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42、王女は誤解を解く
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「殿下。こちらは小説家のミス・メドゥーサです。王立学園時代に、生徒会でお世話になりました」
「お初にお目にかかりますわ、薔薇のように麗しき王女殿下。メドゥーサという名で物書きをしております。
いまは家を離れた身にて、元の名はご容赦くださいませ。こうしてご挨拶できて光栄の至りにございます」
イーリアス様への気軽な態度とガラリと変わって、私には優雅に丁寧に挨拶をする。
「アルヴィナです。以後よろしくお願いいたします。
王立学園と、生徒会というのは?」
「15歳から18歳までの貴族の子女が通う、男女別学の教育機関ですわ。
それぞれ生徒会という学生の代表がつくった組織が、学業面以外の学生生活を動かしているのです」
(イーリアス様が士官学校の前に通っていた学校、ということかしら)
「では、そこで夫がお世話になったのですね」
「別学ですので、生徒会でほんの少し関わらせていただいただけですわ。
ご主人は律儀な方なので、いまだに『先輩』と呼んでくださるのです」
先ほど男性から並べられた性的な賛辞を、余裕の表情で受け止めていたミス・メドゥーサは、悠然と微笑みかけている。
……妖艶、という言葉が頭に浮かんだ。
なめらかな白い肌からこぼれる匂い立つようなオーラ……。
女の私でも何か目のやり場に困るような……これが『色気』か。
「ベネディクトとトリニアスの美女対決ですな」
「いずれも男好きのする、魅惑的な身体の持ち主だ」
……と、囃し立てるような男性の声が飛んできて(イーリアス様に一睨みされて黙ったけど)、私はどこか居心地の悪さを覚えた。
(一緒にされたくない)一瞬浮かんだ狭量な考え。
身体に注目してほしくなんかない。
『男好きのする』なんて勝手に分類されたくない。
無差別に男性を引き寄せたくなんかない。
(私は、魅力的だと思われたいのはこの世でイーリアス様だけなのに……)
そんなことを考えてしまった、その時。
「遅くなりました!!」
覚えのある女性の声が会場に満ちた。
大広間の入り口を見ると、髪の短い女性……?
(アイギス・ライオット伯爵……?)
以前お会いした時は軍装だったけれど、今はシックな紺のドレスを身にまとっている。
人の間を縫って、瞬く間にアイギス様は私たちのところにやってきた。
「遅れて申し訳ございません、王女殿下、将軍。
将軍、明日は30歳のお誕生日ですね。
おめでとうございます」
イーリアス様があまり触れられたくないと言った年齢に、ふつーに触れるアイギス様。
表情は動かないけどほんのり嫌そうに「ああ、ありがとう」と返すイーリアス様。
今の微細な変化を読み取れた私、もしかしてすごい?
────落ち込んだ気持ちもアイギス様のおかげで紛れた。
せっかくだから友達づくり作戦第2弾。
「アイギス様は、今日はお休みだったのですか?」
「はい。休日でしたので、昼まで訓練所で武術指導をして、午後は妹の世話をしておりました」
(それ、休日っていう……?)
「そういえばアイギス様は、ライオット式武術……ベネディクト王国軍で採用されている格闘術の家元のようなお立場だと伺いました。
男性ばかりの中で指導されるというのは、大変ではありませんか?」
「いいえ、休日鍛練に出るやる気のある男たちばかりでしたので、こちらも大変張り合いがありました」
にこやかな笑顔、柔らかい声音で話しているのに、言ってることが男前すぎる。
(……アイギス様は、まったく男性が恐くないのね)
身体強化魔法も含めて、それだけ、物理的な意味で強いからだろうか。
カサンドラ様といい、うらやましい。
(……あんまりお茶にお誘いする感じじゃないかしら。妹君と一緒なら誘っても良いかしら?)
「……あ、あの! アイギス様!!」
(…………?)
横から話しかけてきたのは、ミス・メドゥーサだった。
イーリアス様より年上、ということはたぶん30歳~31歳ぐらい?の彼女が、先ほどまでの妖艶で余裕たっぷりな様子とは打って変わって、頬を赤らめてアイギス様を見つめている。
「アイギス様っ、ご機嫌うるわしゅう」
「ミス・メドゥーサ。先日はありがとうございました。わざわざ妹のために絵本を作ってくださって」
「い、いいえ。お気に召してくださったなら、何冊でも作りますわ!」
(…………んんん?)
なんだか一気に、ミス・メドゥーサの空気が変わっている。
「そういえば最新作もとても面白かったですよ」
「お、お読みくださったのですか? こ、光栄すぎて失神しそうですわっ」
「ええ、街の書店で買いました。今度王女殿下にお貸ししても?」
「は、はいっ! あの、はいっ」
最後の方はまるで息をするのも精一杯という様子。
ミス・メドゥーサを口説こうとしていた男性たちも諦めたのか離れていく。警戒の目で見ていた女性たちも。
────しばらくして、ミス・メドゥーサと離れてから、私はイーリアス様にこそりと聞いた。
「あの、あれは?」
「ああ、そうですね……まぁ、2人とも大っぴらにしているので、お伝えして問題ないかと存じますが、彼女たちは恋愛対象が女性なのです」
「……え???」
「ミス・メドゥーサがライオットに思いを寄せているのです。うまくいくかはわからないのですが」
「……なる……ほど? ミス・メドゥーサは、男性とはお付き合いをしないのですか?」
「そのようですね。学園の頃から、男は無理、と公言していました」
(じゃあ、イーリアス様の元恋人ではないのね……)
それにはホッとした。
でも、だとすると、ミス・メドゥーサは恋愛対象でもない人たちに群がられていたわけか……。
かしずかれる女王様のように賛辞を悠然と受け止めているように見えたけど、あれは彼女なりのかわし方だったのだろうか。
(……一緒にされたくない、なんて考えて悪かったわ)
「何か気になることでも」
「いえ……あんな風にかわすことができればもっと生きやすかったのかな……とか……考えてしまって」
「……殿下」
「何でしょうか?」
「『嫌なものは嫌』、では?
あるいは『人による』」
私は思わず吹き出した。
『人による』雑なぐらい簡単な言葉だけど、確かに。
私にカサンドラ様やアイギス様の真似事はできないものね。
「ミス・メドゥーサも、無礼な言葉に対しては何倍にもして言い返しておりますよ」
「言い返すスキル……私も身に付けたいです」
話していると、何だかミス・メドゥーサのことも苦手意識はなくなってきた。
あの人は単に、私とは違う人なのだ。
「……ですが、イーリアス様」
「はい」
「もし、あの方をちやほやする男性のなかにイーリアス様がいたら、私は嫌だったと思います」
「殿下?」
「……そんなことがあったら、本当は自分以外の人に目を向けている伴侶本人を怒るべきなのだと思います。
けど……心のなかではミス・メドゥーサを嫌いになっていたかもしれません」
「殿下、それは……」
噂だけで私を嫌ったり嫌がらせをしてきたりしたトリニアスの貴婦人・貴族令嬢たちの気持ちが、ちょっとだけわかったかも。
(でも彼女たちと同じことをしてはダメだわ。ミス・メドゥーサには、普通に接しよう)
「殿下。少し休まれたら、また踊りましょうか」
「!! はい。ぜひ踊りたいです」
そうだ。イーリアス様と踊るのは楽しい。
ダンスが好きだったことを思い出しただけでも収穫だわ。イーリアス様と腕を組むことにも慣れてきたし……。
「新婚とはいえ、美しい王女殿下をずっと独り占めしているのは感心しないなぁ、イーリアス」
突然、男性の声が飛んできた。
「お初にお目にかかりますわ、薔薇のように麗しき王女殿下。メドゥーサという名で物書きをしております。
いまは家を離れた身にて、元の名はご容赦くださいませ。こうしてご挨拶できて光栄の至りにございます」
イーリアス様への気軽な態度とガラリと変わって、私には優雅に丁寧に挨拶をする。
「アルヴィナです。以後よろしくお願いいたします。
王立学園と、生徒会というのは?」
「15歳から18歳までの貴族の子女が通う、男女別学の教育機関ですわ。
それぞれ生徒会という学生の代表がつくった組織が、学業面以外の学生生活を動かしているのです」
(イーリアス様が士官学校の前に通っていた学校、ということかしら)
「では、そこで夫がお世話になったのですね」
「別学ですので、生徒会でほんの少し関わらせていただいただけですわ。
ご主人は律儀な方なので、いまだに『先輩』と呼んでくださるのです」
先ほど男性から並べられた性的な賛辞を、余裕の表情で受け止めていたミス・メドゥーサは、悠然と微笑みかけている。
……妖艶、という言葉が頭に浮かんだ。
なめらかな白い肌からこぼれる匂い立つようなオーラ……。
女の私でも何か目のやり場に困るような……これが『色気』か。
「ベネディクトとトリニアスの美女対決ですな」
「いずれも男好きのする、魅惑的な身体の持ち主だ」
……と、囃し立てるような男性の声が飛んできて(イーリアス様に一睨みされて黙ったけど)、私はどこか居心地の悪さを覚えた。
(一緒にされたくない)一瞬浮かんだ狭量な考え。
身体に注目してほしくなんかない。
『男好きのする』なんて勝手に分類されたくない。
無差別に男性を引き寄せたくなんかない。
(私は、魅力的だと思われたいのはこの世でイーリアス様だけなのに……)
そんなことを考えてしまった、その時。
「遅くなりました!!」
覚えのある女性の声が会場に満ちた。
大広間の入り口を見ると、髪の短い女性……?
(アイギス・ライオット伯爵……?)
以前お会いした時は軍装だったけれど、今はシックな紺のドレスを身にまとっている。
人の間を縫って、瞬く間にアイギス様は私たちのところにやってきた。
「遅れて申し訳ございません、王女殿下、将軍。
将軍、明日は30歳のお誕生日ですね。
おめでとうございます」
イーリアス様があまり触れられたくないと言った年齢に、ふつーに触れるアイギス様。
表情は動かないけどほんのり嫌そうに「ああ、ありがとう」と返すイーリアス様。
今の微細な変化を読み取れた私、もしかしてすごい?
────落ち込んだ気持ちもアイギス様のおかげで紛れた。
せっかくだから友達づくり作戦第2弾。
「アイギス様は、今日はお休みだったのですか?」
「はい。休日でしたので、昼まで訓練所で武術指導をして、午後は妹の世話をしておりました」
(それ、休日っていう……?)
「そういえばアイギス様は、ライオット式武術……ベネディクト王国軍で採用されている格闘術の家元のようなお立場だと伺いました。
男性ばかりの中で指導されるというのは、大変ではありませんか?」
「いいえ、休日鍛練に出るやる気のある男たちばかりでしたので、こちらも大変張り合いがありました」
にこやかな笑顔、柔らかい声音で話しているのに、言ってることが男前すぎる。
(……アイギス様は、まったく男性が恐くないのね)
身体強化魔法も含めて、それだけ、物理的な意味で強いからだろうか。
カサンドラ様といい、うらやましい。
(……あんまりお茶にお誘いする感じじゃないかしら。妹君と一緒なら誘っても良いかしら?)
「……あ、あの! アイギス様!!」
(…………?)
横から話しかけてきたのは、ミス・メドゥーサだった。
イーリアス様より年上、ということはたぶん30歳~31歳ぐらい?の彼女が、先ほどまでの妖艶で余裕たっぷりな様子とは打って変わって、頬を赤らめてアイギス様を見つめている。
「アイギス様っ、ご機嫌うるわしゅう」
「ミス・メドゥーサ。先日はありがとうございました。わざわざ妹のために絵本を作ってくださって」
「い、いいえ。お気に召してくださったなら、何冊でも作りますわ!」
(…………んんん?)
なんだか一気に、ミス・メドゥーサの空気が変わっている。
「そういえば最新作もとても面白かったですよ」
「お、お読みくださったのですか? こ、光栄すぎて失神しそうですわっ」
「ええ、街の書店で買いました。今度王女殿下にお貸ししても?」
「は、はいっ! あの、はいっ」
最後の方はまるで息をするのも精一杯という様子。
ミス・メドゥーサを口説こうとしていた男性たちも諦めたのか離れていく。警戒の目で見ていた女性たちも。
────しばらくして、ミス・メドゥーサと離れてから、私はイーリアス様にこそりと聞いた。
「あの、あれは?」
「ああ、そうですね……まぁ、2人とも大っぴらにしているので、お伝えして問題ないかと存じますが、彼女たちは恋愛対象が女性なのです」
「……え???」
「ミス・メドゥーサがライオットに思いを寄せているのです。うまくいくかはわからないのですが」
「……なる……ほど? ミス・メドゥーサは、男性とはお付き合いをしないのですか?」
「そのようですね。学園の頃から、男は無理、と公言していました」
(じゃあ、イーリアス様の元恋人ではないのね……)
それにはホッとした。
でも、だとすると、ミス・メドゥーサは恋愛対象でもない人たちに群がられていたわけか……。
かしずかれる女王様のように賛辞を悠然と受け止めているように見えたけど、あれは彼女なりのかわし方だったのだろうか。
(……一緒にされたくない、なんて考えて悪かったわ)
「何か気になることでも」
「いえ……あんな風にかわすことができればもっと生きやすかったのかな……とか……考えてしまって」
「……殿下」
「何でしょうか?」
「『嫌なものは嫌』、では?
あるいは『人による』」
私は思わず吹き出した。
『人による』雑なぐらい簡単な言葉だけど、確かに。
私にカサンドラ様やアイギス様の真似事はできないものね。
「ミス・メドゥーサも、無礼な言葉に対しては何倍にもして言い返しておりますよ」
「言い返すスキル……私も身に付けたいです」
話していると、何だかミス・メドゥーサのことも苦手意識はなくなってきた。
あの人は単に、私とは違う人なのだ。
「……ですが、イーリアス様」
「はい」
「もし、あの方をちやほやする男性のなかにイーリアス様がいたら、私は嫌だったと思います」
「殿下?」
「……そんなことがあったら、本当は自分以外の人に目を向けている伴侶本人を怒るべきなのだと思います。
けど……心のなかではミス・メドゥーサを嫌いになっていたかもしれません」
「殿下、それは……」
噂だけで私を嫌ったり嫌がらせをしてきたりしたトリニアスの貴婦人・貴族令嬢たちの気持ちが、ちょっとだけわかったかも。
(でも彼女たちと同じことをしてはダメだわ。ミス・メドゥーサには、普通に接しよう)
「殿下。少し休まれたら、また踊りましょうか」
「!! はい。ぜひ踊りたいです」
そうだ。イーリアス様と踊るのは楽しい。
ダンスが好きだったことを思い出しただけでも収穫だわ。イーリアス様と腕を組むことにも慣れてきたし……。
「新婚とはいえ、美しい王女殿下をずっと独り占めしているのは感心しないなぁ、イーリアス」
突然、男性の声が飛んできた。
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