冷遇王女の脱出婚~敵国将軍に同情されて『政略結婚』しました~

真曽木トウル

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1、王女は婚約破棄された直後死にかける

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「アルヴィナ、君との婚約は解消するよ。君の妹と結婚する」

「……は?」


 国政関連の仕事にかかりきりで徹夜して、くたくたに疲れているなかで婚約者に城の庭園に呼び出されたと思ったら、開口一番そう言われ、耳を疑った。


「どういう…こと、ですか」


 19歳の私はトリニアス王国の王女。
 34歳の婚約者は、トリニアス国王から叙爵をうけた公国の公子。
 つまりこちらの方が立場は上。
 いくら私が年下で女だからといって、彼から婚約解消を申し出てくるとは、いったいどういうこと?


「君は評判が悪すぎる! 王族としてほとんど民の前に姿を現さず、男遊びをし続けているというじゃないか」

「は?」

「事実今日も、婚約者に会うというのにひどい目のくまに、明らかな寝不足。若い男でも捕まえて昨日もお楽しみだったのか?」

「……寝不足は昨日も徹夜で仕事をしたせいです。
 悪評のことは、これまで何度も説明させていただいたはずですが?」

「だが、それにしたってここまでの悪評が広がるなんてどう考えてもおかしいだろう?」


 年上の彼に敬意を払い、敬語でなくてもいいと言ったのは私。
 だけど、こんな無礼な物言いまで許した覚えはない。


「私自身、婚約者として何度も君を外出に誘ったが、いつも忙しそうに断ってきたな。
 結婚もずいぶんと延期された」

「だから、それは仕事が……!!」

「王女とはいえ女の君がそんな重要な仕事を任されるはずがないだろう?
 あの噂も本当なんじゃないのか? 王子王女たちのなかで君1人、王妃陛下の子ではない愛人の子だと」

「………………!!!」


 私は正真正銘、国王陛下と王妃陛下の間に生まれた子だし、結婚の延期は国王陛下が、
『忙しいのに今抜けられると困る』
と延ばし続けたせいなのに。


「こちらの両親にも、国王陛下にも話は通してある」

「……!」

「新しい婚約者もすでに求婚を承諾してくれた。第3王女のウィルヘルミナ殿下だ。17歳と若いが、貞潔で清楚で美しく、しっかりしていて素晴らしい女性だ」


 見た目はね。中身は兄姉妹きょうだいで一番気が強いけど。
 でも、その分彼女はちゃんと自分の意思は主張するし、結婚を押し付けられて黙っているタイプではないのだけど……?

 ……頭が働かない。
 キリキリと酷い頭痛に苛まれている。眠れていないせいだ。

 だめ。少しでも仮眠をとらなきゃ。
 まだまだ仕事が残っている。
 竜巻に襲われた北方の支援のための予算案の修正と追加予算の捻出、インフラの修繕案のチェックと決裁、監獄の追加建設、それから……。


「…………お話はわかりました。国王陛下が決められたことでしたら異存はございません。いままでありがとうございました。失礼いたします」


 いろいろなものに限界がきた私は、元婚約者となった人に背を向けた。


「……“淫魔王女”め。すっかり騙されたよ」


 聞こえよがしの罵倒が私の背に刺さり、1人密かに唇を噛んだ。

 ……両陛下が決めた婚約であって、愛などある関係ではなかった。
 それでも将来夫婦になる身だから、がんばって良い関係を築きたいと思っていたのに。


 ────城の中に入る。待機していた侍女たちが、私の後ろについた。
 歩きながら目に入る自分の胸が、足枷あしかせのように忌々いまいましい。どこまで私の人生を狂わせるんだろう。


 そのとき、大会議室から出てくる兄や父や重臣たちと出くわした。
 兄からバサリと紙の束を渡される。


「────アルヴィナ。このメモ、清書しといてくれ。午後の交渉再開までに」

「ええ!! 書記官がいるのでは……」

「どいつもこいつも使えないのが悪い!」

「またクビになさったのですか」


 仮眠の時間もなくなったということか。頭がくらくらする。


「なんだ、その顔は。なんでいま和平交渉にこんな苦労してると思ってる。
 おまえがその身体でベネディクトの堅物カタブツ王太子を落とすのに協力していれば済んだ話だろうが!」

「…………わたくし、婚約者がいた身ですが(さっき解消されたけど)」

「あれだけの悪評をふりまいておいて、いまさらか? その、国のためにいま使わずしていつ使うんだ?」

「…………失礼いたします」


 紙の束を抱えたまま私はくるりと背を向ける。

 自分の身体的特徴を、日々罵倒され揶揄され、性的な悪評をばらまかれ、あらがうこともできずに馬車馬のように働く────それが私の日常。


(ああでも、とにかくこれを最優先で午後の会議までに終えて、それから……精査しないといけないものは時間がかかるから、まずはすぐ決裁できるものから……期限順に……)


 階段を上がりながら、ズキンズキンとうずく頭の痛みに耐える。

 普段なら自力の〈治癒魔法〉で何とか治すのだけど、過労と睡眠不足が酷すぎて、ずっと魔力が枯渇していた。

 せめて雑務を任せられる人が周りにいればと思いながら、足をふらつかせた、そのときだった。


「!!」


 足が、ドレスの裾を踏んでしまった。

 眠気でふらふらの身体は足を滑らせるとあっという間にバランスを崩し、侍女が受け止める間もなく、私の身体は階段から浮かぶように、落ちた。


「きゃああああっ!!」


 侍女の悲鳴。
 世界が逆さまになっている。頭から落ちているのだ。

(このままだと首の骨を折って死ぬ!)

 まるで走馬灯のようにいくつかの考えが頭の中をよぎったとき、私の身体は、何かにがっしりと受け止められた。


(……?)


 たくましい腕のような何かが、私の身体を受け止めていた。


「お怪我はありませんか?」


 身体の奥に響くような低音の声とともに、見知らぬ男性が、私の顔を覗き込んでいる。

 男性に触れられている、そのことで頭が真っ白になった。


「─────いやあああああああああッ!!!!」


 思わず悲鳴をあげてしまった、そのあとだった。
 彼が私を助けてくれたことに気がついたのは。


「…………あ、いえ、あのっ、申し訳ございませんっ。そういう意味ではなくてっ、違うんです、ほんとにっ」


 男性は私より10歳ほど上だろうか。
 見上げるほど身体が大きい。私の知っている誰より背が高いのではないだろうか。高位の軍人らしい服装。

 特に意に介さないように、というよりも感情の変化をほぼ顔に出さないまま、彼は私を、そっと地面に下ろしてくれた。


「この、顔の傷が恐かったのですか?」

「い、いいえ! そんなことではなく、男性が、その!」

「男が?」

「あの、何でもないのです。本当に助けていただいてありがたいのに、私、失礼なことを」


 顔に大きな傷あとがあることも、そしてそのお顔が、無表情で冷徹そうで少し恐いけれどとても整ったものであることも、あとから気づいた。

 身体の大きな男性そのものが、それだけ私にとって恐怖の対象だったから。


(この方は私を助けてくれたのに、悲鳴なんかあげてしまって、私っ……!)


「何をお困りになっているか本官にはわかりかねるのですが、お怪我がないようならば何よりです。アルヴィナ王女殿下」

「え……」

「ご挨拶させていただいてもよろしいですか? ベネディクト王国海軍少将、イーリアス・クレイド・ホメロスと申します。
 このたび我が国の王太子殿下に付き従い、和平交渉のため貴国に推参しております」


 あくまでも顔色も表情も変えないままで、その人は名乗った。


   ◇ ◇ ◇
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