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38、王女は夫の過去について聞く
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◇ ◇ ◇
────深夜。
馬車の車輪の音に目を覚まし、私は跳ね起きた。
窓から外を見る。イーリアス様が帰ってきたところだ。
寝間着の上に、1枚上着を羽織って、私は寝室を出る。廊下を軽く駆け、玄関ホールへと下る階段の前に立つと、ちょうどイーリアス様がホールに入ってくるところだった。
「王女殿下、起きていらしたのですか」
「すみません、馬車の音で目が覚めて……」
「それは申し訳ない。寝室までお送りします」
上着を従者に預けたイーリアス様は階段をあっという間に登ってきた。
迷惑だっただろうか。私は、ただ顔が見たかったのだけど。
「今日も遅くまで、お仕事ご苦労様でした」
「家のほうは何も問題ありませんでしたか?」
「はい。特には」
「では、寝室まで戻りましょう」
うながすイーリアス様に、私も足を進める。
「今日、王太子殿下とお会いになられたそうですね。西方の食料問題の件でお話しされたとか」
「ああ、もう聞きましたか?
すみません、少し差し出がましい口をきいてしまったかもしれないのですが」
「いえ、王宮に寄った際にお言葉を賜りました。
『ご助言、心より感謝申し上げます』と。
明日には視察官が、国の穀物庫からの食糧を携えて、現地に向けて出発するそうです」
「決定が早い……ですね。
今さらですけれど、私が口を出してしまって良かったのかしら」
「判断をしたのは王太子殿下と宰相です。ご助言はありがたかったはずですが、責任を感じる必要はありません」
「そう、ですよね……」
「殿下がこれまで国民のためにがんばってこられたこと、誇りに思います」
「……そ、そこまで言っていただけるほど、私は偉くはないのです……」
────2年前。私は、食糧支援の要請があった地域について、一旦は様子見をしようとしていたのだ。
あの時も春になろうという季節だった。
『雪が溶ければ、農民たちも野草や森の獣や、果実など何なりと食べるでしょう。そんなところに金を費やすのは……』
重臣にそう言われて納得しそうになっていたところに、ウィルヘルミナがこう突っ込んだ。
『何言ってんの? 野草で人間の身体が維持できるわけないでしょ』
『狩りに慣れてない人間が獣を捕まえようとしたって、逆に食べられちゃう』
『森の恵みだってたかが知れてる。売り物になってるような果物は自生してないもの』
『春は餓死者が増える季節よ』
……結果的に彼女が正しくて、あれがなければ、私はたくさんの国民を危うく死なせるところだった。
ウィルヘルミナを産んだ母君は、子どもの頃は表向き侍女として彼女に仕え、北方の領主と結婚をしてからも頻繁に彼女に会いにきた。
父親である国王陛下からは関心をもたれなくても、母君にとても可愛がられていたウィルヘルミナのことが、私はすごくうらやましかった。
そんな母君が、領民の暮らしについて、詳しく教えていたらしい。
(……あの子、竜巻の被災者対策、うまくいったのかしら)
なかなかトリニアスの情報が入ってこなくて、もどかしい。
(そういえば、国王陛下から手紙の返事がないわね……。
クロノス殿下のことをせっついてくる手紙だとか送ってきてもおかしくないのに)
────寝室までの距離は短い。
わずかな会話をしている間に、寝室の扉の前についてしまった。
「では、お休みください」
「……はい、あの……イーリアス様」
「何か?」
「し、寝室なのですが、その……」
「何か問題がありましたか?」
「いえ……」
私は手を伸ばし、イーリアス様の腕に触れた。
軍服の奥に、私など軽々持ち上げられそうな腕の筋肉。
それが恐ろしくもあり頼もしくもあり、時々触れていて何だかドキドキするときもある。
私がなにか言おうとしている時イーリアス様は、言うのを待ってくれる。
3回深呼吸して、口を開いた。
「寝室で少し、お話ししませんか?」
……彼の睡眠時間を削ってしまうのは良くない。
そう頭ではわかっている。
「……では」
表情はいつもどおり、変わらない。微細な雰囲気の変化を感じとるようにじっと観察しているけれど、今は感情が読めない。
扉をあけ、私のあとから寝室にイーリアス様が入ってくる。
接触の練習は、朝、私がイーリアス様の私室に行って続けていた。
イーリアス様を自分の寝室に入れるのは久しぶりのことになる。
ベッドに2人、腰掛ける。
握りこぶし1つ分ぐらいの、微妙な距離で。
口火を切ったのはイーリアス様。
「ここのところは眠れていらっしゃいますか」
「はい、良く眠れています。
本当に起きたのはたまたまなのです。
あの、イーリアス様は……いま、どのようなお仕事を?」
「いまはどこの国とも戦争中ではないので、訓練と人事関連に……それから退役者や戦死者遺族への補償……などでしょうか」
うなずく。とはいえ、私に言えない内容も多いことだろう。
「ご興味がおありですか?」
「は? え?
あ、いえ、そのっ!?
違うのです!
この国の軍事面に関心を持ったとかそういうことではなく、ただ……」
ただ、夫の仕事について、訊きたかっただけで、何もやましいことなんてないんです。
でも元敵国の王女が訊いたら怪しいことですよね、普通に。
「あ、あのっ。
アイギス様もイーリアス様とご一緒に働いているのですか?」
「ええ。彼女は少し特殊なのです。
代々元帥を輩出する家柄なのですが、わけあって軍に入ったのは最近で……。
とはいえ、卓越した格闘術と戦闘魔法を使いこなす女性であることは間違いないので、海軍陸軍とも相互に協力して育てている人材です」
「そうなのですね……」
アイギス様すごい、と思うと同時に、お仕事中のイーリアス様と一緒にいられるのはうらやましく思えた。
────イーリアス様は女性の扱いに慣れている、気がする。
私よりも前に、親密な女性がいてもおかしくないほど。
そう思ったら、ずっと訊きたかったことが、胸に浮かんできた。
「あの、イーリアス様。
不躾なことを伺っても良いでしょうか?」
「何なりと」
「…………私の前に、その…………他の女性と結婚をしたいと思われたことは、なかったのでしょうか?」
私よりも10歳上。
男性の婚期として特段遅いわけではないのだけど、ずっと気になっていた。
「不躾で申し訳ありませんっ。
ただ、知っておきたいというか、もし他の人から今後聞かされるぐらいなら、それよりも先にイーリアス様から伺っておきたいというか……」
変化の乏しいイーリアス様の顔に、一瞬、話したくなさそうな様子がうかがえた。
「あるかないかと言われれば、ありました」
「ある……のですね」
「……自分でも忘れていたほど、昔の話です」
「そ、そう、ですよね……」
自分から訊いておいて、頭の中がぐるぐるする。
……えっと、その昔って、何年前ですか?
「他、何か訊きたいことはございますか?」
「い、いえ、お疲れのところ、付き合わせてしまって申し訳ありませんでした……」
「かまいません。
こちらこそ遅くなり、起こしてしまいましたことをお詫び申し上げます」
「……おやすみなさい」
「それでは、失礼いたします」
イーリアス様が立ち上がり、寝室を出ていった。
閉まる扉。耐え難い静寂。
(…………どこの……誰、なんだろ)
イーリアス様は私が聞いたことに正直に答えてくれただけなのに。
妙に悶々として、私はベッドに突っ伏した。
◇ ◇ ◇
────深夜。
馬車の車輪の音に目を覚まし、私は跳ね起きた。
窓から外を見る。イーリアス様が帰ってきたところだ。
寝間着の上に、1枚上着を羽織って、私は寝室を出る。廊下を軽く駆け、玄関ホールへと下る階段の前に立つと、ちょうどイーリアス様がホールに入ってくるところだった。
「王女殿下、起きていらしたのですか」
「すみません、馬車の音で目が覚めて……」
「それは申し訳ない。寝室までお送りします」
上着を従者に預けたイーリアス様は階段をあっという間に登ってきた。
迷惑だっただろうか。私は、ただ顔が見たかったのだけど。
「今日も遅くまで、お仕事ご苦労様でした」
「家のほうは何も問題ありませんでしたか?」
「はい。特には」
「では、寝室まで戻りましょう」
うながすイーリアス様に、私も足を進める。
「今日、王太子殿下とお会いになられたそうですね。西方の食料問題の件でお話しされたとか」
「ああ、もう聞きましたか?
すみません、少し差し出がましい口をきいてしまったかもしれないのですが」
「いえ、王宮に寄った際にお言葉を賜りました。
『ご助言、心より感謝申し上げます』と。
明日には視察官が、国の穀物庫からの食糧を携えて、現地に向けて出発するそうです」
「決定が早い……ですね。
今さらですけれど、私が口を出してしまって良かったのかしら」
「判断をしたのは王太子殿下と宰相です。ご助言はありがたかったはずですが、責任を感じる必要はありません」
「そう、ですよね……」
「殿下がこれまで国民のためにがんばってこられたこと、誇りに思います」
「……そ、そこまで言っていただけるほど、私は偉くはないのです……」
────2年前。私は、食糧支援の要請があった地域について、一旦は様子見をしようとしていたのだ。
あの時も春になろうという季節だった。
『雪が溶ければ、農民たちも野草や森の獣や、果実など何なりと食べるでしょう。そんなところに金を費やすのは……』
重臣にそう言われて納得しそうになっていたところに、ウィルヘルミナがこう突っ込んだ。
『何言ってんの? 野草で人間の身体が維持できるわけないでしょ』
『狩りに慣れてない人間が獣を捕まえようとしたって、逆に食べられちゃう』
『森の恵みだってたかが知れてる。売り物になってるような果物は自生してないもの』
『春は餓死者が増える季節よ』
……結果的に彼女が正しくて、あれがなければ、私はたくさんの国民を危うく死なせるところだった。
ウィルヘルミナを産んだ母君は、子どもの頃は表向き侍女として彼女に仕え、北方の領主と結婚をしてからも頻繁に彼女に会いにきた。
父親である国王陛下からは関心をもたれなくても、母君にとても可愛がられていたウィルヘルミナのことが、私はすごくうらやましかった。
そんな母君が、領民の暮らしについて、詳しく教えていたらしい。
(……あの子、竜巻の被災者対策、うまくいったのかしら)
なかなかトリニアスの情報が入ってこなくて、もどかしい。
(そういえば、国王陛下から手紙の返事がないわね……。
クロノス殿下のことをせっついてくる手紙だとか送ってきてもおかしくないのに)
────寝室までの距離は短い。
わずかな会話をしている間に、寝室の扉の前についてしまった。
「では、お休みください」
「……はい、あの……イーリアス様」
「何か?」
「し、寝室なのですが、その……」
「何か問題がありましたか?」
「いえ……」
私は手を伸ばし、イーリアス様の腕に触れた。
軍服の奥に、私など軽々持ち上げられそうな腕の筋肉。
それが恐ろしくもあり頼もしくもあり、時々触れていて何だかドキドキするときもある。
私がなにか言おうとしている時イーリアス様は、言うのを待ってくれる。
3回深呼吸して、口を開いた。
「寝室で少し、お話ししませんか?」
……彼の睡眠時間を削ってしまうのは良くない。
そう頭ではわかっている。
「……では」
表情はいつもどおり、変わらない。微細な雰囲気の変化を感じとるようにじっと観察しているけれど、今は感情が読めない。
扉をあけ、私のあとから寝室にイーリアス様が入ってくる。
接触の練習は、朝、私がイーリアス様の私室に行って続けていた。
イーリアス様を自分の寝室に入れるのは久しぶりのことになる。
ベッドに2人、腰掛ける。
握りこぶし1つ分ぐらいの、微妙な距離で。
口火を切ったのはイーリアス様。
「ここのところは眠れていらっしゃいますか」
「はい、良く眠れています。
本当に起きたのはたまたまなのです。
あの、イーリアス様は……いま、どのようなお仕事を?」
「いまはどこの国とも戦争中ではないので、訓練と人事関連に……それから退役者や戦死者遺族への補償……などでしょうか」
うなずく。とはいえ、私に言えない内容も多いことだろう。
「ご興味がおありですか?」
「は? え?
あ、いえ、そのっ!?
違うのです!
この国の軍事面に関心を持ったとかそういうことではなく、ただ……」
ただ、夫の仕事について、訊きたかっただけで、何もやましいことなんてないんです。
でも元敵国の王女が訊いたら怪しいことですよね、普通に。
「あ、あのっ。
アイギス様もイーリアス様とご一緒に働いているのですか?」
「ええ。彼女は少し特殊なのです。
代々元帥を輩出する家柄なのですが、わけあって軍に入ったのは最近で……。
とはいえ、卓越した格闘術と戦闘魔法を使いこなす女性であることは間違いないので、海軍陸軍とも相互に協力して育てている人材です」
「そうなのですね……」
アイギス様すごい、と思うと同時に、お仕事中のイーリアス様と一緒にいられるのはうらやましく思えた。
────イーリアス様は女性の扱いに慣れている、気がする。
私よりも前に、親密な女性がいてもおかしくないほど。
そう思ったら、ずっと訊きたかったことが、胸に浮かんできた。
「あの、イーリアス様。
不躾なことを伺っても良いでしょうか?」
「何なりと」
「…………私の前に、その…………他の女性と結婚をしたいと思われたことは、なかったのでしょうか?」
私よりも10歳上。
男性の婚期として特段遅いわけではないのだけど、ずっと気になっていた。
「不躾で申し訳ありませんっ。
ただ、知っておきたいというか、もし他の人から今後聞かされるぐらいなら、それよりも先にイーリアス様から伺っておきたいというか……」
変化の乏しいイーリアス様の顔に、一瞬、話したくなさそうな様子がうかがえた。
「あるかないかと言われれば、ありました」
「ある……のですね」
「……自分でも忘れていたほど、昔の話です」
「そ、そう、ですよね……」
自分から訊いておいて、頭の中がぐるぐるする。
……えっと、その昔って、何年前ですか?
「他、何か訊きたいことはございますか?」
「い、いえ、お疲れのところ、付き合わせてしまって申し訳ありませんでした……」
「かまいません。
こちらこそ遅くなり、起こしてしまいましたことをお詫び申し上げます」
「……おやすみなさい」
「それでは、失礼いたします」
イーリアス様が立ち上がり、寝室を出ていった。
閉まる扉。耐え難い静寂。
(…………どこの……誰、なんだろ)
イーリアス様は私が聞いたことに正直に答えてくれただけなのに。
妙に悶々として、私はベッドに突っ伏した。
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