上 下
7 / 25

第二章 (3)

しおりを挟む
 
 数分後、現場は騒々しい状況になった。
  次から次へと数台のパトカーが、サイレンを鳴り響かせて集まってきた。 天美は、これ以上、様子を見ていると、危険だと思いその場を立ち去った。
  現場から離れた天美に、あらためて悲しみがこみ上げてきた。
「あの親切だった警官さん、殺した犯人、捕まえて見せる。どこ逃げ込んでも、見つけだして、絶対、罪つぐなってもらう!」
  彼女は怒り顔でつぶやいた。
  とは言っても、今の彼女は、これから、どうすべきなのか? 昨日の警官、二人組に接触するのは愚策というか、最悪な行動だ。
 結局、悩んだうえ、朱雀競羅に連絡を取ることにした。
  朱雀、またしても出てきた、この苗字、そう、朱雀競羅というのも彼女の肉親、実の叔母である。天美の父親と腹違いの兄妹であった。
  偶然というか、運命のいたずらというか、日本で一番最初に出会って、事件に協力した人物が、この朱雀競羅なのだ。。
  競羅も、天美は血のつながった実のめいとは、つゆほども感じていなかった。
  それは、そうであろう。肝心の天美の国籍はセラスタになっており、競羅の方も、兄の煬介が、同じ南米でもブラジルで死亡したと聞いていたからだ。
 そのため、せっかく、偶然ながらも知り合えたのに、お互いに、いまだに肉親とは気がついていなかったのである。
 その競羅に、真っ先に通話をしようとしたのは、競羅から、前の事件が解決したおりに、今度事件に巻き込まれたら、必ず連絡を取るように注意をされていたからだ。
 また、天美は日本に来て日が浅かったので、この場合に頼れる人物は、その天美の能力の存在を知っている競羅、しかいなかったのも事実である。
  天美は、公衆電話を探した。だが、なかなか見つからなく、探し当てた場所は、事件現場から、かなり離れていた。
 そして、その電話ボックスから、競羅から教えられた携帯の番号を押した。
 ところが、そこからは、《おかけになった電話は、現在、電源が切られて・・》のアナウンスが聞こえてきただけであった。
 間違い電話かと思い、再び通話をこころみたが、その結果は同じであった。これでは、いくら、注意をされていても連絡の取りようがなかった。
 天美は困ったように受話器を見つめた。しばらくの間、難しい顔をして考えごとをしていたが、やがて、決心をすると、三たび受話器を取り上げて、ボタンを押し始めた。
 次に連絡をしたのは、野々中数弥という名の新聞記者である。彼もまた天美の能力を知っているうちの一人なのだが、臆病で頼りにならないような性格の持ち主だった。
  数弥はさすがに新聞記者である。すぐに応対に出た。そして、その数弥の、のんびりしていた声が聞こえてきた。
「天ちゃん、いったい、こんな朝早くから、なんの用事すか?」
「何って、大変な事件、起きたの!」
「そうすか、実は僕も大変なんすよ。とんでもない事件が起きて、今、その現場に向かっている途中なんすけど」
「とにかく、大事件なの!」
「そんなに、あわてて、いったい、どういう事件なんすか?」
「わったしの目の前で、女の警官さん、ナイフで刺し殺されたの!」
「えっ! なんすって」
 同時にブレーキのきしむ音がした。数弥は車の中で電話を取っていたのだ。
「どうしたの?」
「て、天ちゃん。僕がこれから向かう事件に関わっていたんすか! 今から車をとめるから、少し待っていてくださいね」
  すぐに、道路端に車を停車する音がした。
 そして、再び、数弥の声が聞こえた。
「では天ちゃん。詳しい話を聞かせてください」
 先ほどとは違い真剣な口調である。
  そして、天美は、昨日から起きた一連の出来事を話し始めた。数弥は、おとなしく受話器の向こうで最後まで話を聞いていた。
 話を聞き終わった数弥は、質問を始めた。
「それで、その事件のことすけど、誰か目撃者はいましたか?」
「朝、早くだったから、誰もいないけど」
「そ、それじゃあ。天ちゃんが、警官刺殺犯の最重要参考人ということに!」
「そういう可能性も出てくるから、困ってるの」
 天美は、そのように答えた。彼女は自分に対する危機意識は、人並み以上に鋭いのだが、自分の、引き起こした行動に対しては、責任を持った反応ができないのだ。
 その意識のズレで、セラスタの国を大混乱に陥れたのだが、
 そして、数弥の説明は続いた。
「可能性じゃありません。あくまで社に入った情報ですが、警察は九十九パーセント、昨日、保護した少女が、刺殺犯もしくは、共犯という線で事件を追い始めました」
「でも、わったしじゃないし」
「ですが、今の状況では、誰がどうみても、そのような結論しか出ませんよ。第一、警察は、天ちゃんの言っているという少年が現れて、仲間の警官を殺したという事実を、まったく、つかんではいないんすよ。昨日、保護した少女が逃げ出すために殺したと、判断するのが当たり前じゃないすか。それに、今の、天ちゃんの話を聞いてみると、おそらく、保護された二人の女性警官にも顔を覚えられているでしょう」
「実際、そうなんだけど」
「ですから、えらいことすよ。今日は姐さんがいないし、あーあ、困ったなあ」
 数弥は通話の向こうで、本当に困っていた。
「えっ! ざく姉、いないの?」
「ええ、確か、昨日の夕方から韓国に行っています。いつもの、バクチをしに」
「そんなひどい、『事件、起きたら、どんなことあっても、一番に知らせるように』と、前からしつこく、言ってたのに」
 天美は怒ったようになじった。
「いくら、姐さんでも予知能力者じゃないんすから、このような事件が起きるようなことは、予想できませんよ」
「でも、電話まで、通じないなんて」
「姐さんは、海外に行ったときまで、電話が通じるようにしてませんからね。それに、いくら、日本では大事件でも韓国で報道するかどうか」
 数弥は話しながら、通話口で困ったような表情を続けていた。
「それで、いつ、帰ってくるの?」
「確か、明日の昼の予定すよ」
「だったら、待つしかないかな」
「ええ、そうした方がよさそうすね。それより、天ちゃん。今、どこにいるんすか?」
「そんなこと聞いて、どうするつもり?」
「そんなの僕が代わりに、駆けつけるからに決まっているすよ」
「でも、数弥さん、新聞記者でしょ」
 天美の口調が懐疑的になった。
「その言葉、何が言いたいんすか?」
「ひょっとして、警察とかに、知らせるかと思って」
「そんなわけないすよ。天ちゃん、僕にすべてのことを話したのでしょう」
「そうだけど」
「それじゃあ、僕を信じてくれなくちゃ。第一、天ちゃんを警察に売ったことを、姐さんに知られたら、僕も、ひどい目にあいますから」
 数弥の言葉に納得したのか、天美は、近くの交差点の標識を思い出した。そして、
「よくわからないけど。あさぬの台一丁目かな。そこから、ちょっと入った場所」
「それは、麻布と読むんす。今、麻布台すか、事件現場の都島の公園からは、ちょっと離れていますね。わかりました、それで、もう一つ聞きますけど、天ちゃんが着ている服、今、血がついていますか?」
 数弥の質問は続いた。
「ついてないけど。こういうとき、返り血、浴びるので、刺さったナイフ、抜いていけないこと、知ってたし」
「それでしたら、ある程度は、人目についても安心すね。では、そこでは、まずいすから、今から僕の指示する喫茶店に来てください。ちょっと距離だけはあるんすけど」
  そのあと、数弥は、同じ麻布にある喫茶店の名前と住所を教えた。
「本当に、そこで待ってて大丈夫? 警察、かわりに来るなんてこと、ない?」
 天美は疑うように確認をした。
「いい加減にしてください! 僕の言葉を信じてくれないんすか!」
 数弥は、いらついた声をあげた。こんなことは珍しいことである。
「信じない、わけじゃないけど」
「それじゃあ、信じてください。その喫茶店、うっちゃん、なら、まず大丈夫すよ。お年寄りが多く、若い子たちが集まる場所ではないすから。そこで、八時半に待ち合わせをしましょう。モーニングセットを食べていてください」
 そして、二人の通話は終わった。

  一方、京港署は大騒ぎであった。自分たちの仲間が無惨にも殺されたのだ。その捜査に身が入らぬはずがなかった。署長を初め、全署員は悲しみながら怒りをこらえていた。
  本庁から、多数の幹部が乗り込み、捜査本部が開かれた。捜査の指揮は、直接、刑事部長である舟見警視監が取ることになり、一課からは、星野捜査一課長、また応援として、本庁少年課の恒川警部も捜査に加わることになった。
 そして、昨日、藤原警部補に保護された少女を、最重要容疑者とみなして、その行方を捜し始めたのであった。

しおりを挟む

処理中です...