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第一章 (2)

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 恭子がミニパトを運転し、二人は管轄地を回り始めた。ウイークデーにもかかわらず、街は若者たちでにぎわっていた。その中には、どう見ても中、高生と見え、学校に登校してない少年少女たちが、数人、混じっていた。翔子は恭子に話しかけた。
「いるいる、学校さぼっていそうな子たちが、これからどうする?」
「そんなこと、決まっているわ。まずは補導をしないと」
「でも、みんな群になって集まっているし、また、からかわれるだけだと思うけど」
 言葉どおり、彼女たちは、いつも不良たちになめられて、補導を失敗していた。
「確かに、わたしたちは二人だけだし、困ったわね」
「では、今日も、もっと、人通りの少ないところにいかない」
 翔子は、ほほ笑みを浮かべながら誘った。楽をする気、満々だ。
「でも、まーた怒られるぞ、藤ばばに。誰も捕まえて、これなかったって」
「いいでしょ。もう慣れたから」
「では、そうしますか。一応、見回りはするのだからね」
 恭子も同意し、二人は繁華街を抜けた。そして、閑静な住宅地の方に向かった。
 そのとき、一人の少女らしき人影が、彼女たちの目の前に現れた。背格好から見て、中学生から高校生の感じである。恭子がハンドルを握りながら声をかけた。
「今、一人で歩いていた少女を見かけたわ。補導のチャンスよ」
「えっ! どこどこ?」
 翔子が慌てて聞き返した。
 二人は少女を捜すため車を停車させたが、すでに、その姿は見つからなかった。
 恭子が残念そうに声を上げた。
「あれー、見失っちゃったみたい」
「そう、残念ね。あれ、そう言えば、この場所は?」
「どうしたの、翔子?」
「あいつよ。確かあいつを見かけた場所。あの去年、急にやめた防犯課の衛藤」
  そう答える翔子の目が鋭くなった。恭子も同調をするように、
「えとう、ああ、あのナルシストのことね」
「まったく、あいつには腹立つ、ちょっと、顔がよいからっていって、調子に乗って。特に、お金のことに関して。いつもいつも、『今度こそ、必ず返すよとか』と言って、借りるだけ借りたあと、急に辞めちゃって」
「あら、わたしもよ。署内の人も、みんな、同じ目にあっているわ。でも仕方なかったみたいね。あとから集めた情報によると、毎月、かなりの金額を、心臓が弱い妹のために、仕送りをしていたみたいだから」
「ご病気の妹さんいたの、そうだったの。知らなかった」
 翔子は同情の声を上げた。
「それで話の続きだけど、いつも、あんな調子だったし、署内のみんなも、事情を知らなかったから、評判が悪くなって、それが、人事課の耳に入り」
「辞めさせられたの?」
「まさか、そんなことぐらいでクビにならないわよ。でも、こうなると昇進に響くし、本人も考えたあげく、人事課の紹介で、有力なOBの世話になって転職したみたいよ。腕っぷしも強い人だったから、今頃、どこかの一流警備会社じゃないかな」
「ふーん、色々あったのね。それよりも、一応は見回りを続けないとね」
 翔子が答え、まさに、エンジンをかけようとしたとき、ドンドンと、車の横側ガラスをたたく音がした。
 恭子が車の外をのぞくと、そこには、先ほど見失った少女がいた。
「あれー、あなたは今」
 恭子がそう驚いて声をかけた。
「さっき、気づいてたでしょ。いったい、どうしてたの?」
 その少女は笑っていた。彼女は天美である。
「ところで、ドアをたたいて、なんか、あたしたちに用なのかな?」
 翔子は、そうにらみながら尋ねた。
「そのことだけど、ちょっと、ある場所、聞きたいの?」
「ある場所ってどこ?」
「港豪苑だけど」
「えっ! 港豪苑!」
  二人の女性警官は、天美の言葉を聞いて、思わず顔を見合わせた。
 港豪苑、そこは、京港署の管轄地、港区天神山三丁目に、最近造られた、一層一層が破風作りの東洋風の屋根が大きな特徴の、二十四階建て分譲マンションの名称である。
 購入価格は、最低でも億が二桁、有名人か、青年実業家か、会社重役というような高給取りしか住まないと、うわさをされる超高級マンションであった。
 恭子が目を丸くして尋ねた。
「その港豪苑に用事なの?」
「そうなの、母がそこ買うかも、って言ってたから、下見、来たんだけど、この辺、初めてで、どこにあるかわからなくって」
 本当はザニエルが買う予定なのである。しかし、よくもまあ、ピッタリの条件の場所が、見つかったものだ。
「住むの? あのマンションに!」
 翔子も驚いて聞き返した。
「だから、このあたり、歩いてるの」
  天美の言葉を聞いて、二人は思った。
〈うそー、この子、これから、この港豪苑に住むわけなの! あたしも恭子も、六畳一間の部屋で窮屈な思いをしているのに、そんな〉
〈わたしたちは、狭苦しい独身寮暮らし、でもこの子は、高級マンションで贅沢暮らし、世の中ちょっと間違っているわね〉
  そして、まず翔子が口を開いた。
「きっと、この子の母親は高級ホステスよ。それも二号よ、でないと、こんな、超高級なマンションなんか、絶対に住めるわけなんてないわ!」
 彼女は怒っていた。警官には、このような偏見を持つ人物が多いのだ。
 恭子が、その翔子の耳元に近づいて話しかけた。
「ちょっと翔子。あなた、この子の言葉まともに信じているわけ」
「もちろんよ。そのように、考えるしかないと思うけど」
「あまいなあ。だから、いつも、子供たちにだまされるのよ。よく、考えてみなさい、いくら、二号さんでも、こんな、高級マンションになんて住めるわけないでしょ。もし、そうだとしたら、パトロンは、かなり、すごい人よ。でも、そんなこと、ありえないから」
 その言葉どおり、天美の格好は、とても、良家の子女といえるような感じではなかった。
「確かに言われてみると」
「考えたらわかることよ。この子が、ウソを言っていることが。だいたい、この子の格好、どう見てもおかしいでしょ。こんな、中途半端に、肘を出しているなんて」
 恭子の口調が厳しくなった。
 天美が、いつも、肘を出している姿なのは、大きな理由があるのだが、
「おかしいかな?」
「じゅうぶん、おかしいわよ。よく、見てみなさいよ。その袖口のところ、素人が切ったようなあとでしょ。少し、ギザギザしているというか。本来なら、きちんと針で縫うか、七分袖のような既製品を着ているはずよ。だから、もう、わかるでしょ」
 さすがは警官である。観察力はあった。そして、翔子もうなずいた。
「そうね。危ない家の子かもしれないね」
 二人の話し合いにじれてきたのか、その少女、天美がせかすように声を出してきた。
「いつ、その場所、教えてくれるの?」
「わかった。今から連れて行くわ、だから、この車に乗りなさいよ」
 結論を出した翔子は答えた。うっすらと、ほおに笑みを浮かべながら。
 天美は、二人の警官たちの態度が変わったことに気がついていた。彼女は生まれつきの境遇のゆえか、そのようなことが人一倍、敏感なのだ。
 その上、彼女には、ある能力が存在した。今回のように、何者か(今回は警察だが)が彼女の身柄を束縛しようすると、その能力がはたらくのだ。そのため、このように不敵な態度ができるのであった。
  だが、今回は、彼女は能力を使うのは、なぜか、気が引けていた。相手に大きな敵対心を感じなかったからか、
 そのため、おとなしく従い車に乗った。つまり、早くも警察の世話になったのである。
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