画面の中の奥の君

ぽこ 乃助

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 【菜乃葉】の配信は胸が躍った。なんて言葉では表現出来そうもなかった。魂が躍り身体が震え、瞼が執拗に上下運動を繰り返した。無意識に目を拭った右手の甲が濡れていることに気が付いて驚愕し、どうやら僕は泣いてしまっているらしかった。

 なんの涙だ? 喜びか哀しみか。それとも驚きや悔しさか。感情と脳がリンクせず、ひたすらに異常な状態のまま、僕は彼女のライブ配信を見続けた。内容は恐らくありきたりなのだろう、ゲームの実況配信。ゲーム画面の右下に銀髪で長髪姿の彼女がいて、その上に一列にコメントが流れている。多種多様の言葉が次々と流れて行って、目で追いかけるのはどうも不可能のようだ。

 さすがはランキング一位であって、同接者数は一万人を超えている。それだけの人数が、今の僕のように彼女の言葉を待ちながら、ゲームプレイを画面の外から見ていると思うと、妙な仲間意識が感じられる。顔どころか存在すら見えない、数字で表示されているだけの関係性だけれど、一緒に肩を組んで彼女を応援しているような感覚。なるほど。僕のような気取って自ら孤独を感じてしまっている人にとっては、なんとも手軽に集団の一部になれて、多幸感に包まれる。

 人工的な光。
 
 自然ではない全てが、僕の身体の中を駆け巡って、血流を加速させていく。陽の光では得られなかった高揚感が、スマホの小さな画面から発せられる輝きによって得られた。きっとこれは、自然的ではない。だが、それでも僕にとってはありがたいものに変わりはなかった。

 画面の奥から届けられる全てが、僕を良い気分にさせてくれる。幼少期の頃、友達と一緒にわいわい騒ぎながらゲームをしていた時と同じような感覚が、蘇ってくる。

 勝った負けただのと騒ぎ喧嘩して、口汚い言葉を投げかけ合っても、その空間は無色透明に澄んでいて、何一つ淀んではいなかった。

 淀み。
 
 コメント欄を見る限り、それが全くないとは到底思えないのでその部分は目を瞑る他なさそうだが、心が洗われ救われていることは目で見ずとも明白だ。

 菜乃葉のリアクションは、いちいち大きい。だからこそ、いい。敵から攻撃を受けると大したダメージでなくとも大げさに叫び、攻撃を繰り出す時も毎回言葉にならない声を上げてボタンを押している。

 コメントを読み上げて漫才のようなやり取りをしていることもあり、僕もつい笑ってしまった。まるで産声にも似た笑い声だった。

 その日から僕は、すっかり菜乃葉のファンになった。チャンネル登録は当然のこと、リアルタイムで見れなかった配信を、一から追いかけるほどの熱狂ぶり。僕の自由時間プラス、これまでの睡眠時間の半分は菜乃葉に会うための時間として費やされた。

 菜乃葉のファン、通称ナノラーとして恥ずかしくないよう注意を払いながら、初めてコメントを送った時は、中学の時に初めて女子に告白した時のことを思いだした。
 コメントを読んでもらえることはなかったけれど、それでも彼女が映る画面の中に自分の書いた言葉が流れて行く光景は、告白が成功した以上の喜びを感じた。まあ、悲しいことに成功したことがないのでそこは想像でしかないのだが。

「杉並先生、最近元気ですね。何かいいことあったんですか?」

 菜乃葉に出会ってから一月ほどが経過して、数学の先輩教師に声をかけられた。彼女と巡り合わせてくれた人物であるわけで、お礼の一つも言っておくべきかと思うが、なんだか癪だ。したり顔で菜乃葉のことを語られたりしたら、胸の奥からぐんぐんと熱いものが込み上げてきそうで怖い。

 そうか。これが同担拒否、というやつか。あ、いや、うん? もしも彼が男性でなく女性だったとしたら、それほど感情がもやくつこともない気がする。となるとこれは、恋愛感情にも似たもの、という型にはまってしまいそうで、それはそれで自分が怖い。

「あ、もしかして、Vtuberの配信、見てくれました?」

 まずい。ごちゃごちゃになっている胸中のままで彼と菜乃葉について話してしまうと、取り返しのつかない事態に発展しかねない。Vtuberに恋をしている、などと吹聴されてみろ、社会から白い眼を向けられて排斥されてしまう。

 いやいや、何を言うか。Vtuberを想うことが、恥ずかしいことなのか? そんな馬鹿なことがあってたまるか。好きなものは好きで、それは自信をもっていいはずだ。Vtuberを好きでいることが犯罪に繋がるわけでもなし、ならば、社会に向けて胸を張り、大声で「Vtuberが好きなんです!」と叫んでもみてもいいじゃないか。

 だって、ほら。社会の中には、既にVtuberたちの存在が濃く色づいているではないか。それはつまり、それだけ彼女たちを愛し想っている人間が大勢いるという証拠だろう。
 
 そうだ。僕は今こそ、彼と肩を組んで、一緒にVtuberについて語り合い、果てには共にライブ会場に馳せ参じたり、推し活を存分に楽しんだりして、新たな人生の幕を開けるべきなのだ。

「いや、全然見てないです」

 意気込んだとて、まあ、僕は一人でひっそりと彼女を応援することが出来ればそれで十分なわけで、だから、というわけでもないが、わざわざ感情を共有する必要もなさそうだ。

 こういうところが、気取っている、というのだ。馬鹿め。
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