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40、王女は夜会に招かれる

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   ◇ ◇ ◇


 ────夜。
 私が眠る少し前、昨日よりも早い時間にイーリアス様は帰ってきた。
 また私を起こしてはいけないと思ったのだろうか。


「……お帰りなさいっ」
「ただいま戻りました」


 昨日と同じように、馬車の車輪の音で気づいて寝間着のままイーリアス様を迎えに行った。

 夫の顔を見ると、ホッとする。
 寝間着で寝室の外に出るなんてはしたないことなのかもしれないけれど、話せると思ったら一秒でも長く話したい自分がいる。
 ドキドキしたり、安心感があったり。
 うまく整理できないけど、これだけは言える。

 イーリアス様が居てくれて嬉しい、と。


「眠る前に申し訳ないのですが、少しお時間を頂いてもよろしいですか?」

「はい、私もお話があります。
 昼間にホメロス公爵家から手紙をいただきました」

「では居間で少し、お話をしましょう」


 居間に私たちは移動する。
 遅い時間だけど、私たちに温かいお茶が用意された。


「王宮で、殿下と私の結婚の正式な披露宴が予定されております。
 が、本日、ホメロス公爵家より連絡があり、先んじて次の週末……その……小規模な夜会を開かせていただけないかという話がありました」

「やはり、私が手紙をいただいたのと同じ話です。
 イーリアス様のお誕生日をお祝いする夜会だと。
 できればお誕生日、もっと早く知りたかったですけど」


 ちょっと恨めしく見上げると、イーリアス様は軽く目を伏せる。
 この変化は……バツが悪そうな感じ?


「……毎年自分でも忘れているもので」

「そういうものですか?」

「むしろ、歳自体忘れたくなるのです」

「でも、せっかくの30歳のお誕生日ですよ??」

「あまりその数字を直視したくない、と申しますか」


 そういうものなの?
 でも、夜会は誕生日の前日。
 イーリアス様へのプレゼントを用意する時間は、あまりない。
 もう少し時間があれば良かったのに。


 そういえば、ホメロス公爵家との接触はこれまでほとんどなかった。

 一度ホメロス公爵邸にお邪魔した際、イーリアス様のお祖母様(ホメロス公爵夫人)とお母様に、家の仕事について教えてもらったぐらい。
 イーリアス様のお父様とお兄様もまた要職についていて国外を飛び回っているそうで、ご不在だった。


(いい夫婦になるためには、夫の親族とも仲良くすべきよね……。
 宰相閣下も、いまさら王位継承権を失った私に対して他意はないだろうし)


 私たち夫婦が主賓ということは、私にとって苦痛なアレがあるけれど……それでも、せっかくのイーリアス様の30歳のお誕生日なんだもの。心からお祝いしたい。


「どのような方が招かれるのです?
 ご友人などいらっしゃいますか?」

「さすがにホメロス家の主催ですので。祖父を中心に、家の者が親しく付き合っている方をお呼びするでしょう」


 家の方が、親しく付き合っている方々……か。
 だったら、さすがに……出席者の中に元恋人がいることはない、のかな。

 少し不安に思いながら、私はうなずいた。


    ◇ ◇ ◇


 ─────週末。

 私はドレスルームで、3着のドレスを見比べていた。

 1着はトリニアスから持ってきて、少しお直ししてもらった紫色のイブニングドレス。
 残りの2着は、イーリアス様に買ってもらった深緑のドレスと黒のドレス。


(……どれにするべきかしら)


 まさか、ドレス選びで悩む日が来るとは思わなかった。

 ついこの間まで『ドレスコード的に問題ないか』とか『胸が目立たないようにしたい』とか『いやらしく見えないように』とか、そんなことばかり考えて、いつも憂鬱だったのに。

 いま私は、どのドレスを着れば少しでも良く見えるのか?と悩んでいる。

 誰に良く見られたいか? イーリアス様だ。


(いま、切実にあのエルドレッド商会の夫人の意見を聞きたいわ)


 ……ほんのちょっとでも素敵だと思ってほしい。好感をもってほしい。


(似合うと言ってくださった、こちらの黒のドレスかしら?
 でもお祝い事なのだから黒は避けた方がいい?)


「……殿下、どうかなさいましたか」

「! ああ、ごめんなさい。つい考え込んでしまいました」


 いつのまにか後ろにイーリアス様がいた。


「ドレス選びですか?」

「ええ、その……」

「いずれでもお似合いだと思いますが」

「……イーリアス様はどれが良いと思いますか?」

「どれが良いか、ですか」


 遠回しに訊きすぎたかしら。
 『どれが良いか』だと、場へのふさわしさとかで答えてくるかもしれない。
 本当に訊きたかったのは、『イーリアス様はどれがお好きですか』なのに。いや、だめ、それはやっぱり訊けない。


「3着とも着てみていただいてよろしいでしょうか?」

「……はい?」

「殿下がお召しになったところを見て判断させていただけないかと」

「わかり……ました。では着てみます」


 私はナナの手を借りて、次々にドレスを着てはイーリアス様の前に出た。

 オーソドックスな形にややアレンジが加わった、紫のドレス。
 肩にポイントがおかれた、マットな質感の深いグリーンのドレス。
 上半身にビジューが輝く、黒のドレス。

 ドレスを着て、くるっと回ったりしながら(どんな風に見えているのかしら……)とドキドキする私と、そんな私を頭のてっぺんから裾までじっくりと見るイーリアス様。
 その、横から見ていたら不思議な儀式みたいなことを私たちは3回繰り返し、
「いずれもとてもお似合いかと思いますが」という前置きの後で、イーリアス様は、
「私はこちらのドレスが良いと思います」と黒のを指差した。

「それは……イーリアス様はこのドレスが一番お好き、と受けとってよろしいですか?」


 イーリアス様、少し眉を寄せた。困った?


「……そう、ですね」

「でしたら、今夜はこちらにします」


 やっと聞けた、イーリアス様の好み。黒いドレスが妙に愛しくなって、つい抱きしめる。


(…………あ)


 ふと、気がついた。普段は男性に身体をじろじろ見られるのは嫌なのに、今日は進んでイーリアス様に全身見てもらおうと思ったし、見られて緊張はしたけれど、嫌な気持ちは一欠片もなかった。


(これが、イーリアス様を好きになってるってことなのかしら?)


 頭を占めていたのは、すこしでも良く……好みだと思われたい、魅力的だと思われたいという思い。そのせいなのかしら。
 こんな風に気持ちが変化していくのなら、私、イーリアス様に触れられることもいずれは平気になる?


「あの、イーリアス様!!」


 勢い込んで私は言った。


「こ、今夜! う、腕を組ませていただいてもよろしいでしょうか?」


 言ったら妙に恥ずかしくなって、うつむく。
 どこの世界にこんな会話してる夫婦がいるのかしら……。
 ふ、と、目の前が暗くなった気がしたら、イーリアス様がすごく近くにいて私の顔を覗き込んでいた(暗くなったのはイーリアス様の影だった)。


「喜んで」


 短い言葉に、じわぁっと嬉しさが胸に広がった。


   ◇ ◇ ◇
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