くと、緩やかに動かしていた翼を激しく動かし始めた。
勢いを増した風は、栄作と黒時の二人を更に遠くへ吹き飛ばしたが、強欲の腕の中に身を潜めている彩香は変わらず、見えない床に足をつけたままだった。
どうすることもできなかった状態を打破したことを考えれば、彩香の功績は十分なものであっただろうが、しかし、それだけでは足りないこともまた事実だった。
防ぐことができても、それでルシファーを殺すことはできないのである。
彩香も馬鹿ではない。このままずっと腕の中に隠れて、そうしていれば全てが終わる、なんて思ってはいない。
あわよくば隙を突いて、強欲の腕をルシファーに伸ばし一撃を与える気でもいる。けれど、その隙が見えない。いくら待っても見えてこない。
だから、彩香は更に待つことにした。
見えてこない隙を作り出してくれる者たちを信じて、じっと腕の中で待つことにした。
いずれ攻撃の合図をくれるだろう彼を信じて、信じろと言った彼を信じて、彩香は、最早竜巻のように荒れ狂う突風の中を待つことにしたのである。
遥か遠くへと吹き飛ばされた栄作と黒時だったが、幸いにも吹き飛ばされた先にはルシファーの放つ風の影響はないようだった。
それが、戦闘領域外であることを考えれば幸であると一概には言えないのかもしれないが。なにせ、戦力外通告を受けたのと同義なのだから。
「っつつ、いってーなぁ。サンキュ、黒時。お前が受け止めてくれなかったら死んでたわ、俺」
「気にするな」
二人は崩れた態勢を立て直し、見えない床の上に佇みながら遥か先の竜巻を見つめた。
「どーするよ、黒時。戻ってもまた吹き飛ばされそうだぞ」
「そうだな……」
思案顔を見せる黒時。
「お? 何か策がありそうだな?」
「いや、策というか――」
黒時は栄作に彩香のことについて説明する。
「あいつまじか!? すげーな、おい。このまま殺してくれるんじゃね?」
「それは無理だ。お前だって知ってるだろ、悪魔は対応した器にしか殺せない」
「あー、だっけ?」
栄作の適当な返事は無視することにして、黒時はルシファーに対抗する方法を考える。彩香の強欲の腕ならば風を防げることが明らかとなったわけだが、それを利用してなにかできることはないだろうか、と思い始めたと同時に、黒時は気付いた。
強欲の腕。光る巨大な腕とは言っても、それは紛うことなき腕である。
つまり、一対であるということだ。彩香の身体を覆う腕が彼女の右腕ならば、まだ左腕が残っている。
「栄作……、思いついたぞ」
「なにを?」
「ルシファーの風を止める方法を、だ」
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