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究極魔法の使い方
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「今度はなにか明るい話題が聞きたいな」
お父さまは優しそうに私とフィリップに視線を投げかけた。
「アリスはきょうは何をして過ごしたんだい?」
「お姉さまはきょう掃除をして怒られてた」
フィリップが可愛らしい声でわざと報告している。
ひどい! 私を売ったわね。小悪魔め。
「掃除?」
お父さまはお母さまを見る。お母さまはしぶーい顔をした。
自分で話せとお母さまは私を見つめている。
わかりました。報告します。
「いま、森でマジックポケットを広げて、究極魔法の練習をしているんです」
「それは頼もしいな」
お父さまはお母さまをちらっと見た。被害はないか?と目で聞いている。お母さまは大丈夫だとうなずいた。
目と目で通じ合うなんて、お父さまもお母さまも仲良しねえ。
いやいや、そうじゃなくて……。ちょっと失礼じゃない? マジックポケットをお父さまからもらってから、迷惑かけてませんよ。お任せください。
「究極魔法をいつでも使えるようにしないとピンチの時に使えないかって考えたんです」
「たしかに、一理あるな。いざと言う時発動しなくては意味がない」
お父さまはうなずいた。
そうでしょ? 目の付け所は間違いでなかった。
私ってば、天才!
「そこで究極魔法が生活でも使えないかって考えたんです」
フィリップはくすくす笑っている。
もう、そんなに笑わなくてもいいでしょ。ちょっと失敗しただけじゃない。
「は、発想が、アリスだな」
どういう意味ですか。お父さま。
お父さまはそっとお母さまの顔を見たが、お母さまの顔は固まっていた。
「例えば水魔法。井戸が枯れた時、治水工事の時、ダムをつくるときなど大量の水を移動させたり、まとめたりできたりしたら便利ですよね」
「そうだなぁ。確かにそういう使い方ができれば便利だなとは思うが……。アリスのことはさておき、普通の人間にはできないと思うぞ」
ええ、私は例外ですか? そんなことないでしょ。人より少しだけ魔法量が多いだけで、研究大好きなだけなんですから。
「それに……、何も敵を倒すためだけに究極魔法を使わなくてもよいって思うんです。遠くに水を送りたいときもあるじゃないですか。そんなときのために、まず三キロ先に水を細く長くして送るということを始めてみました」
「ほ、ほう。面白いな」
お父さまは興味深そうにしている。
「もちろんマジックポケットで練習してから、川の水を細く長くいただき、黒い森の湖まで送ってみました。ちゃんと成功したんで、どこにも被害とかないですよ」
お母さま、頬がぴくぴくしてます。美しいお顔が台無しです。イライラしないでください。私がちゃんと順番に説明しますから。
「それから川の水をミスト状にしてうちの領地の森や畑にまいてみるとか、どこまで遠くまでできるか実験してみました。結果的にですが、毎日、水の究極魔法を使っていたら、限界値が増えて、いまならこの国中どこへでも細く長くした水やミスト状の水を降らせたり、送ることができるようになりました」
「それはたのもしい。水不足のときに役立ちそうだな」
お父さまのコメントにお母さまもフィリップも無表情でうんうんと肯いている。
「次に土魔法の研究を始めました。土魔法では遠くの粘土質の土を呼び寄せ……」
「呼び寄せる? どのようにだ」
お父さまが不思議そうに尋ねた。
「欲しいと念じた地質が固まってきて、もこもこと土の塊が動いてくるんです。ミミズのように、モグラが潜った後のように……」
お父さまとお母さまが気持ち悪そうにしている。
「でも、それではちょっと見た目が気持ち悪かったので、丸めたボール状の土にして呼び寄せてみたり、動物のような形にして呼び寄せたりも試したのですが、途中で壊れてしまうことも多くて……」
フィリップがケラケラ笑い出した。
もう、フィリップってば。ウケすぎだって。
「というのも、動物型だと他の人に襲撃されてしまうんですよ。狩りで追われてしまったり。事故防止のために動物型はやめてみました」
あのね、私は大真面目なんだよ。わかってる? そんなに笑わないでよ。
フィリップをにらむと、フィリップは一応口を閉じて見せた。
「それで? どうなったのだ?」
お父さまは茶色い瞳を輝かせる。
「そこで土塊を人型にしまして……」
「人型? 土をか?」
「はい、土人形です」
「それがね、アリスは芸術的センスがあまりでしょ?」
黙っていられなくなったお母さまが割って入ってきた。
お父さまは楽しそうに聞いている。
「まるで土偶なのよ」
フィリップが土偶の真似をして見せると、お母さまが笑い出した。私もうっかりつられて笑う。
いかん、一緒に笑っては。私、けなされているのだよ。
だめだ。フィリップ、面白すぎる!
とうとう一緒にお腹を抱えて笑ってしまった。
たしかに土偶は我ながらセンスがないって思ったのだ。あれは傑作だった。
山の中を、森の中を、巨大な土偶が歩くのだ。鳥も獣たちも森にすむものたちみんなが騒然としていた。
うん、そこまでいうと怒られそうだから、ここは割愛しよう。
「それで、集めた土を使って、一気に茶碗を精製します」
「……」
お父さまが遠い目をしています。
「だいたい小皿が一気に数千枚皿ができます」
「アリスよ、小皿を作りすぎじゃないのか……。その皿、どう使うのかな」
お父さま、しっかり!
その反応、なんですか。私は抜かりないですよ。
「大皿にしたら枚数が減りますよ」
お父さま……、大丈夫?
本当に、皿の枚数がだいぶ減るんですよ。え? そういう問題ではない?
たしかに私、センスもないですけど、あの皿は、普通に使う分には大丈夫なはずです。丈夫に作ってますとも。
なんだか家族からの残念な視線を感じます。
いいもんね、先に話を進めてやる! 気にしないもんね。
「それから粘土の皿を今度は一気に乾燥させるために、風の究極魔法を発動させました」
「土偶を作って土を運んだあと、皿なんだな……。ふっ。で、風はできたのかい?」
その「ふっ」っていうのはなんですかねえ。
気に入りませんが。
私も大人ですから、聞き流して差し上げましょう。
「はい。1週間ほど連続で24時間微風を送りつづけるという技を身に着けました。風の究極魔法を広く弱く継続してやるというのは初めてで……、加減するのが難しかったのですけれど、毎日少しずつやっていたら、うまくできるようになりました」
「継続は力だな」
「はい。継続しているうちに限界値が伸びて、一石二鳥です」
お父さまは愉快そうに笑っている。
そうです、アリスは褒められて伸びるんです。だから怒らないでくださいね。
「次に乾いた皿を火の魔法で三日三晩焼いてみました。長い時間一定の高温で焼くというのも、最初は難しかったのですが、今ではうまくコントロールできるようになりました」
私は持ってきてあった皿数枚をお父さまに見せた。
「おお、初めての割によくできたのではないか。なかなかすごいな。シンプルだが……、きっと使い勝手がいいだろう。普段使いできるな」
お父さまのフォローにフィリップはプププと笑っている。
シンプルでも使えればいいのです。私は陶芸家じゃないから。これはね、いざと言う時の究極魔法の修行なの。
「皿の精製もできたことで、これはきっと何かに使えると確信したんです。更なる応用ができそうなので、いろいろ考えていたのですが……。ひらめきまして、本日、さらなる実験に突入したのです」
お父さまの顔色が変わった。
フィリップが口元を手で隠して笑いを抑えている。
えええ、そんなにビビらなくても大丈夫ですよ、お父さま?
私は常に前向きに努力してるだけです。本当に怒らないでくださいね。
「きょうは、水と風の、二つの究極魔法を使って……」
「はあ? 二つの究極魔法を同時に使ったっていうのかい? アリスは本当に規格外だな」
お父さまは目を見開いたが、すぐに今更かという顔をした。
そんな珍獣扱いしないでください。きっと毎日魔法の修行をしていれば、みんなできるようになりますよ。
「なんと、まるごと屋敷を掃除しました」
どやっ!といばって私が言うと、お父さまは部屋の中を見回した。
「なんだか……、うん、さっぱりしているような気がする」
お父さまは、ほっとしたようだ。
「なあ? そう思わないか? マーガレット」
お父さまはお母さまの顔色を伺いつつ、私に微笑んだ。
よかった。お父さま、怒らなかったわ。
そうなのよ、よく見て! ほら、この空気。埃とかないでしょ。お屋敷丸洗いだから。
そうだ!これって商売にならないかしら。お城丸洗しますとか、どう?
私、冴えてるかもしれない。
「さっぱりしたのは掃除したからだけではごぜいません。いろんなものが水と大風によって壊れたのです」
お母さまはお父さまにため息まじりにつぶやいた。
そんなぁ。お母さまったら。多少の犠牲はつきものよね。だって新しい技術だもの。人的被害はでてないし。うちのお屋敷のものがちょっと壊れたくらいだよ……、だめ?
私は肩をすくめた。
「ええ、本当に、さっぱりして、よかったですね。ほほほほほ。アリスが家宝の花瓶を一つ、割りましたけど……」
お母さまがしれっと爆弾を落とした。
「どの花瓶だ?」
お父さまの顔が青くなる。
お父さま、形あるものはいずれ壊れるんですよ。それが真理ですよね。
心の中で、一人自分に突っ込んでみた。
でも、さすがの私も口に出してまでは言わないわ。心の中でよ、心の中。絶対おこられるもん。
「先々代様がお買い求めた金色の、お高い花瓶です」
お父さまは言葉も出ないようだ。
ごめんね、お父さま。ちょっとは反省しているのよ。
「もう一つの、先日あなたが気に入って買ったツボは、ああ、それもエントランスに飾ってあったやつですけど」
お父さまが飛び上がった。そして、花瓶を抱えて慌ててまた戻ってきた。
「その花瓶は、飛んでいく前に、私とブラウンとほかの使用人たちで押さえ込みまして、なんとかまもりましたのよ」
お母さまは深いため息をして続けた。
「あと、階段のホールにあった、先代様お気に入りの、由緒あるタペストリーは、どこかに飛んでいきそうになって危なかったのですが、寸でのところで、セバスがタペストリーの端をつかみ、全体重をかけて守ってくれました」
お母さまは申し訳なさそうにセバスを見た。
「面白かったよ、タペストリーと一緒にセバスが風に揺れてるんだよ。人間も飛びそうになるところなんて、僕、初めて見たよ。お姉さまの技って、すごいよね。屋敷の中にね、竜巻みたいな渦があちらこちらにあって……」
フィリップが状況を報告する。
その状況報告、いらなくない?
私がフィリップを軽く睨むと、フィリップは気がつかないふりをして、お父さまのほうをずっと見ていた。
セバスは何も聞こえないふりをして、ドアのところにいる。
お父さまはボソッと「セバス、すまなかったなあ」とこぼした。
なんだか私の旗色が悪いわ。残りもさっさと報告しちゃいましょう。別にやましいところなんてこれっぽっちもないですけど。やっぱりやり過ぎちゃったかしら?
「まず、屋敷の外側をシャワーで洗いました。この水は黒い森の湖から持ってきた水をシャワー状にして、吹きかけたものです」
黒い森はうちの領地の端っこの方にあって、魔物がいるというところなんだけどね。マカミにサッと連れて行ってもらったんだ。だから魔物に会わずにすんじゃった。
もし魔物にあっても、マカミが守ってくれるだろうし、私も究極魔法で闘うこともできるから、何とかなるかなって思っていたんだけど。
「屋敷の内側はやさしくミストシャワーで洗ってみました。水洗いが終わったところで、風魔法を行いました。微風では屋敷すべては乾かないと思ったので、弱風で屋敷の壁を乾かし、部屋ごとに小さなつむじ風を同時に発動させ、部屋の内部をやさしく乾燥……」
お父さまは私の言葉をすべて聞かず、また飛び出した。
「あああ、書斎は大丈夫ですよ……、お父さまが行かれてしまった」
私はお父さまへ手を伸ばしたが、遅かった。
しばらくしてほっとしたようにお父さまが帰ってきた。
「書斎と仕事部屋は無事だった」
「はい、そちらは紙が多いのでやりませんでした。ご希望でしたら、ミストで掃除しましょうか?」
「いや、やらないでいい」
「そうですか? 承知しました。必要でしたら、すぐに起動させますから、おっしゃってくださいね」
私はにこりと笑った。
「ね? お父様、お屋敷中が綺麗になったと思いませんか」
お父さまに確認する。
「絶対に思いません!!」
お母さまとセバスと私付きのメイドのブラウンが一斉に否定する。
「すまなかったねえ」
お父さまがブラウンにも声をかけた。
「アリスの丸洗いの後の片づけも大変でした。物は散乱するし、壊れた家具も多数……。そもそも究極魔法を使って掃除をするということはよくありません」
お母さまは呆れたように私を見て、続けた。
「たとえ上手に掃除ができたとしてもです。うちの使用人の仕事をとってしまうことになります。いいですか? そういうのはよくありません」
「はーい」
たしかに、雇用のことは考えていなかったわ。ノブレス・オブリージュですわね。それに経済を回さなくてはいけませんからね。
「それから……、アリスは究極魔法の利用方法をこれからもいろいろひらめきそうですが、人前でほいほいやってはいけませんよ。悪いことに利用しようとする輩もいるでしょう?」
「はい……」
お母さまの怒りは止まらない。こめかみがピクピクしている。私は肩をすくめた。
「究極魔法を一気に発動させるのではなく、継続して細く長く発動できるということが分かっただけでも、収穫だな」
お父さまは明るくまとめた。
「はい。今後とも精進します」
あれ?
どうしてみんな静まるの? 私、頑張るっていっただけじゃん。ちょっと、失礼じゃない?
マカミは私たちのやりとりを楽しそうに見ている。これ、絶対ニヤニヤしてるでしょ。もう、修行の友に裏切られた気分よ。
「引っかかっているんだが……。いいかな、アリス」
お父さまは不安そうにしている。
「はい、なんでしょう?」
「黒い森の水というのは……」
ああ、お父さまの不安はそういうこと?
黒い森の水は魔力が強くて、物を溶かすとか言われているの。
でも、うちの森に水撒きしても、木々はよく育っていたし、大丈夫だったはずよ?
「物を溶かす力はなかったです。多分…
…」
「多分というのは?」
「実験がてら、うちの森と、畑に撒いてみましたが、かえって生育がよくなるくらいで…。物が溶けることはなかったかなと」
「すでにうちの森と畑で実験済みとは!」
お父さまは呆れている。
「あ、夕飯の材料に水撒きした畑の野菜を使ってもらいましたが、美味しかったですよね?」
お父さまとお母さまとフィリップは、眉をハの字にして、頭を抱えた。
お父さまは優しそうに私とフィリップに視線を投げかけた。
「アリスはきょうは何をして過ごしたんだい?」
「お姉さまはきょう掃除をして怒られてた」
フィリップが可愛らしい声でわざと報告している。
ひどい! 私を売ったわね。小悪魔め。
「掃除?」
お父さまはお母さまを見る。お母さまはしぶーい顔をした。
自分で話せとお母さまは私を見つめている。
わかりました。報告します。
「いま、森でマジックポケットを広げて、究極魔法の練習をしているんです」
「それは頼もしいな」
お父さまはお母さまをちらっと見た。被害はないか?と目で聞いている。お母さまは大丈夫だとうなずいた。
目と目で通じ合うなんて、お父さまもお母さまも仲良しねえ。
いやいや、そうじゃなくて……。ちょっと失礼じゃない? マジックポケットをお父さまからもらってから、迷惑かけてませんよ。お任せください。
「究極魔法をいつでも使えるようにしないとピンチの時に使えないかって考えたんです」
「たしかに、一理あるな。いざと言う時発動しなくては意味がない」
お父さまはうなずいた。
そうでしょ? 目の付け所は間違いでなかった。
私ってば、天才!
「そこで究極魔法が生活でも使えないかって考えたんです」
フィリップはくすくす笑っている。
もう、そんなに笑わなくてもいいでしょ。ちょっと失敗しただけじゃない。
「は、発想が、アリスだな」
どういう意味ですか。お父さま。
お父さまはそっとお母さまの顔を見たが、お母さまの顔は固まっていた。
「例えば水魔法。井戸が枯れた時、治水工事の時、ダムをつくるときなど大量の水を移動させたり、まとめたりできたりしたら便利ですよね」
「そうだなぁ。確かにそういう使い方ができれば便利だなとは思うが……。アリスのことはさておき、普通の人間にはできないと思うぞ」
ええ、私は例外ですか? そんなことないでしょ。人より少しだけ魔法量が多いだけで、研究大好きなだけなんですから。
「それに……、何も敵を倒すためだけに究極魔法を使わなくてもよいって思うんです。遠くに水を送りたいときもあるじゃないですか。そんなときのために、まず三キロ先に水を細く長くして送るということを始めてみました」
「ほ、ほう。面白いな」
お父さまは興味深そうにしている。
「もちろんマジックポケットで練習してから、川の水を細く長くいただき、黒い森の湖まで送ってみました。ちゃんと成功したんで、どこにも被害とかないですよ」
お母さま、頬がぴくぴくしてます。美しいお顔が台無しです。イライラしないでください。私がちゃんと順番に説明しますから。
「それから川の水をミスト状にしてうちの領地の森や畑にまいてみるとか、どこまで遠くまでできるか実験してみました。結果的にですが、毎日、水の究極魔法を使っていたら、限界値が増えて、いまならこの国中どこへでも細く長くした水やミスト状の水を降らせたり、送ることができるようになりました」
「それはたのもしい。水不足のときに役立ちそうだな」
お父さまのコメントにお母さまもフィリップも無表情でうんうんと肯いている。
「次に土魔法の研究を始めました。土魔法では遠くの粘土質の土を呼び寄せ……」
「呼び寄せる? どのようにだ」
お父さまが不思議そうに尋ねた。
「欲しいと念じた地質が固まってきて、もこもこと土の塊が動いてくるんです。ミミズのように、モグラが潜った後のように……」
お父さまとお母さまが気持ち悪そうにしている。
「でも、それではちょっと見た目が気持ち悪かったので、丸めたボール状の土にして呼び寄せてみたり、動物のような形にして呼び寄せたりも試したのですが、途中で壊れてしまうことも多くて……」
フィリップがケラケラ笑い出した。
もう、フィリップってば。ウケすぎだって。
「というのも、動物型だと他の人に襲撃されてしまうんですよ。狩りで追われてしまったり。事故防止のために動物型はやめてみました」
あのね、私は大真面目なんだよ。わかってる? そんなに笑わないでよ。
フィリップをにらむと、フィリップは一応口を閉じて見せた。
「それで? どうなったのだ?」
お父さまは茶色い瞳を輝かせる。
「そこで土塊を人型にしまして……」
「人型? 土をか?」
「はい、土人形です」
「それがね、アリスは芸術的センスがあまりでしょ?」
黙っていられなくなったお母さまが割って入ってきた。
お父さまは楽しそうに聞いている。
「まるで土偶なのよ」
フィリップが土偶の真似をして見せると、お母さまが笑い出した。私もうっかりつられて笑う。
いかん、一緒に笑っては。私、けなされているのだよ。
だめだ。フィリップ、面白すぎる!
とうとう一緒にお腹を抱えて笑ってしまった。
たしかに土偶は我ながらセンスがないって思ったのだ。あれは傑作だった。
山の中を、森の中を、巨大な土偶が歩くのだ。鳥も獣たちも森にすむものたちみんなが騒然としていた。
うん、そこまでいうと怒られそうだから、ここは割愛しよう。
「それで、集めた土を使って、一気に茶碗を精製します」
「……」
お父さまが遠い目をしています。
「だいたい小皿が一気に数千枚皿ができます」
「アリスよ、小皿を作りすぎじゃないのか……。その皿、どう使うのかな」
お父さま、しっかり!
その反応、なんですか。私は抜かりないですよ。
「大皿にしたら枚数が減りますよ」
お父さま……、大丈夫?
本当に、皿の枚数がだいぶ減るんですよ。え? そういう問題ではない?
たしかに私、センスもないですけど、あの皿は、普通に使う分には大丈夫なはずです。丈夫に作ってますとも。
なんだか家族からの残念な視線を感じます。
いいもんね、先に話を進めてやる! 気にしないもんね。
「それから粘土の皿を今度は一気に乾燥させるために、風の究極魔法を発動させました」
「土偶を作って土を運んだあと、皿なんだな……。ふっ。で、風はできたのかい?」
その「ふっ」っていうのはなんですかねえ。
気に入りませんが。
私も大人ですから、聞き流して差し上げましょう。
「はい。1週間ほど連続で24時間微風を送りつづけるという技を身に着けました。風の究極魔法を広く弱く継続してやるというのは初めてで……、加減するのが難しかったのですけれど、毎日少しずつやっていたら、うまくできるようになりました」
「継続は力だな」
「はい。継続しているうちに限界値が伸びて、一石二鳥です」
お父さまは愉快そうに笑っている。
そうです、アリスは褒められて伸びるんです。だから怒らないでくださいね。
「次に乾いた皿を火の魔法で三日三晩焼いてみました。長い時間一定の高温で焼くというのも、最初は難しかったのですが、今ではうまくコントロールできるようになりました」
私は持ってきてあった皿数枚をお父さまに見せた。
「おお、初めての割によくできたのではないか。なかなかすごいな。シンプルだが……、きっと使い勝手がいいだろう。普段使いできるな」
お父さまのフォローにフィリップはプププと笑っている。
シンプルでも使えればいいのです。私は陶芸家じゃないから。これはね、いざと言う時の究極魔法の修行なの。
「皿の精製もできたことで、これはきっと何かに使えると確信したんです。更なる応用ができそうなので、いろいろ考えていたのですが……。ひらめきまして、本日、さらなる実験に突入したのです」
お父さまの顔色が変わった。
フィリップが口元を手で隠して笑いを抑えている。
えええ、そんなにビビらなくても大丈夫ですよ、お父さま?
私は常に前向きに努力してるだけです。本当に怒らないでくださいね。
「きょうは、水と風の、二つの究極魔法を使って……」
「はあ? 二つの究極魔法を同時に使ったっていうのかい? アリスは本当に規格外だな」
お父さまは目を見開いたが、すぐに今更かという顔をした。
そんな珍獣扱いしないでください。きっと毎日魔法の修行をしていれば、みんなできるようになりますよ。
「なんと、まるごと屋敷を掃除しました」
どやっ!といばって私が言うと、お父さまは部屋の中を見回した。
「なんだか……、うん、さっぱりしているような気がする」
お父さまは、ほっとしたようだ。
「なあ? そう思わないか? マーガレット」
お父さまはお母さまの顔色を伺いつつ、私に微笑んだ。
よかった。お父さま、怒らなかったわ。
そうなのよ、よく見て! ほら、この空気。埃とかないでしょ。お屋敷丸洗いだから。
そうだ!これって商売にならないかしら。お城丸洗しますとか、どう?
私、冴えてるかもしれない。
「さっぱりしたのは掃除したからだけではごぜいません。いろんなものが水と大風によって壊れたのです」
お母さまはお父さまにため息まじりにつぶやいた。
そんなぁ。お母さまったら。多少の犠牲はつきものよね。だって新しい技術だもの。人的被害はでてないし。うちのお屋敷のものがちょっと壊れたくらいだよ……、だめ?
私は肩をすくめた。
「ええ、本当に、さっぱりして、よかったですね。ほほほほほ。アリスが家宝の花瓶を一つ、割りましたけど……」
お母さまがしれっと爆弾を落とした。
「どの花瓶だ?」
お父さまの顔が青くなる。
お父さま、形あるものはいずれ壊れるんですよ。それが真理ですよね。
心の中で、一人自分に突っ込んでみた。
でも、さすがの私も口に出してまでは言わないわ。心の中でよ、心の中。絶対おこられるもん。
「先々代様がお買い求めた金色の、お高い花瓶です」
お父さまは言葉も出ないようだ。
ごめんね、お父さま。ちょっとは反省しているのよ。
「もう一つの、先日あなたが気に入って買ったツボは、ああ、それもエントランスに飾ってあったやつですけど」
お父さまが飛び上がった。そして、花瓶を抱えて慌ててまた戻ってきた。
「その花瓶は、飛んでいく前に、私とブラウンとほかの使用人たちで押さえ込みまして、なんとかまもりましたのよ」
お母さまは深いため息をして続けた。
「あと、階段のホールにあった、先代様お気に入りの、由緒あるタペストリーは、どこかに飛んでいきそうになって危なかったのですが、寸でのところで、セバスがタペストリーの端をつかみ、全体重をかけて守ってくれました」
お母さまは申し訳なさそうにセバスを見た。
「面白かったよ、タペストリーと一緒にセバスが風に揺れてるんだよ。人間も飛びそうになるところなんて、僕、初めて見たよ。お姉さまの技って、すごいよね。屋敷の中にね、竜巻みたいな渦があちらこちらにあって……」
フィリップが状況を報告する。
その状況報告、いらなくない?
私がフィリップを軽く睨むと、フィリップは気がつかないふりをして、お父さまのほうをずっと見ていた。
セバスは何も聞こえないふりをして、ドアのところにいる。
お父さまはボソッと「セバス、すまなかったなあ」とこぼした。
なんだか私の旗色が悪いわ。残りもさっさと報告しちゃいましょう。別にやましいところなんてこれっぽっちもないですけど。やっぱりやり過ぎちゃったかしら?
「まず、屋敷の外側をシャワーで洗いました。この水は黒い森の湖から持ってきた水をシャワー状にして、吹きかけたものです」
黒い森はうちの領地の端っこの方にあって、魔物がいるというところなんだけどね。マカミにサッと連れて行ってもらったんだ。だから魔物に会わずにすんじゃった。
もし魔物にあっても、マカミが守ってくれるだろうし、私も究極魔法で闘うこともできるから、何とかなるかなって思っていたんだけど。
「屋敷の内側はやさしくミストシャワーで洗ってみました。水洗いが終わったところで、風魔法を行いました。微風では屋敷すべては乾かないと思ったので、弱風で屋敷の壁を乾かし、部屋ごとに小さなつむじ風を同時に発動させ、部屋の内部をやさしく乾燥……」
お父さまは私の言葉をすべて聞かず、また飛び出した。
「あああ、書斎は大丈夫ですよ……、お父さまが行かれてしまった」
私はお父さまへ手を伸ばしたが、遅かった。
しばらくしてほっとしたようにお父さまが帰ってきた。
「書斎と仕事部屋は無事だった」
「はい、そちらは紙が多いのでやりませんでした。ご希望でしたら、ミストで掃除しましょうか?」
「いや、やらないでいい」
「そうですか? 承知しました。必要でしたら、すぐに起動させますから、おっしゃってくださいね」
私はにこりと笑った。
「ね? お父様、お屋敷中が綺麗になったと思いませんか」
お父さまに確認する。
「絶対に思いません!!」
お母さまとセバスと私付きのメイドのブラウンが一斉に否定する。
「すまなかったねえ」
お父さまがブラウンにも声をかけた。
「アリスの丸洗いの後の片づけも大変でした。物は散乱するし、壊れた家具も多数……。そもそも究極魔法を使って掃除をするということはよくありません」
お母さまは呆れたように私を見て、続けた。
「たとえ上手に掃除ができたとしてもです。うちの使用人の仕事をとってしまうことになります。いいですか? そういうのはよくありません」
「はーい」
たしかに、雇用のことは考えていなかったわ。ノブレス・オブリージュですわね。それに経済を回さなくてはいけませんからね。
「それから……、アリスは究極魔法の利用方法をこれからもいろいろひらめきそうですが、人前でほいほいやってはいけませんよ。悪いことに利用しようとする輩もいるでしょう?」
「はい……」
お母さまの怒りは止まらない。こめかみがピクピクしている。私は肩をすくめた。
「究極魔法を一気に発動させるのではなく、継続して細く長く発動できるということが分かっただけでも、収穫だな」
お父さまは明るくまとめた。
「はい。今後とも精進します」
あれ?
どうしてみんな静まるの? 私、頑張るっていっただけじゃん。ちょっと、失礼じゃない?
マカミは私たちのやりとりを楽しそうに見ている。これ、絶対ニヤニヤしてるでしょ。もう、修行の友に裏切られた気分よ。
「引っかかっているんだが……。いいかな、アリス」
お父さまは不安そうにしている。
「はい、なんでしょう?」
「黒い森の水というのは……」
ああ、お父さまの不安はそういうこと?
黒い森の水は魔力が強くて、物を溶かすとか言われているの。
でも、うちの森に水撒きしても、木々はよく育っていたし、大丈夫だったはずよ?
「物を溶かす力はなかったです。多分…
…」
「多分というのは?」
「実験がてら、うちの森と、畑に撒いてみましたが、かえって生育がよくなるくらいで…。物が溶けることはなかったかなと」
「すでにうちの森と畑で実験済みとは!」
お父さまは呆れている。
「あ、夕飯の材料に水撒きした畑の野菜を使ってもらいましたが、美味しかったですよね?」
お父さまとお母さまとフィリップは、眉をハの字にして、頭を抱えた。
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