私を陥れたヒロインに盛大なバッドエンドを

文野多咲

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女王の実現

休会後、クリスティーヌは宰相府を訪れた。

まんまとマリアンナにそそのかされたギョームが情けない。クリスティーヌが何を言ったところで無駄かもしれないが、まだギョームに残る良心を呼び覚ましたい。

「ギョーム叔父さま、叔父さまはご自分が何をしでかしているのか知っておいでですか!」

執務室のデスクに向かって座り込んでいたギョームは、目を上げてクリスティーヌを見た。疲労が全身に漂っている。

おかしなことにギョームは恋に盲目となっているにしては、浮かれたところなど微塵もない。

「お前の不満はわかっている」

「私個人のことではありませんわ。叔父さまもわかっておられるでしょう。マリアンナが女王になれば、国は破綻します」

「……仕方ないのだ」

「叔父さまを見損ないましたわ」

「だから、仕方ないのだ……!」

ギョームは苦悩を顔ににじませている。

「私だって、聖王女殿下を推したいわけじゃない。我々は、すぐに破滅するか、ゆっくりと食われるしかないのだ。それならゆっくり食われるほうがマシだ」

「どういう意味です?」

「女王を望んでいるのは私ではない。ダン・エヴァンズだ」

(ダンが………?!)

あまりのことにクリスティーヌは声も出せなかった。

「エヴァンズは、金を借りる条件として、女王の実現、をあげたのだ」

クリスティーヌはしばらくの間、口もきけなかった。

「何のために? ダンは何のためにそんなことを?」

「金さ。商人が考えるのは金のことだけだ。一国の王が虚栄を求めれば求めるほど、商人は潤う。エヴァンズはゆっくりと、しかし、確実にこの国を食らいつくすつもりなのだ」

(ダンにとって王は暗愚であればあるほど都合が良い……)

***

(ダンに条件を下げさせるしかないわ)

ダンにとっては金が全てだ。けれども、クリスティーヌにも価値があるとするならば。金よりもクリスティーヌを手に入れたいと思うのならば。

夕食後、クリスティーヌの部屋に来るようにダンに遣いを出している。

「ジゼル、ダンが来る前に湯あみをお願い」

ジゼルは目を見張った。何故、ダンを出迎える前に湯あみが必要なのか。ジゼルが悟らないわけがない。

ジゼルは声が出ないほどに怒気をにじませている。

「マリアンナを女王にすることだけはできないの。それを回避するために、利用できるものは何でも利用する。それが、私自身でも」

ジゼルは黙り込んだまま息を荒くしてクリスティーヌを睨みつけている。

「仕方ないの。こうしなければ、私は奴隷送りになるの。老皇帝の慰みものになって死んでしまうの。本当よ。本当にそうなるの」

黙って聞いていたジゼルはクリスティーヌの言葉をどう受け止めたかはわからないが、じっと恨めしげな目で見ている。

「ジゼル、どれだけ怒っても無駄よ。もう方法がないの。それに、私はダンに惹かれている。悲しむことは何もないの。これから先、ダンを想って生きるわ」

(ただ純粋に愛し合いたかった)

だがそんなこと、永遠に起きない。

(ダンはそれを望んでいないもの。私は心も体も暴かれるだけ。それで終わり)

ジゼルは怒りが悲しみに変わったようで、目に涙を浮かべていた。それでも、クリスティーヌの覚悟に抗うことを諦めたようで、湯あみを手伝い、ナイトドレスを着せた。

***

『こんな時間に呼び出すなんて、ついにあなたを暴けるのかな』

ダンはニヤついた顔で現れた。

(タダでは暴かせないわ)

クリスティーヌは微笑しながらソファを勧める。赤い液体の入ったデキャンタを持ち上げた。

『おかけになって。領地から届いたの。うちでは最高級のものよ』

クリスティーヌはダンの隣に座った。そして、ダンのグラスにワインを注ぐ。ダンが身じろぐのがわかった。クリスティーヌはガウンを羽織っているが、その下にナイトドレスを着こんでいるのに気づいたのだろう。

クリスティーヌが捧げるつもりでいるのがダンに伝わったはずだ。

デキャンタを置いたクリスティーヌはダンの膝に手を置き、撫でる。

『喜んでくださるかしら』

ワインを、そして、クリスティーヌを。

ダンはそんなクリスティーヌに目を見張っていたが、やがて言った。

『今日のクリスティーヌはいつもの気真面目な公女とは違うんだね。俺を惑わせるつもりなら、大成功だ』

ダンは目に好色を浮かべる。

『それなら嬉しいわ』

『俺が欲しい?』

『ええ』

『俺が欲しいと言って?』

『あなたが欲しいわ』

クリスティーヌはダンの胸にしなだれかかった。ダンの手がクリスティーヌの背中に回り、ぐっと引かれる。布越しに体が密着する。

『クリスティーヌ、俺もあなたが欲しい。俺はいつもあなたに焦がれている』

ダンはそう言ってクリスティーヌの頭にキスをする。そして、クリスティーヌの匂いと触り心地を味わうように頭に頬を擦りつける。

『今夜、私をあなたの好きにしていいわ。そのかわり』

そこでダンは冷たい声を出した。

『そのかわり?』

クリスティーヌはハッと身構えた。体を離せば、ダンは冷ややかな笑みを浮かべていた。好色は消えている。

『俺と取引するつもりなら、お断りだ』

クリスティーヌは悟った。ダンはクリスティーヌに篭絡できる人ではなかった。クリスティーヌに操れるような人ではなかったのだ。

クリスティーヌはダンの胸を押して体を離した。

(失敗した、ダンを落とせなかった……!)

クリスティーヌは立ち上がろうとして、ダンに腕を取られた。そのまま抱きすくめられる。

『クリスティーヌ。俺の愛しいクリスティーヌ』

『いやっ、離してっ』

こうなっては抱かれるわけにはいかない。取引にもならないのに、ただで奪われたら惨め過ぎる。

もがくクリスティーヌの背中をぎゅっと抱きしめてダンは囁いてきた。

『そこにいない人はどこにもいない』

『え?』

『クリスティーヌ、あなたが女王になれ』

クリスティーヌは目を見開いた。

(えぇ?)

『俺は女王のあなたを手に入れる』

(これがダンの目的?)

クリスティーヌはダンを見つめた。

ダンはクリスティーヌを女王に仕立てようというのか。思えばダンはそれらしきことを最初からほのめかしていた。ドラローシュから王を出せ、と。そして、クリスティーヌをたぶらかしてきた。

ダンはクリスティーヌの額に、チュ、とキスを落とした。そして、頬へとキスは降りてきて、唇が重なりかけたところで止まった。

『明日、俺は発つ』

『えっ?』

何となくダンはずっと自分のそばにいる気がしていた。そばでクリスティーヌを守ってくれる、そんな気がしていた。しかし、あっさりと発ってしまうのか。

(ダン、行ったらいや……。そばにいて)

クリスティーヌの気持ちは如実に現れてしまったらしい。ダンはクリスティーヌを愛おしげに見てきた。

『クリスティーヌ、次に会ったとき、あなたは女王だ。そして、俺の花嫁だ』

(それなら私を連れて行って)

しかし、ダンは断るだろう。いともあっさりと。

『次に会えるかどうかもわからないわ』

クリスティーヌは危うい立場にいる。ともすればすぐにでも王都を脱出し、その後は隠れて生きなければならない。

『花嫁は否定しないんだね? クリスティーヌ、俺と結婚してくれるね?』 

『知らない』

クリスティーヌはそっぽを向いた。

『俺はあなたの初恋の人でしょう? 俺はあなたにとって一生の人』

クリスティーヌは目を丸める。いつかダンに向けて言った言葉。それはルロア語でダンに理解できないはずだった。しかし、ダンはしっかり聞き取っていたのだ。

『あなた、ルロア語をわかってたの?』

マリアンナと城下に出るときには北方語で助け舟を出してきた。男爵家でもノエルの言葉を理解したように見えた。見破ることなどできたはずなのに。

(私の馬鹿! すっかり騙されていたなんて!)

『あなただって、最初、隠してた』

『仕返ししたのね?』

『そうじゃない、俺にはルロア語の発語は難しくて喋ることはできない。それに、あなたの心を知りたかっただけ。あなたは侍女に、俺が素晴らしく格好良かったって言ってくれた。どの騎士よりも頼りになると言ってくれた』

ダンは頬を赤らめた。その顔つきに、クリスティーヌはうかつにもほだされる。

ダンはクリスティーヌのあごを持ち上げると、頬をそっと撫でてきた。

『俺にとってもあなたは一生の人だ』

黒目にクリスティーヌへの愛おしみを浮かべている。

『ネックレスは結婚の約束の証。決して外さないで』

ダンはそう言うと、ネックレスのトップを手に取り、黒石に、チュ、とキスを落とした。

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