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78、王女は意外なニュースに迎えられる
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◇ ◇ ◇
「…………生きてた」
数日後。
先触れの連絡を受けて、トリニアスの軍港で私たちを迎えたウィルヘルミナ。
拘束されたダンテス兄様を見て、ぽつりとそうつぶやいた。
久しぶりに会ったウィルヘルミナは、顔色は悪いなんてものじゃなく目の下には酷い隈。
それから、涙で腫らした目。
それでもやっぱり人並外れた美少女だからか、惨めさとかじゃなく、一種の凄み……オーラのようなものに転じているのが不思議だった。
(…………そうだわ。
この子、首脳陣が軒並み不在の中、1人で国を守ってたんだわ)
私でも、そこまではしたことはなかった。
まだ17歳、この短い間に、どれだけ地獄を見たのだろう。
航海の間、何度も何度も自殺を図ったダンテス兄様も、ウィルヘルミナを前にして呆然とした様子だった。
「出迎えてくれてありがとう、ウィルヘルミナ。
でも、ことは急を要するの。
国王陛下の容態が……」
私が話しかけても、彼女は
「生きてた……」
と繰り返して兄様にすがりつき、すすり泣いた。
「…………なんでここにいる?」
兄様は、グッと眉根を寄せて言う。
「俺の生死なんかかまうことはない。何も障害のないよう委任状を渡しておいただろうに。さっさとおまえは……」
何かを言いかけて、ため息をついた。
「あの手紙を……他の奴らに見せたのか?」
ウィルヘルミナは泣きながら首を横に振る。
ずっとかたくなに死のうとしていた兄様の顔に、突き放すこともできず困ったような様子が見えた。
「……いや、いずれにせよもう手遅れだ。
国王の命も、もってあと2、3日。何もかも間に合わない」
「…………そう。国王は……」
泣いていたウィルヘルミナは、ごしっ、と手首で目元を拭いて、顔を上げた。
表情だけはいつもの彼女に戻っていた。瞳に浮かぶ、強い光も。
「……生きているのね?
なら間に合ったわ」
「────は?」
「さっき連絡を受け取ったわ。
昨日の議会で特別法が無事通ったと」
「!!」
ウィルヘルミナの護衛でついてきたらしい将校が、うやうやしく補足する。
「────ウィルヘルミナ王女殿下の鬼気迫る指揮が功を奏し、今までの政争が嘘のように皆が一丸となった、驚くべき速さでの立法でした。
まずウィルヘルミナ殿下は、王室法そのものの改正は時間がかかる、今回限りの特別法ならば、とご判断をなさいました。
そうして3日で高位貴族の皆様全員と可能な限り多くの下位貴族、それから軍上層部に聖職者まで合意を取り付けられ、また同時進行で法案をまとめられ、通常業務も最低限滞らないよう動かし……。
国王代行の委任状をお使いになって議会におかけになったのです」
「私は、この知らせがあったから途中で王都を離れたけど…………」
「皆様────本日を以って、こちらのウィルヘルミナ殿下が王位継承権を得て立太子され、10日以内に戴冠式を経てトリニアス王国国王になられます。
正真正銘、議会にて正式に認められました」
意外な展開につい、私はポカンとしてしまった。
トリニアス軍もベネディクト側一同も、同じ反応だ。
兄様もあきれた顔をする。
「…………こんなタイミングで……脇目もふらず王位簒奪を? バカか」
「ええ、やったわよ王位簒奪。国王の行方不明を理由に。
この非常事態、何かあればダンテス兄様以外の人間が国王を人質に取ってということも考えられるでしょ。
可及的速やかに『王位継承権保持者』じゃなくて『国王』を国の中に確保しないといけなかった。
だから────こんな役目死ぬほどやりたくなかったし、誰かに任せちゃえるならそうしたかったけど、私しかいないんだもの」
ウィルヘルミナは、深く深くため息をつく。
それは、とてつもなく重すぎる選択だった。
「……って、ため息ついてる場合じゃないのよ。
一応医師も王都から最上位クラスの面々を連れてきたわ。治癒魔法師もいる。船の中に案内して」
「承知いたしました」
イーリアス様の部下が、ウィルヘルミナと医師たちを案内していく。
その姿をあっけにとられたように兄様は見つめ「負けたか」とつぶやいた。
……兄様がした復讐が無になったとは決していえない。
島で保護された面々はそのまま島で一度応急処置をしたけれど、兄様の言葉どおり確かに毒が盛られていた。命を奪うというよりも、苦しめる側に特化した毒が。
ぎりぎり命をつないだけど、やはり医師による治療が必要だと判断、トリニアス王国本国に行くことにしたのだ。
兄の追跡で魔力を使いきった私は、航海の間は回復のために休養を必要とし、〈治癒魔法〉もかけられず。
父も母も重臣たちも、毒でうめき悲鳴を上げては苦しみ続け、もういっそ殺してあげたほうが人としての慈悲かもしれないと思うほどだった。
封印されているとはいえ元々魔力が強い母は、もしかしたら身体だけは回復するかもしれない。
心は死ぬほど打ちのめされているようだから、どうなるかわからないけど。
父はたぶん助からない。兄様の言うように保って数日。
ウィルヘルミナの機転に、トリニアス王国の民は救われた。
きっと彼らはそれを知ることはないのだろうけど。
「アルヴィナ王女殿下」
ウィルヘルミナに付き添ってきた重臣たちが、頭を下げて、私とイーリアス様の方に近寄ってきた。
イーリアス様が少し前に出るようにして威圧をかけるけど、重臣たちの様子を見ると敵意などはなさそう。
私から話しかけることにする。
「皆さん、年若い彼女をよく支えてくださったようですね」
「ええ。
政務に関わられる前は、正直、楚々としてお美しくたおやかな姫君だと思っておりました」
「あれほどに強烈な性格の女性だとは想像もしておりませんでした」
まぁ……やっぱり見た目的にはみんなそう思うのね。
「しかし殿下は、どんな問題を目の前にしてもかじりつき、まだお若く経験の少ないところはございましたが、驚くほど頼れるお方でした……」
「そしてウィルヘルミナ殿下のもとで政務に携わる中で、われわれは大きな考え違いをしていたことに気づいたのです」
居合わせた重臣たちは、私とイーリアス様の前にずらりと並んで、ひざまずく。
そうして、
「アルヴィナ王女殿下、数々のご無礼、まことに申し訳ございませんでした」
と、一斉に頭を下げた。
「……?」
「お一人で、本当に大変な量のお仕事を……我々がもっと早く気づいてお助けするべきでした」
「どれほどのことを我が国にしてくださっていたのか、いまさら気づいたのです」
「くだらぬ悪評にとらわれ、殿下の自己犠牲的な献身を当たり前のように享受しておりました己を、殴りたい気持ちです」
「根も葉もない噂を信じてしまった愚かさ、深く反省いたしました」
そう、口々に重臣たちは話すと
「アルヴィナ王女殿下、まことに、申し訳ございませんでした」
と再び頭を下げる。
(……雪でも降るの!?
それとも槍とか?)
トリニアス貴族が私に頭を下げるなんてあり得なさすぎる??
わけがわからず、どう考えたらいいのか混乱して、夢じゃないかと思いながら私はイーリアス様を見上げた。
「殿下を色眼鏡なく正しく知れば、当然の評価です。
────皆様方お気づきになったのが遅すぎるようですが」
重臣たちをねめつけながら、少し辛辣にイーリアス様は言う。
「……それでも、遅くてもお気づきにならないよりは良かったと言えるでしょうか。
────謝罪は受けとるも受け取らぬも本人の自由であると愚考いたします、殿下」
イーリアス様の言葉に、逆にちょっと肩の力が抜けた。
もういまさら覆ることはないと思っていた私の悪評が、この場にいる重臣たちの中でだけでも覆ったのだから、それ自体は悪いことではないわ。
その重臣たちも、かなりやつれている。
きっとウィルヘルミナと一緒に、ここしばらくの間、死ぬほどがんばったんでしょうね。
「その謝罪は受け取りましょう。
どうか引き続き、妹をよろしくお願いいたします」
ははっ、と重臣たちは再び頭を下げる。
────その時。
「アァァルゥヴィナァァ!!!!」
地の底から呪うような声が私を呼んだ。
「…………生きてた」
数日後。
先触れの連絡を受けて、トリニアスの軍港で私たちを迎えたウィルヘルミナ。
拘束されたダンテス兄様を見て、ぽつりとそうつぶやいた。
久しぶりに会ったウィルヘルミナは、顔色は悪いなんてものじゃなく目の下には酷い隈。
それから、涙で腫らした目。
それでもやっぱり人並外れた美少女だからか、惨めさとかじゃなく、一種の凄み……オーラのようなものに転じているのが不思議だった。
(…………そうだわ。
この子、首脳陣が軒並み不在の中、1人で国を守ってたんだわ)
私でも、そこまではしたことはなかった。
まだ17歳、この短い間に、どれだけ地獄を見たのだろう。
航海の間、何度も何度も自殺を図ったダンテス兄様も、ウィルヘルミナを前にして呆然とした様子だった。
「出迎えてくれてありがとう、ウィルヘルミナ。
でも、ことは急を要するの。
国王陛下の容態が……」
私が話しかけても、彼女は
「生きてた……」
と繰り返して兄様にすがりつき、すすり泣いた。
「…………なんでここにいる?」
兄様は、グッと眉根を寄せて言う。
「俺の生死なんかかまうことはない。何も障害のないよう委任状を渡しておいただろうに。さっさとおまえは……」
何かを言いかけて、ため息をついた。
「あの手紙を……他の奴らに見せたのか?」
ウィルヘルミナは泣きながら首を横に振る。
ずっとかたくなに死のうとしていた兄様の顔に、突き放すこともできず困ったような様子が見えた。
「……いや、いずれにせよもう手遅れだ。
国王の命も、もってあと2、3日。何もかも間に合わない」
「…………そう。国王は……」
泣いていたウィルヘルミナは、ごしっ、と手首で目元を拭いて、顔を上げた。
表情だけはいつもの彼女に戻っていた。瞳に浮かぶ、強い光も。
「……生きているのね?
なら間に合ったわ」
「────は?」
「さっき連絡を受け取ったわ。
昨日の議会で特別法が無事通ったと」
「!!」
ウィルヘルミナの護衛でついてきたらしい将校が、うやうやしく補足する。
「────ウィルヘルミナ王女殿下の鬼気迫る指揮が功を奏し、今までの政争が嘘のように皆が一丸となった、驚くべき速さでの立法でした。
まずウィルヘルミナ殿下は、王室法そのものの改正は時間がかかる、今回限りの特別法ならば、とご判断をなさいました。
そうして3日で高位貴族の皆様全員と可能な限り多くの下位貴族、それから軍上層部に聖職者まで合意を取り付けられ、また同時進行で法案をまとめられ、通常業務も最低限滞らないよう動かし……。
国王代行の委任状をお使いになって議会におかけになったのです」
「私は、この知らせがあったから途中で王都を離れたけど…………」
「皆様────本日を以って、こちらのウィルヘルミナ殿下が王位継承権を得て立太子され、10日以内に戴冠式を経てトリニアス王国国王になられます。
正真正銘、議会にて正式に認められました」
意外な展開につい、私はポカンとしてしまった。
トリニアス軍もベネディクト側一同も、同じ反応だ。
兄様もあきれた顔をする。
「…………こんなタイミングで……脇目もふらず王位簒奪を? バカか」
「ええ、やったわよ王位簒奪。国王の行方不明を理由に。
この非常事態、何かあればダンテス兄様以外の人間が国王を人質に取ってということも考えられるでしょ。
可及的速やかに『王位継承権保持者』じゃなくて『国王』を国の中に確保しないといけなかった。
だから────こんな役目死ぬほどやりたくなかったし、誰かに任せちゃえるならそうしたかったけど、私しかいないんだもの」
ウィルヘルミナは、深く深くため息をつく。
それは、とてつもなく重すぎる選択だった。
「……って、ため息ついてる場合じゃないのよ。
一応医師も王都から最上位クラスの面々を連れてきたわ。治癒魔法師もいる。船の中に案内して」
「承知いたしました」
イーリアス様の部下が、ウィルヘルミナと医師たちを案内していく。
その姿をあっけにとられたように兄様は見つめ「負けたか」とつぶやいた。
……兄様がした復讐が無になったとは決していえない。
島で保護された面々はそのまま島で一度応急処置をしたけれど、兄様の言葉どおり確かに毒が盛られていた。命を奪うというよりも、苦しめる側に特化した毒が。
ぎりぎり命をつないだけど、やはり医師による治療が必要だと判断、トリニアス王国本国に行くことにしたのだ。
兄の追跡で魔力を使いきった私は、航海の間は回復のために休養を必要とし、〈治癒魔法〉もかけられず。
父も母も重臣たちも、毒でうめき悲鳴を上げては苦しみ続け、もういっそ殺してあげたほうが人としての慈悲かもしれないと思うほどだった。
封印されているとはいえ元々魔力が強い母は、もしかしたら身体だけは回復するかもしれない。
心は死ぬほど打ちのめされているようだから、どうなるかわからないけど。
父はたぶん助からない。兄様の言うように保って数日。
ウィルヘルミナの機転に、トリニアス王国の民は救われた。
きっと彼らはそれを知ることはないのだろうけど。
「アルヴィナ王女殿下」
ウィルヘルミナに付き添ってきた重臣たちが、頭を下げて、私とイーリアス様の方に近寄ってきた。
イーリアス様が少し前に出るようにして威圧をかけるけど、重臣たちの様子を見ると敵意などはなさそう。
私から話しかけることにする。
「皆さん、年若い彼女をよく支えてくださったようですね」
「ええ。
政務に関わられる前は、正直、楚々としてお美しくたおやかな姫君だと思っておりました」
「あれほどに強烈な性格の女性だとは想像もしておりませんでした」
まぁ……やっぱり見た目的にはみんなそう思うのね。
「しかし殿下は、どんな問題を目の前にしてもかじりつき、まだお若く経験の少ないところはございましたが、驚くほど頼れるお方でした……」
「そしてウィルヘルミナ殿下のもとで政務に携わる中で、われわれは大きな考え違いをしていたことに気づいたのです」
居合わせた重臣たちは、私とイーリアス様の前にずらりと並んで、ひざまずく。
そうして、
「アルヴィナ王女殿下、数々のご無礼、まことに申し訳ございませんでした」
と、一斉に頭を下げた。
「……?」
「お一人で、本当に大変な量のお仕事を……我々がもっと早く気づいてお助けするべきでした」
「どれほどのことを我が国にしてくださっていたのか、いまさら気づいたのです」
「くだらぬ悪評にとらわれ、殿下の自己犠牲的な献身を当たり前のように享受しておりました己を、殴りたい気持ちです」
「根も葉もない噂を信じてしまった愚かさ、深く反省いたしました」
そう、口々に重臣たちは話すと
「アルヴィナ王女殿下、まことに、申し訳ございませんでした」
と再び頭を下げる。
(……雪でも降るの!?
それとも槍とか?)
トリニアス貴族が私に頭を下げるなんてあり得なさすぎる??
わけがわからず、どう考えたらいいのか混乱して、夢じゃないかと思いながら私はイーリアス様を見上げた。
「殿下を色眼鏡なく正しく知れば、当然の評価です。
────皆様方お気づきになったのが遅すぎるようですが」
重臣たちをねめつけながら、少し辛辣にイーリアス様は言う。
「……それでも、遅くてもお気づきにならないよりは良かったと言えるでしょうか。
────謝罪は受けとるも受け取らぬも本人の自由であると愚考いたします、殿下」
イーリアス様の言葉に、逆にちょっと肩の力が抜けた。
もういまさら覆ることはないと思っていた私の悪評が、この場にいる重臣たちの中でだけでも覆ったのだから、それ自体は悪いことではないわ。
その重臣たちも、かなりやつれている。
きっとウィルヘルミナと一緒に、ここしばらくの間、死ぬほどがんばったんでしょうね。
「その謝罪は受け取りましょう。
どうか引き続き、妹をよろしくお願いいたします」
ははっ、と重臣たちは再び頭を下げる。
────その時。
「アァァルゥヴィナァァ!!!!」
地の底から呪うような声が私を呼んだ。
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