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74、王女は死にかけの両親を見る
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◇ ◇ ◇
「…………ダンテス!!
説明、しなさいっ。
どういうことなのですか、これは!!」
────久しぶりの徹夜の後、兄様の目的地がわかったところで一度仮眠を取った私が、目を覚まして再度小鳥と視覚・聴覚をつなぐと、母……王妃陛下がダンテス兄様を問い詰めているのが見えた。
もう夜だけど、煌々と照らす松明がいくつも掲げられている。
母が結婚披露パーティーに出席したときから着ていたドレスは、見る影もなく泥だらけだ。
母の両手は縄で縛られているけれど、もうひとつ特筆すべきは、その手首に、入れ墨のように黒い筋が走っている。
(…………魔力の〈封印魔法〉?)
昔々、本で読んだきりだけど、確かこれをかけられると、魔力を魔法として使えなくなる、とか。
「王妃陛下。船の中で申し上げたでしょう。あなた方には、謝らなければならない人間がいると」
「わ、わたくしは……あなたを国王にしようと尽力して……!!」
「そんなことは今どうでも良い話だ」
……小鳥の視覚がようやく周囲を把握する。
母は父とともに、墓場にいた。
ある墓の前に、まるで罪人が引きずり出されるように座らされている。
そしてその墓の横には、深い墓穴がすでに掘られていて……。
(…………?)
島で雇われた人夫たちが掘っているのかと思ったら、全員見覚えがある。
なぜかトリニアス王国の重臣の何人かが、やはり泥だらけになって土を懸命に掘っていた。
力仕事など慣れないのだろう、苦しそうに泣きながら作業する。手には血がにじんでいる人もいる。
「…………で、殿下っ。
できましたっ。墓穴が…………」
「良かろう。
では、棺を運んでこい。
決して傷つけないように」
「は、はっ…………」
彼らも……もしかして飲まず食わずで作業させられていたのか、顔色が悪く、病人のようにふらついている。
それは、母も父もだ。
「……謝らなければ、ならないとは……どういう、意味だ……。
……ここは何なのだ」
泥だらけの寝間着のまま転がる、父……国王陛下。
こちらも身体が限界を迎えているように見える。
重傷をすでに負っていて療養中だったのに、無理矢理ここに連れてこられたからか。
荒い息は、今にも事切れそうで危うい。
「ここは23年前にあなた方が殺した男の墓です。
最愛の妻を蹂躙され命を奪われた、哀れな男の」
「23……年前??」
心当たりがない、という様子でいた父は、墓に彫られた名前を見て、目を見張る。
「いや、この男はっ……そなたには、関係のない男……だろうっ……」
「俺をあの女性に産ませなければ、彼も死ななかった」
「な、何を……言うか」
父は目を剥いた。
「未来の王である……そなたの価値と……一貴族の子息の、価値など……比較にならない、では、ないか」
「それがトリニアス王国としての考えだと?」
「ああ、だから……」
「だから滅ぼさねばならないのですよ」
「…………ダンテス?」
「────王妃陛下も、忘れたとはまさかおっしゃるまい」
ダンテス兄様に振られ、母はグッと兄様を睨みつけた。
「ええ、忘れたとは言いません。
わたくしも王妃として国の将来を考え、未来の国王をもうけなければならないと判断してのこと。
わ、わたくしは、本当なら自分で跡継ぎを産むつもりだったのですっ。
むしろ、私情を抑えて、必要なことをしたまでだわ。王の子を産む栄誉を、あの女に与えてあげたのにっ」
「…………そうですか。陛下はここからお帰りになりたくないらしい」
「あ、あなたこそ!
あなたを育ててきたのはわたくしよ!!
産んだだけの女になぜ、そんな……」
「産まされた上に死んだ。愛する夫がいたのに、憎んでいる男の子どもを宿らされて、心身ともこの世の地獄に追い込まれながら」
「そ、それがなければ、あなたは産まれなかったのよっ!?」
「ええ、ですから私が諸悪の根源なのでしょう?」
ダンテス兄様は、歪んだ笑みを浮かべる。
「あなたは、母親でいてはくれなかった。
国王陛下も、血が繋がっているだけで、決して俺の父ではなかった」
「さ、最高の教育係をつけてっ、最高の教育と環境を用意したわっ」
「何もかも、始まりが間違っていたからなのでしょう。
ああ、棺を運んできたようだ。しばらく黙ってください」
「ダンテスっ……」
母は兄様の名を呼んで、地面に突っ伏した。
……今まで気力でもたせていたようだけど、母もほとんど眠れていなかったらしい。
やっぱり何も食べていないのか、ひどく衰弱している。
棺が運ばれてくる。兄様は棺を開けさせ、中の遺骸を見つめ、吐息を洩らした。
「遅くなってしまって、すみません」
それだけ声をかけると、棺の蓋を閉めさせ、「墓穴の底に、棺を」と指示を出した。
棺が……すっかり労働者と化した重臣たちの手によって、墓穴に納められていく。
納めたあと、重臣たちは手に手にスコップを持つ。
兄様もまたスコップを手に、墓穴に土を落としていった。
「……ダンテス……なぜ、そんな女に」
もう目も霞んでいるような母。
「…………理由は、何度も申し上げておりますが」
「あなたは、未来の……っ」
「おわかりになろうとしないのは、あなた方でしょう。
平行線なのは想定しておりました。
少しでも改心を見せることなど、おそらくないだろうと。
ですから」
言っていてどこか悲しそうに、ダンテス兄様は呟く。
墓に土をかぶせ終えると、ダンテス兄様が墓石を据えた。
作業を終えた重臣たちが次々と倒れていく。もう身体も限界だったのだろう。
「…………我々3人、親子仲良くここで朽ち果て、トリニアス王国を滅ぼしましょう。
二度と繰り返してはいけない愚行を、大陸の歴史に書き残すのです」
「…………ダンテス!!
説明、しなさいっ。
どういうことなのですか、これは!!」
────久しぶりの徹夜の後、兄様の目的地がわかったところで一度仮眠を取った私が、目を覚まして再度小鳥と視覚・聴覚をつなぐと、母……王妃陛下がダンテス兄様を問い詰めているのが見えた。
もう夜だけど、煌々と照らす松明がいくつも掲げられている。
母が結婚披露パーティーに出席したときから着ていたドレスは、見る影もなく泥だらけだ。
母の両手は縄で縛られているけれど、もうひとつ特筆すべきは、その手首に、入れ墨のように黒い筋が走っている。
(…………魔力の〈封印魔法〉?)
昔々、本で読んだきりだけど、確かこれをかけられると、魔力を魔法として使えなくなる、とか。
「王妃陛下。船の中で申し上げたでしょう。あなた方には、謝らなければならない人間がいると」
「わ、わたくしは……あなたを国王にしようと尽力して……!!」
「そんなことは今どうでも良い話だ」
……小鳥の視覚がようやく周囲を把握する。
母は父とともに、墓場にいた。
ある墓の前に、まるで罪人が引きずり出されるように座らされている。
そしてその墓の横には、深い墓穴がすでに掘られていて……。
(…………?)
島で雇われた人夫たちが掘っているのかと思ったら、全員見覚えがある。
なぜかトリニアス王国の重臣の何人かが、やはり泥だらけになって土を懸命に掘っていた。
力仕事など慣れないのだろう、苦しそうに泣きながら作業する。手には血がにじんでいる人もいる。
「…………で、殿下っ。
できましたっ。墓穴が…………」
「良かろう。
では、棺を運んでこい。
決して傷つけないように」
「は、はっ…………」
彼らも……もしかして飲まず食わずで作業させられていたのか、顔色が悪く、病人のようにふらついている。
それは、母も父もだ。
「……謝らなければ、ならないとは……どういう、意味だ……。
……ここは何なのだ」
泥だらけの寝間着のまま転がる、父……国王陛下。
こちらも身体が限界を迎えているように見える。
重傷をすでに負っていて療養中だったのに、無理矢理ここに連れてこられたからか。
荒い息は、今にも事切れそうで危うい。
「ここは23年前にあなた方が殺した男の墓です。
最愛の妻を蹂躙され命を奪われた、哀れな男の」
「23……年前??」
心当たりがない、という様子でいた父は、墓に彫られた名前を見て、目を見張る。
「いや、この男はっ……そなたには、関係のない男……だろうっ……」
「俺をあの女性に産ませなければ、彼も死ななかった」
「な、何を……言うか」
父は目を剥いた。
「未来の王である……そなたの価値と……一貴族の子息の、価値など……比較にならない、では、ないか」
「それがトリニアス王国としての考えだと?」
「ああ、だから……」
「だから滅ぼさねばならないのですよ」
「…………ダンテス?」
「────王妃陛下も、忘れたとはまさかおっしゃるまい」
ダンテス兄様に振られ、母はグッと兄様を睨みつけた。
「ええ、忘れたとは言いません。
わたくしも王妃として国の将来を考え、未来の国王をもうけなければならないと判断してのこと。
わ、わたくしは、本当なら自分で跡継ぎを産むつもりだったのですっ。
むしろ、私情を抑えて、必要なことをしたまでだわ。王の子を産む栄誉を、あの女に与えてあげたのにっ」
「…………そうですか。陛下はここからお帰りになりたくないらしい」
「あ、あなたこそ!
あなたを育ててきたのはわたくしよ!!
産んだだけの女になぜ、そんな……」
「産まされた上に死んだ。愛する夫がいたのに、憎んでいる男の子どもを宿らされて、心身ともこの世の地獄に追い込まれながら」
「そ、それがなければ、あなたは産まれなかったのよっ!?」
「ええ、ですから私が諸悪の根源なのでしょう?」
ダンテス兄様は、歪んだ笑みを浮かべる。
「あなたは、母親でいてはくれなかった。
国王陛下も、血が繋がっているだけで、決して俺の父ではなかった」
「さ、最高の教育係をつけてっ、最高の教育と環境を用意したわっ」
「何もかも、始まりが間違っていたからなのでしょう。
ああ、棺を運んできたようだ。しばらく黙ってください」
「ダンテスっ……」
母は兄様の名を呼んで、地面に突っ伏した。
……今まで気力でもたせていたようだけど、母もほとんど眠れていなかったらしい。
やっぱり何も食べていないのか、ひどく衰弱している。
棺が運ばれてくる。兄様は棺を開けさせ、中の遺骸を見つめ、吐息を洩らした。
「遅くなってしまって、すみません」
それだけ声をかけると、棺の蓋を閉めさせ、「墓穴の底に、棺を」と指示を出した。
棺が……すっかり労働者と化した重臣たちの手によって、墓穴に納められていく。
納めたあと、重臣たちは手に手にスコップを持つ。
兄様もまたスコップを手に、墓穴に土を落としていった。
「……ダンテス……なぜ、そんな女に」
もう目も霞んでいるような母。
「…………理由は、何度も申し上げておりますが」
「あなたは、未来の……っ」
「おわかりになろうとしないのは、あなた方でしょう。
平行線なのは想定しておりました。
少しでも改心を見せることなど、おそらくないだろうと。
ですから」
言っていてどこか悲しそうに、ダンテス兄様は呟く。
墓に土をかぶせ終えると、ダンテス兄様が墓石を据えた。
作業を終えた重臣たちが次々と倒れていく。もう身体も限界だったのだろう。
「…………我々3人、親子仲良くここで朽ち果て、トリニアス王国を滅ぼしましょう。
二度と繰り返してはいけない愚行を、大陸の歴史に書き残すのです」
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