冒険者令嬢は王子の寵愛より討伐に夢中

真曽木トウル

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1、婚約者は王国一の冒険者

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 大陸の西方に位置する大国、クレタシアス王国の王都。
 とある高位貴族のやしきにて、紳士淑女の集う華麗なる夜会が開かれていた。
 燭台のをシャンデリアが反射する。場を支配するのは、贅を尽くした虚飾の煌めき。
 その中で、一人の仏頂面の少年がソファで足を組んで座っている。


「ディノ殿下、今夜はおひとりでお越しですの?」
「ご婚約者のタイラント嬢はいらしていませんの?」
「今日の御召し物もとっても良くお似合いですわ。ぜひうちの娘とダンスを……」
「こちら、わたくしたちの長女です。15歳になりますわ」

 まとわりつく貴族の夫人たちを適当にかわしながら、ディノと呼ばれた少年は白ワイン……に見せかけた白ブドウジュースを口にする。

 彼がまとっているのは金糸銀糸に宝石で彩られ、王家の紋章の入った最高級の礼服。
 しかし幼さの残る顔立ちも成長しきっていない背丈も、社交界デビューにはまだ早い年頃に見える。
 実際、成人前の14歳。声変わりもまだしていない。

 きめの細かい肌。短かめに整えた真っ直ぐな漆黒の髪に、深い青の瞳。左の目じりに泣きぼくろ。
 生意気な印象はあるが、まるで絵画から抜け出してきたような美少年ぶりである。
 だが、そのあどけなくも端正な唇の端には、わずかに苛立ちがにじんでいた。

 この少年、姉の名代みょうだいとして、この大人たちの宴に顔を出したに過ぎない。
 もう退出しても問題はないはずだが、海千山千の貴婦人たちに絡め取られ、出るタイミングを逸していたのだ。

「殿下」

 遠慮しながらそっとやってきた従者が、ディノに何か耳打ちする。
 退屈そうに細められていた目が一瞬見開かれ、サファイアのような光を放った。

「……ところで殿下、うちの下の娘は12歳で殿下と年頃も合いますし、是非今度お引き合わせを……」
「殿下! うちの娘は、今宵初めての夜会ですの。よろしければ是非ダンスのお相手を……」

「────急用ができたので失礼する」

「え……殿下!!」
「お待ちくださいませ……!」
「殿下ぁっ!!」

 引き留める女たちの手をすり抜けて、会場を後にするディノ。
 それまでの会話など、彼の頭の中にひとかけらも残ってはいなかった。


     ***
 

「ただいま戻りましたー!」

 夜会が行われていた邸からそう遠くない、王都の一角。
 土埃つちぼこりにまみれた朱髪レディシュの娘が、声を張り上げる。

 ここはタイラント公爵邸。
 王都の貴族らの邸の中で一、二を争う大きさだ。
 その門の中、屋根なしの荷運び馬車の上────正確に言うと、荷台に乗せた、牛ほどもある巨大な頭蓋骨の上で、娘は笑みを浮かべていた。

「見てくださいお父様!
 無事、仕留めてまいりました!
 西部国境沿いの村々を襲っていた大飛竜です!」

「うおおおっ!!
 これが大飛竜の骨か!?
 くううぅ素晴らしいぞレクシィ!
 おまえは世界一の娘だ!」

 屋敷の主であるタイラント公爵は、喜色満面で骨を見上げて小躍りする。

 笑いながら娘は骨から降りてきた。
 女性としては背が高く、すらりと締まった手足の長い体つき。
 男装、それもかなり戦闘特化型の冒険者風のスタイルだ。
 ブラッドオレンジを思わせる鮮やかな色の髪は腰に届きそうな長さで、ざっくりと三つ編みでまとめている。
 汚れてはいても、麗しい新鮮な果肉のような肌。
 その額にはかつてドラゴンブレスを浴びた火傷の跡が残る。
 貴族令嬢にはとても見えないが、みどりの瞳の、太古の伝説の妖精のごとくとても美しい顔立ちをしていた。

「しかし素晴らしいな……。
 骨となっても大飛竜というのは美しい。
 白骨になってなお、勇猛にしてどこか優美なオーラ。
 この繊細な構造……。
 肉がついた姿もこの目で見たかったところだが」

「さすがに王都に戻るまでに肉は腐ってしまいますよ、お父様。
 代わりに、同行させていた生物学者たちがスケッチして解剖の記録をとっています」

「おお!
 さすがは我が娘!
 ぬかりないな!」

「肉や皮、魔石などの有用な素材は現地の村人たちに渡しましたが、骨はいただきました。
 追って全身の骨と解剖記録が王都まで送られてきますよ」

「ふふん、楽しみだ!
 おっと、おまえの帰還を王宮に報告せねばな!」

「あ、王宮には先ほど使いを送りました」

「おお! さすがはレクシィ。
 さ、早く邸に入って着替えて休みなさい。
 それから大飛竜との闘いの話を父にきかせておくれ。
 とても楽しみにしていたのだ」

「はい!だと思いました。
 あの、それからですね、でん…………あ……お母……様……」


 父の後ろで、怒りでふるふると肩を震わせる母親の姿が目に入り、娘────公爵令嬢レクシィ・タイラントはしまったという顔をした。
 

「レクシィ……あなた……」

「お、お母様。た、ただいま戻りまし……」

「あなた……王都になんという汚い格好で帰ってくるのですっ!?
 タイラント公爵家の娘ともあろうものがっ!!」

「何を言うのだ。
 レクシィは辺境の領主たちの要請により国王陛下の命を受け、この大飛竜を倒してきたのだぞ。
 西の力なき民のために」

「それは承知の上です、が!
 17歳にもなった嫁入り前の貴族の娘が、こんな格好で戻ってきてっ!」

「しかもだ! 見ろ!
 親孝行にも!
 こんな大きな頭蓋骨を!
 父親のために!
 持って帰ってきてくれたのだぞ!
 むしろ王都中に自慢すべき素晴らしい娘ではないか!」

「そんなもので喜ぶ父親は、王都であなたぐらいです!
 ああもう……せっかく幸運にも王子殿下との婚約がまとまったというのに。
 レクシィったらあなた、ろくに王都にもいないで冒険者なんて……ううっ……」

 困ったな……という顔をしたレクシィと、何を恥じることがあるのだ?という顔をした公爵が顔を見合わせた、その時。


「────そろそろいいか?」


 ……と、声をかけられ、三人はハッとした。

 漆黒の髪に、ブルーサファイアの瞳。
 護衛官と従者たちを引き連れたディノ王子が、いつの間にか門の中に入ってきていた。


「ディ、ディノ殿下…………?
 ご、ご無沙汰しております」


 わかりやすく後ろめたそうに狼狽うろたえるレクシィ。
 まっしぐらに早足で歩いてくるディノ。
 久しぶりに年上の婚約者に会いに来たにしては怒りを込めた瞳で、その細い手で、自分より背の高い彼女の胸倉をガシッと掴み上げた。

「貴様。
 どれだけ王都を留守にしてほっつき歩いていた……?」

「……二ヶ月……弱、ほど?」

「目を見て答えろレクシィ。
 俺が聞いていた予定は二週間。
 北方の盗賊団退治と魔狼狩りだと言ったな?
 西の辺境の大飛竜のことなぞ俺は聞いていないが?」 

「ああ、いえ……。
 二件の依頼は早々に終わったのです、が。
 王都に戻る途中で大飛竜退治の要請が届き……」

「で?
 そのまま直行したばかりか手紙の一通も寄越さなかったと?」

「……すみません!
 久しぶりの大飛竜に、テンションがあがって、つい!」

「つい!?」

「わあああ反省してますごめんなさいっ!!」 


 ディノはしばらくにらみつけていたが、やがてため息をついて「……ったく」レクシィから手を離す。


「…………置いていかれる方の身にもなれ」そっと小さく呟いた言葉。

「何かおっしゃいました?」

「おまえが馬鹿だと言っているんだ。
 大飛竜退治を依頼した領主どもは今日の夜会でのんびり酒を飲んで、挙げ句の果てに俺に娘を紹介しようとしてきたぞ。
 なぜ、おまえばかりが国中駆けずり回らされる?」

「ええと……それはやっぱり、私がこの国の冒険者ランキング第一位だからですよね! 三年連続で」


 えっへん、とばかりに言うと、ディノ王子の眼がさらに冷たいものになる。
 さすがのレクシィもブリザード級に冷えた空気は察せざるをえず「……ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」と重ねて謝るのだった。
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