冷遇王女の脱出婚~敵国将軍に同情されて『政略結婚』しました~

真曽木トウル

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83、第3王女は牢獄で話す【ウィルヘルミナ視点】

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 私は牢の中に入り、兄様の隣に腰を下ろす。


「……服が汚れるぞ」
「洗えばいいわ。最近はよく眠れてる?」
「そうだな。女に入ってこられる心配がない分、だいぶ寝心地が良い」


 確かに……兄様はずっと、被害に遭った寝所で眠らなければならなかったのだ。それはとても、心身にきつかったことだろう。

 私は兄様の牢に、夜の間も灯りを絶やさないようにしてもらっていた。
 夜の恐怖が少しでもましになるように、と思って。

 改めて新聞を兄様に示してみせる。


「…………少しずつ国民は、王家の実態を理解して落ち着いてきたみたい。
 あおやからはまだいるけど」


 姉様の勲章や功績のこと、昔危害を加えた男たちへの処罰を連日報じているうちに、“淫魔王女”の悪評も塗り変わっていっている。

 貴族同士の間でも同じだ。
 加害者として罰せられた貴族たちの言うことを鵜呑みにしていた貴族たちや夫人・令嬢たちは、近頃は噂話をするのも恐れるようにお互い物言いに気を付けている。

 皆、事実を知って少しは後悔したのだろうか。

 王として仰ぐべきだった唯一の人を、事実無根の噂に自分たちが踊らされる中で失ったことを。
 ……そのせいで国を失いかけたことを。


「聞かなくて良いだろう、国民の言うことなんて。
 あいつらに守られる価値はない」


 兄様の意見は変わらないようだ。


「……聞きすぎはしてないわ。
 あんまり近すぎると客観視ができなくなっちゃう。
 つい、自分を応援する人にだけ応えるような仕事をしてしまいそうになるしね。
 イルネアやエルミナみたいに」


 顔が良いおかげで、いまでも街に出れば熱狂的なウィルヘルミナ派の国民が結構いる。
 つまり、私を支持するあまりダンテス兄様や他の王女たちを攻撃するような人間が。

 そういう人間とは王としてはむしろ距離を置こうと思っている。
 アルヴィナ姉様に説明した通り、王家全体のイメージを下げるから……というのもあるけど。それ以上に、王とは、支持者のためだけじゃなく、自分を支持しない者たちのためにも政治をしなければならないからだ。



「そこまでおまえが尽くすような国か?
 眠れていないのはおまえの方だろう」

「あ、わかる?
 昨日も結局4時間睡眠で……怒られるわね、これじゃ」


 ふわぁ、と軽くあくびをし、兄様の方を見た。


「尽くしたいんじゃない。守りたいの、私は」

「守る……ね。そんな守る価値のあるものが」

「侍女のララが、もうすぐ結婚するの」

「は?」

「ずっと恋仲だった幼なじみとよ。
 ずーっとずーっとお互い一筋だったんですって。
 貴族でそれってすごくない?」

「…………はぁ」

「元侍女のイライザのところはもうすぐ3人目の子が産まれるわ。
 それから母の後見人で私のことも孫のように可愛がってくれたクルーガー伯爵は、結婚50周年の記念にパーティーを計画してるんですって」

「………………」

「母や異父弟おとうと異父妹いもうとたちや旦那さんは、この前の竜巻被害を受けた領民たちと一緒に領地を立て直しているの」

「…………何なんだ?
 嫌われ者の姉や兄と違って、自分はたくさんの人間に愛されてるんだって自慢か?」

「……言い方。
 その幸せを守りたいと思う人がね、逃げたくないと思うほどにはこの国にたくさんいたのよ、私。
 それだけ」

「それで王位簒奪?」


 呆れたような顔。
 だけど、少し、兄様の顔に人間らしさが戻ったように思える。悪くない。


「悪評どころか、歴史に悪名が残るぞ。
 父を見捨て、謀略で王位を奪った最悪の女王だと」

「美名よりは人命よ」

「…………そうか。
 良かったな、おまえは幸せな人生で」


 兄様は唇を歪めて皮肉な口調で言うけど、声はそんなに冷たくない。


「…………そうね。
 少なくとも私は運が良かったわね」


 姉様や兄様のように、この国そのものに絶望するほどの目には遭ってきていなかった。
 そこそこ、好きになれる人がたくさんいた。

 それは私がたまたま幸運だったから。
 私と同じ感覚を、ダンテス兄様にもアルヴィナ姉様にも強要はできない。


「ねぇ。うちの母がね、王城に来たんだけど」

「……おまえの母親、おまえのこと好きすぎだな」

「聞いたのよ。お母さんはどうして国王の愛人になったの、どういう思いで私を産んだの、って。
 どう答えたと思う?」

「…………さぁ」

「言わない、って。
 言えないような経緯じゃないけど、何がどうあれ、親が生むに至った事情は親の事情でしかない。
 生まれた子どもはそれを小麦一粒ぶんの重さでも背負っちゃいけない。
 だから、まったく知らないぐらいがちょうどいい……だって」

「……お優しい母親の自慢は結構だが、で、それを俺に聞かせてどうする?」


 兄様は私の母についてわざわざ手紙で言及していた。
 母の言葉は、彼にとって、きっと無視できないはず。
 少しでも、どうか、響いてくれれば。


「国王や王妃が苦しむことや死ぬことは、兄様を生んだ女性と夫の望みだったかもしれないわね。
 だけど、それと兄様自身は、切り離して考えるべきだわ。
 彼女たち夫婦が命を落としたことについて、兄様は何も悪くない。
 彼女の日記を読んだけど、お腹の中の兄様を憎んでしまうことへの罪悪感を綴っていた。
 確かに憎かったのかもしれない。それでも、兄様を断罪したいとは思わなかったんじゃない?」

「…………」


 兄様はそっぽを向いてしまう。


「……俺が悪いとか悪くないという話か?
 そもそも処刑されれば同じことだ」

「処刑じゃない道を探っては駄目?」

「王として公平に裁くんじゃなかったのか?」


 ……兄様が、前国王の命を奪ったのは事実。
 ……王妃や重臣たちをも殺そうとしたのも事実。
 ……国そのものを滅ぼそうとしていたのも事実。
 擁護できる要素は確かにない。

 ただ、情状酌量の余地はある。
 それに、国民の中で前国王に反感を抱いている層から、兄様に対する助命嘆願書が出ている。
 あとは……できれば兄様を癒せる道があれば。


「そもそも俺が生きたいかどうかの意思は無視か?」

「生きてほしい、というわがままを妹から言ってはいけない?」

「都合良く女王と妹を行き来するなよ」


 兄様は息をついて、ごろりと床に寝転がった。

 ……しばらく言葉がない。
 会話を拒否されただろうか。

 待って、待って、諦めて立ち上がったとき。


「…………あと少しだけなら、あがいてやってもいい」


 まるで寝言のように、兄様は呟いた。


「無理だと思ったら、適当に死ぬ」


 兄様の言葉に私はうなずき、「きっと生かしてみせるから」と返した。


   ◇ ◇ ◇
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