9 / 19
⑨
しおりを挟む
ユーリカはひどく疲れていたのか、僕と少しだけ会話をすると、僕が出した誰かの食べ残したパンと、焼かれた豚肉の皮、それと魚の骨についていた白身を食べて、すぐに眠った。僕は随分と眠っていたせいで、彼女と一緒に眠れそうにはなかった。
時間を浪費することには慣れていた。何もせず、ひたすら小屋の中を眺めているだけの日々を、発狂してもおかしくないほどに続けてきたのだ。彼女が目を覚ますまで、じっと待ってあげることは容易だった。
ユーリカの寝息が、聞こえる。これまでにはなかったことだ。誰かの存在を、ましてや歳の近い女性の存在をすぐ側に感じるなんてことは。どうにも、気恥ずかしかった。身に着ける意味のないボロ布を脱いで、裸の姿でいることが多い僕だけれど、彼女がいる前では出来そうになかった。
彼女の身体が呼吸に従って膨らんだりしぼんだりしている。僕はその様を、じっと眺めた。強張っていた顔も緩んでいる。眠る時だけ何かのしがらみから解放されているような感じがある。傷跡だらけで、常人よりも筋肉が盛り上がった身体。傷跡のない箇所は、触れるとどこまでも吸い込まれてしまいそうなほどに柔らかそうな肌だ。しかし、通常の柔肌は彼女の身体の面積のわずかしかなかった。
一目見れば、彼女がこれまで魔物と闘ってきた猛者なのだと分かる。噛み跡も傷跡も、魔物につけられたものなのだろう。彼女が弱いから傷だらけなのか、それとも単純に戦闘の回数が常軌を逸しているからなのか。僕は彼女の傷跡を眺めながらそんなことを考えたが、心底どうでもよく思えた。ユーリカがどのような人物であれ、今僕の横で幼子のように眠っているのは、変わりようはない。少しだけの空間を挟んで体温を感じさせてくれる彼女は、今のこの瞬間、ぼくにとってはかけがえのない存在だった。
彼女の腰の辺りに視線を移す。彼女の手によって斬り殺されたなら、僕の人生は順風満帆だったと言える。これまで村人たちから受けたあれこれは全て、命と共に彼女の剣によって斬り捨てられて、残るのは歓喜に震える大気だけだ。世界だってきっと、僕が存在していることに辟易している。
僕が魔物だったなら、斬ってもらえたのだろうか。さっきは否定してしまったけれど、彼女が起きたら、やはり僕は魔物だったと伝えようか。痩せ細ったこの身体を証拠にすれば、すんなりと信じてくれるはずだ。僕のような身体の人間は、見たことがないのだから。
僕はパンくずを口に放り込む。乾燥して硬くなったパンは、味が染みだす石のようだった。
「おい、アラム。出て来い」
出入り口の布をめくった村人が、小声で僕に声をかけてきた。僕はパンくずを噛みしめる。味のしない石が、僕の口の中で砕けた。
時間を浪費することには慣れていた。何もせず、ひたすら小屋の中を眺めているだけの日々を、発狂してもおかしくないほどに続けてきたのだ。彼女が目を覚ますまで、じっと待ってあげることは容易だった。
ユーリカの寝息が、聞こえる。これまでにはなかったことだ。誰かの存在を、ましてや歳の近い女性の存在をすぐ側に感じるなんてことは。どうにも、気恥ずかしかった。身に着ける意味のないボロ布を脱いで、裸の姿でいることが多い僕だけれど、彼女がいる前では出来そうになかった。
彼女の身体が呼吸に従って膨らんだりしぼんだりしている。僕はその様を、じっと眺めた。強張っていた顔も緩んでいる。眠る時だけ何かのしがらみから解放されているような感じがある。傷跡だらけで、常人よりも筋肉が盛り上がった身体。傷跡のない箇所は、触れるとどこまでも吸い込まれてしまいそうなほどに柔らかそうな肌だ。しかし、通常の柔肌は彼女の身体の面積のわずかしかなかった。
一目見れば、彼女がこれまで魔物と闘ってきた猛者なのだと分かる。噛み跡も傷跡も、魔物につけられたものなのだろう。彼女が弱いから傷だらけなのか、それとも単純に戦闘の回数が常軌を逸しているからなのか。僕は彼女の傷跡を眺めながらそんなことを考えたが、心底どうでもよく思えた。ユーリカがどのような人物であれ、今僕の横で幼子のように眠っているのは、変わりようはない。少しだけの空間を挟んで体温を感じさせてくれる彼女は、今のこの瞬間、ぼくにとってはかけがえのない存在だった。
彼女の腰の辺りに視線を移す。彼女の手によって斬り殺されたなら、僕の人生は順風満帆だったと言える。これまで村人たちから受けたあれこれは全て、命と共に彼女の剣によって斬り捨てられて、残るのは歓喜に震える大気だけだ。世界だってきっと、僕が存在していることに辟易している。
僕が魔物だったなら、斬ってもらえたのだろうか。さっきは否定してしまったけれど、彼女が起きたら、やはり僕は魔物だったと伝えようか。痩せ細ったこの身体を証拠にすれば、すんなりと信じてくれるはずだ。僕のような身体の人間は、見たことがないのだから。
僕はパンくずを口に放り込む。乾燥して硬くなったパンは、味が染みだす石のようだった。
「おい、アラム。出て来い」
出入り口の布をめくった村人が、小声で僕に声をかけてきた。僕はパンくずを噛みしめる。味のしない石が、僕の口の中で砕けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる